悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「照明が明るすぎますわ! もっと暗く! そう、地下牢のような陰鬱な雰囲気にしなさい!」

卒業パーティーの前日。

私は会場となる大広間で、設営スタッフたちに檄を飛ばしていました。

明日は、私の人生をかけた「断罪イベント」の本番。

その舞台装置に手抜かりがあってはいけません。

「アミカブル様……しかし、これはお祝いのパーティーですので、これ以上暗くすると足元が危ないのでは……」

「足元など見えなくて結構! 闇の中から私がヌラリと現れ、絶望的な空気を撒き散らす……その演出が必要なのです!」

私は力説しました。

私のイメージは「魔王の降臨」です。

スポットライトは私一人に一点集中し、周囲は闇に沈む。そこで行われる私への弾劾裁判。

完璧です。

スタッフの責任者が、困った顔で照明を調整しました。

「では、少し照度を落として……キャンドルの光をメインに……」

「もっと! もっとドロドロとした、怨念が渦巻くような暗さに!」

「は、はい……!」

スタッフが照明を落とすと、会場は薄暗く、厳かな雰囲気に包まれました。

「……ふふ、いい感じですわ」

私が満足げに頷くと、背後でスタッフたちがひそひそと話しているのが聞こえました。

「すごいな……。アミカブル様は『光と影の魔術師』だ」

「ああ。単に明るくするだけの陳腐なパーティーとは訳が違う。この『明暗のコントラスト』が、卒業という別れと旅立ちの切なさを表現しているんだな」

「なんて芸術的な感性なんだ……!」

違います。私はホラー映画のセットを作りたかっただけです。

なぜ「おしゃれなナイトラウンジ」みたいになってしまうのですか。

「次は音楽ですわ! 楽団長!」

「はっ、ここに!」

楽団の指揮者が飛んできました。

「明日の選曲リストを見せなさい。……何ですの、この『春の訪れ』とか『希望の光』とかいう能天気な曲名は」

「えっ、卒業にふさわしい曲を選びましたが……」

「却下! すべて短調(マイナーコード)にしなさい! 地獄の底から亡者が這い上がってくるような、重苦しい旋律を奏でるのです!」

「も、亡者ですか!?」

「例えば『断頭台への行進』とか『破滅のワルツ』とかあるでしょう? そういう曲だけをエンドレスで流しなさい!」

指揮者が震え上がります。

「し、しかしアミカブル様、それではゲストが不安になります……」

「不安にさせるのが目的なのです! 心臓がキュッとなるような不協和音を混ぜてもよろしくてよ!」

「……!!」

指揮者がカッと目を見開きました。

「なるほど……! 既存の調和(ハーモニー)をあえて崩すことで、『予定調和な未来などない、自らの手で切り開け』という若者へのメッセージですね!」

「はい?」

「アヴァンギャルド(前衛的)だ! アミカブル様は音楽の革命児だ! よし、明日はトロンボーンに悲鳴のような音を出させよう!」

「勝手に解釈しないで! ただ不快な音を出したいだけです!」

私の指示はことごとく「芸術的演出」として採用されていきました。

結果、会場は「薄暗く、前衛的な音楽が流れる、大人の社交場」として完成してしまいました。

「……まあ、いいでしょう。雰囲気がどうであれ、最後に私が断罪されればそれでいいのです」

私は気を取り直して、最後の仕上げに向かいました。

そう、主役であるフレデリック殿下の「衣装チェック」です。



「フレデリック。入りますわよ」

王太子の私室に入ると、殿下は鏡の前でポーズを取っていました。

「やあ、アミカ。明日の衣装を合わせていたんだ。どうだい?」

彼が着ていたのは、純白のタキシードでした。

金糸の刺繍が施され、まばゆいばかりに輝いています。

「……眩しいですわ」

「ありがとう。君の瞳の方が眩しいよ」

「褒めてません。物理的に目が痛いと言っているのです」

私はサングラス(のような色の濃い眼鏡)を取り出しかけました。

「フレデリック。明日は大事な日です。貴方にとって、人生の転機となる日ですわ」

私は真剣な顔で告げました。

明日は彼が婚約破棄を宣言し、私という呪縛から解放される日。

つまり、彼の「新しい人生(セカンドライフ)」の始まりです。

「分かっているよ、アミカ」

殿下は穏やかに微笑み、私の手を取りました。

「僕も覚悟を決めた。明日のパーティーで、すべてを白日の下に晒し、決着をつけるつもりだ」

おっ?

