悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「……どうしてですの」

私は、執務室の窓から城下町を見下ろして、深いため息をつきました。

窓の外には、活気に満ちた街の風景が広がっています。

市場には商品が溢れ、人々は笑顔で買い物をし、職人たちはトンカチと槌(つち)を振るって新しい建物を建てています。

どこからどう見ても、「空前の好景気」です。

「おかしい……。計算が狂いましたわ」

先日、私が財務省に乗り込んで断行した「アミカブル・プラン(という名の嫌がらせ)」。

あれから一週間。

私の予想では、増税に喘ぐ国民の怒号と、不況に苦しむ商人の嘆きが聞こえてくるはずでした。

ところが。

コンコン。

控えめなノックの後、部屋に入ってきたのは、ハンカチで目頭を押さえる財務大臣でした。

「ううっ……アミカブル様ぁ……!」

「あら、大臣。やっと泣きに来ましたの? 国の経済が破綻して、責任を取らされるのが怖くなりましたか?」

私は期待に胸を膨らませました。

さあ、言ってやりなさい。「貴女のせいで国は滅茶苦茶だ!」と。

大臣は鼻水をすすりながら、一枚の羊皮紙を差し出しました。

「ご覧ください……今期の税収報告です……」

「どれどれ。真っ赤っかな赤字でしょうけど……」

私は羊皮紙に目を落とし――そして、目を剥きました。

**『税収:前年比300%増(黒字)』**

「はあ!?」

私は素っ頓狂な声を上げました。

「な、何かの間違いでしょう? 私、贅沢税を導入しましたのよ? 貴族たちが買い物を控えて、経済が冷え込むはずじゃありませんの?」

大臣は感動のあまり、その場に崩れ落ちました。

「それが……貴女様の読み通りでした! 『輸入品に高額な税をかける』としたことで、貴族たちが一斉に『国産品』を買い求めたのです!」

「はい?」

「これまで海外ブランドに流れていた資金が、すべて国内の職人たちに還元されました! そのおかげで国内産業が爆発的に活性化! 職人が潤い、彼らがまた買い物をするという、奇跡の経済循環(エコシステム)が完成したのです!」

「なんでそうなるんですのーーっ!?」

私は頭を抱えました。

意地悪で輸入香水を禁止したら、国内の香水職人が張り切って新作を作り、それが大ヒットしたというのですか?

「さらに、貴女様が『子供は草を食え』と言って予算をカットした孤児院ですが……」

「ええ、今頃ひもじい思いをしているでしょうね!」

「貴女様が『自立支援』に回した資金で、子供たちが農業を始めました。彼らが作った『孤児院ブランドの野菜』が、『無農薬で美味しい』と大評判になり、今や王都一番のヒット商品です!」

「草を食えとは言いましたが、野菜を作って売れとは言っていませんわ!」

「子供たちは『アミカブル様がチャンスをくれた! 自分たちの手で稼ぐ喜びを知った!』と、初任給で貴女様の銅像を建てようとしています!」

「やめなさい! 私の銅像を野菜で飾るな!」

大臣は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げました。

「アミカブル様……。私は長年、財務大臣をしてきましたが、これほど鮮やかな手腕を見たことがありません。貴女様は、数字の魔術師だ……!」

「違います! 私はただのケチな悪女です!」

「ああ、なんて謙虚な……! この溢れかえる税収、どう使いましょうか? やはり、全額をアミカブル様の結婚式の費用に……」

「いりません! そんな金で祝われる結婚式なんて、呪われていますわ!」

私は大臣を部屋から追い出しました。

「もう帰って! 二度と黒字の報告書なんて見せないで!」

「ははあーっ! 一生ついていきますーっ!」

バタン!

