婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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王城の地下牢。

そこは、光も届かず、湿気が漂い、時折ネズミが駆け抜ける劣悪な環境だ。

「うぅ……寒いよぉ……」
「腹が減った……。今日の夕食はまだか……」

鉄格子の向こうで、二つの影が縮こまっていた。
かつての第一王子アレクセイと、男爵令嬢リナである。

二人は粗末な囚人服(麻袋に穴を開けただけのようなもの)を着せられ、石の床に直に座っていた。

「ねえアレクセイ様ぁ。いつになったら出られるの? 私、もうこんなところ嫌! お肌がカサカサになっちゃう!」

リナがキーキーと喚く。
その髪はボサボサで、かつてのピンク色の輝きはない。

「僕だって嫌だ! だが、父上が面会を拒否しているんだ! 『反省文を書くまで出すな』の一点張りで……」

「じゃあ書けばいいじゃない!」

「書いたさ! もう百枚は書いた! 『僕は悪くない、悪いのはミイーシヤだ』って!」

「それじゃダメに決まってるでしょバカ!」

「なんだと!? 君だって『私がかわいすぎるのが罪なら謝ります☆』とか書いて突き返されただろう!」

二人は互いに罵り合い、そして同時にため息をついた。

「はぁ……。ミイーシヤなら……あいつなら、きっと美味しい紅茶とスコーンを持ってきてくれるはずなのに」

アレクセイが遠い目をする。
都合のいい時だけ思い出される元婚約者。

その時、カツン、カツン、と足音が響いた。

「!」
「誰か来た!」

二人が鉄格子にしがみつく。

現れたのは、看守……ではなく、パリッとしたスーツに身を包んだ女性事務官だった。
手にはバインダーを持っている。
ミイーシヤの直属の部下だ。

「囚人番号001、および002。貴殿らに通達がある」

「と、通達? 釈放か!?」

「いいえ。ミイーシヤ・フォン・ローゼン王弟妃殿下、および財務省からの『業務改善命令』です」

「は?」

事務官は無表情で書類を読み上げた。

「現在、貴殿らの収監にかかるコスト(食費、光熱費、看守の人件費)が、国の予算を圧迫している。働かざる者食うべからず。よって、本日より『強制労働』を命じる」

「ろ、労働だと!?」
「私はヒロインよ!? なんで働かなきゃいけないの!」

「黙りなさい。拒否権はありません。ノルマを達成しなければ、夕食のパンは抜きです」

事務官は鉄格子の隙間から、ドサッ!と大量の材料を投げ込んだ。

それは、無数の「封筒」と「糊」だった。

「これは……?」

「『内職』です。王城で使用する公用封筒の貼り付け作業。単価は一枚につき銅貨十分の一枚。今日のノルマは千枚です」

「せ、千枚!?」

「では、励むように」

事務官はさっさと去っていった。
残されたのは、呆然とする二人と、山のような紙と糊。

「……やるしかないのか」
「嘘でしょ……私の綺麗な指が糊でベトベトになっちゃう……」

二人は泣きながら、暗い地下牢で封筒貼りを始めた。
それは、彼らが人生で初めて「生産活動」に従事した瞬間だった。

          ◇

【王弟宮・執務室】

「……というわけで、地下牢の生産性は、予想を下回る低さです」

私は送られてきた日報を見て、眉をひそめた。

「アレクセイ殿下は糊をつけすぎて封筒をふやけさせ、リナ嬢は途中で飽きて封筒に落書きをしています。検品の結果、不良品率が80%を超えています」

「ひどいな」

向かいの席で、クラウス様が苦笑する。

「まあ、彼らに期待する方が間違っている。労働の尊さを学ばせるための教育的指導だと思えばいい」

「教育コストが高すぎます。糊代もタダではないのですよ」

私はため息をつき、赤ペンで『再指導・および夕食のデザート抜き』と書き込んだ。

「それにしても、平和ですね」

私はペンを置き、窓の外を見た。

あの「スライム事件」から二週間。
王城の機能は、私の(そして私に酷使される部下たちの)不眠不休の努力により、なんとか正常に戻りつつあった。
アレクセイ殿下たちが地下に隔離されたことで、新たなトラブルが発生しなくなったのが一番の要因だ。

「ああ。君のおかげだ」

クラウス様が立ち上がり、私の背後からそっと抱きしめた。

「っ……クラウス様、仕事中です」

「休憩時間だ。……君は働きすぎる。少しは夫に甘えるということを覚えろ」

耳元で囁かれる低音ボイス。
背中に伝わる体温。

私の心拍数が、計算外のスピードで上昇する。

「甘える、とは具体的にどういう業務フローでしょうか?」

「業務ではない。こうすることだ」

彼は私をくるりと振り返らせ、その唇を重ねた。

「んっ……」

軽いバードキス。
ではなく、少し長めの、甘い口づけ。

頭の中の計算式が、真っ白に飛ぶ。
数字が溶けていく。

「……ぷはっ」

唇が離れた時、私は茹でダコのようになっていた(自覚はある)。

「……こ、これは、パワハラでは?」

「夫婦間のスキンシップだ。訴えるか?」

「……棄却します」

「ふふ、可愛いな」

クラウス様は満足げに笑い、私の頬を撫でた。

「ミイーシヤ。今週末、休暇を取ろう」

「休暇? ですが、予算編成の時期で……」

「部下に任せろ。君がいなくとも回るようにシステムを作ったのだろう? たまには実践テストをしなければな」

彼は強引に続けた。

「私の領地の別荘へ行こう。温泉がある」

「温泉……」

その響きに、私の心が揺らいだ。
温泉。
それは「効率的な疲労回復」に最適なソリューションだ。

「わかりました。……視察、兼、慰安旅行ということで承認します」

「素直にデートと言えばいいのに」

私たちは視線を交わし、微笑み合った。

平和だ。
地下牢で元婚約者たちが糊まみれになっていることなど忘れてしまうほど、穏やかで幸せな時間。

しかし、私たちは油断していた。

「封筒貼り」で指紋をすり減らしていたリナ嬢が、その単純作業の中で、ある恐ろしい(そして馬鹿げた)起死回生の策を思いついていたことを。

『ふふ……見てなさいよ。封筒の中に、こっそり私のメッセージを紛れ込ませてやるんだから……!』

彼女の執念が、温泉旅行という楽園に、新たな波乱を呼び込もうとしていた。
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