悪役令嬢は、王子とヒロインのカップリングが尊すぎて退場したい!

パリパリかぷちーの

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「……痛っ」

ガタン、と馬車が揺れるたび、私の右足首にズキズキとした痛みが走ります。

帰りの馬車の中。

向かいの席にはアレクセイ殿下とマリアさんが乗っている……わけではありません。

あの二人は王家の馬車で先に帰ってもらいました(二人きりの空間を提供するため)。

そして私は今、公爵家の馬車の中で、キース様と二人きりで向かい合っています。

「……痛むか?」

キース様が腕組みを解き、心配そうにこちらを見ています。

「平気ですわ。これくらい、推しへの愛に比べれば……」

「強がるな。あんなに腫れてる」

彼は私の足元を指差しました。

確かに、私の右足首はパンパンに腫れ上がり、見るも無惨な状態です。

キース様はため息をつくと、席を移動して私の隣に座りました。

「えっ、ちょっ……狭いですわよ」

「じっとしてろ。冷やさないと悪化する」

彼は手近にあった冷却魔道具(氷嚢のようなもの)を取り出し、私の足を自分の膝の上に乗せました。

「ひゃうっ!?」

男性の膝の上に足を乗せるなんて、はしたないにも程があります!

「お、降ろしてください! 汚いですわ!」

「汚くない。泥だらけなのはドレスだけだろ」

キース様は私の抵抗を無視し、丁寧にドレスの裾をめくり上げ(もちろん足首まで)、患部に氷嚢を当てました。

ひやりとした冷たさと、キース様の手の温かさが同時に伝わってきます。

「……っ」

私は言葉を失い、顔を背けました。

車内には、ゴトゴトという車輪の音だけが響きます。

気まずい。

非常に気まずいです。

さっきの吊り橋での「お姫様抱っこ」といい、今のこの状況といい、距離感がバグっています。

「……おい、シュガー」

沈黙を破ったのは、キース様でした。

「反省してるか?」

「は、はい?」

私は振り返りました。

キース様は私の足を手当てしながら、視線だけをこちらに向けています。

その目は、いつになく真剣で、少し怒っているようにも見えました。

「今日の立ち回りだ。……結果的に全員無事だったから良かったものの、一歩間違えればお前が死んでたぞ」

「……ですが、あのままでは殿下とマリアさんが」

「殿下はそこまでヤワじゃない。時間を稼げば、俺が到着して制圧できたはずだ」

キース様は言葉を切りました。

「お前が飛び出す必要はなかった。……なんで自分の命を粗末にするんだ」

「粗末になんてしていません! 私はただ、最高のエンドロールを見るまでは死ねないと思っているだけで……!」

「だったら生き残る選択をしろよ!」

突然、キース様が声を荒げました。

私はビクリと肩を震わせました。

彼がこんなに大きな声を出すのを、初めて聞いたからです。

キース様はハッとしたように口を閉じ、少しバツが悪そうに視線を逸らしました。

「……悪い。怒鳴るつもりはなかった」

彼は氷嚢を押さえる手に、少しだけ力を込めました。

「ただ……お前が賊の群れに飛び込んだ時、心臓が止まるかと思ったんだ」

「キース様……?」

「鉄扇一本で暴れ回るお前を見て、呆れると同時に……怖かったんだよ。お前がいなくなるんじゃないかって」

彼の声は低く、震えていました。

それは、いつもの皮肉屋な彼からは想像もできないほど、弱々しい響きでした。

「……他人の恋路ばかり気にしてないで、少しは自分の心配をしろ。……俺が、心配するだろうが」

ドクン。

私の心臓が、大きく跳ねました。

え?

今、なんて?

『俺が心配する』?

私は恐る恐るキース様の顔を覗き込みました。

彼は耳まで赤くなっていて、私と目を合わせようとしません。

(……これって)

私の脳内データベースが高速検索を開始します。

『状況:密室(馬車)』
『相手:イケメン騎士(幼馴染ポジ)』
『台詞:「俺に心配かけさせるな」系』

(――恋愛イベント発生条件、クリア?)

「うそ……」

私は口元を手で覆いました。

「私……今、フラグを立てられている?」

「……聞こえてるぞ、そのメタい独り言」

キース様がジロリとこちらを見ました。

「フラグとかどうでもいい。俺は本音を言ってるんだ」

彼は私の足を膝から降ろすと、今度は私の肩を掴んで、自分の方へ向かせました。

距離が、近い。

彼の整った顔が、目前に迫ります。

「シュガー。お前は悪役令嬢を演じているつもりかもしれないが……俺の前では、ただの女の子だ」

「た、ただの……女の子……?」

「ああ。無茶で、破天荒で、見ていて危なっかしい……守ってやりたくなる女の子だ」

キース様の瞳に、私の間抜けな顔が映っています。

彼の吐息がかかる距離。

私の心臓は、早鐘を打つどころか、暴走機関車のように爆走していました。

(待って、無理。こういうのは殿下とマリアさんがやるべきことであって、私が当事者になるのは台本にないんですけど!?)

「あ、あの……キース様? これはきっと、吊り橋効果ですわ!」

私は必死に反論しました。

「さっきの戦闘の興奮が残っていて、脳が錯覚を起こしているだけです! 家に帰って温かいミルクを飲めば治ります!」

「……お前、本当にムードがないな」

キース様は呆れたように笑いました。

しかし、その手は私の肩を離しません。

「吊り橋効果でも何でもいい。……俺は、お前のことが気になってる。それだけは事実だ」

「ひえっ」

直球ストレート。

変化球なしの剛速球が、私の胸に突き刺さりました。

私は顔から火が出るのを自覚しました。

何か言わなきゃ。

悪役らしく「生意気ですわ!」とか言って突き放さなきゃ。

でも、口がパクパクするだけで、声が出てきません。

キース様はそんな私を見て、ふっと優しく微笑みました。

「……まあ、今はいい。足、大事にしろよ」

彼は私の頭をポンと撫でると、元の席に戻りました。

ちょうどその時、馬車が公爵邸の前に到着しました。

「着いたぞ。……歩けるか?」

「は、はい! 大丈夫です! 這ってでも帰ります!」

私は逃げるように馬車を飛び降りようとしました。

「待て。無理すんなって言っただろ」

キース様は先に降りると、当然のように私を抱き上げました。

本日二度目のお姫様抱っこ。

使用人たちが「おおっ!?」とざわめく中、私は茹でダコのように赤くなって固まるしかありませんでした。

「……観念しろ。部屋まで運んでやる」

「……ううっ……」

私はキース様の胸に顔を埋めました。

心臓の音がうるさい。

これは私の音? それともキース様の?

(違うわ。これは不整脈よ。推しの供給過多で自律神経が狂っただけよ……!)

私は必死に自分に言い聞かせました。

しかし、キース様の腕の温もりと、石鹸のような清潔な香りに包まれていると、どうしても思考が甘い方向へと流れてしまいます。

「……ありがとう、ございます」

蚊の鳴くような声でお礼を言うと、頭上から「おう」という短い返事が降ってきました。

その声が、なんだかとても嬉しそうに聞こえて。

私は、自分の人生のジャンルが『推し活コメディ』から『ラブコメ』へとシフトしつつある危機(?)を、ひしひしと感じるのでした。
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