悪役令嬢は、王子とヒロインのカップリングが尊すぎて退場したい!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
公爵邸の広大な衣装部屋。

そこは今、戦場と化していました。

「違うわ! そのピンクは『ベビーピンク』よ! マリアさんの肌色はイエベ春(スプリング)なの! もっと温かみのある『コーラルピンク』を持ってきてちょうだい!」

「は、はいっ! 直ちに!」

私の怒号が飛び交う中、侍女たちが必死の形相でドレスを運び入れています。

私は腕組みをして、並べられたドレスの山を睨みつけました。

「まったく、なってないわ。これだから素人は困るのよ」

「お嬢様、もうこれで五十着目でございますが……」

セバスチャンが額の汗を拭いながら、おずおずと声をかけてきました。

私は振り返り、バシッと指を立てました。

「セバスチャン! 妥協は死を意味すると知りなさい! マリアさんはこれから、王宮という魔窟で戦うのよ? 半端な装備で送り出して、古株の貴婦人たちに笑われたらどうするの!」

「はあ……装備、でございますか」

「そうよ。ドレスは鎧! 宝石は盾! そしてメイクは魔法よ!」

私はハンガーにかかった一着のドレスを手に取りました。

それは、夕焼けのような淡いオレンジからピンクへとグラデーションが施された、最高級シルクのドレスでした。

レースも繊細で、今の流行を抑えつつも、清楚さを際立たせるデザイン。

以前、私が「可愛すぎて私には似合わないわね(尊死)」と思って観賞用に購入し、一度も袖を通していない新品です。

「……これだわ」

私は震える手でそのドレスを掲げました。

「この色合い……マリアさんの蜂蜜色の髪と、エメラルドの瞳を最高に引き立てるはずよ」

「確かに、素晴らしい品ですが……これを、本当に差し上げるので?」

「ええ。もちろん『嫌がらせ』としてね」

私はニヤリと笑うと、机に向かいました。

用意したのは、最高級の羊皮紙と、毒々しい紫色のインク。

これから書くのは、マリアさんの心をえぐる(予定の)罵倒の手紙です。

『拝啓、平民上がりのマリアさんへ』

筆が走ります。

『王宮での生活には慣れましたか? きっと、着るもの一つなくてお困りでしょうね』

ふふふ、いい感じに煽っています。

『見るに見かねたので、私のクローゼットの肥やしになっていた古着を恵んで差し上げますわ』

ここで重要なのは「古着」というワードです。

実際は新品ですが、あえてこう書くことで「お下がり」という屈辱を与えます。

『あなたのような田舎娘には、この程度の型落ちがお似合いよ。精々、殿下の隣で恥をかかないように着飾ってみなさい』

『P.S. 腰のリボンは少しきつめに結ぶとスタイルが良く見えます。あと、この生地は湿気に弱いので保管には注意なさい。それと、合わせた靴も入れておいたから使いなさい』

……よし。

最後に少しアドバイスが入ってしまいましたが、これは「せっかくのドレスを台無しにされたくない」という悪役としての拘りだと解釈されるはずです。

「セバスチャン、これを直ちに王宮へ送りなさい。差出人は匿名で……と言いたいところだけど、私の名前をドカンと書いておいて」

「名前を、ですか?」

「そうよ! 『シュガー・メルティからの施し』だと分からなければ、屈辱感が半減するでしょう?」

「……承知いたしました」

セバスチャンは複雑な表情で、丁寧に梱包されたドレスと手紙を受け取りました。

「行ってらっしゃい。ああ、マリアさんの泣き顔が目に浮かぶようだわ……!」

私は窓際で、王宮の方角を見つめながら高笑いしました。

「オーッホッホッホ! 感謝なさい!」

          ◇

一方その頃、王宮のマリアの私室。

「……これは」

マリアは、届けられた大きな箱と手紙を前に、呆然と立ち尽くしていました。

部屋には、ちょうど様子を見に来ていたアレクセイ王子もいます。

「なんだこの箱は? 差出人は……『シュガー・メルティ』だと!?」

アレクセイの顔色が変わります。

「あの女、まだ懲りずに嫌がらせを……! マリア、開けてはいけない! 中に何が入っているか分からんぞ。カミソリか、毒蛇か……」

「で、でも、殿下。とても良い香りがします」

マリアはおずおずと箱のリボンを解きました。

蓋を開けた瞬間。

ふわっ、と部屋の中に花の香りが広がりました。

中に入っていたのは、息を呑むほど美しいコーラルピンクのドレスと、それに合わせた真珠のネックレス、そして刺繍入りの靴でした。

「なっ……!?」

アレクセイが絶句します。

「これは……ドレス?」

マリアは震える手で手紙を取り出し、読み上げました。

『……着るもの一つなくてお困りでしょうね。見るに見かねたので、恵んで差し上げますわ』

「貴様……! なんて無礼な! マリアを乞食扱いするつもりか!」

アレクセイは激昂し、手紙を奪い取ろうとしました。

しかし、マリアはその手紙を胸に抱きしめ、大粒の涙をこぼしました。

「マ、マリア!? 泣くことはない! こんな物はすぐに燃やして……」

「違います、殿下……ううっ、ひっく……」

マリアは首を横に振りました。

「シュガー様は……私のことを、心配してくださっているのです」

「はあ? 何を言っているんだ? 『古着を恵んでやる』と書いてあるぞ?」

「見てください、このドレス。……どこにも、針を通した跡がありません。新品です。それも、王都で一番流行している、入手困難な生地……」

マリアはドレスの袖を愛おしそうに撫でました。

「私、今度の夜会で着るドレスがなくて、ずっと悩んでいたんです。平民出身の私が王家の予算を使うわけにはいかないし……かといって、私の持っている服では殿下に恥をかかせてしまう……」

