悪役令嬢は、王子とヒロインのカップリングが尊すぎて退場したい!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
2 / 28

2

しおりを挟む
キース様に見つかるというアクシデントはありましたが、なんとか「ショックで錯乱している」という一点張りでその場を切り抜けました。

私の演技力が問われる、冷や汗ものの数分間でした。

そして今、私は公爵家の馬車に揺られ、屋敷への帰路についています。

「うっ、ううっ……」

向かいに座る専属メイドのアンナが、ハンカチで目頭を押さえながら嗚咽を漏らしています。

「お嬢様……なんておいたわしい……。あの王子、目ん玉が腐っているに違いありません! あんなポッと出の平民女にうつつを抜かすなんて!」

アンナは悔しそうに拳を震わせています。

私は窓の外を眺めるふりをしながら、必死に口角が上がるのを抑えていました。

(アンナ、違うのよ。アレクセイ殿下の目は腐っているどころか、最高に審美眼が冴え渡っているのよ!)

言いたい。

大声で言いたい。

『あの二人の身長差と体格差、そして身分差! これぞロミオとジュリエットも裸足で逃げ出す尊さの極み!』と。

しかし、私は悪役令嬢。

ここで私がニヤけていては、アンナが不審に思います。

私は扇で顔を隠し、震える声(笑いを堪えているだけ)で告げました。

「……アンナ。殿下を悪く言うのはおやめなさい。あの方は、ご自分の心に正直なだけ……」

「お嬢様……ッ! なんてお優しい! 婚約破棄されたというのに、まだ殿下を庇うなんて!」

アンナの号泣が激しくなりました。

ごめんなさい、庇っているわけじゃなくて、ただの事実陳列罪なんです。

馬車が公爵邸の門をくぐると、屋敷の使用人たちがずらりと並んで出迎えてくれました。

皆、一様に沈痛な面持ちです。

どうやら、夜会での騒ぎは早馬ですでに伝わっているようです。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

執事長のセバスチャンが、重々しく頭を下げました。

白髪の老紳士である彼は、私が生まれた時から仕えてくれている、いわばお爺ちゃんのような存在です。

そのセバスチャンもまた、悲痛な表情で私を見ています。

「……お辛いでしょう。今夜は何も考えず、お休みください」

「ええ、ありがとうセバスチャン。……部屋には誰も入れないでちょうだい。一人になりたいの」

「かしこまりました」

私は足早に階段を駆け上がり、自室へと飛び込みました。

バタンッ! ガチャッ!

重厚な扉を閉め、鍵をかけた瞬間。

「んんーーーーーーーーーーっ!!!!」

私は奇声を上げながら、天蓋付きのキングサイズベッドにダイブしました。

ふかふかの羽毛布団に顔を埋め、足をバタバタとさせます。

「尊い! 尊すぎる! 無理! しんどい!」

叫び声が外に漏れないよう、枕に顔を押し付けて絶叫します。

「あのアレクセイ様の冷たい視線! ゴミを見るような目! 最高のご褒美でしたわ! そしてマリアちゃんの怯える姿! 『守ってあげなきゃ』って全人類が思うあの可憐さ!」

私はベッドの上でゴロゴロと転がり回り、天井を仰ぎました。

脳内で、先ほどの断罪シーンを再生します。

コマ送りで。

特に、殿下がマリアさんの肩を抱き寄せた瞬間。

あの瞬間の殿下の指先!

マリアさんの二の腕に食い込む、力強い指!

「はあ、はあ……思い出しただけで寿命が延びるわ……」

私はサイドテーブルからスケッチブックと羽ペンを取り出しました。

そして、憑かれたようにペンを走らせます。

さらさらさら……。

私の特技は速記とスケッチです。

すべては、推しカプの一瞬の輝きを永遠に残すためだけに磨かれた技術。

数分後、そこには先ほどの大広間の光景が、驚くべき写実性で再現されていました。

「完璧ね。この角度、この表情……家宝にしましょう」

スケッチブックを胸に抱きしめ、私はうっとりとため息をつきました。

しかし、これで満足してはいけません。

私はむくりと起き上がりました。

「……そう。これは始まりに過ぎないのよ」

婚約破棄は、あくまでスタートライン。

障害がなくなってハッピーエンド?

いいえ、そんな薄っぺらい物語では、萌えは持続しません。

二人の愛が本物になるためには、さらなる試練が必要です。

燃え上がるような困難があってこそ、愛は輝くのです。

「私が退場したことで、二人の間には平和が訪れる……それではダメなの。平和ボケしたカップルなんて、すぐマンネリ化してしまうわ!」

私は拳を握り締めました。

「私が! これからも! 二人の恋の焚き付け役にならなければ!」

その時、控えめなノックの音が響きました。

「お嬢様、セバスチャンでございます。お茶をお持ちしました」

「……入って」

私は瞬時にスケッチブックを隠し、ベッドの端に座って憂いを帯びた表情を作りました。

鍵を開けて入ってきたセバスチャンは、ワゴンに極上の紅茶とケーキを載せています。

「お顔色が優れませんな。……やはり、殿下のことは忘れられませんか」

セバスチャンが紅茶を注ぎながら、心配そうに尋ねてきます。

私はカップを受け取り、深いため息をつきました。

「ええ……忘れられるわけがないわ。あの方とマリアさんの姿が、まぶたの裏に焼き付いて離れないの」

(主に萌え的な意味で)

「お嬢様……。旦那様も激怒しておられます。『王家になんと言われようと、シュガーを泣かせた罪は償わせる』と」

「お父様が? ……待って、それはマズいわ」

私はカップを置きました。

お父様は過保護な公爵です。

本気で王家に抗議なんてしたら、アレクセイ殿下の立場が悪くなってしまいます。

殿下の立場が悪くなれば、マリアさんとの結婚に反対する勢力が増え、最悪の場合、二人は引き裂かれてバッドエンド……。

それだけは絶対に阻止しなければなりません!

「セバスチャン、お父様を止めて。これは私が望んだ結果なの」

「……かばわれるのですか?」

「違うわ。……これは、私の『美学』の問題よ」

私は立ち上がり、窓の外の月を見上げました。

「ただの悲劇のヒロインで終わるつもりはないわ。……セバスチャン、協力してちょうだい」

「協力、でございますか?」

「ええ。これからの私は、影となり闇となって、あの二人を追い詰めるわ」

セバスチャンが目を丸くしました。

「追い詰める……とは、復讐でございますか?」

「ふふ、そうね。世間一般ではそう呼ぶのかもしれないわね」

私は不敵な笑みを浮かべました。

「あの二人が、『もう二人でいるしかない』『世界中が敵に回っても、君だけは離さない』と思えるくらい、徹底的に追い込むの。それが私の愛よ」

セバスチャンの表情が、驚きから徐々に厳粛なものへと変わっていきます。

彼は私の言葉を、どう解釈したのでしょうか。

おそらく『愛憎のあまり修羅の道を選んだ哀れな主』とでも思ったのかもしれません。

彼は深く頭を下げました。

「……承知いたしました。このセバスチャン、老骨ながらお嬢様の修羅の道、どこまでもお供いたします」

「ありがとう。頼りにしているわ」

よし、言質は取りました。

これで公爵家の財力と人脈をフル活用して、推しカプ支援(という名の嫌がらせ)ができます。

「では、早速だけどセバスチャン。次の手を打ちたいの」

「はい、何なりと。……暗殺者を雇いますか? それとも毒を?」

セバスチャンの目が本気すぎて怖いです。

「待って、早まらないで。血なまぐさいのは美しくないわ。私がやりたいのは、もっと精神的に……こう、二人の絆を試すようなことよ」

「精神的な拷問ですね。心得ております」

「……まあ、大体合ってるわ」

私は机の引き出しから、以前から温めていた『悪役ムーブ計画書』を取り出しました。

「まずは、マリアさんへの『差し入れ』よ」

「差し入れ、でございますか?」

「ええ。彼女は平民出身でしょう? これからの王宮生活、ドレスや宝石がなくて困るはずだわ。周りの貴族たちに舐められないためにも、最高級の装備が必要よ」

「……はあ」

「だから、私の持っているドレスや宝石の中から、特にマリアさんに似合いそうな……いえ、私が『いらない』と思ったものを送りつけるの」

私はニヤリと笑いました。

「名目は『こんな安っぽいもの、私には似合わないから恵んであげるわ』よ。どう? 最高に性格が悪くて素敵でしょう?」

セバスチャンが、眉間のしわを深くしました。

「……お嬢様。それは、ただの善行なのでは?」

「違うわよ! 言葉が大事なの! 『恵んであげる』って言われる屈辱! プライドの高い人間なら耐えられないはずよ!」

「マリア様は、純朴な方だと聞き及んでおりますが……」

「だからいいのよ! 彼女が『シュガー様はまだ私を許してくれない』と怯え、それを殿下が『僕が守るから捨ててしまえ』と慰める! そしてマリアさんは『でも、もったいないです』と葛藤する! そのやり取りが発生すること自体が目的なの!」

私は熱弁を振るいました。

セバスチャンはポカンとしていましたが、やがて諦めたように溜息をつきました。

「……なるほど。高度すぎて私には理解が及びませんが、お嬢様のお心が少しでも晴れるなら」

「ええ、晴れるわ。最高にね」

私は計画書に新たな項目を書き加えました。

『作戦名:シンデレラへの毒リンゴ(最高級ブランド品)』

「さあ、忙しくなるわよセバスチャン。まずは、マリアさんのパーソナルカラーに合ったドレスの選定から始めるわ!」

「……かしこまりました。直ちに衣装部屋へ案内いたします」

こうして、私の「悪役令嬢としての第二章」が幕を開けたのです。

全ては、推しカプの至高のイチャイチャを見るために。

そのためなら、私は喜んで国一番の嫌われ者になってみせましょう。

……まさか、その行動が周りにどう映るかなんて、この時の私は露ほども考えていなかったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...