「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの

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10話

 レーヴェルの村は、かつて繁栄を誇った交易路の終端にあった。

 今では地図からも消えかけたような、静かな集落。石造りの家々が寄り添うように並び、空気には木の実と草の香りが満ちている。

「この村……何か、懐かしい」

 クラリーチェ──ディアナは、木々の間を抜けながらつぶやいた。昔来た記憶があるわけではない。ただ、胸の奥がほんの少し温かくなるような、不思議な感覚だった。

 村の中心にある教会の扉を叩くと、中から出てきたのは白髪まじりの老婦人だった。背は低く、瞳は薄琥珀色。

「……あなた、ヴァレンティナ家の子ね」

 その第一声に、クラリーチェは驚きを隠せなかった。

「私の顔を……?」

「エレオノーラ様を忘れる人なんて、この地にはいないよ。あの方が若かりし頃、私たちの祈りを導いてくださった」

 老婦人の名はメリル。かつて修道女だったというその人は、今は村の子どもたちに読み書きを教えているという。

「君の祖母はね、言っていたよ。“私の孫が、いつか自分の足でここへ来る”って。それが君だったんだね」

 

 教会の裏庭には、廃棄された書棚が残っていた。蔦に覆われた古い本のなかに、一冊だけ革装丁の手帳があった。

『この国の礎を、花が支えるなら──私は土となろう』

 それは、祖母エレオノーラの手による言葉だった。

「……この国は、誰かの“役割”の上に成り立ってきた」

 クラリーチェはページをめくりながら呟く。

「それでも……私は、“役割”ではなく、“私”として選びたい」

 

 一方、山間の街道を進む一行があった。

 その先頭には、騎士団の制服を身にまとい、鋭い視線を前方に注ぐ若者。

 セシル=グランフォードは、手にした地図を折り畳むと、静かに呟いた。

「ラベンダーの香りが、北風に混じっていた。あの人は、この先にいる」

 彼の旅路と彼女の足跡が、いま静かに交差しようとしていた。
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