婚約破棄は結構ですが。その罪、存じ上げません。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
14 / 28

14

森で迎えた二日目の朝。昨夜の語らいのせいか、アレンさんと顔を合わせるのが、少しだけ気恥ずかしい。

「……おはよう、リーファ嬢」

「おはようございます、アレンさん」

どこかぎこちない挨拶を交わすわたくしたちを、ヨハンが訝しげな目で見ている気がするけれど、今は目の前の問題に集中しなければ。

わたくしたちは、残された足跡を頼りに、さらに森の奥深くへと進んでいった。昨夜のうちに、わたくしとアレンさんの間には、言葉にしなくてもわかる、確かな信頼のようなものが芽生えていた。

「この先だ」

アレンさんの言葉に導かれ、険しい獣道を抜けると、目の前がぱっと開けた。そこは、陽光が降り注ぐ、穏やかな谷だった。

そして、わたくしたちは、ついに「犯人」の姿を目の当たりにした。

「あれは……!」

谷間の斜面で、数頭の巨大な獣が、のんびりと草を食んでいた。猪に似ているが、その体は牛ほども大きい。魔物というには、あまりにもその瞳は優しく、動きも穏やかだった。

「……『森喰らい』だな」

アレンさんが、低い声で呟いた。

「めったに人前に姿を見せない、幻の草食獣だ。本来は、もっと深い山奥で、ひっそりと暮らしているはずだが……」

「では、魔物ではなかったのですね……!」

ヨハンの声に、安堵の色が滲む。

「なぜ、彼らが人里の畑を?」

わたくしの問いに、アレンさんは周囲の木々を見渡しながら答えた。

「おそらく、この森で、彼らの餌が不足しているのだろう。今年は天候不順で、木の実の付きが悪いと聞く。生きるために、仕方なく人里まで下りてきた……そういうことだろう」

その言葉に、わたくしは胸が痛んだ。彼らもまた、必死だったのだ。自分たちの畑を荒らされて、腹立たしい気持ちがなかったわけではない。けれど、穏やかに草を食む彼らの姿を見ていると、その怒りはどこかへ消えてしまっていた。

「……どうする?討伐するか?」

アレンさんの言葉に、わたくしは即座に首を横に振った。

「いいえ!そんなことはできません!彼らは、何も悪くないわ」

「しかし、このままでは、また村の畑が被害に遭いますぞ」

ヨハンの心配も、もっともだ。どうすればいい?彼らを傷つけず、そして村人たちの生活も守る。そんな方法が、あるのだろうか。

わたくしは、必死に頭を働かせた。そして、一つの考えに思い至る。

「……そうだわ!彼らの新しい餌場を、作ってあげるのはどうかしら?」

「餌場……?」

「ええ。この谷から、村とは反対側の山の麓……あそこなら、人の往来もほとんどないはずよ。そこに、彼らが好む木の実がなる木を植えたり、畑を作ったりして、彼らをそちらへ誘導するの」

それは、時間も手間もかかる、気の遠くなるような計画かもしれない。けれど、これしか方法はないと思った。動物と人間が、この領地で共に生きていくための、唯一の方法だと。

わたくしの提案に、アレンさんは驚いたように目を見開いていたが、やがて、その口元に、ふっと柔らかな笑みが浮かんだ。

「……素晴らしい考えだ。力ずくで排除するのではなく、共存の道を探すか」

彼は、真っ直ぐにわたくしを見つめて言った。

「君は、真の領主だな、リーファ嬢」

その賞賛の言葉に、頬が熱くなるのを感じた。ヨハンも、最初は驚いていたが、やがて誇らしげに頷いてくれた。

「さすがです、お嬢様」

こうして、わたくしたちの方針は決まった。問題の根本的な原因と、平和的な解決策が見つかったのだ。わたくしたちは、安堵のため息をつくと、館への帰路についた。

帰り道、険しい山道で、わたくしが足を踏み外しそうになった時だった。

「危ない」

アレンさんが、ごく自然に、わたくしの腕を掴んで支えてくれた。そして、そのまま、手を差し伸べてくる。

「……これを」

「え……?」

「君は、歩き疲れているだろう。俺が手を引いてやる」

ためらうわたくしの手を、彼は少し強引に握った。ごつごつとした、大きな騎士の手。その温かさに、心臓がまた、どきりと音を立てる。

「……ありがとう、ございます」

顔を見ることができなくて、俯いたままそう言うのが精一杯だった。

彼に手を引かれながら、二人で並んで森を歩く。すぐ後ろからは、ヨハンの盛大なため息が聞こえてくるけれど、今のわたくしには、それすらも遠い世界の出来事のように感じられた。

やがて、森を抜け、丘の上に見慣れた館が見えてきた時。握られた手の温かさを、わたくしは、一生忘れないだろうと思った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました

クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。 十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。 我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。 誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ

リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。 先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。 エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹? 「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」 はて、そこでヤスミーンは思案する。 何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。 また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。 最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。 するとある変化が……。 ゆるふわ設定ざまああり?です。

私が支えた国が崩壊する様を見届けさせていただきますわ !

ルミナス
恋愛
悪役令嬢×婚約破棄×ざまぁ 20話で完結します。

令嬢たちの華麗なる断罪 ~婚約破棄は、こちらから~

櫻井みこと
恋愛
婚約者である令嬢たちを差し置いて、ひとりの女性に夢中になっている婚約者たち。 その女性はあまりにも常識知らずだったから、少し注意をしていただけなのに、嫉妬して彼女をいじめていると言いがかりをつけられる。 どうして政略結婚の相手に、嫉妬などしなければならないのでしょう。 呆れた令嬢たちは、ひそかに婚約破棄の準備を進めていた。 ※期間限定で再公開しました。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

悪役令嬢ですが、今日も元婚約者とヒロインにざまぁされました(なお、全員私を溺愛しています)

ほーみ
恋愛
「レティシア・エルフォード! お前との婚約は破棄する!」  王太子アレクシス・ヴォルフェンがそう宣言した瞬間、広間はざわめいた。私は静かに紅茶を口にしながら、その言葉を聞き流す。どうやら、今日もまた「ざまぁ」される日らしい。  ここは王宮の舞踏会場。華やかな装飾と甘い香りが漂う中、私はまたしても断罪劇の主役に据えられていた。目の前では、王太子が優雅に微笑みながら、私に婚約破棄を突きつけている。その隣には、栗色の髪をふわりと揺らした少女――リリア・エヴァンスが涙ぐんでいた。