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「……ふぅ。良い買い物ができました」
夕暮れ時。
私たちは王都の繁華街での視察(デート)を終え、公爵邸に戻ってきた。
私の鼻には、新調したばかりの銀縁眼鏡が収まっている。
「知的な雰囲気が増した」「冷徹さが三割増しだ」と公爵に絶賛された逸品だ。
視界もクリアになり、これで明日からの書類仕事も捗るだろう。
「楽しかったな、メモリア」
アレクシス公爵は、上機嫌で馬車を降りた。
その手には、私へのお土産(大量の高級酒)と、自分用のお土産(限定スイーツ)が握られている。
「ええ。久しぶりに『外の空気』を吸いました。……王城にいた頃は、休日も呼び出しに怯えていましたから」
「もう怯える必要はない。私の屋敷は鉄壁だ」
「物理的な結界と、閣下の威圧感のおかげですね」
私たちは軽口を叩きながら、玄関ホールへと足を踏み入れた。
しかし。
出迎えた執事長の顔色は、行きよりもさらに悪くなっていた。
「おかえりなさいませ、旦那様……メモリア様……」
「どうした? またカイルから手紙か? それともリナ男爵令嬢が突撃してきたか?」
公爵が眉をひそめる。
執事長は震える手で、銀のトレイを差し出した。
そこには、一通の封書が載っていた。
漆黒の封筒に、金色の封蝋。
そして、甘ったるい薔薇の香水の匂い。
それを見た瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
公爵の表情も、一瞬で『休日のお父さん』から『冷徹公爵』へと切り替わる。
「……王妃殿下か」
公爵が低く呟いた。
そう。
この国の王妃であり、カイル殿下の母君。
そして、かつて私に「もっと愛想良くしなさい」「女は笑顔が仕事よ」と説教を繰り返していた、苦手な相手だ。
「開けるぞ」
公爵が指先で封を切る。
中から出てきたのは、金箔があしらわれた豪華な招待状だった。
『親愛なるアレクシス公爵、並びにメモリア・アッシュ嬢へ。
明晩、王城にて開催される「春の祝賀夜会」への参加を要請します。
なお、これは王家からの正式な招待であり、欠席は許されません。
カイルとの件について、ゆっくりとお話ししましょう。
王妃 エルザ・ヴァルデマール』
読み終えた公爵は、鼻で笑った。
「『ゆっくりお話ししましょう』だと? ……ふん、『カイルの不始末を揉み消して、メモリアをタダで回収したい』という本音が透けて見える」
「同感です。行間から『圧』が滲み出ていますね」
私は招待状を覗き込み、即座に結論を出した。
「閣下。欠席の連絡を入れておきます」
「……理由は?」
「『体調不良』『伝染病の疑い』『宗教上の理由』……どれがお好みですか?」
「全部嘘だな」
「行くメリットがありません。これは『夜会』という名の『公開尋問』もしくは『懐柔工作』です。行けば王妃様から、カイル殿下との復縁を強要されるのは目に見えています」
私は眼鏡の位置を直した。
「非効率です。そんな茶番に付き合う時間があるなら、領地の治水工事の予算案を見直したいのですが」
「……」
公爵は私を見つめ、ニヤリと口角を上げた。
「駄目だ」
「はい?」
「行くぞ、メモリア」
「閣下、私の話を聞いていましたか? 敵地ですよ?」
「だからこそだ」
公爵は招待状を指で弾いた。
「ここで逃げれば、王妃は調子に乗る。『やはりメモリアは王家に未練がある』『強がっているだけだ』とな。……リナ嬢の時と同じだ」
「む……」
「それに、王妃が出てきたということは、向こうも追い詰められている証拠だ。ここでトドメを刺しておけば、今後の憂いがなくなる」
公爵の瞳が、妖しく輝く。
「徹底的にわからせてやろう。お前はもう、王家の道具ではない。……俺の大切なパートナーだとな」
その言葉に、また胸がトクンと跳ねる。
この人は、どうしてこうもクリティカルな台詞をサラリと言うのか。
「……はぁ。わかりました」
