悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「ようこそ、美しきご婦人方。我が国の土を踏むよりも、貴女のその白い肌に触れたいものだ」

王城の迎賓館で開催された歓迎パーティー。

隣国からやってきた第三王子ジェラルドは、噂通りの――いや、噂以上の「チャラ男」でした。

金髪を無駄になびかせ、胸元を大きく開けたシャツを着崩し、手当たり次第に令嬢たちにウィンクを飛ばしています。

「彼ですわ……!」

私は、会場の柱の陰でガッツポーズをしました。

彼こそが、私の「悪女計画」の最終兵器。

私のシナリオはこうです。

まず、彼に色目を使って近づく。

次に、衆人環視の中で彼とイチャイチャし、「私、フレデリックよりも貴方の方が素敵だわ」と公言する。

そして、彼に国の機密情報(例えば、国王陛下のへそくりの隠し場所など)を囁くフリをする。

そうすれば、私は「ふしだらな裏切り者」として、今度こそ確実に破滅できるはず!

「さあ、行きますわよ!」

私は気合を入れ、胸元が大胆に開いたドレス(特注)を直し、扇子を広げてジェラルド王子の元へ向かいました。



「あら、ごきげんよう。ジェラルド殿下」

私が猫撫で声(のつもり)で話しかけると、ジェラルド王子はグラスを片手に振り返りました。

「おや? これはこれは。この会場で一番美しい薔薇が、自ら僕の元へ飛んでくるとはね」

彼は私の手を取り、ねっとりとしたキスを落としました。

「君は……アミカブル嬢だね? 噂は聞いているよ。『慈愛の女神』だとか」

「いいえ、それは誤報ですわ。私は強欲で浮気性な悪女ですの」

私は扇子で彼の腕に触れ、上目遣いをしました。

「ねえ殿下。ここの空気、少し退屈だと思いません? もっと……二人きりになれる場所で、内緒のお話をしませんこと?」

決まりました。

ド直球の誘惑です。

周囲の貴族たちが「えっ、アミカブル様が?」「まさか……ハニートラップ?」とざわつき始めます。

ジェラルド王子はニヤリと笑いました。

「ハハッ! 積極的だねえ、嫌いじゃないよ。君のような堅物そうな女を落としてこそ、王子の甲斐性というものだ」

彼は私の腰に手を回し、引き寄せました。

「いいだろう。僕の部屋に行こうか。君のその『慈愛』の中身を、じっくり暴いてあげよう」

下品です。最高に下品です。

これなら、フレデリック殿下も幻滅すること間違いなし!

「ええ、参りましょう。フレデリックなんて捨てて、貴方について行きますわ!」

私が宣言し、彼と共に歩き出した――その時です。

「――待ちたまえ」

氷点下の声が響きました。

「おや?」

ジェラルド王子の前に、二つの人影が立ちはだかりました。

一人は、書類の束を持ったフレデリック殿下。

もう一人は、メリケンサック(!?)をはめたリリーナさんです。

「フレデリック……。邪魔をしないでくださる?」

私が睨むと、殿下は私を見ず、ジェラルド王子を真っ直ぐに見据えました。

「隣国第三王子、ジェラルド殿下。貴国の経済状況についての資料を拝見しました」

「ああん? 何だい、堅苦しい話は後にしてくれよ」

「貴国の主要輸出品である小麦の生産量は、ここ三年で一五%減少。対して王族の私的支出は二〇%増加。……破綻寸前ですね?」

殿下は冷酷にデータを突きつけました。

「なっ……!?」

「そんな火の車状態の国の王子が、我が国の『最高機密(アミカ)』に手を出して、タダで済むと思っているのですか? コスト計算ができていませんね」

「こ、コスト……?」

「アミカブル嬢と一分会話をするための対価は、貴国の国家予算三ヶ月分に相当します。払えますか? 払えないならその汚い手を離したまえ」

「な、なんだその法外な請求は!?」

ジェラルド王子が怯みます。

そこへ、リリーナさんが一歩前に出ました。

「お姉様から離れてください」

「なんだ、このちんちくりんな小娘は」

「ちんちくりん……?」

リリーナさんのこめかみに青筋が浮かびました。

彼女は近くにあったテーブルの上のリンゴを手に取りました。

そして。

グシャッ!!

