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翌日の夜明け。わたくしたちは、森の入り口に立っていた。ひんやりとした朝の空気が、肌をぴりりと刺す。
「よし、行こう」
アレンさんの低い声が、静かな森に響いた。彼を先頭に、わたくし、そしてわたくしの背後を固めるようにヨハンが続く。三人だけの、奇妙な調査隊の出発だ。
まずは、被害のあった畑で、改めて犯人の痕跡を調べることから始まった。アレンさんは、専門家のような鋭い目で、巨大な足跡や作物の食い跡を観察している。
「……やはり、これは魔物ではないな」
しばらくして、彼は確信のこもった声で言った。
「牙の跡がない。爪も、戦闘で使われた形跡はない。ただ一方的に、作物を食べただけだ。おそらく、相当図体の大きい、草食の獣だろう」
その言葉に、わたくしとヨハンは顔を見合わせた。正体不明の魔物だと思っていただけに、その分析は大きな安堵材料となった。
「すごいわ、アレンさん。見ただけで、そんなことまでわかるのね」
「これでも騎士団長なんでな。専門分野だ」
ぶっきらぼうに答えながらも、彼の横顔はどこか誇らしげに見えた。
わたくしたちは、巨大な足跡を頼りに、森の奥深くへと足を踏み入れていった。道中は、決して楽なものではなかったけれど、不思議と不安はなかった。
「そのキノコは毒だ。鮮やかな色のものには、手を出すな」
「この木の皮の剥がれ方は、鹿の仕業だな。近くに水場があるはずだ」
アレンさんは、歩きながら様々な森の知識を教えてくれた。堅物な彼が、まるで子供に言い聞かせるように、丁寧に説明してくれる。その意外な一面が、なんだか新鮮で、わたくしは彼の話に夢中になって聞き入った。
「お嬢様!あまりその男に近づいては……!」
わたくしとアレンさんの間に、ヨハンが無理やり割って入ろうとする。
「ヨハン、邪魔よ。今、いいところなのだから」
「しかし!帝国騎士など、何を考えているか……!」
「ヨハン、アレンさんはわたくしたちを助けてくれているのよ?失礼なことを言ってはだめ」
ぷんすかと怒るヨハンをなだめながら、わたくしたちは先へ進む。アレンさんは、そんなわたくしたちのやり取りを、呆れたような、それでいて少し面白そうな顔で眺めていた。
しばらく歩き、少し開けた場所に出た時だった。
「あら、この先に行けば、綺麗な泉があるはずよ」
以前、薬草を探しに来た時に見つけた泉だ。わたくしがそう言うと、アレンさんは驚いたようにこちらを見た。
「……君は、この森に詳しいのか?」
「詳しいというほどではないけれど。一度、来たことがあるの」
「ふん。君は、本当にただの令嬢ではないようだな」
彼の言葉に、わたくしは得意げに胸を張った。守られているだけではない。わたくしだって、ちゃんと役に立てるのだ。
泉で少し休憩を取った後、わたくしたちはさらに森の奥へと進んだ。日が傾き始めると、森の様相は一変する。木々の影は長く伸び、不気味な静けさが辺りを支配し始めた。
「……今日は、この辺りで野営した方がよさそうだ」
アレンさんが、周囲を警戒しながら言った。
「野営……!」
生まれて初めての響きに、わたくしは少しの不安と、それを上回る大きな期待を感じた。
「ええ、そうしましょう」
わたくしたちは、比較的ひらけた場所を見つけると、野営の準備を始めた。アレンさんは手際よく焚き火の準備をし、ヨハンは周囲の警戒にあたる。
「わたくしは、何か飲み物の準備をするわね」
持参した水筒とハーブティーの茶葉を取り出す。騎士二人に任せきりにするのではなく、自分にできることを探す。それが、今のわたくしたちのチームワークだった。
赤々と燃え始めた炎が、三人の顔をぼんやりと照らし出す。
(これから、夜が明けるまで、ずっとここで……)
すぐ隣には、頼もしい騎士様が二人もいる。怖がる必要など何もないはずなのに、なぜか胸の鼓動が、少しだけ速くなっているのを、わたくしは感じていた。
