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「……いよいよ、この日が来たわね」
建国記念舞踏会、当日。
王宮の大広間は、国中から集まった貴族たちで埋め尽くされ、シャンデリアの光が宝石の海のように煌めいていました。
私は会場の隅、壁際の定位置(ベストポジション)に立ち、震える手で扇を握りしめていました。
今日の私のドレスは、漆黒に近いミッドナイトブルー。
唇には深紅のルージュを引き、髪は高く結い上げて、見るからに「強そうで意地悪そうな悪役令嬢」を演出しています。
「気合入ってんな、シュガー」
隣に立つキース様が、グラスを片手に声をかけてきました。
彼も今日は正装の騎士団服。その凛々しさに周囲の令嬢たちが熱い視線を送っていますが、本人は気にする様子もありません。
「当然ですわ。今日は私の集大成……『悪役令嬢シュガー・メルティ』の引退公演なのですから」
私は静かに闘志を燃やしていました。
この2週間、私はマリアさんに地獄の特訓を課しました。
ダンス、マナー、言葉遣い。
そして何より、「私は愛されている」という自信を持たせること。
全ては、今日この晴れ舞台で、彼女が誰よりも輝くためです。
「……来るぞ」
会場の空気が、ふっと変わりました。
楽団のファンファーレが鳴り響き、重厚な扉が開かれます。
「王太子アレクセイ殿下、並びに、聖女候補マリア・アズライト嬢の入場です!」
そのアナウンスと共に。
二人が、光の中を歩いてきました。
「……っ!」
私は息を呑みました。
アレクセイ殿下は純白の礼装に身を包み、まさに絵本から飛び出してきたような王子様。
そして、その腕に手を添えるマリアさんは――。
(……ああ、なんて……)
淡い桜色のドレス。
髪には小さな真珠のティアラ。
背筋はピンと伸び、その表情には、以前のような怯えはありません。
堂々とした、それでいて春の日差しのような優しさを湛えた微笑み。
「……綺麗だ」
会場の誰かが呟きました。
その声はさざ波のように広がり、やがて感嘆の溜息へと変わっていきます。
「あれが平民の娘か? まるで女神のようじゃないか」
「殿下とお似合いだわ……」
称賛の声が耳に届くたび、私の胸は誇らしさで張り裂けそうになりました。
(見たか愚民ども! あれが私が育てた……いいえ、私が推している『最高傑作(ヒロイン)』よ!)
涙腺が崩壊しそうです。
今すぐ「尊い!」と叫んで床を転がり回りたい衝動を、鋼の理性で抑え込みます。
私はあくまで悪役。
感動して泣いている場合ではありません。
二人は玉座の前まで進み、国王陛下に一礼しました。
その所作も完璧です。
陛下も満足げに頷いています。
「……合格だな」
キース様が呟きました。
「ああなれば、もう誰も文句は言えん。陛下の認可も降りるだろう」
「ええ……完璧ですわ」
私は扇で目元を隠しました。
「これで、ハッピーエンドね」
普通なら、ここで物語は終わります。
二人は祝福され、婚約を発表し、幸せなキスをして終了。
……でも。
(本当に、それでいいの?)