片手で握りつぶしました。

「ヒッ!?」

ジェラルド王子が悲鳴を上げます。

「私の名前はリリーナ。お姉様の忠実なる下僕(ナイト)です。その薄汚い手で、お姉様の神聖なドレスにシワ一つでもつけたら……このリンゴのようになりますよ?」

リリーナさんは、粉々になったリンゴジュースを滴らせながら、満面の笑み(殺気マシマシ)を浮かべました。

「ひ、ひいいいっ!!」

ジェラルド王子は腰を抜かしそうになりながら、私から手を離しました。

「な、なんだこの国は! 王子は数字の悪魔で、女はゴリラじゃないか!」

「誰がゴリラですの!」

リリーナさんが拳を振り上げようとします。

「くっ、覚えていろ! こんな野蛮な国、願い下げだ!」

ジェラルド王子は捨て台詞を吐いて、その場から逃げ出しました。

「ああっ! 待ちなさい! 私を連れて行って!」

私の叫びも虚しく、彼は脱兎のごとく会場から消え去りました。

「……終わりましたわ」

私はガクリと膝をつきました。

せっかくの「不倫スキャンダル」計画が、またしても阻止されてしまいました。

「アミカ、大丈夫かい?」

「お姉様、怪我はありませんか!」

殿下とリリーナさんが駆け寄ってきます。

私は二人を睨みつけました。

「余計なことを……! 私は彼といい雰囲気になって、貴方たちを裏切ろうとしていたのですわよ!?」

「フフッ、またまた」

殿下は余裕の笑みを崩しません。

「君の演技力には脱帽だよ、アミカ。あえて彼に色仕掛けをし、隙を作らせ、その間に僕たちが彼を追い詰める……完璧な連携(コンビネーション)だった」

「は?」

「君は、彼が女癖が悪いという情報を掴んでいたんだね。だから自らが囮(おとり)となって、彼を油断させた。その勇気、まさに『肉を切らせて骨を断つ』!」

「肉も骨も切ってません! ただイチャつきたかっただけです!」

リリーナさんも目をウルウルさせています。

「お姉様……汚らわしい男に触れられる恐怖に耐えてまで、国を守ろうとしたのですね……! その自己犠牲の精神、感動しました! 私がリンゴを握りつぶすタイミングまで計算済みとは!」

「計算してません! 貴女の握力が異常なだけです!」

周囲の貴族たちからも、割れんばかりの拍手が起こりました。

「見事だ! 隣国の放蕩王子を、一兵も損なわずに撃退した!」

「アミカブル様と殿下、そして男爵令嬢のチームワーク……最強だ!」

「これが新しい外交の形か!」

違う。

何もかも違います。

私はただ、国を売りたかっただけなのに。

結果として、私は「ハニートラップを駆使して国益を守る、凄腕の女スパイ」みたいな評価を得てしまいました。

「……もう、疲れましたわ」

私は床に座り込んだまま、天井を仰ぎました。

殿下、リリーナさん、シド、そして国王陛下。

この国の主要メンバー全員が、私を「善人」だと信じ込んで疑わない。

この包囲網を突破するのは、もはや不可能に近いのではないでしょうか。

「……いいえ」

私はゆらりと立ち上がりました。

「諦めませんわ」

私の辞書に敗北という文字はありません(悪役なので)。

「外敵がダメなら、内政ですわ。誰もが嫌がる『増税』や『予算削減』……これを断行して、国民全員から恨まれてやります!」

私はドレスの裾を翻しました。

「明日から私は、財務省に乗り込みますわよ! 覚悟しなさい!」

新たな戦場へと向かう私の背中を、殿下たちが「国を思うあまり、ついに財政改革にまで手を……!」と涙で見送っていることなど、もはや様式美でした。
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