私は降参して、ため息をついた。
「行きます。行けばいいんでしょう。ただし、条件があります」
「なんだ?」
「定時(夜九時)には帰らせていただきます。それと、残業手当として、あのヴィンテージ・ワインをもう一本」
「安いものだ」
公爵は満足げに頷いた。
「では、準備だ。……昨日のドレスも良かったが、明日はもっと『攻撃的』なやつで行こうか」
「攻撃的?」
「王妃の度肝を抜くようなやつだ。……お前の新しい眼鏡にもよく似合う」
公爵は楽しそうにクローゼットへ向かっていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、こめかみを押さえた。
攻撃的なドレスとは一体。
肩にトゲでもついているのだろうか。
***
翌日の夜。
王城の舞踏会場は、異様な熱気に包まれていた。
「おい、聞いたか? 今夜、あの『冷徹公爵』が来るらしいぞ」
「元婚約者のメモリア嬢を連れて?」
「王妃様が直々に呼び出したらしい。……修羅場の予感しかしないな」
貴族たちのひそひそ話が飛び交う中、会場の扉が開かれた。
「ヴァルデマール公爵閣下、ご入場!」
静まり返る会場。
そこへ、私たちが足を踏み入れた。
「…………ッ!」
誰もが息を呑んだ。
今日の私の装いは、昨日の清楚なブルーとは打って変わっていたからだ。
深紅(クリムゾン)。
血のような、あるいは燃え盛る炎のような、鮮烈な赤のドレス。
背中が大きく開いたデザインは大胆で、しかし下品には見えない絶妙なライン。
そして目元には、銀縁の眼鏡。
「知的」で「冷酷」で、そして「情熱的」。
相反する要素が組み合わさり、とてつもないインパクトを放っていた(らしい)。
隣を歩く公爵もまた、私のドレスに合わせた赤いチーフを胸に差し、不敵な笑みを浮かべている。
「……悪役令嬢のお通りだ」
公爵が小声で囁く。
「胸を張れ。この会場の誰よりも、お前が美しい」
「どうも。……視線が痛いのですが」
「羨望の眼差しだ。……さあ、主役(ラスボス)のお出ましだぞ」
人垣が割れ、会場の奥から一人の女性が進み出てきた。
豪奢な扇子を揺らし、取り巻きを引き連れた、きらびやかな貴婦人。
エルザ王妃殿下だ。
その背後には、気まずそうな顔をしたカイル殿下と、なぜかドヤ顔のリナ嬢も控えている。
「あらあら……」
王妃様は、私の上から下までをじろりと舐めるように見た。
そして、扇子で口元を隠し、わざとらしい高笑いを上げた。
「オホホホ! よくいらっしゃいました、メモリアさん。……随分とまた、派手な格好ですこと。アッシュ家の家計は火の車だと思っていましたが、公爵様に買ってもらったのかしら?」
開幕早々、嫌味のジャブだ。
私は完璧なカーテシーで応じた。
「お招きいただき光栄です、王妃殿下。……このドレスは、我が主(あるじ)である公爵閣下が『私の有能さに相応しい』と選んでくださったものです。経費(投資)ですので、ご心配なく」
「主? 経費? ……相変わらず、可愛げのない口を利くのね」
王妃様の目が据わった。
「まあいいわ。今日はあなたに、大事なお話があって呼んだのよ」
「大事なお話、ですか」
「ええ。単刀直入に言いましょう」
王妃様は扇子をバチンと閉じた。
「カイルとの婚約破棄、あれは『無効』とします」
会場がどよめいた。
「……無効、ですか? 既に書類には双方の署名があり、受理もされていますが」
「カイルが一時的な気の迷いで書いたものです。本心ではありません。……ねえ、カイル?」
話を振られたカイル殿下が、ビクッとして前に出た。
「あ、ああ……! そうだ! 僕は騙されたんだ! あんな、あんな書類……無効だ!」
殿下は私のドレス姿を見て、顔を赤くしている。
未練があるのか、ただ気まずいのか。
「そういうことです」
王妃様が勝ち誇ったように言った。
「だからメモリア、あなたを王城に戻します。……ただし!」
彼女は冷酷な笑みを浮かべた。
