婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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王都へ戻った翌朝。

出勤した私は、王城の異変にすぐに気づいた。

「……空気が重い」

廊下を行き交う兵士やメイドたちの顔色が、土気色をしている。
目の下には濃いクマがあり、足取りはゾンビのように覚束ない。

「おはようございます、ハンス補佐官」

私が声をかけると、ハンス補佐官がビクッ!と跳ね上がった。

「ひぃっ! ……あ、あぁ、ミイーシヤ様ですか……」

彼はげっそりと頬がこけ、目は虚ろだった。

「どうしました? 全員、徹夜明けのような顔ですが」

「……寝てないんです。いえ、寝たんですが……『寝させてくれない』んです」

「?」

「夢に出るんです……あの女が」

ハンスは震える手で頭を抱えた。

「リナ嬢が……夢の中でリサイタルを開くんです……。『私の歌を聴けぇぇ!』って、延々と五時間……」

「……は?」

「しかも、拍手をしないと鞭で打たれるんです……。昨夜は『愛の賛歌(三時間ロングバージョン)』を聴かされました……もう限界です……」

周囲の兵士たちも、「俺は『リナちゃん音頭』を踊らされた……」「私は『リナ様バンザイ』と千回叫ばされた……」と呻いている。

これはただ事ではない。

「集団ヒステリー? いえ、それにしては症状が均一すぎます」

私は腕組みをした。
そこへ、クラウス様がやってきた。
彼もまた、少し不機嫌そうだ。

「ミイーシヤ、戻ったか」

「クラウス様。まさか、殿下も?」

「……ああ。昨夜、夢を見た」

クラウス様が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「お花畑で、リナ嬢とアレクセイが『僕たちを釈放しろ~』と合唱している夢だ。斬り捨てようとしたが、夢の中ゆえに手応えがなく、朝まで追い回された」

