推しの王子に捨てられたい!〜婚約破棄を狙うが、今日も失敗〜

パリパリかぷちーの

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「……鏡よ鏡、鏡さん。この世で一番、アリステア様に嫌われるにふさわしい悪女はだぁれ? ……そう、私ですわ! オーッホッホッホ!」


朝の静寂に包まれた公爵邸の自室で、私は全力のポージングを決めていました。


手には扇子、顎は四十五度の角度で突き出し、目は極限まで傲慢そうに細める。
これこそが、数多の物語で断罪されてきた「黄金の悪役令嬢」の構えですわ。


「……お嬢様。朝っぱらから鏡に向かって何をされているのですか。近所迷惑ならぬ、鏡迷惑ですよ」


背後から、いつものように冷ややかな声が飛んできました。
我が忠実にして毒舌な侍女、サラです。


「サラ、あなたには分からないのね。何事も予行練習が肝心なのよ。本番でアリステア様に『婚約破棄だ!』と言われた瞬間、私が『えっ、尊い……!』なんてニヤけてしまったら、全てが台無しでしょう?」


「……まあ、お嬢様なら言いかねませんね」


「だからこそ、反射的に絶望し、そして醜く縋り付いて見捨てられるという一連の流れを、筋肉に叩き込んでおく必要があるのですわ! さあ、サラ。あなたはアリステア様役をなさい。今すぐ私を捨ててちょうだい!」


「嫌です。面倒くさいですし、もし殿下に知られたら私の首が物理的に飛びます」


「冷たいわね! じゃあ、この特製アリステア様ぬいぐるみ(等身大)を相手にするわ!」


私はベッドから、夜な夜な改良を重ねた「アリステア様二号(布製)」を引きずり出しました。
顔の部分には、私が最も「冷徹で尊い」と思う時の殿下の肖像画が貼り付けてあります。


「……よし。いくわよ。……アリステア殿下! 私、実はあなたの資産を全て使い込んで、裏で怪しい地下組織を運営しておりますの! さあ、この稀代の悪女を、今すぐこの場で捨ててくださらない!?」


私はぬいぐるみの胸元を掴み、これでもかとばかりに下卑た笑みを浮かべました。
さあ、二号! 私を罵倒して! 「君のような女、二度と顔を見せるな!」と叫んで!


「……メティ。そんなに私のことが、嫌いになったのかい?」


「……え?」


ぬいぐるみの背後から、布の擦れる音ではない、本物の、あまりにも聞き慣れた甘美な低音が響きました。


私は石像のように固まりました。
ゆっくりと、錆びついた歯車のような動きで振り返ると……。


そこには、開いたままの扉の傍らで、信じられないほど悲しげな、そしてどこか狂気を孕んだ瞳をした本物のアリステア様が立っていました。


「あ……ア、アリステア……様……?」


「……地下組織、か。……そんなに私から離れたい理由が欲しかったのかい? ……それとも、私に捨てられるという『刺激』がなければ、君の愛は満たされないほどに、歪んでしまったのかな?」


アリステア様は一歩、また一歩と部屋の中へ踏み込んできました。
その周囲には、日中の彼からは想像もつかないほど重苦しく、ドロリとした独占欲のオーラが渦巻いています。


「ち、違うんですの! これは、その、予行練習というか……! 私はただ、あなたの隣にふさわしいヒロインを……!」


「ヒロインなんて、いらないと言っただろう。……メティ。君がどれだけ自分を悪く見せようとしても、私には分かるんだよ。君の手が、震えていることが」


アリステア様は私の手から「二号」を奪い取ると、そのまま床に捨て(尊い)、私の両手を自らの胸元へと導きました。


「……資産が欲しいなら、国の予算ごと君に上げよう。地下組織が作りたいなら、私が君の右腕になって、世界中を敵に回してあげよう。……だから、メティ。……『捨ててくれ』なんて、二度と口にしないでくれ」


アリステア様は私の額に自分の額を押し当て、壊れ物を扱うような手つきで私の頬を包み込みました。
その瞳には、一滴の涙さえ浮かんでいるように見えます。


「……私が君を捨てる時は、この世界が終わる時だけだ。……いや、世界が終わっても、私は君を地獄の果てまで追いかけて、また婚約を申し込むよ。……それほどまでに、私は君を愛しているんだ」


「あ……あぅ……(尊さによる全神経の麻痺)」


ダメですわ。
練習では「ひどい男! でもそんな貴方も素敵!」と叫ぶはずだったのに、本物の殿下の「重すぎる愛の告白」を前にしては、脳内の全データが消去されてしまいます。


「メティ……。私を試すのは、もう終わりにしてくれないか。……そんなに不安なら、今すぐ結婚してもいいんだよ? そうすれば、君はもう、私に捨てられる心配(?)なんてしなくて済むだろう?」


「……それ、解決になってませんわ、殿下……」


私はかろうじてそれだけを絞り出しました。
婚約破棄どころか、外堀がコンクリートで固められ、さらにその上に難攻不落の要塞を建てられたような気分です。


「……ふふ。予行練習は、もう必要ないね。……さあ、メティ。今日は一日中、私の隣で、君がどれだけ私に愛されているかを『練習』してもらおうか」


アリステア様は満足げに微笑むと、私の腰を抱き寄せ、そのまま部屋の外へと連れ出しました。


「……お嬢様。……『二号』が泣いていますよ」


サラが床に転がったぬいぐるみを拾い上げながら、乾いた声をかけました。


「……うるさいわよ、サラ! ……でも、殿下のあの『泣きそうな執着顔』……。控えめに言って、銀河系で一番の宝物でしたわ……!」


「結局、ご褒美になってるじゃないですか」


私は王子の「愛の檻」に囚われながら、またしても婚約破棄に失敗したことを、幸せな絶望と共に噛みしめるのでした。


「……次は。次は絶対に、殿下が『もう関わりたくない』と本気で思うような、えげつない不祥事を捏造してやるんだから……!」


そう誓う私の頬は、アリステア様に贈られた甘いキスの熱で、いつまでも赤く染まったままでした。
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