「一度、王太子の顔に泥を塗った罪は重い。正妃ではなく『側室』……いいえ、カイルの『愛人兼・執務補佐』としてなら、置いてあげてもよくてよ?」
愛人兼執務補佐。
つまり、「日陰の女として、死ぬほど働け」ということだ。
「……」
私は呆れて、眼鏡がずり落ちそうになった。
ここまで都合の良い思考回路だと、逆に感心する。
「お言葉ですが――」
私が反論しようとした時。
肩に、温かい手が置かれた。
「――面白い冗談だ、義姉上(あねうえ)」
アレクシス公爵だった。
その声は穏やかだが、会場の気温が一気に氷点下まで下がった錯覚を覚えるほどの殺気を孕んでいた。
「あ、アレクシス……?」
王妃様がたじろぐ。
「私の秘書官を、愛人? しかも、あの無能な息子の?」
公爵は一歩、前に出た。
「聞き捨てならないな。彼女は現在、我が公爵家の全権を握る筆頭執務官だ。その価値は、国家予算にも匹敵する」
「な、何を大袈裟な……たかが小娘一人に……」
「たかが小娘一人に、城の機能が麻痺させられているのは何処の誰だ?」
「ッ……!」
王妃様が言葉に詰まる。
図星だ。
公爵は私の腰を抱き寄せ、王妃とカイル殿下を見下ろした。
「はっきり言っておく。このメモリアは渡さない。……たとえ国王陛下の命令でもな」
「そ、そんな勝手なことが……!」
「勝手? 先に手放したのはそちらだ。『可愛げがない』と捨てておいて、今さら『役に立つから返せ』? ……拾ったものを大事に磨き上げたのは私だ。所有権は私にある」
公爵の言葉に、会場中の令嬢たちが「きゃあああ♡」と黄色い声を上げる。
所有物扱いだが、この際、悪い気はしない。
「くっ……! アレクシス、あなた、本気で王家に逆らう気!?」
王妃様がヒステリックに叫んだ。
その時。
背後に控えていたリナ嬢が、ニタニタと笑いながら口を開いた。
「王妃様ぁ、もういいじゃないですかぁ。こんな生意気な女、放っておきましょうよぉ」
「リナ?」
「だってぇ、私、知ってるんですぅ。メモリアさんが、公爵様を『たぶらかした』証拠を!」
リナ嬢が高々と手を挙げた。
その手には、何やら怪しげな小瓶が握られている。
「メモリアさんは、公爵様に『惚れ薬』を盛ったんです! だから公爵様は、こんな地味な女に夢中になってるんですぅ!」
「……は?」
私は思わず声を出した。
斜め上の言いがかりが来た。
「証拠ならあります! 昨日、公爵様の執務室から、甘い匂いのする空き瓶が見つかったって、メイドさんが言ってました!」
あ。
それは多分、公爵が隠れて食べていた『特製シロップ漬けフルーツ』の瓶だ。
「さあ、皆さん! この悪女を捕まえてください! 公爵様を洗脳から解くんですぅ!」
リナ嬢が叫ぶ。
会場の空気が、一瞬で不穏なものに変わった。
「まさか……」「ありえるかも」「あの冷徹公爵が、あんなに甘いなんておかしいもの」
集団心理とは恐ろしい。
根拠のないデマでも、状況証拠(公爵のキャラ変)があれば信じてしまう。
王妃様がニヤリと笑った。
「あら、それは大変。……衛兵! メモリアを拘束なさい! 取り調べを行います!」
衛兵たちが槍を構えて近づいてくる。
「……面倒なことになりましたね、閣下」
「全くだ。……焼き払うか?」
公爵の手元に魔力が集まる。
ここで魔法を使えば、反逆罪が確定してしまう。
(……仕方ない)
私は眼鏡をくいっと上げた。
「閣下、手出し無用です。……論破(カウンター)します」
私は一歩前に出た。
深紅のドレスを翻し、リナ嬢と王妃様を真っ直ぐに見据える。
「証拠、とおっしゃいましたね? ……では、検証いたしましょう。その『惚れ薬』とやらが実在するのかどうか」
私は不敵に微笑んだ。
「ただし。もしそれが言いがかりだと証明された暁には……王家に対する『名誉毀損』の慰謝料、倍額で請求させていただきますよ?」
悪役令嬢メモリアの、反撃のゴングが鳴った。
夕暮れ時。
私たちは王都の繁華街での視察(デート)を終え、公爵邸に戻ってきた。
私の鼻には、新調したばかりの銀縁眼鏡が収まっている。
