婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
11 / 28

11

しおりを挟む
「――ぬるい」

湯船に浸かりながら、私は呟いた。

「なにがだ? 湯加減か?」

隣……ではなく、竹垣を隔てた男湯から、クラウス様の声が聞こえる。

「いいえ、湯加減は最高です。私が言ったのは、この旅館の『オペレーション』についてです」

私は手ぬぐいを頭に乗せ、星空を見上げた。

ここはクラウス様の領地にある、王族御用達の温泉保養地。
私たちは予定通り、休暇(という名の視察)に来ていた。

「夕食の配膳ルートに無駄がありました。厨房から客室までの動線が長すぎます。あれでは料理が冷めるし、仲居さんの歩数が一晩で二万歩を超えてしまいます」

「……ミイーシヤ」

「はい」

「今は忘れろ。君は裸だぞ。裸の時くらい、業務改善から離れられないのか?」

呆れたような、しかし優しい声。

「職業病です。非効率なものを見ると、蕁麻疹が出る体質になってしまいましたので」

「やれやれ。……まあ、君が満足ならいいが」

ざぱぁ、と水音がする。
壁の向こうにクラウス様がいると思うと、少しだけ心拍数が上がる。
混浴でなくて本当によかった。もしそうだったら、私はのぼせる前にショートしていただろう。

「上がったら、晩酌をしよう。地酒を用意させてある」

「……はい。経理の話は抜きで、ですね」

「当然だ」

          ◇

湯上がり。
浴衣に着替えた私たちは、縁側で月見酒を楽しんでいた。

「ふぅ……極楽ですね」

冷えた地酒が染み渡る。
温泉で温まった体に、夜風が心地よい。

「君がリラックスしている姿を見られてよかった」

クラウス様が私の横顔を覗き込む。
浴衣姿の彼は、普段の軍服姿とは違った色気があり、直視するのは危険だ。

「……クラウス様こそ、お疲れではないのですか? 王弟としての公務に、私のサポートまで」

「君といれば疲れなど吹き飛ぶさ。それに、君の作る書類は美しいからな。あれを読むのは、ある種の娯楽だ」

「変わったご趣味ですね」

「褒め言葉だ」

良い雰囲気だ。
これが世に言う「大人のデート」というやつだろうか。
合理性とか効率とか、そういうものを忘れて、ただ時間を共有する贅沢。

(悪くない……)

そう思いかけた、その時だった。

ドタドタドタッ!!

静寂を破る、慌ただしい足音が廊下から響いてきた。

「なんだ?」

クラウス様が眉を顰める。

「申し訳ありません! 領主代行のガストンです! 緊急の報告が!」

襖の向こうから、切羽詰まった声がした。
ガストン氏は、この領地を実質的に管理しているベテランの代官だ。

「入れ」

襖が開くと、ガストン氏が蒼白な顔で平伏した。
その手には、見覚えのある「王城の公用封筒」が握られている。

「で、殿下! 大変です! 王城から届いた通達書類の中に……とんでもない『告発文』が紛れ込んでいました!」

「告発文?」

「は、はい! こちらを!」

差し出された封筒の中には、本来の通達書の他に、歪んだ文字で書かれた紙切れが入っていた。

『たすけて! 悪の宰相と魔女に監禁されています! 私は本当のヒロイン・リナです! ここは地獄! ご飯が固い! 指が痛い! 誰か革命を起こして!』

さらに、封筒の裏側には、アレクセイ殿下の字でこう書かれていた。

『僕のハンカチを返せ』

「…………」

私とクラウス様は沈黙した。

「こ、これは王城の地下牢からのSOSかと……! もしや、殿下が不在の間に、王城でクーデターが!?」

ガストン氏は本気で心配している。
無理もない。王城の公式封筒から、こんな不穏なメッセージが出てきたのだから。

私はため息をつき、その紙切れをつまみ上げた。

「ガストンさん。これはクーデターではありません」

「へ?」

「これは『内職の不良品』です」

「ふ、不良品……?」

「はい。地下牢の囚人(元王子たち)に封筒貼りの作業をさせたところ、彼らがサボって落書きをしたものが、検品漏れで混入してしまったようです」

私はこめかみを押さえた。
あの看守め、検品をサボったな。帰ったら減給処分だ。

「し、しかし、『魔女に監禁』とか『革命』とか……」

「ただの妄言です。無視してください」

私が冷たく切り捨てようとすると、クラウス様がその紙切れを取り上げた。

「待て、ミイーシヤ。……これは使えるかもしれん」

「はい?」

クラウス様は、悪巧みをする子供のような顔でニヤリと笑った。

「ガストン。この手紙が入っていた封筒は、全部で何通だ?」

「は、はい。近隣の有力者たちへ送られた招待状など、約五十通ほどかと……」

「回収するな。そのまま流しておけ」

「ええっ!?」

私とガストン氏の声が重なった。

「クラウス様、正気ですか? 王家の恥を晒すことになりますよ?」

「逆だ、ミイーシヤ。これを逆手に取る」

クラウス様は酒をあおり、不敵に言った。

「この手紙を読んだ者はどう思う? 『元王子とリナ嬢は、反省するどころか、地下牢でこんなふざけた悪戯をしている』と呆れるだろう」

「……確かに」

「そして、『そんな彼らを厳しく管理している王弟夫妻は、なんと苦労していることか』と同情が集まる」

「あ」

なるほど。
この手紙の内容があまりにも幼稚で馬鹿げているため、これを読むと逆に私たちの株が上がるという計算か。

「さすが旦那様。転んでもただでは起きない、いえ、敵の自爆すら燃料にするとは」

「君の夫だからな」

クラウス様はガストン氏に向き直った。

「というわけだ。その手紙は『元王子の乱心を示す証拠物件』として、笑い話の種にしろ。領民たちにも『彼らのようにならないよう、真面目に働こう』と教育に使え」

「は、ははぁっ! さすが殿下! 深謀遠慮!」

ガストン氏は感服して下がっていった。

「……これで解決ですね」

私はやれやれと肩を落とした。
せっかくの湯けむり旅情が台無しだ。

「すまないな、ミイーシヤ。邪魔が入った」

「いえ。トラブルシューティングも仕事のうちですから」

私が苦笑すると、クラウス様がすっと近づいてきた。

「だが、お詫びに……マッサージでもしようか?」

「え?」

「君は肩が凝っているだろう。ずっと机に向かっているからな」

彼は私の背後に回り、浴衣の上から肩を揉み始めた。

「あっ……そこ、気持ちいい……」

思わず声が漏れる。
意外だ。宰相閣下、マッサージが上手すぎる。

「ツボを心得ているな。ここか?」

「ふぁっ……! そ、そこは……!」

「君の体の構造も、合理的だな」

「意味がわかりません……んっ……」

結局、その夜は「不良品の手紙騒動」の報告書を書くこともなく、クラウス様の極上のマッサージによって、私は泥のように眠ることになった。

翌朝。
スッキリと目覚めた私は、旅館の朝食(干物が絶品だった)を食べながら、新たな決意を固めていた。

「クラウス様。帰ったら、地下牢の検品体制を強化します。ダブルチェック、いやトリプルチェックです」

「ほどほどにな。……まあ、彼らの悪足掻きも、いい余興だった」

温泉旅行は、ある意味で充実したものとなった。
私たちは身も心も(そして領地の支持率も)リフレッシュし、王都へと帰還した。

だが、王都では私たちがいない間に、リナ嬢の「悪あがき」が別の方向へ進化していたことを、まだ知らなかった。

「手紙がダメなら……次は『夢』よ! 電波系ヒロインの本気を見せてやるわ!」

地下牢で怪しげな儀式を始めるリナ。
次なるトラブルは、まさかの「集団催眠」!?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

悪役令嬢、婚約破棄されたので見返してみたら今さら溺愛されました

sika
恋愛
婚約者に裏切られ、婚約破棄された悪役令嬢リリアナ。 涙も枯れたそのとき、彼女は決意する。「もう誰にも侮られない」。 隣国で自立し、転生者の知識で成功を手にした彼女の前に、今さら後悔した元婚約者が現れる――。 これは、“ざまぁ”と“溺愛”が交差する、逆転恋愛ストーリー。 プライドを捨てた王子、傷ついても立ち上がる令嬢。 求め合う二人の行方は、赦しか、それとも別れか――。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

婚約破棄されたけど、どうして王子が泣きながら戻ってくるんですか?

ほーみ
恋愛
「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」  華やかな夜会の真っ最中。  王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。 「……あ、そうなんですね」  私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。 「で? 次のご予定は?」 「……は?」

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)

婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ
恋愛
 王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。  本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。  壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。  そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。  ふふ……完璧な舞台準備ね。 「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」  王太子の声が響く。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた(連載編)

宮野 楓
恋愛
「女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた」短編の長編化バージョンです。 騎士になる侯爵令嬢リサ、と次期侯爵として文官になるエリックの想いが通じ合うまでの物語。 お互い言葉が足りず、すれ違い、好きって言えないまま、時だけが流れてしまう。

処理中です...