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「……というわけで、お嬢様がどれだけ無謀なことをしているか、お分かりいただけましたでしょうか!」
デュクロワ公爵邸の自室で、マーブルはリリーから一時間にも及ぶお説教を受けていた。
「ええ、ええ。分かっているわよ……」
ソファに深く沈み込みながら、マーブルは力なく答える。
二度もアリスティードに遭遇し、二度目には助けられてまでしまった。運が良かっただけで、一歩間違えれば、本当に危険な目に遭っていたかもしれない。
頭では、理解しているのだ。
しかし、マーブルの心は納得していなかった。
(このまま、また籠の鳥に戻れというの?せっかく手に入れた自由なのに?……嫌よ、そんなの!)
一度知ってしまった外の世界の楽しさを、諦めることなんてできない。
かといって、リリーの心配を無視して、また危険を冒すのも違うだろう。
(安全を確保しつつ、お忍びで城下町を満喫する方法……)
マーブルは腕を組み、うーんと唸る。
護衛をつければいい。だが、公爵家の騎士を連れて行けば、お忍びも何もない。すぐに身元がバレてしまう。
強くて、目立たなくて、そして、口が堅い人物。
そんな都合のいい護衛、どこかにいないものかしら……。
「…………」
マーブルの脳裏に、ふと、一人の男の姿が浮かんだ。
夜の闇色の髪、サファイアの瞳。
絶対零度の表情を浮かべた、あの騎士団長。
(……あの人)
アリスティード・ヴァリエ。
確かに、彼がいれば、チンピラが何人来ようと問題ないだろう。強さは折り紙付きだ。
それに、彼はすでにマーブルの秘密を知っている。今更、驚くこともない。
(でも、どうやって……?あの堅物が、わたくしの我儘に付き合ってくれるわけが……)
いや、とマーブルは頭を振る。
普通にお願いしたのでは、門前払いされるに決まっている。
ならば。
(取引よ!)
何か、彼にとっても利点のある条件を提示すればいいのだ。
マーブルはソファから飛び起きた。
「リリー!わたくし、ちょっと出かけてくるわ!」
「お嬢様!?どちらへ!?」
「未来の護衛候補と、交渉してくるのよ!」
リリーの悲鳴を背中に受けながら、マーブルは三度、町娘の服に身を包み、屋敷を抜け出したのだった。
向かった先は、王立騎士団の詰所が見える大通り。
もちろん、正面から訪ねる気など毛頭ない。彼が詰所から出てくるのを、ひたすら待ち伏せるという、地道な作戦だ。
そして、待つこと二時間。
夕暮れが迫る頃、見慣れた白銀の騎士服が、ようやく姿を現した。
「……いた!」
マーブルは駆け出し、彼の進路を塞ぐように、ずいっと前に立った。
「!」
アリスティードは、目の前に突然現れたマーブルを見て、目に見えて顔を顰めた。
「……また君か。今日は何の用だ。懲りずにまた問題でも起こしたか」
その言葉には、呆れと非難の色がたっぷりこもっている。
「ち、違いますわ!今日は、あなたにお話があって、待っていたのです!」
「俺に話?」
アリスティードは、ますます怪訝な顔になる。
「場所を変えましょう。立ち話もなんですし」
マーブルはそう言うと、ずんずんと近くの裏路地へと入っていく。アリスティードは一瞬ためらったが、仕方ないというように、大きなため息をついて後に続いた。
人通りのない路地裏で、二人は向かい合う。
マーブルはごくりと唾を飲むと、覚悟を決めて、切り出した。
「単刀直入に申し上げますわ、アリスティード様。わたくしと、取引をなさいませんか?」
「……取引、だと?」
「はい。わたくしは、これからも城下町へのお忍びをやめるつもりはありません」
きっぱりと言うマーブルに、アリスティードの眉間の皺がさらに深くなる。
「ですが、先日あなたに助けていただいた通り、危険が伴うことも理解しました。……そこで、提案です。わたくしが町へ出る際、あなたの手で、わたくしを護衛していただきたいのです」
「…………」
アリスティードは、何も言わない。ただ、心底馬鹿げたことを聞いた、という冷たい視線をマーブルに向けている。
「断る、と言いたいのでしょう。分かりますわ。あなたのようなお方が、一介の令嬢の気まぐれに付き合う義理はない。ですが!」
マーブルは一歩、彼に近づく。
「この取引は、あなたにとっても悪い話ではないはずです。あなたは、わたくしが問題を起こすのを面倒だと思っている。ならば、あなたの監視下に置いてくだされば問題は未然に防げますわ。それに対価もきちんとお支払いします」
「金銭なら不要だ」
「いいえ、お金ではありません。……わたくしが、この王都の貴族が決して足を踏み入れないような、本当に美味しいお店の数々へあなたをご案内するのです」
「……は?」
初めて、アリスティードの鉄仮面がわずかに揺らいだ。
「あなたは、先日わたくしが食べていたオーク串を少しだけ羨ましそうに見ていましたわね?きっと、あなたのようなお方は、毎日高級料理ばかりで飽き飽きしているはず。わたくしなら、あなたの知らない安くて美味しい平民の世界を教えて差し上げられますわ!」
自信満々に胸を張るマーブル。
アリスティードはしばらくの間、言葉を失っていた。
その提案は、あまりにも突飛であまりにも子供じみていた。
(馬鹿げている……。騎士団長である俺が令嬢の遊びの護衛だと?)