「知的な雰囲気が増した」「冷徹さが三割増しだ」と公爵に絶賛された逸品だ。
視界もクリアになり、これで明日からの書類仕事も捗るだろう。
「楽しかったな、メモリア」
アレクシス公爵は、上機嫌で馬車を降りた。
その手には、私へのお土産(大量の高級酒)と、自分用のお土産(限定スイーツ)が握られている。
「ええ。久しぶりに『外の空気』を吸いました。……王城にいた頃は、休日も呼び出しに怯えていましたから」
「もう怯える必要はない。私の屋敷は鉄壁だ」
「物理的な結界と、閣下の威圧感のおかげですね」
私たちは軽口を叩きながら、玄関ホールへと足を踏み入れた。
しかし。
出迎えた執事長の顔色は、行きよりもさらに悪くなっていた。
「おかえりなさいませ、旦那様……メモリア様……」
「どうした? またカイルから手紙か? それともリナ男爵令嬢が突撃してきたか?」
公爵が眉をひそめる。
執事長は震える手で、銀のトレイを差し出した。
そこには、一通の封書が載っていた。
漆黒の封筒に、金色の封蝋。
そして、甘ったるい薔薇の香水の匂い。
それを見た瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
公爵の表情も、一瞬で『休日のお父さん』から『冷徹公爵』へと切り替わる。
「……王妃殿下か」
公爵が低く呟いた。
そう。
この国の王妃であり、カイル殿下の母君。
そして、かつて私に「もっと愛想良くしなさい」「女は笑顔が仕事よ」と説教を繰り返していた、苦手な相手だ。
「開けるぞ」
公爵が指先で封を切る。
中から出てきたのは、金箔があしらわれた豪華な招待状だった。
『親愛なるアレクシス公爵、並びにメモリア・アッシュ嬢へ。
明晩、王城にて開催される「春の祝賀夜会」への参加を要請します。
なお、これは王家からの正式な招待であり、欠席は許されません。
カイルとの件について、ゆっくりとお話ししましょう。
王妃 エルザ・ヴァルデマール』
読み終えた公爵は、鼻で笑った。
「『ゆっくりお話ししましょう』だと? ……ふん、『カイルの不始末を揉み消して、メモリアをタダで回収したい』という本音が透けて見える」
「同感です。行間から『圧』が滲み出ていますね」
私は招待状を覗き込み、即座に結論を出した。
「閣下。欠席の連絡を入れておきます」
「……理由は?」
「『体調不良』『伝染病の疑い』『宗教上の理由』……どれがお好みですか?」
「全部嘘だな」
「行くメリットがありません。これは『夜会』という名の『公開尋問』もしくは『懐柔工作』です。行けば王妃様から、カイル殿下との復縁を強要されるのは目に見えています」
私は眼鏡の位置を直した。
「非効率です。そんな茶番に付き合う時間があるなら、領地の治水工事の予算案を見直したいのですが」
「……」
公爵は私を見つめ、ニヤリと口角を上げた。
「駄目だ」
「はい?」
「行くぞ、メモリア」
「閣下、私の話を聞いていましたか? 敵地ですよ?」
「だからこそだ」
公爵は招待状を指で弾いた。
「ここで逃げれば、王妃は調子に乗る。『やはりメモリアは王家に未練がある』『強がっているだけだ』とな。……リナ嬢の時と同じだ」
「む……」
「それに、王妃が出てきたということは、向こうも追い詰められている証拠だ。ここでトドメを刺しておけば、今後の憂いがなくなる」
公爵の瞳が、妖しく輝く。
「徹底的にわからせてやろう。お前はもう、王家の道具ではない。……俺の大切なパートナーだとな」
その言葉に、また胸がトクンと跳ねる。
この人は、どうしてこうもクリティカルな台詞をサラリと言うのか。
「……はぁ。わかりました」
私は降参して、ため息をついた。
「行きます。行けばいいんでしょう。ただし、条件があります」
「なんだ?」
「定時(夜九時)には帰らせていただきます。それと、残業手当として、あのヴィンテージ・ワインをもう一本」
「安いものだ」
公爵は満足げに頷いた。
「では、準備だ。……昨日のドレスも良かったが、明日はもっと『攻撃的』なやつで行こうか」
「攻撃的?」
「王妃の度肝を抜くようなやつだ。……お前の新しい眼鏡にもよく似合う」
公爵は楽しそうにクローゼットへ向かっていった。
私はその後ろ姿を見送りながら、こめかみを押さえた。
攻撃的なドレスとは一体。
肩にトゲでもついているのだろうか。
***
翌日の夜。
王城の舞踏会場は、異様な熱気に包まれていた。
「おい、聞いたか? 今夜、あの『冷徹公爵』が来るらしいぞ」
「元婚約者のメモリア嬢を連れて?」
「王妃様が直々に呼び出したらしい。……修羅場の予感しかしないな」
貴族たちのひそひそ話が飛び交う中、会場の扉が開かれた。
「ヴァルデマール公爵閣下、ご入場!」
静まり返る会場。
そこへ、私たちが足を踏み入れた。
「…………ッ!」
誰もが息を呑んだ。
今日の私の装いは、昨日の清楚なブルーとは打って変わっていたからだ。
深紅(クリムゾン)。
血のような、あるいは燃え盛る炎のような、鮮烈な赤のドレス。
背中が大きく開いたデザインは大胆で、しかし下品には見えない絶妙なライン。
そして目元には、銀縁の眼鏡。
「知的」で「冷酷」で、そして「情熱的」。
相反する要素が組み合わさり、とてつもないインパクトを放っていた(らしい)。
隣を歩く公爵もまた、私のドレスに合わせた赤いチーフを胸に差し、不敵な笑みを浮かべている。
「……悪役令嬢のお通りだ」
公爵が小声で囁く。
「胸を張れ。この会場の誰よりも、お前が美しい」
「どうも。……視線が痛いのですが」
「羨望の眼差しだ。……さあ、主役(ラスボス)のお出ましだぞ」
人垣が割れ、会場の奥から一人の女性が進み出てきた。
豪奢な扇子を揺らし、取り巻きを引き連れた、きらびやかな貴婦人。
エルザ王妃殿下だ。
その背後には、気まずそうな顔をしたカイル殿下と、なぜかドヤ顔のリナ嬢も控えている。
「あらあら……」
王妃様は、私の上から下までをじろりと舐めるように見た。
そして、扇子で口元を隠し、わざとらしい高笑いを上げた。
「オホホホ! よくいらっしゃいました、メモリアさん。……随分とまた、派手な格好ですこと。アッシュ家の家計は火の車だと思っていましたが、公爵様に買ってもらったのかしら?」
開幕早々、嫌味のジャブだ。
私は完璧なカーテシーで応じた。
「お招きいただき光栄です、王妃殿下。……このドレスは、我が主(あるじ)である公爵閣下が『私の有能さに相応しい』と選んでくださったものです。経費(投資)ですので、ご心配なく」
「主? 経費? ……相変わらず、可愛げのない口を利くのね」
王妃様の目が据わった。
「まあいいわ。今日はあなたに、大事なお話があって呼んだのよ」
「大事なお話、ですか」
「ええ。単刀直入に言いましょう」
王妃様は扇子をバチンと閉じた。
「カイルとの婚約破棄、あれは『無効』とします」
会場がどよめいた。
「……無効、ですか? 既に書類には双方の署名があり、受理もされていますが」
「カイルが一時的な気の迷いで書いたものです。本心ではありません。……ねえ、カイル?」
話を振られたカイル殿下が、ビクッとして前に出た。
「あ、ああ……! そうだ! 僕は騙されたんだ! あんな、あんな書類……無効だ!」
殿下は私のドレス姿を見て、顔を赤くしている。
未練があるのか、ただ気まずいのか。
「そういうことです」
王妃様が勝ち誇ったように言った。
「だからメモリア、あなたを王城に戻します。……ただし!」
彼女は冷酷な笑みを浮かべた。
「一度、王太子の顔に泥を塗った罪は重い。正妃ではなく『側室』……いいえ、カイルの『愛人兼・執務補佐』としてなら、置いてあげてもよくてよ?」
愛人兼執務補佐。
つまり、「日陰の女として、死ぬほど働け」ということだ。
「……」
私は呆れて、眼鏡がずり落ちそうになった。
ここまで都合の良い思考回路だと、逆に感心する。
「お言葉ですが――」
私が反論しようとした時。
肩に、温かい手が置かれた。
「――面白い冗談だ、義姉上(あねうえ)」
