婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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あれから、五年が過ぎた。

ミランド公爵領は、今や王国一の繁栄を誇る土地となっていた。

かつて寒冷地で不作に悩まされていた農地は、ビニールハウス栽培(私の発案)と地熱利用システム(アレクシス様の魔力供給)により、年中春のような豊かさを手に入れた。

商業も盛んだ。王都と領地を結ぶ高速馬車鉄道が開通し、物流コストは半減。

私の実家である旧バーンズ領(今は管理下に置いている)の鉱山からは、レアメタルがザクザク掘り出され、外貨獲得の柱となっている。

「……ふふ。今期の決算も、予測を12%上回る黒字ね」

公爵邸、執務室。

私は窓辺に立ち、黄金色に輝く領地を見下ろしていた。

手には最新の決算書。

私の顔は、自然と緩んでしまう。

「奥様。そろそろおやつの時間でございます」

「ありがとう、セバスチャン。……今日のメニューは?」

「自家製カボチャのプリンでございます。レオン様もお待ちですよ」

「まあ! すぐ行くわ」

私は書類を放り出し(昔なら考えられないことだ)、サロンへと向かった。



サロンでは、銀色の髪をした小さな天使が、絵本を読んでいた。

「……あ、ママン!」

天使――私の息子、レオン(四歳)だ。

アレクシス様譲りの銀髪と、私と同じエメラルドの瞳を持つ、世界一可愛い生き物である。

「レオン。いい子にしていた?」

「うん! みて、これ!」

レオンは私に駆け寄り、一枚の紙を見せてきた。

それは、お絵かき……ではない。

「……これは、数式?」

「うん! カボチャが3つで、ひとつぎんか2まいだから……あわせて6まいだよね?」

「……正解よ! 天才だわ!」

私はレオンを抱きしめた。

四歳にして掛け算をマスターし、さらに原価計算に興味を持つとは。

間違いなく、私のDNAを色濃く受け継いでいる。

「将来は財務大臣ね。いいえ、公爵家の資産運用を一任できるわ」

「ぼく、パパみたいに強くて、ママみたいにカシコイ人になりたい!」

「あらあら、お上手ね。誰に似たのかしら(間違いなくパパね)」

私がレオンの頬ずりをしていると。

「……俺の出番がないな」

テラスの方から、拗ねたような声が聞こえた。

「パパ!」

レオンが私の腕から飛び出し、声の主へと走っていく。

そこにいたのは、少し目尻に皺が増えたが、相変わらず彫刻のように美しい私の旦那様、アレクシス様だった。

彼はレオンを軽々と抱き上げ、高い高いをした。

「うわぁー! たかーい!」

「ははは。レオン、今日は剣の稽古はどうだった?」

「うん、騎士団長のおじちゃんに『筋が良い』って褒められたよ!」

「そうかそうか。さすが俺の息子だ」

アレクシス様はデレデレだ。

かつての「氷の公爵」の面影はどこへやら。

今では領民から「解凍公爵」とか「陽だまりの旦那様」なんて呼ばれている。

「お帰りなさい、あなた。……今日は早いのね」

「ああ。君とレオンに会いたくて、会議をマッハで終わらせてきた」

アレクシス様は私に歩み寄り、当然のようにキスをした。

チュッ。

「……子供の前ですよ」

「英才教育だ。両親が愛し合っている姿を見せるのが、一番の情操教育だと君が言っただろう?」

「言いましたけど、限度があります」

私が顔を赤らめると、レオンがキャッキャと笑う。

「パパとママ、ラブラブー!」

「そうだぞー。パパはママが世界一大好きなんだ」

「ぼくもー!」

「俺の方が好きだ」

「ぼくの方が!」

低レベルな争いが始まった。

平和だ。

かつて、元婚約者に断罪され、慰謝料片手に田舎へ逃げようとしていた私が、こんなに賑やかで温かい場所にいるなんて。

(……人生の収支計算、大幅なプラス修正が必要ね)