普通に考えれば、即座に断るべき話だ。
だが。
(……好都合、か)
彼の脳裏に、先日カインに命じた調査のことが浮かぶ。
彼女を監視下に置く。それは、彼女の素顔をそして噂の真相を探る上でこの上ない機会ではないか。
それに、彼の知らない世界という言葉にもほんの少しだけ心が動いたのも事実だった。
「……分かった」
長い沈黙の後、アリスティードが静かに口を開いた。
「え?」
「その取引、受けよう」
予想外の返事に、今度はマーブルが目を丸くする番だった。
「ただし、条件がある」
アリスティードは、マーブルに向かってすっと人差し指を立てた。
「外出の日時と場所は俺が決める。俺の指示には絶対に従うこと。そして――」
彼は、マーてブルの顔にぐっと顔を近づけ低い声で囁いた。
「俺の前では、淑女の皮を被るな。ありのままの君でいろ。……それが、取引の条件だ」
「…………っ!」
間近で見たサファイアの瞳の力強さに、マーブルの心臓が大きく音を立てた。
こうして、悪役令嬢と氷血公爵の誰にも言えない『秘密の取引』がひっそりと成立したのだった。
デュクロワ公爵邸の自室で、マーブルはリリーから一時間にも及ぶお説教を受けていた。
「ええ、ええ。分かっているわよ……」
ソファに深く沈み込みながら、マーブルは力なく答える。
二度もアリスティードに遭遇し、二度目には助けられてまでしまった。運が良かっただけで、一歩間違えれば、本当に危険な目に遭っていたかもしれない。
頭では、理解しているのだ。
しかし、マーブルの心は納得していなかった。
(このまま、また籠の鳥に戻れというの?せっかく手に入れた自由なのに?……嫌よ、そんなの!)
一度知ってしまった外の世界の楽しさを、諦めることなんてできない。
かといって、リリーの心配を無視して、また危険を冒すのも違うだろう。
(安全を確保しつつ、お忍びで城下町を満喫する方法……)
マーブルは腕を組み、うーんと唸る。
護衛をつければいい。だが、公爵家の騎士を連れて行けば、お忍びも何もない。すぐに身元がバレてしまう。
強くて、目立たなくて、そして、口が堅い人物。
そんな都合のいい護衛、どこかにいないものかしら……。
「…………」
マーブルの脳裏に、ふと、一人の男の姿が浮かんだ。
夜の闇色の髪、サファイアの瞳。
絶対零度の表情を浮かべた、あの騎士団長。
(……あの人)
アリスティード・ヴァリエ。
確かに、彼がいれば、チンピラが何人来ようと問題ないだろう。強さは折り紙付きだ。
それに、彼はすでにマーブルの秘密を知っている。今更、驚くこともない。
(でも、どうやって……?あの堅物が、わたくしの我儘に付き合ってくれるわけが……)
いや、とマーブルは頭を振る。
普通にお願いしたのでは、門前払いされるに決まっている。
ならば。
(取引よ!)