私の脳内で、悪魔が囁きました。
『順風満帆すぎる恋は、物語として盛り上がりに欠けるのではないか?』
『最後の最後で、二人の絆を試すような”スパイス”が必要なのではないか?』
『今のマリアなら、どんな困難も乗り越えて、より強い輝きを放つことができるはず……』
私は、会場の中央に飾られている『ある物』に目を留めました。
それは、ガラスケースに入った『建国の宝玉』。
この国の平和の象徴とされる、巨大なサファイアです。
今日の舞踏会の目玉として展示されているものでした。
(……あれだわ)
閃きが、稲妻のように走りました。
私はニヤリと笑いました。
きっと、傍から見れば背筋が凍るような悪女の笑みだったでしょう。
「……キース様」
「ん? なんだその悪い顔は」
「私、決めました。……この最高の舞台を、もっと最高にするための演出(ギミック)を投入します」
「おい、やめろ。もう十分だろ」
キース様が警戒して身を引きます。
「いいえ、足りません! まだ『二人で困難を乗り越えて、世界中に愛を宣言する』というカタルシスが足りないのです!」
私は一歩、前へ踏み出しました。
「マリアさんは合格しました。でも、貴族たちの中にはまだ『平民風情が』と思っている者もいるはず。……だから、私が踏み台になります」
「踏み台?」
「ええ。私が最後の悪あがきをして、マリアさんを陥れようとする。それを殿下とマリアさんが愛の力で跳ね除ける! ……そうすれば、貴族たちも二人の絆の強さを認めざるを得なくなるでしょう!」
「お前……本気か?」
キース様が私の腕を掴みました。
その目は真剣です。
「それをやれば、お前は本当にこの国にいられなくなるぞ。ただの『痛い元婚約者』じゃ済まない。『犯罪者』扱いされるかもしれないんだぞ」
「望むところですわ」
私はキース様の手を、優しく外しました。
「私はシュガー・メルティ。推しカプのためなら、国を追われることくらい、擦り傷にもなりません」
「シュガー……」
「それに、私には『最強の共犯者』がいるじゃないですか」
私は悪戯っぽくウインクしました。
「いざとなったら、あなたが私を連れて逃げてくれるんでしょう?」
キース様は一瞬目を見開き、それから深くため息をついて、苦笑しました。
「……バカ言え。逃がしはしない。……俺が一生、責任を持って飼い殺してやるよ」
「ふふ、頼もしい飼い主様ですこと」
音楽が変わりました。
ワルツの調べ。
殿下がマリアさんの手を取り、ダンスホールの中央へと進み出ます。
優雅に踊り始める二人。
スポットライトを浴びるその姿は、この世のものとは思えないほど美しく、尊い。
(ああ……大好きよ、二人とも)
私の視界が潤みます。
これが、最後。
私がこの特等席で、二人を見守る最後の夜。
(さようなら。そして、おめでとう)
私は涙を拭い、表情を引き締めました。
そこに残ったのは、冷徹で、傲慢で、美しい『悪役令嬢』の顔。
「……さあ、ショータイムの始まりよ」
私はドレスの裾を翻し、光の中へと歩き出しました。
向かう先は、二人が踊るダンスフロア。
そして、その先にある『建国の宝玉』。
会場の視線が、不穏な空気を纏った私に集まります。
「あら、シュガー様よ……」
「また何かするつもりかしら」
ヒソヒソ話が聞こえます。
上等です。
私を見て。私を憎んで。
そして、私の大好きな二人を輝かせて。
私は心の中でカウントダウンを開始しました。
私の人生最大の汚名となるであろう、最高の罪を犯すために。
建国記念舞踏会、当日。
王宮の大広間は、国中から集まった貴族たちで埋め尽くされ、シャンデリアの光が宝石の海のように煌めいていました。
私は会場の隅、壁際の定位置(ベストポジション)に立ち、震える手で扇を握りしめていました。
今日の私のドレスは、漆黒に近いミッドナイトブルー。
唇には深紅のルージュを引き、髪は高く結い上げて、見るからに「強そうで意地悪そうな悪役令嬢」を演出しています。
「気合入ってんな、シュガー」
隣に立つキース様が、グラスを片手に声をかけてきました。
彼も今日は正装の騎士団服。その凛々しさに周囲の令嬢たちが熱い視線を送っていますが、本人は気にする様子もありません。
「当然ですわ。今日は私の集大成……『悪役令嬢シュガー・メルティ』の引退公演なのですから」
私は静かに闘志を燃やしていました。
この2週間、私はマリアさんに地獄の特訓を課しました。
ダンス、マナー、言葉遣い。
そして何より、「私は愛されている」という自信を持たせること。
全ては、今日この晴れ舞台で、彼女が誰よりも輝くためです。
「……来るぞ」
会場の空気が、ふっと変わりました。
楽団のファンファーレが鳴り響き、重厚な扉が開かれます。
「王太子アレクセイ殿下、並びに、聖女候補マリア・アズライト嬢の入場です!」
そのアナウンスと共に。
二人が、光の中を歩いてきました。
「……っ!」
私は息を呑みました。
アレクセイ殿下は純白の礼装に身を包み、まさに絵本から飛び出してきたような王子様。
そして、その腕に手を添えるマリアさんは――。
(……ああ、なんて……)
淡い桜色のドレス。
髪には小さな真珠のティアラ。
背筋はピンと伸び、その表情には、以前のような怯えはありません。
堂々とした、それでいて春の日差しのような優しさを湛えた微笑み。
「……綺麗だ」
会場の誰かが呟きました。
その声はさざ波のように広がり、やがて感嘆の溜息へと変わっていきます。
「あれが平民の娘か? まるで女神のようじゃないか」
「殿下とお似合いだわ……」
称賛の声が耳に届くたび、私の胸は誇らしさで張り裂けそうになりました。
(見たか愚民ども! あれが私が育てた……いいえ、私が推している『最高傑作(ヒロイン)』よ!)