「マリア……そんなことを気にしていたのか? 僕に言ってくれれば」

「言えません! 殿下はただでさえお忙しいのに……。シュガー様は、それに気づいてくださったんです」

マリアは涙を拭いながら、手紙の続きを読みました。

「『腰のリボンはきつめに』『湿気に注意』……見てください殿下。こんなに細かくアドバイスまで。本当に私のことを嫌っているなら、こんなことは書きません」

「う……。し、しかし、言葉が悪すぎるだろう。『田舎娘』とか『お似合い』とか」

「これは……きっと、シュガー様なりの不器用な優しさなんです!」

マリアの瞳が、キラキラと輝き始めました。

「素直になれなくて、悪役のフリをして私を助けてくださった……。なんて高潔で、孤独な方なのでしょう!」

「いや、それはさすがに買い被りすぎでは……」

アレクセイは困惑顔ですが、マリアの感動は止まりません。

「私、決めました。このドレスを着て、胸を張って夜会に出ます! それがシュガー様の想いに応えるということです!」

「お、おう……。君がそう言うなら……」

アレクセイはドレスを見つめました。

確かに、品物は一級品です。毒針や呪いの類も感じられません。

(あいつ……本当にマリアのために? いや、あの性悪女に限ってそんなはずは……)

アレクセイの中で、シュガーへの憎しみと困惑がせめぎ合っていました。

「ありがとうございます、シュガー様……!」

マリアは窓の外、公爵邸がある方角に向かって深々と頭を下げました。

          ◇

翌日。

公爵邸のサロンで優雅にお茶を飲んでいた私は、セバスチャンの報告を聞いてお茶を吹き出しました。

「ブフッ!!」

「お、お嬢様! 汚いです!」

「ゲホッ、ゴホッ! ……な、なんですって!? マリアさんが……泣いて喜んでいた!?」

私は口元を拭いながら、セバスチャンに詰め寄りました。

セバスチャンは無表情で頷きます。

「はい。王宮に潜ませている間者の報告によれば。『シュガー様は素直になれないだけで、本当は優しい方なんだ』と、マリア様は感動の涙を流されていたそうです」

「な、なんでよおおおおおお!?」

私は頭を抱えました。

「あんなに嫌味たらしく書いたのに! 『古着』って書いたのに! なんで『優しい』になるのよ! マリアさんのポジティブシンキング、バグってない!?」

「まあ、現物が新品の最高級品でしたからね……。説得力がなかったのかと」

「ううっ……。これじゃあ、ただの良い人じゃない……」

私はがっくりと項垂れました。

しかし、次の瞬間。

私の脳内に、ある映像が浮かびました。

『シュガー様の不器用な優しさ……!』と涙ぐむマリアさんと、それを『やれやれ』という顔で見守るアレクセイ殿下。

その二人の空間。

優しい世界。

「……あれ?」

私は顔を上げました。

「それって、結果的に二人の絆が深まったってこと……よね?」

「まあ、マリア様が殿下に頼らず問題を解決し、殿下がそれを受け入れたという点では、信頼関係は深まったかと」

「…………」

私は口元を手で覆いました。

「……尊い」

「はい?」

「私の意図はどうあれ! マリアさんが可愛くて、二人が幸せならそれでオールオッケーよ!」

私は復活しました。

単純です。

推しが幸せなら、私の作戦ミスなんて些細な問題です。

「よし! 結果オーライ! じゃあ次は、もっと直接的な手に出るわよ!」

「……まだやるのですか」

「当たり前よ! 次は、殿下の側近であるキース様も巻き込んで……」

そこで、ふと昨日のことを思い出しました。

「……そういえば、キース様には私の本性がバレてるのよね。あの方、余計なこと言わないかしら」

「キース卿ですか。切れ者で有名ですね。敵に回すと厄介かと」

「うーん……。まあいいわ。次に会った時に、口止め料として『マリアさんの秘蔵オフショット(隠し撮り)』でも渡せばイチコロよ」

私は甘く考えていました。

あの腹黒騎士が、そんなもので満足するような相手ではないということを、まだ知らなかったのです。

その時。

「失礼します。王宮より、お客様がお見えです」

メイドが緊張した面持ちで入ってきました。

「お客様? 誰かしら。殿下からの抗議の使者?」

「いえ……それが」

メイドは言いにくそうに、視線を泳がせました。

「キース・ハミルトン騎士団長補佐様です。『個人的にお話がある』と」

「……」

私の動きが止まりました。

セバスチャンが「おや」という顔をします。

「噂をすれば影、ですね」

「……居留守! セバスチャン、居留守を使って!」

「無理ですお嬢様。すでにサロンへ通しております」

「仕事が早すぎるわよおおおお!」

私は悲鳴を上げながら、再び訪れたピンチに頭を抱えるのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...