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14話
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夜明け前のレーヴェルの空は、墨を流したような薄藍だった。
その静けさのなか、クラリーチェは一人、教会の祭壇の前に立っていた。手に握られているのは、メリルから託された「拒絶の記録」、そして祖母の手記の写し。
「私はこの命を、誰かの未来のために“捧げる”のではなく、共に生きるために使いたい」
静かに宣言するように口にしたその言葉は、誰にも向けられていなかった。
けれど、確かに“かつての自分”に向けられていた。
その日の昼下がり、村の広場に一人の旅人が現れた。
黒衣に包まれ、顔は布で覆われている。
誰もその姿に気づこうとしなかった。
ただ、クラリーチェは背中越しに、その気配だけを感じ取っていた。
「……ようやく、ここに来たのですね」
黒衣の人物は答えない。ただ、手にしていた一冊の本を差し出す。
『第三王妃エルナ=ルシアの証言録』
クラリーチェはそれを受け取り、静かに表紙を撫でた。
「この方は……王家の“異端”とされて記録から抹消された方」
「それでも、真実を遺そうとした。君と同じように」
その声は低く、掠れていた。けれど、どこかで聞いたような優しさを帯びていた。
「あなたは──いったい……」
「私は、ただの影。誰かが自分で立ち上がるための“沈黙”だ」
そう言い残し、黒衣の旅人はまた霧のように姿を消した。
夜。クラリーチェは、焚き火の前で最後の手紙を書いていた。
《父上へ
私は、私として生きることを選びました。
家の名に背くつもりはありませんが、私は“誰かのための器”にはなりません。
どうか、これが私なりの敬意だとお受け取りください。》
そしてもう一通。
《セドリック殿下へ
私は貴方を、もう憎んではいません。
けれど、かつての私の想いがどれほど深かったか、今になって知っていただけたなら、それだけで十分です。
どうか、貴方も、選び直せますように》
ペン先が止まった。もう、何も書くべき言葉はなかった。
火に手紙をくべると、焚き火が一瞬だけ、高く燃え上がった。
炎の色は、ラベンダーよりも淡く、
けれど確かに、未来を照らす光を帯びていた。
その静けさのなか、クラリーチェは一人、教会の祭壇の前に立っていた。手に握られているのは、メリルから託された「拒絶の記録」、そして祖母の手記の写し。
「私はこの命を、誰かの未来のために“捧げる”のではなく、共に生きるために使いたい」
静かに宣言するように口にしたその言葉は、誰にも向けられていなかった。
けれど、確かに“かつての自分”に向けられていた。
その日の昼下がり、村の広場に一人の旅人が現れた。
黒衣に包まれ、顔は布で覆われている。
誰もその姿に気づこうとしなかった。
ただ、クラリーチェは背中越しに、その気配だけを感じ取っていた。
「……ようやく、ここに来たのですね」
黒衣の人物は答えない。ただ、手にしていた一冊の本を差し出す。
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クラリーチェはそれを受け取り、静かに表紙を撫でた。
「この方は……王家の“異端”とされて記録から抹消された方」
「それでも、真実を遺そうとした。君と同じように」
その声は低く、掠れていた。けれど、どこかで聞いたような優しさを帯びていた。
「あなたは──いったい……」
「私は、ただの影。誰かが自分で立ち上がるための“沈黙”だ」
そう言い残し、黒衣の旅人はまた霧のように姿を消した。
夜。クラリーチェは、焚き火の前で最後の手紙を書いていた。
《父上へ
私は、私として生きることを選びました。
家の名に背くつもりはありませんが、私は“誰かのための器”にはなりません。
どうか、これが私なりの敬意だとお受け取りください。》
そしてもう一通。
《セドリック殿下へ
私は貴方を、もう憎んではいません。
けれど、かつての私の想いがどれほど深かったか、今になって知っていただけたなら、それだけで十分です。
どうか、貴方も、選び直せますように》
ペン先が止まった。もう、何も書くべき言葉はなかった。
火に手紙をくべると、焚き火が一瞬だけ、高く燃え上がった。
炎の色は、ラベンダーよりも淡く、
けれど確かに、未来を照らす光を帯びていた。
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