涙腺が崩壊しそうです。
今すぐ「尊い!」と叫んで床を転がり回りたい衝動を、鋼の理性で抑え込みます。
私はあくまで悪役。
感動して泣いている場合ではありません。
二人は玉座の前まで進み、国王陛下に一礼しました。
その所作も完璧です。
陛下も満足げに頷いています。
「……合格だな」
キース様が呟きました。
「ああなれば、もう誰も文句は言えん。陛下の認可も降りるだろう」
「ええ……完璧ですわ」
私は扇で目元を隠しました。
「これで、ハッピーエンドね」
普通なら、ここで物語は終わります。
二人は祝福され、婚約を発表し、幸せなキスをして終了。
……でも。
(本当に、それでいいの?)
私の脳内で、悪魔が囁きました。
『順風満帆すぎる恋は、物語として盛り上がりに欠けるのではないか?』
『最後の最後で、二人の絆を試すような”スパイス”が必要なのではないか?』
『今のマリアなら、どんな困難も乗り越えて、より強い輝きを放つことができるはず……』
私は、会場の中央に飾られている『ある物』に目を留めました。
それは、ガラスケースに入った『建国の宝玉』。
この国の平和の象徴とされる、巨大なサファイアです。
今日の舞踏会の目玉として展示されているものでした。
(……あれだわ)
閃きが、稲妻のように走りました。
私はニヤリと笑いました。
きっと、傍から見れば背筋が凍るような悪女の笑みだったでしょう。
「……キース様」
「ん? なんだその悪い顔は」
「私、決めました。……この最高の舞台を、もっと最高にするための演出(ギミック)を投入します」
「おい、やめろ。もう十分だろ」
キース様が警戒して身を引きます。
「いいえ、足りません! まだ『二人で困難を乗り越えて、世界中に愛を宣言する』というカタルシスが足りないのです!」
私は一歩、前へ踏み出しました。
「マリアさんは合格しました。でも、貴族たちの中にはまだ『平民風情が』と思っている者もいるはず。……だから、私が踏み台になります」
「踏み台?」
「ええ。私が最後の悪あがきをして、マリアさんを陥れようとする。それを殿下とマリアさんが愛の力で跳ね除ける! ……そうすれば、貴族たちも二人の絆の強さを認めざるを得なくなるでしょう!」
「お前……本気か?」
キース様が私の腕を掴みました。
その目は真剣です。
「それをやれば、お前は本当にこの国にいられなくなるぞ。ただの『痛い元婚約者』じゃ済まない。『犯罪者』扱いされるかもしれないんだぞ」
「望むところですわ」
私はキース様の手を、優しく外しました。
「私はシュガー・メルティ。推しカプのためなら、国を追われることくらい、擦り傷にもなりません」
「シュガー……」
「それに、私には『最強の共犯者』がいるじゃないですか」
私は悪戯っぽくウインクしました。
「いざとなったら、あなたが私を連れて逃げてくれるんでしょう?」
キース様は一瞬目を見開き、それから深くため息をついて、苦笑しました。
「……バカ言え。逃がしはしない。……俺が一生、責任を持って飼い殺してやるよ」
「ふふ、頼もしい飼い主様ですこと」
音楽が変わりました。
ワルツの調べ。
殿下がマリアさんの手を取り、ダンスホールの中央へと進み出ます。
優雅に踊り始める二人。
スポットライトを浴びるその姿は、この世のものとは思えないほど美しく、尊い。
(ああ……大好きよ、二人とも)
私の視界が潤みます。
これが、最後。
私がこの特等席で、二人を見守る最後の夜。
(さようなら。そして、おめでとう)
私は涙を拭い、表情を引き締めました。
そこに残ったのは、冷徹で、傲慢で、美しい『悪役令嬢』の顔。
「……さあ、ショータイムの始まりよ」
私はドレスの裾を翻し、光の中へと歩き出しました。
向かう先は、二人が踊るダンスフロア。
そして、その先にある『建国の宝玉』。
会場の視線が、不穏な空気を纏った私に集まります。
「あら、シュガー様よ……」
「また何かするつもりかしら」
ヒソヒソ話が聞こえます。
上等です。
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