「よし、行こう」
アレンさんの低い声が、静かな森に響いた。彼を先頭に、わたくし、そしてわたくしの背後を固めるようにヨハンが続く。三人だけの、奇妙な調査隊の出発だ。
まずは、被害のあった畑で、改めて犯人の痕跡を調べることから始まった。アレンさんは、専門家のような鋭い目で、巨大な足跡や作物の食い跡を観察している。
「……やはり、これは魔物ではないな」
しばらくして、彼は確信のこもった声で言った。
「牙の跡がない。爪も、戦闘で使われた形跡はない。ただ一方的に、作物を食べただけだ。おそらく、相当図体の大きい、草食の獣だろう」
その言葉に、わたくしとヨハンは顔を見合わせた。正体不明の魔物だと思っていただけに、その分析は大きな安堵材料となった。
「すごいわ、アレンさん。見ただけで、そんなことまでわかるのね」
「これでも騎士団長なんでな。専門分野だ」
ぶっきらぼうに答えながらも、彼の横顔はどこか誇らしげに見えた。
わたくしたちは、巨大な足跡を頼りに、森の奥深くへと足を踏み入れていった。道中は、決して楽なものではなかったけれど、不思議と不安はなかった。
「そのキノコは毒だ。鮮やかな色のものには、手を出すな」
「この木の皮の剥がれ方は、鹿の仕業だな。近くに水場があるはずだ」
アレンさんは、歩きながら様々な森の知識を教えてくれた。堅物な彼が、まるで子供に言い聞かせるように、丁寧に説明してくれる。その意外な一面が、なんだか新鮮で、わたくしは彼の話に夢中になって聞き入った。
「お嬢様!あまりその男に近づいては……!」
わたくしとアレンさんの間に、ヨハンが無理やり割って入ろうとする。
「ヨハン、邪魔よ。今、いいところなのだから」
「しかし!帝国騎士など、何を考えているか……!」
「ヨハン、アレンさんはわたくしたちを助けてくれているのよ?失礼なことを言ってはだめ」
ぷんすかと怒るヨハンをなだめながら、わたくしたちは先へ進む。アレンさんは、そんなわたくしたちのやり取りを、呆れたような、それでいて少し面白そうな顔で眺めていた。
しばらく歩き、少し開けた場所に出た時だった。
「あら、この先に行けば、綺麗な泉があるはずよ」
以前、薬草を探しに来た時に見つけた泉だ。わたくしがそう言うと、アレンさんは驚いたようにこちらを見た。
「……君は、この森に詳しいのか?」
「詳しいというほどではないけれど。一度、来たことがあるの」
「ふん。君は、本当にただの令嬢ではないようだな」
彼の言葉に、わたくしは得意げに胸を張った。守られているだけではない。わたくしだって、ちゃんと役に立てるのだ。
泉で少し休憩を取った後、わたくしたちはさらに森の奥へと進んだ。日が傾き始めると、森の様相は一変する。木々の影は長く伸び、不気味な静けさが辺りを支配し始めた。
「……今日は、この辺りで野営した方がよさそうだ」
アレンさんが、周囲を警戒しながら言った。
「野営……!」
生まれて初めての響きに、わたくしは少しの不安と、それを上回る大きな期待を感じた。
「ええ、そうしましょう」
わたくしたちは、比較的ひらけた場所を見つけると、野営の準備を始めた。アレンさんは手際よく焚き火の準備をし、ヨハンは周囲の警戒にあたる。
「わたくしは、何か飲み物の準備をするわね」
持参した水筒とハーブティーの茶葉を取り出す。騎士二人に任せきりにするのではなく、自分にできることを探す。それが、今のわたくしたちのチームワークだった。
赤々と燃え始めた炎が、三人の顔をぼんやりと照らし出す。
(これから、夜が明けるまで、ずっとここで……)
すぐ隣には、頼もしい騎士様が二人もいる。怖がる必要など何もないはずなのに、なぜか胸の鼓動が、少しだけ速くなっているのを、わたくしは感じていた。
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