悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「金庫を開けなさい! 今すぐです!」

財務省の重厚な扉を蹴り開け、私は高らかに叫びました。

中にいた役人たちが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で私を見ます。

「ア、アミカブル様……? ここは国の金庫番である財務省ですぞ。そのような狼藉は……」

「狼藉? ええ、そうですわ。私は強欲な悪役令嬢ですからね!」

私はズカズカと部屋の中央に進み、大臣の机をバンッ! と叩きました。

「国の金は私のもの。私のものは私のもの。今日からこの国の予算は、すべて私が管理しますわ!」

ついに、私は禁断の領域に手を染めました。

これまでの作戦(王子いじめ、騎士いじめ、外交問題)がすべて「善行」とみなされてしまった今、残る手段は一つ。

**「国民の生活を脅かす」**ことです。

具体的には、福祉予算を削減し、税金を上げ、無駄な公共事業(私の銅像建設など)にお金を湯水のように使う。

そうすれば、国民は「あの女のせいで生活が苦しい!」と激怒し、一揆を起こし、私を断罪台へと送り込んでくれるはず!

「さあ、今年度の予算案を出しなさい! 私が赤ペンで真っ赤に染めて差し上げますわ!」

私が睨みつけると、財務大臣(以前、殿下に書類を投げつけられて更生した恰幅の良い男性)が、汗を拭きながら分厚いファイルを持ってきました。

「こ、こちらでございます……。しかし、すでに殿下の改革でかなり切り詰めておりまして……」

「甘いですわ! 殿下の改革なんて、所詮は『無駄をなくそう』レベル。私は『必要なものまでなくす』レベルを目指していますのよ!」

私はファイルを奪い取り、パラパラとめくりました。

「フン……何ですの、この『孤児院への寄付金』というのは」

「はっ、それは身寄りのない子供たちの食費や衣服代で……」

「却下! 甘やかすんじゃありません!」

私は赤ペンで大きくバツ印をつけました。

「子供は風の子です。草でも食べて強く生きなさい。その浮いた金で、私のドレスにつけるダイヤモンドを買いなさい!」

どうですか、この非道ぶり!

これぞ悪魔の所業!

大臣が青ざめます。

「そ、そんな……子供たちからパンを奪うなど……」

「さらにこれ! 『街道の修繕費』? 穴くらいジャンプして避けなさい! 全額カット!」

「『公衆浴場の運営費』? 川で泳げばよろしい! カット!」

「『高齢者への医療補助』? 気合で治しなさい! カット!」

私は次々と、国民のライフラインに関わる予算を切り捨てていきました。

気分は最高です。

これできっと、明日の新聞には『アミカブル、弱者を切り捨てる』という見出しが踊るでしょう。

「そして極め付けはこれですわ!」

私は最後のページを開き、大きく書き込みました。

**『新税導入:贅沢税(税率500%)』**

「宝石、シルク、輸入香水、高級馬車……これらすべてに五倍の税金をかけます! 貴族たちから搾り取った金で、私は毎日キャビア風呂に入りますわ!」

これは、私を支持している貴族層を一網打尽にする策です。

私を「女神」と崇める彼らも、自分の財布が痛めば、手のひらを返すに違いありません。

「ふふふ……これで国中が敵に回りますわ。さあ、どうですか大臣! この地獄の予算案、恐怖に震えなさい!」

私はファイルを大臣に突き返しました。

大臣は震える手でファイルを受け取り、中身を確認しました。

沈黙。

長い沈黙が流れます。

役人たちも固唾を飲んで見守っています。

やがて、大臣がゆっくりと顔を上げました。

「……アミカブル様」

「何かしら。文句があるなら……」

「天才ですか……?」

「は?」

大臣の目が、カッと見開かれました。

「この『孤児院への寄付金』カット……。よく見れば、ここは長年、院長が私腹を肥やしているという噂があった『不正の温床』となっていた口座ではありませんか!」

「えっ?」

「貴女様は、単に金を切ったのではない。不正ルートへの資金供給を断ち、代わりにこちらの……『子供たちの自立支援プログラム(職業訓練)』の方に予算を振り分けようという意図ですね!?」

「いえ、ただ草を食わせようと……」

「『街道の修繕費』もそうです! 従来の手法では業者の癒着で高コストでした。貴女様はあえて予算をゼロにすることで、『一度更地にして、より耐久性の高い新素材で作り直す』という抜本的改革を提案されたのですね!」

「いや、ジャンプしろと……」

「極め付けはこの『贅沢税』!!」

大臣が机をバンバン叩いて興奮しています。

「我が国の財政難の原因は、一部の富裕層による資産の海外流出と、納税逃れでした。この税率は、彼らの『逃げ得』を許さない究極の一手! これにより得られる財源で、先ほどカットした福祉予算を倍増させることができる!」

「はあああ!?」

大臣が感極まって叫びました。

「皆さん聞きましたか! アミカブル様は、既得権益にメスを入れ、真に国民のためになる『富の再分配』を行おうとしているのです!」

「「「おおおおおっ!!」」」

役人たちが総立ちになりました。

「アミカブル様、万歳!」

「ジャンヌ・ダルクの再来だ!」

「財務省の救世主!」

拍手喝采。スタンディングオベーション。

なぜですの。

私はただ、子供からパンを奪い、年寄りを困らせ、自分が贅沢をしたかっただけなのに。

どうしてそれが「富の再分配」なんて高尚な経済理論に変換されてしまうのですか!?

「違います! 私はただの強欲女で……!」

「分かっております! あえて『悪役』を演じ、汚れ役を買って出ることで、我々が切り込めなかった聖域に踏み込んだのですね!」

大臣が私の手を取り、涙を流しました。

「貴女様の覚悟、無駄にはしません。この『アミカブル・プラン』、直ちに実行に移します!」

「実行しないで! 国が良くなってしまいますわ!」

そこへ、騒ぎを聞きつけたフレデリック殿下が入ってきました。

「何事だい? ……おや、アミカ。また何か伝説を作ったのかい?」

殿下は、熱狂する役人たちと、白目を剥いている私を見て状況を察しました(誤った方向に)。

「そうか。アミカは国の財布の紐まで締めに来てくれたんだね。……ありがとう。僕も、王族費を削減する覚悟を決めるよ」

「決めるな! もっと浪費しろ!」

「よし、僕の離宮を売却して、その金を全額、君の提案した『自立支援プログラム』に充てよう」

「やめてーっ! 私の悪事がまた善行に上書きされていくーっ!」

私は頭を抱えてその場にうずくまりました。

もうダメです。

何をしても、どう足掻いても、世界が私を「聖女」へと押し上げていきます。

この国には、「悪意」という概念が存在しないのでしょうか。

「……こうなったら」

私はフラフラと立ち上がりました。

私の瞳から、光が消えていました。

「こうなったら、最後の手段ですわ」

「アミカ?」

私は殿下を無視して、よろめきながら出口へと向かいました。

「自分の手でダメなら、他人の口を使います」

そう、卒業パーティー。

そこで行われる「婚約破棄イベント」。

これを自作自演するしかありません。

「リリーナさんに……台本を渡しましょう」

『アミカブルはこんなに酷いことをした』という嘘の告発文を。

彼女にそれを読ませれば、さすがの周囲もドン引きするはず。

「待っていなさい、卒業パーティー。そこが私の処刑台(ステージ)ですわ……!」

私は虚ろな笑みを浮かべて、財務省を後にしました。

背後で「アミカブル様の背中が、国の重責を背負って小さく見える……」と大臣たちが合掌しているのを、私はもう否定する気力さえありませんでした。
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