扉が閉まり、静寂が訪れました。

私はデスクに突っ伏しました。

「……終わりましたわ」

経済政策、大失敗(国にとっては大成功)。

国民の生活を脅かすどころか、生活水準を向上させてしまいました。

これでは、私は「悪役令嬢」ではなく「救国の聖女」……いいえ、それを通り越して「商売の神様(招き猫)」扱いです。

「……もう、内政には手を出しません」

私が動けば動くほど、国が豊かになる。

この謎のジンクスを断ち切るには、もう「個人的な悪事」しか残されていません。

「……書くしかありませんわね」

私は引き出しから、新しい羊皮紙とインクを取り出しました。

最終決戦は、来週の卒業パーティー。

そこで行われる「断罪劇」。

しかし、今のフレデリック殿下や周囲の人間が、私を断罪するはずがありません。

ならば、どうするか。

「役者に、無理やり言わせるのです」

私はペンを走らせました。

タイトルは――**『悪役令嬢アミカブルの断罪シナリオ』**。

『私はアミカブル様にいじめられました』
『あの方は悪魔です』
『靴の中に画鋲を入れられました』

ありもしない悪事(画鋲を入れるほど暇ではありません)を書き連ね、それをリリーナさんに読ませる。

彼女が泣きながらこれを読み上げれば、さすがの殿下も「えっ、アミカってそんなに陰湿だったの?」と引くはずです。

「ふふふ……これぞ完全犯罪(自作自演)。待っていなさい、リリーナさん。貴女には主演女優賞を差し上げますわ!」

私は夜通し、自分の悪口を書き続けました。

自分の悪口を考えるのがこんなに難しいとは思いませんでしたが(だって私は完璧ですから)、必死に捏造しました。



翌日。

私はリリーナさんを呼び出しました。

「ごきげんよう、お姉様! 今日も素晴らしい天気ですね! お姉様の経済政策のおかげで、実家の農具が新品になりました!」

「黙りなさい。今日は大事な話があります」

私は周囲を警戒しながら、分厚い台本を彼女に手渡しました。

「……これは?」

リリーナさんが首を傾げます。

「来週の卒業パーティーで、貴女が読む『スピーチ原稿』ですわ」

「スピーチ……ですか?」

「ええ。一言一句、間違えずに暗記なさい。感情を込めて、涙ながらに訴えるのです」

リリーナさんは真剣な顔で台本を開きました。

「えっと……『アミカブル様は、私の教科書にナメクジを挟みました』……?」

「続けて」

「『アミカブル様は、私のランチのサンドイッチの具を、すべて消しゴムに変えました』……?」

「続けて!」

「『アミカブル様は、夜な夜な藁人形に王子の名前を書いて釘を打っています』……!?」

リリーナさんが顔を上げました。

「お姉様、これは……?」

「事実です(嘘ですけど)。私はそういう女なのです。貴女はパーティーのクライマックスで、これを大声で暴露するのです」

さあ、どうですか。

尊敬するお姉様の裏の顔を知り、軽蔑したでしょう?

リリーナさんは、台本をプルプルと震わせながら見つめ、そして――。

カッ!

目を輝かせました。

「なるほど……!!」

「え?」

「これは『サプライズ演劇』の台本ですね!?」

「は?」

リリーナさんは興奮気味に捲し立てました。

「卒業パーティーの余興として、お姉様が悪役を演じ、私がそれを告発する『寸劇』を披露する! そして最後には『なーんて嘘です! 私たちはこんなに仲良しです!』とネタバラシをして、会場を盛り上げる企画ですね!」

「違います! ノンフィクション(という設定)の告発です!」

「分かってますよ、お姉様。あえて自分を下げて、会場の笑いを取ろうとするそのサービス精神……! 泣けます!」

「笑いなんていりません! 私は断罪されたいのです!」

「任せてください! 私、演技には自信があります! かつて村の学芸会で『木の役』を熱演し、観客を感動させた実力をお見せします!」

「木の役でどうやって感動させるんですの!?」

リリーナさんは台本を胸に抱きしめました。

「完璧に覚えます! 当日、会場中の涙と笑いを誘ってみせますわ!」

「笑いは誘うなと言っているでしょう!?」

私の訂正も虚しく、リリーナさんは「練習してきます!」と走り去ってしまいました。

「……不安ですわ」

私は立ち尽くしました。

彼女は「寸劇」だと思っています。

つまり、本気で私を憎んで告発するのではなく、「演技」としてやるつもりです。

(……まあ、それでもいいですわ)

結果として、彼女の口から私の悪行が語られれば、聞いた人々は「えっ、本当なの?」と疑念を抱くはず。

演技だろうが何だろうが、事実(嘘)が広まればこっちのものです。

「あとは……フレデリックですわね」

彼にも仕込みが必要です。

リリーナさんの告発を受けた彼が、即座に「婚約破棄だ!」と叫べるように、誘導しなければなりません。

「待っていなさい、カボチャ王子。貴方には『絶望』という名のスポットライトを浴びせて差し上げますわ……!」

私は不敵に笑いましたが、その笑顔はどこか引きつっていました。

なぜなら、遠くで財務大臣が「アミカブル様の台本執筆料として、国家予算から特別手当を出そう」と会議しているのが聞こえてしまったからです。

もう、何でもいいから早く楽になりたい。

それが今の私の、偽らざる本音でした。
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