アレクシス公爵だった。
その声は穏やかだが、会場の気温が一気に氷点下まで下がった錯覚を覚えるほどの殺気を孕んでいた。
「あ、アレクシス……?」
王妃様がたじろぐ。
「私の秘書官を、愛人? しかも、あの無能な息子の?」
公爵は一歩、前に出た。
「聞き捨てならないな。彼女は現在、我が公爵家の全権を握る筆頭執務官だ。その価値は、国家予算にも匹敵する」
「な、何を大袈裟な……たかが小娘一人に……」
「たかが小娘一人に、城の機能が麻痺させられているのは何処の誰だ?」
「ッ……!」
王妃様が言葉に詰まる。
図星だ。
公爵は私の腰を抱き寄せ、王妃とカイル殿下を見下ろした。
「はっきり言っておく。このメモリアは渡さない。……たとえ国王陛下の命令でもな」
「そ、そんな勝手なことが……!」
「勝手? 先に手放したのはそちらだ。『可愛げがない』と捨てておいて、今さら『役に立つから返せ』? ……拾ったものを大事に磨き上げたのは私だ。所有権は私にある」
公爵の言葉に、会場中の令嬢たちが「きゃあああ♡」と黄色い声を上げる。
所有物扱いだが、この際、悪い気はしない。
「くっ……! アレクシス、あなた、本気で王家に逆らう気!?」
王妃様がヒステリックに叫んだ。
その時。
背後に控えていたリナ嬢が、ニタニタと笑いながら口を開いた。
「王妃様ぁ、もういいじゃないですかぁ。こんな生意気な女、放っておきましょうよぉ」
「リナ?」
「だってぇ、私、知ってるんですぅ。メモリアさんが、公爵様を『たぶらかした』証拠を!」
リナ嬢が高々と手を挙げた。
その手には、何やら怪しげな小瓶が握られている。
「メモリアさんは、公爵様に『惚れ薬』を盛ったんです! だから公爵様は、こんな地味な女に夢中になってるんですぅ!」
「……は?」
私は思わず声を出した。
斜め上の言いがかりが来た。
「証拠ならあります! 昨日、公爵様の執務室から、甘い匂いのする空き瓶が見つかったって、メイドさんが言ってました!」
あ。
それは多分、公爵が隠れて食べていた『特製シロップ漬けフルーツ』の瓶だ。
「さあ、皆さん! この悪女を捕まえてください! 公爵様を洗脳から解くんですぅ!」
リナ嬢が叫ぶ。
会場の空気が、一瞬で不穏なものに変わった。
「まさか……」「ありえるかも」「あの冷徹公爵が、あんなに甘いなんておかしいもの」
集団心理とは恐ろしい。
根拠のないデマでも、状況証拠(公爵のキャラ変)があれば信じてしまう。
王妃様がニヤリと笑った。
「あら、それは大変。……衛兵! メモリアを拘束なさい! 取り調べを行います!」
衛兵たちが槍を構えて近づいてくる。
「……面倒なことになりましたね、閣下」
「全くだ。……焼き払うか?」
公爵の手元に魔力が集まる。
ここで魔法を使えば、反逆罪が確定してしまう。
(……仕方ない)
私は眼鏡をくいっと上げた。
「閣下、手出し無用です。……論破(カウンター)します」
私は一歩前に出た。
深紅のドレスを翻し、リナ嬢と王妃様を真っ直ぐに見据える。
「証拠、とおっしゃいましたね? ……では、検証いたしましょう。その『惚れ薬』とやらが実在するのかどうか」
私は不敵に微笑んだ。
「ただし。もしそれが言いがかりだと証明された暁には……王家に対する『名誉毀損』の慰謝料、倍額で請求させていただきますよ?」
悪役令嬢メモリアの、反撃のゴングが鳴った。
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伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
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絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
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