11 / 31
11
しおりを挟む
あの日、疑惑の影を目撃してからというもの、フィオナは無意識のうちにアレクシス殿下とアリア嬢の動向に注意を払うようになっていた。
婚約破棄の計画は一旦保留。今は、自分の目で見たあの危険な光の正体を突き止めたいという思いの方が強かった。
そして、その日は思ったよりも早くやってきた。
放課後、フィオナが中庭を抜けて帰路につこうとした時のことだ。普段はあまり人が立ち入らない、古い温室の裏手から、小さな悲鳴が聞こえた気がした。
(今の声は……?)
胸に嫌な予感がよぎる。フィオナは息を潜め、慎重に音のした方へと近づいた。
生い茂った薔薇のアーチの向こうに、二つの人影が見える。アレクシス殿下と、アリア嬢だ。そして、二人の前には、フードを目深に被った一人の男が立ちはだかっていた。先週末に街で見かけた、あの男と雰囲気がよく似ている。
「ロセッティ嬢、我々と共に来ていただこう」
男が、くぐもった声で言う。その手には、鈍い光を放つ短剣が握られていた。
「いやっ……!」
アリアが恐怖に顔を歪ませる。アレクシス殿下は、即座にアリアを自分の背後にかばい、冷たい声で言い放った。
「下衆が。誰の許しを得て、その汚らわしい口を利いている」
その声には、いつもの穏やかさなど欠片もない。絶対零度の、支配者の声。
男は怯むことなく、短剣を構えて突進してきた。しかし、アレクシス殿下は慌てる素振りも見せず、腰に差していた儀礼用の細剣を抜き放つと、甲高い金属音と共にその一撃を受け止めた。
動きに一切の無駄がない。騎士科の生徒たちとは比べ物にならない、実戦で磨かれた剣技だった。
男は何度か斬りかかるが、全て軽くいなされてしまう。焦った男は、距離を取ると、懐から何かを取り出して投げつけた。魔力を帯びた、光の礫だ。
「危ない!」
フィオナが思わず声を上げそうになった瞬間、殿下はアリアを抱き寄せるようにして身を翻し、全ての礫をその身に受けた。
「殿下!」
アリアの悲鳴が響く。しかし、殿下は眉一つ動かさない。それどころか、彼の身体に当たったはずの光の礫は、まるで霧のように掻き消えていた。
男が「なっ!?」と驚愕の声を上げる。その一瞬の隙を、殿下は見逃さなかった。
彼は凄まじい速度で男に肉薄すると、剣の柄で鳩尾を強打し、短剣を蹴り飛ばす。男はぐぅ、と呻き声を上げて崩れ落ちたが、すぐに体勢を立て直すと、忌々しげに舌打ちをして、森の奥へと逃げていった。
殿下は深追いせず、まずアリアの無事を確かめる。
「怪我はないか、アリア」
「は、はい……。ですが、殿下こそ……!」
「私は問題ない。……必ず、私が君を守る。誰にも指一本触れさせはしない」
それは、恋人にかける甘い言葉ではなかった。
守るべき者を前にした、騎士の、そして王太子の、固い誓いの言葉だった。
薔薇のアーチの陰で、フィオナは全ての光景を目に焼き付けていた。
(やはり、そうだったのね……)
ただの浮気ではない。この二人の間には、命がけの、何か特別な事情がある。
フィオナの中で、アレクシス殿下という存在が、ガラガラと音を立てて崩れ、再構築されていくのを感じた。
婚約破棄の計画は一旦保留。今は、自分の目で見たあの危険な光の正体を突き止めたいという思いの方が強かった。
そして、その日は思ったよりも早くやってきた。
放課後、フィオナが中庭を抜けて帰路につこうとした時のことだ。普段はあまり人が立ち入らない、古い温室の裏手から、小さな悲鳴が聞こえた気がした。
(今の声は……?)
胸に嫌な予感がよぎる。フィオナは息を潜め、慎重に音のした方へと近づいた。
生い茂った薔薇のアーチの向こうに、二つの人影が見える。アレクシス殿下と、アリア嬢だ。そして、二人の前には、フードを目深に被った一人の男が立ちはだかっていた。先週末に街で見かけた、あの男と雰囲気がよく似ている。
「ロセッティ嬢、我々と共に来ていただこう」
男が、くぐもった声で言う。その手には、鈍い光を放つ短剣が握られていた。
「いやっ……!」
アリアが恐怖に顔を歪ませる。アレクシス殿下は、即座にアリアを自分の背後にかばい、冷たい声で言い放った。
「下衆が。誰の許しを得て、その汚らわしい口を利いている」
その声には、いつもの穏やかさなど欠片もない。絶対零度の、支配者の声。
男は怯むことなく、短剣を構えて突進してきた。しかし、アレクシス殿下は慌てる素振りも見せず、腰に差していた儀礼用の細剣を抜き放つと、甲高い金属音と共にその一撃を受け止めた。
動きに一切の無駄がない。騎士科の生徒たちとは比べ物にならない、実戦で磨かれた剣技だった。
男は何度か斬りかかるが、全て軽くいなされてしまう。焦った男は、距離を取ると、懐から何かを取り出して投げつけた。魔力を帯びた、光の礫だ。
「危ない!」
フィオナが思わず声を上げそうになった瞬間、殿下はアリアを抱き寄せるようにして身を翻し、全ての礫をその身に受けた。
「殿下!」
アリアの悲鳴が響く。しかし、殿下は眉一つ動かさない。それどころか、彼の身体に当たったはずの光の礫は、まるで霧のように掻き消えていた。
男が「なっ!?」と驚愕の声を上げる。その一瞬の隙を、殿下は見逃さなかった。
彼は凄まじい速度で男に肉薄すると、剣の柄で鳩尾を強打し、短剣を蹴り飛ばす。男はぐぅ、と呻き声を上げて崩れ落ちたが、すぐに体勢を立て直すと、忌々しげに舌打ちをして、森の奥へと逃げていった。
殿下は深追いせず、まずアリアの無事を確かめる。
「怪我はないか、アリア」
「は、はい……。ですが、殿下こそ……!」
「私は問題ない。……必ず、私が君を守る。誰にも指一本触れさせはしない」
それは、恋人にかける甘い言葉ではなかった。
守るべき者を前にした、騎士の、そして王太子の、固い誓いの言葉だった。
薔薇のアーチの陰で、フィオナは全ての光景を目に焼き付けていた。
(やはり、そうだったのね……)
ただの浮気ではない。この二人の間には、命がけの、何か特別な事情がある。
フィオナの中で、アレクシス殿下という存在が、ガラガラと音を立てて崩れ、再構築されていくのを感じた。
293
あなたにおすすめの小説
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
私を追い出したければどうぞご自由に
睡蓮
恋愛
伯爵としての立場を有しているグルームは、自身の婚約者として同じく貴族令嬢であるメレーナの事を迎え入れた。しかし、グルームはその関係を築いていながらソフィアという女性に夢中になってしまい、メレーナに適当な理由を突き付けてその婚約を破棄してしまう。自分は貴族の中でも高い地位を持っているため、誰も自分に逆らうことはできない。これで自分の計画通りになったと言うグルームであったが、メレーナの後ろには貴族会の統括であるカサルがおり、二人は実の親子のような深い絆で結ばれているという事に気づかなかった。本気を出したカサルの前にグルームは一方的に立場を失っていくこととなり、婚約破棄を後悔した時にはすべてが手遅れなのだった…。
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました
ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」
大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。
けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。
王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。
婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。
だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる