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マーブル・デュクロワが、生まれて初めての自由と、生まれて初めての恐怖(氷血公爵限定)を味わっていた頃。
王宮では、新たな恋物語の主役たちが、人々の注目を集めていた。
「まあ、ジュリアン様!なんて綺麗な薔薇でしょう!」
「君の美しさには、到底敵わないけれどね僕のクララ」
王宮の庭園は、今が見頃の花々で彩られている。その中央にある東屋で、ジュリアン王子とクララ・シュミットは仲睦まじく寄り添っていた。
婚約破棄の夜会から、数日が経っている。
ジュリアンは、ようやく邪魔者を排除し本当に愛する女性を手に入れたという満足感に浸っていた。
「ああ、クララ。これからはもう誰にも君を傷つけさせはしない」
「ジュリアン様……!」
潤んだ瞳で王子を見上げるクララ。その可憐な姿に、ジュリアンの庇護欲はますます掻き立てられる。
しかし、その甘ったるい空気を遠巻きに眺める者たちの視線は決して温かいものではなかった。
「……また、新しいドレスですわね、クララ様」
「ええ。昨日、殿下にヴァンドーム商会で仕立てていただいたとか」
「まあ……。あそこのドレスは一着で騎士の年収が吹き飛ぶと噂の……」
物陰で、侍女たちがひそひそと囁き合う。
ジュリアンに聞こえるはずもないが、その声には明らかな棘が含まれていた。
「マーブル様は、決して殿下に高価な品をおねだりするようなことはなさいませんでしたのに」
「ええ。むしろ、国の財政を鑑みてご自身の装飾品を切り詰めていらっしゃったほど……」
「それに比べて、クララ様は……」
侍女たちは、はあと深いため息をつく。
クララが王宮に滞在するようになってから、ジュリアンの浪費は目に余るものがあった。今日も、彼女の指には大粒のダイヤモンドの指輪が輝いている。
当のクララは、そんな周囲の空気に気づく様子もない。
「ねえ、ジュリアン様。今度の夜会でわたくしが身につけるティアラは隣国の王妃様がつけていらしたというあの『海の涙』が良いですわ」
「『海の涙』?ああ、国宝に指定されている、あの……」
「はい!わたくし、ジュリアン様のお隣に立つ者としてみすぼらしい格好はできませんもの。殿下の沽券に関わりますわ」
無邪気な顔で、とんでもないことをねだるクララにジュリアンの顔がわずかに引きつる。
「く、クララ。あれは、さすがに……」
「……だめ、ですの……?わたくしの我儘が、殿下を困らせてしまいましたのね……。ごめんなさい、わたくしのような男爵令嬢が出過ぎたことを申しました……」
そう言うと、クララの大きな瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
その涙を見た瞬間、ジュリアンのわずかな理性は吹き飛んでしまう。
「わ、分かった!分かったよ、クララ!父上になんとか頼んでみよう!だからそんな顔をしないでくれ!」
「本当ですの!?ありがとうございます、ジュリアン様!大好きですわ!」
ぱあっと笑顔になるクララ。
その現金な変わりように、遠くで控えていた侍従長は、こめかみを押さえて天を仰いだ。
(殿下……。あのような女の涙に騙されて……。国の未来が、思いやられる……)
デュクロワ公爵令嬢は、理知的で聡明で常に王家のことを第一に考えてくださる素晴らしいお方だった。時折、言葉が少しばかり厳しすぎるきらいはあったがそれも全て国と殿下を思ってのこと。
それに比べて、あの男爵令嬢はなんだ。
自分の欲望を満たすことしか、頭にない。礼儀作法もろくに身についておらず、先日も年配の伯爵夫人に対して無礼な口をきき大問題になりかけたばかりだ。
ジュリアンは、そんなクララの浅薄さにまだ気づいていない。
いや、気づかないようにしているのかもしれない。
自分の判断が、マーブルを切り捨てクララを選んだという判断が間違っていたなどと認めたくないのだ。
「ジュリアン様、次はあちらの温室へまいりましょう!」
「ああ、もちろんだとも」
二人は再び腕を組み、楽しげに歩き出す。
その姿は、一見すれば幸せそうな恋人同士。
だが、彼らが通り過ぎた後には侍女や侍従たちの冷ややかな視線と重いため息だけが残されていた。
甘く幸せな時間は、いつまでもは続かない。
王宮に漂い始めた不和の空気は、日に日に濃度を増しやがてはっきりとした『亀裂』となって二人の関係を蝕んでいくことになる。