私は幸せを噛み締めながら、ティーポットを手に取った。



その夜。

レオンを寝かしつけた後、私たちはバルコニーで月を見ていた。

アレクシス様が後ろから私を抱きしめ、肩に顎を乗せている。

「……平和だな」

「ええ。退屈なくらいに」

「君は、退屈か?」

「いいえ。……この『退屈』を維持するためのコスト計算で、毎日忙しいですから」

私は懐から、一枚の紙を取り出した。

「なんのリストだ?」

「『レオン君の教育費積立計画書』です」

「……気が早いな。まだ四歳だぞ」

「甘いです、旦那様。優秀な人材を育てるには、早期投資が鉄則です」

私は月明かりの下で、数字を指差した。

「まず、六歳から王立アカデミーの初等部へ。入学金と寄付金で金貨三百枚。次に家庭教師。剣術、魔術、経済学、帝王学……各分野のスペシャリストを雇います」

「……ふむ」

「そして十五歳で海外留学。隣国の魔導大学か、商業都市の経済大学か。……留学費用は滞在費込みで年間金貨千枚を見込んでいます」

「高いな」

「でも、リターンは確実です。彼が育てば、公爵家の繁栄はあと百年は安泰ですから」

私は真剣に語った。

「それから、結婚資金も必要です。相手が王族の場合と、他国の大貴族の場合でシミュレーションしましたが、結納金と式場代で……」

ペラペラとページをめくる。

アレクシス様は、黙って私の話を聞いていた。

そして、私が「孫の代の教育費」の話に入ろうとした時。

ふっ、と笑い声が聞こえた。

「……何がおかしいのですか?」

「いや。……君は本当に、先の先まで計算しているんだなと思って」

「当然です。リスクヘッジこそが経営の要諦(ようてい)ですから」

「そうだな。……だが、モナ」

アレクシス様が、私の手から計画書をそっと取り上げた。

そして、サイドテーブルに置く。

「えっ、まだ説明が……」

「その計算は、あとでいい」

彼は私の体をくるりと反転させ、向き合わせた。

夜風に揺れる銀髪。

深く、吸い込まれそうな瞳。

「今は……『現在価値』の話をしよう」

「現在価値?」

「ああ。未来の投資も大事だが、今、ここにある幸せの価値についてだ」

アレクシス様の手が、私の頬を包む。

「俺は今、世界で一番の大富豪だと思っている」

「……資産総額なら、確かに国内トップクラスですが」

「違う。金の話じゃない」

彼は首を振った。

「君がいて、レオンがいて。……こうして君を腕の中に抱いている。この瞬間の価値は、どんな通貨でも換算できない」

「……プライスレス、ということですか?」

「ああ。無限大だ」

アレクシス様は顔を近づけた。

「モナ。……俺と結婚して、幸せか?」

「……」

愚問だ。

私は計算機(脳内)を叩いてみた。

収入:莫大な資産、最高の地位、可愛い息子、そして……溺愛してくれる最高の夫。

支出:多少の苦労(カイル殿下の尻拭いなど)、自由時間の減少(愛されすぎて)。

収支結果:

「……計算不能(オーバーフロー)です」

私は正直に答えた。

「私の計算機の桁数を超えています。……つまり、測定できないくらい黒字ということです」

「ふっ……。最高の答えだ」

アレクシス様が嬉しそうに目を細める。

「俺もだ。君に出会ってからの毎日が、人生最高益を更新し続けている」

「それは良かったです。……配当(キス)をいただけますか?」

「喜んで。……特別ボーナス付きでな」

唇が重なる。

何度重ねても、初めての時のように胸が高鳴るキス。

月が雲に隠れ、世界には私たち二人だけの時間が流れる。

未来のことなんてわからない。

もしかしたら、またカイル殿下が借金を作って泣きついてくるかもしれないし(鉱山で元気にやっているらしいが)、レオンが反抗期を迎えて家出するかもしれない。

でも、大丈夫。

私には、この最強のパートナーがいる。

そして、私自身の「計算高さ」がある。

どんなトラブルも、どんな赤字も、二人でならきっと「幸せな黒字」に変えていける。

「……愛しているよ、モナ」

「はい。……私も、貴方の全てを愛しています」

悪役令嬢モナ・バーンズの物語は、ここで幕を閉じる。

けれど、私たちの「幸せな計算」は、これからもずっと続いていくのだ。

永遠に。
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