「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの

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16話

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 雨の匂いがした。

 レーヴェルの村に、しとしとと春雨が降る朝。教会の軒下で、クラリーチェは膝に猫を乗せて、しばし空を眺めていた。

「ずいぶん、人に慣れたのね。……昔の私と、逆」

 その独り言に、小さな猫は目を細めて鳴きもせず、ただ彼女の膝の上に丸くなった。

 

 その日、村に一人の旅人が訪れた。

 黒革の外套に身を包み、銀の紋章を懐に忍ばせたその使者は、まっすぐに教会へ向かった。名を訊く前に、彼は言った。

「ディアナ=レイ。……否、クラリーチェ=ヴァレンティナ様。  
 ご自身の選択が、今、王国の進路をも左右しております」

「……もう、私にその力はありません。名も、立場も捨てました」

「それでも、貴女の存在は──“光に背を向けた王太子の贖罪”として、国の象徴となり得る」

 クラリーチェは静かに目を伏せた。

 そうだ、彼が“背を向けた”のではない。  
 自分が、“去ること”を選んだのだ。  
 その違いに、いつのまにか気づいていた。

「それを望むのは、王ですか? それとも……セドリック殿下?」

「……それをお答えすることはできません。ただ、貴女にお渡しするよう託された手紙があります」

 差し出された封筒には、見慣れた筆跡。  
 確かに、彼のものだった。

 

 部屋に戻り、椅子に腰を下ろしてから封を開ける。  
 手紙は短かった。

《君の選んだ道を、僕は追わない。  
 けれど、それを見つめることくらいは、許されるだろうか》

 クラリーチェは、笑った。

 泣くほどでもない。怒るほどでもない。  
 ただ、少しだけ、胸があたたかくなった。

「……あなたは、ようやく“私”を見てくれたのですね」

 

 その夜、彼女はアベル司祭に告げた。

「行きます。……けれど、それは“戻る”ためではありません。  
 私の選んだ生き方を、もう一度、自分で証明するために」

 アベルはただ、静かに頷いた。

「ならば、もう君は“役割”ではない。“祈り”でもない。“意志”だ」

 外はまだ雨が降っていた。  
 だが、その音さえ、旅立ちの序曲のように思えた。
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