「物理攻撃無効……厄介ですね」

私は事態を分析した。
王城の広範囲に及ぶ、特定人物による精神干渉。

「原因は地下牢ですね。行きましょう」

          ◇

地下牢へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

「ららら~♪ 私のかわいさは世界一~♪」

リナ嬢が、牢屋の壁に向かって朗々と歌っている。
その手には、怪しく発光する石が握られていた。

そしてアレクセイ殿下は、その横で「そうだ! 君は最高だ! もっと届け、僕たちの愛(ノイズ)!」と謎の舞を踊っている。

「……あれは」

私は目を細めた。
リナ嬢が持っている石。
あれは確か、王城の宝物庫から紛失していた古代遺物(アーティファクト)の一つ……。

「『夢渡りの石』か」

クラウス様が呟いた。

「使用者の強い願望を、周囲の人間の睡眠時に強制送信する魔道具だ。なぜあんなものを?」

「おそらく、昨日のスライム騒動のどさくさに紛れて、アレクセイ殿下が持ち出していたのでしょう」

私はため息をついた。
封筒貼りの内職をさせられている鬱憤を、こんな形で晴らすとは。

「リナ様。直ちにやめてください」

私が声をかけると、リナ嬢は歌うのを止めて振り返った。

「あら、ミイーシヤ! どう? 私の歌、届いた? 感動して釈放したくなったでしょ?」

「感動どころか、精神的苦痛による損害賠償請求レベルです。これは『ドリーム・ハラスメント』、略してドリハラです」

「なによ! せっかく毎晩、みんなの夢にお邪魔してあげてるのに!」

「迷惑メールならぬ、迷惑夢(スパム・ドリーム)です。受信拒否設定をしたいのですが」

「無理よ! この石がある限り、私の美声は毎晩城中に響き渡るのよ! おーっほっほ!」

リナ嬢が高笑いする。
アレクセイ殿下も「僕たちの想いが届くまで、毎晩続けるぞ! 今夜は『僕の詩集朗読会』だ!」と張り切っている。

これはまずい。
今夜またあんな夢を見せられたら、城の職員たちが過労とストレスで全滅してしまう。
私の安眠も妨害される。それだけは阻止せねば。

「クラウス様。あの石を破壊できますか?」

「鉄格子越しでは魔法が弾かれる。鍵を開けて突入すれば可能だが、その瞬間に最大出力で『悪夢』を放たれると、我々も気絶する恐れがある」

「……なるほど。強行突破はリスクが高いと」

私は考え込んだ。
相手は電波(夢)を飛ばしてくる。
ならば、こちらも科学(のような魔導)で対抗するしかない。

「――ジャミング(妨害)しましょう」

「ジャミング?」

「はい。毒をもって毒を制す。騒音には騒音をぶつけるのです」

私はニヤリと笑った。

          ◇

その日の夕方。
私は王弟宮から、巨大なスピーカーのような魔導具を持ち込んだ。

「それはなんだ?」

「『指向性音響魔導具』です。本来は広場での演説に使いますが、これを改造して『逆位相の魔力波』を発生させます」

私は地下牢の通気口に、その装置をセットした。

「リナ様が放つ『夢見の波動』に対し、真逆の波長の魔力をぶつけます。そうすると、波が打ち消し合って無効化される……理論上は『ノイズキャンセリング機能』と同じです」

「よくわからんが、夢を見なくて済むのか?」

「はい。ただし、行き場を失った『夢のエネルギー』がどうなるかは……やってみないとわかりませんが」

「まあ、我々に被害がなければいい。やれ」

クラウス様の許可が出た。
私はスイッチを入れた。

ブゥゥゥゥン……。

低い唸り音が響き、目に見えない結界が地下牢を包み込んだ。

「よし、設置完了。これで今夜は安眠です。帰りましょう」

          ◇

翌朝。

私はスッキリと目覚めた。
夢も見ずに熟睡できた。
ハンス補佐官や他の職員たちも、「昨夜はぐっすり眠れました!」「生き返りました!」と顔色が戻っている。

作戦成功だ。

「さて、地下の様子を見てみましょうか」

私とクラウス様は、コーヒーを片手に地下牢へ向かった。
そこでは、予想以上の『惨劇』が起きていた。

「う、うぅぅ……やめてぇ……」
「僕の……僕の詩が……逆再生で……頭が割れるぅ……」

リナ嬢とアレクセイ殿下が、白目を剥いて痙攣していた。

「……どうやら、反射(リフレクション)したようですね」

私は冷静に分析した。

「結界によって外部へ出られなくなった『夢エネルギー』が、狭い地下牢の中で充満し、発信元である二人に跳ね返ったようです」

つまり、リナ嬢は一晩中、自分の歌声を大音量で、しかもエコーがかかった状態で聴き続けさせられたのだ。
アレクセイ殿下も、自分の詩の朗読を延々とリピート再生されたらしい。

「自画自賛も、度が過ぎると拷問になるということか」

クラウス様が憐れむような目で二人を見た。

「あ、あうあう……」
「も、もう……歌わない……」

リナ嬢は虚ろな目で天井を見つめている。
『夢渡りの石』は、過負荷に耐えきれず粉々に砕け散っていた。

「因果応報ですね。これでドリハラも解決です」

私は壊れた石の破片を回収し、事務的に告げた。

「では、今日からまた内職に戻ってください。昨日の分も合わせて、今日のノルマは二千枚です」

「ひぃぃっ!」

二人が小さく悲鳴を上げた。
どうやら、しばらくは大人しくなりそうだ。

「……君を敵に回すと、夢の中にまで追ってきそうで怖いな」

帰り道、クラウス様が苦笑交じりに言った。

「まさか。私は夢の中でも仕事をしていますから、他人を追いかけ回す暇なんてありませんよ」

「それはそれで、夫としては寂しいのだが?」

「では、今夜はクラウス様の夢にお邪魔します。稟議書の決裁をお願いしに」

「……夢の中でまでハンコを押させる気か?」

「ふふ、冗談ですよ」

こうして、「真夏の夜の悪夢」ならぬ「地下牢の深夜リサイタル」は幕を閉じた。
平穏な日常が戻ってきた。

しかし、私は忘れていた。
リナ嬢の背後には、まだ「本当の悪役」が残っていることを。
彼女の実家、そして今回の騒動で損をした貴族たちが、密かに私を狙っていることを。

次の標的は、来週に迫った『王家主催の大舞踏会』。
そこで私の「悪役令嬢としての品格」が問われる事件が起きるのだが――
今の私は、ただ「今夜は枕を高くして寝よう」としか考えていなかったのである。
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