ジュリアンが、その事実に気づくのはもう少しだけ先の話である。
王宮では、新たな恋物語の主役たちが、人々の注目を集めていた。
「まあ、ジュリアン様!なんて綺麗な薔薇でしょう!」
「君の美しさには、到底敵わないけれどね僕のクララ」
王宮の庭園は、今が見頃の花々で彩られている。その中央にある東屋で、ジュリアン王子とクララ・シュミットは仲睦まじく寄り添っていた。
婚約破棄の夜会から、数日が経っている。
ジュリアンは、ようやく邪魔者を排除し本当に愛する女性を手に入れたという満足感に浸っていた。
「ああ、クララ。これからはもう誰にも君を傷つけさせはしない」
「ジュリアン様……!」
潤んだ瞳で王子を見上げるクララ。その可憐な姿に、ジュリアンの庇護欲はますます掻き立てられる。
しかし、その甘ったるい空気を遠巻きに眺める者たちの視線は決して温かいものではなかった。
「……また、新しいドレスですわね、クララ様」
「ええ。昨日、殿下にヴァンドーム商会で仕立てていただいたとか」
「まあ……。あそこのドレスは一着で騎士の年収が吹き飛ぶと噂の……」
物陰で、侍女たちがひそひそと囁き合う。
ジュリアンに聞こえるはずもないが、その声には明らかな棘が含まれていた。
「マーブル様は、決して殿下に高価な品をおねだりするようなことはなさいませんでしたのに」
「ええ。むしろ、国の財政を鑑みてご自身の装飾品を切り詰めていらっしゃったほど……」
「それに比べて、クララ様は……」
侍女たちは、はあと深いため息をつく。
クララが王宮に滞在するようになってから、ジュリアンの浪費は目に余るものがあった。今日も、彼女の指には大粒のダイヤモンドの指輪が輝いている。
当のクララは、そんな周囲の空気に気づく様子もない。
「ねえ、ジュリアン様。今度の夜会でわたくしが身につけるティアラは隣国の王妃様がつけていらしたというあの『海の涙』が良いですわ」
「『海の涙』?ああ、国宝に指定されている、あの……」
「はい!わたくし、ジュリアン様のお隣に立つ者としてみすぼらしい格好はできませんもの。殿下の沽券に関わりますわ」
無邪気な顔で、とんでもないことをねだるクララにジュリアンの顔がわずかに引きつる。
「く、クララ。あれは、さすがに……」
「……だめ、ですの……?わたくしの我儘が、殿下を困らせてしまいましたのね……。ごめんなさい、わたくしのような男爵令嬢が出過ぎたことを申しました……」
そう言うと、クララの大きな瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
その涙を見た瞬間、ジュリアンのわずかな理性は吹き飛んでしまう。
「わ、分かった!分かったよ、クララ!父上になんとか頼んでみよう!だからそんな顔をしないでくれ!」
「本当ですの!?ありがとうございます、ジュリアン様!大好きですわ!」
ぱあっと笑顔になるクララ。
その現金な変わりように、遠くで控えていた侍従長は、こめかみを押さえて天を仰いだ。
(殿下……。あのような女の涙に騙されて……。国の未来が、思いやられる……)
デュクロワ公爵令嬢は、理知的で聡明で常に王家のことを第一に考えてくださる素晴らしいお方だった。時折、言葉が少しばかり厳しすぎるきらいはあったがそれも全て国と殿下を思ってのこと。
それに比べて、あの男爵令嬢はなんだ。
自分の欲望を満たすことしか、頭にない。礼儀作法もろくに身についておらず、先日も年配の伯爵夫人に対して無礼な口をきき大問題になりかけたばかりだ。
ジュリアンは、そんなクララの浅薄さにまだ気づいていない。
いや、気づかないようにしているのかもしれない。
自分の判断が、マーブルを切り捨てクララを選んだという判断が間違っていたなどと認めたくないのだ。
「ジュリアン様、次はあちらの温室へまいりましょう!」
「ああ、もちろんだとも」
二人は再び腕を組み、楽しげに歩き出す。
その姿は、一見すれば幸せそうな恋人同士。
だが、彼らが通り過ぎた後には侍女や侍従たちの冷ややかな視線と重いため息だけが残されていた。
甘く幸せな時間は、いつまでもは続かない。
王宮に漂い始めた不和の空気は、日に日に濃度を増しやがてはっきりとした『亀裂』となって二人の関係を蝕んでいくことになる。
ジュリアンが、その事実に気づくのはもう少しだけ先の話である。
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