その言葉、期待していいのですね?

「すべてを白日の下に晒す」とは、私の悪事を暴露し、私を切り捨てるということですね?

「ええ、その意気ですわフレデリック! 遠慮はいりません。皆の前で、高らかに宣言してください!」

「ああ。僕のこの想い、会場の全員にぶつけるよ」

殿下の目が熱く燃えています。

よし、仕込みは上々です。

彼もどうやら、私との関係(腐れ縁)に終止符を打つ準備ができているようです。

「楽しみにしておりますわ。貴方の口から『婚約破棄』という言葉が聞けるのを(脳内補完)」

「期待していてくれ。君を驚かせてみせるよ(プロポーズ的な意味で)」

二人の会話は完璧に噛み合っているようで、実は平行線を辿っていました。



最後に、私はリリーナさんとの最終リハーサルを行いました。

場所は学園の裏庭。

「リリーナさん。セリフは覚えましたか?」

「はい、お姉様! 寝言でも言えるくらい完璧です!」

リリーナさんは自信満々に胸を張りました。

「では、一番大事なクライマックスのシーンをやってみなさい」

「承知しました!」

リリーナさんはコホンと咳払いをし、スッと表情を変えました。

悲劇のヒロインのような、悲痛な面持ちです。

「(スゥッ……)皆様、聞いてください! アミカブル様は……アミカブル様は悪魔です!」

おお、いい声量です。

「あの方は、私の大事な教科書の全ページに、パラパラ漫画で『骸骨が踊る絵』を描きました!」

「……ちょっと待ちなさい」

私はストップをかけました。

「何ですか、その地味に手間のかかる嫌がらせは」

「えっ? 台本通りですよ?」

「私が書いたのは『教科書を破いた』ですわ。勝手に改変しないでください」

「だって、破くなんてもったいないじゃないですか! パラパラ漫画の方が、描く労力を想像させて『なんて暇人なんだ』というサイコパス感が際立ちます!」

「誰が暇人ですか! ……まあ、いいでしょう。狂気は感じますわ」

「続けます! 『さらに、あの方は私の靴の中に、煮込んだコンニャクを詰めました! あのヌルッとした感触……一生のトラウマです!』」

「……それも私が書いた内容と違いますけど」

「画鋲よりコンニャクの方が精神的ダメージが大きいです! 生理的嫌悪感を煽る作戦です!」

リリーナさんの演技プランが独特すぎます。

しかし、彼女の演技力は本物でした。

目には涙を溜め、声は震え、聞く者の同情を誘う迫真の演技。

「ううっ……酷い……なんて酷いことを……!」

「よし! その調子です!」

私は手を叩きました。

「本番でもそのテンションでやりなさい。そうすれば、会場中が私を軽蔑の眼差しで見るはずです!」

「はい! 会場中を爆笑と感動の渦に巻き込んでみせます!」

「爆笑はいりませんってば!」

リリーナさんは「ふふっ、お姉様の台本、シュールすぎて笑いを堪えるのが大変です」と呟いていますが、まあ演技さえしっかりしていれば問題ないでしょう。

「さあ、準備は整いましたわ」

私は夕焼け空を見上げました。

照明、音楽、王子の覚悟、そしてヒロインの告発。

すべてのピースは揃いました。

「明日の今頃、私は『元』婚約者となり、自由の身。そして『稀代の悪女』として歴史に名を残す……!」

完璧な計画です。

失敗する要素など、一ミリも見当たりません。

「オーッホッホッホ! 楽しみすぎて震えが止まりませんわ!」

私の高笑いが、カラスの鳴き声と共にこだましました。

その背後で、シドが茂みの中から現れ、「……アミカブル様が、卒業を前に感極まって泣いておられる(震えている)。やはり寂しいのだな」と勘違いメモを取っていることに気づくこともなく。

運命の卒業パーティーまで、あと数時間。
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