何か、彼にとっても利点のある条件を提示すればいいのだ。
マーブルはソファから飛び起きた。
「リリー!わたくし、ちょっと出かけてくるわ!」
「お嬢様!?どちらへ!?」
「未来の護衛候補と、交渉してくるのよ!」
リリーの悲鳴を背中に受けながら、マーブルは三度、町娘の服に身を包み、屋敷を抜け出したのだった。
向かった先は、王立騎士団の詰所が見える大通り。
もちろん、正面から訪ねる気など毛頭ない。彼が詰所から出てくるのを、ひたすら待ち伏せるという、地道な作戦だ。
そして、待つこと二時間。
夕暮れが迫る頃、見慣れた白銀の騎士服が、ようやく姿を現した。
「……いた!」
マーブルは駆け出し、彼の進路を塞ぐように、ずいっと前に立った。
「!」
アリスティードは、目の前に突然現れたマーブルを見て、目に見えて顔を顰めた。
「……また君か。今日は何の用だ。懲りずにまた問題でも起こしたか」
その言葉には、呆れと非難の色がたっぷりこもっている。
「ち、違いますわ!今日は、あなたにお話があって、待っていたのです!」
「俺に話?」
アリスティードは、ますます怪訝な顔になる。
「場所を変えましょう。立ち話もなんですし」
マーブルはそう言うと、ずんずんと近くの裏路地へと入っていく。アリスティードは一瞬ためらったが、仕方ないというように、大きなため息をついて後に続いた。
人通りのない路地裏で、二人は向かい合う。
マーブルはごくりと唾を飲むと、覚悟を決めて、切り出した。
「単刀直入に申し上げますわ、アリスティード様。わたくしと、取引をなさいませんか?」
「……取引、だと?」
「はい。わたくしは、これからも城下町へのお忍びをやめるつもりはありません」
きっぱりと言うマーブルに、アリスティードの眉間の皺がさらに深くなる。
「ですが、先日あなたに助けていただいた通り、危険が伴うことも理解しました。……そこで、提案です。わたくしが町へ出る際、あなたの手で、わたくしを護衛していただきたいのです」
「…………」
アリスティードは、何も言わない。ただ、心底馬鹿げたことを聞いた、という冷たい視線をマーブルに向けている。
「断る、と言いたいのでしょう。分かりますわ。あなたのようなお方が、一介の令嬢の気まぐれに付き合う義理はない。ですが!」
マーブルは一歩、彼に近づく。
「この取引は、あなたにとっても悪い話ではないはずです。あなたは、わたくしが問題を起こすのを面倒だと思っている。ならば、あなたの監視下に置いてくだされば問題は未然に防げますわ。それに対価もきちんとお支払いします」
「金銭なら不要だ」
「いいえ、お金ではありません。……わたくしが、この王都の貴族が決して足を踏み入れないような、本当に美味しいお店の数々へあなたをご案内するのです」
「……は?」
初めて、アリスティードの鉄仮面がわずかに揺らいだ。
「あなたは、先日わたくしが食べていたオーク串を少しだけ羨ましそうに見ていましたわね?きっと、あなたのようなお方は、毎日高級料理ばかりで飽き飽きしているはず。わたくしなら、あなたの知らない安くて美味しい平民の世界を教えて差し上げられますわ!」
自信満々に胸を張るマーブル。
アリスティードはしばらくの間、言葉を失っていた。
その提案は、あまりにも突飛であまりにも子供じみていた。
(馬鹿げている……。騎士団長である俺が令嬢の遊びの護衛だと?)
普通に考えれば、即座に断るべき話だ。
だが。
(……好都合、か)
彼の脳裏に、先日カインに命じた調査のことが浮かぶ。
彼女を監視下に置く。それは、彼女の素顔をそして噂の真相を探る上でこの上ない機会ではないか。
それに、彼の知らない世界という言葉にもほんの少しだけ心が動いたのも事実だった。
「……分かった」
長い沈黙の後、アリスティードが静かに口を開いた。
「え?」
「その取引、受けよう」
予想外の返事に、今度はマーブルが目を丸くする番だった。
「ただし、条件がある」
アリスティードは、マーブルに向かってすっと人差し指を立てた。
「外出の日時と場所は俺が決める。俺の指示には絶対に従うこと。そして――」
彼は、マーてブルの顔にぐっと顔を近づけ低い声で囁いた。
「俺の前では、淑女の皮を被るな。ありのままの君でいろ。……それが、取引の条件だ」
「…………っ!」
間近で見たサファイアの瞳の力強さに、マーブルの心臓が大きく音を立てた。
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