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「……揺れるわね」
ガタン、と馬車が大きく跳ねた瞬間、私は手鏡を伏せて不満の声を上げた。
「ちょっとセバスチャン! 運転が乱暴よ。私の肌細胞が振動でストレスを感じているじゃないの。アンチエイジングの敵よ」
御者台に向かって声を張る。
小窓が開き、執事のセバスチャンが困り顔を覗かせた。
「お嬢様……申し訳ございません。ですが、王都を離れるにつれて街道の整備が行き届かなくなっておりまして」
「言い訳は聞きたくないわ。道が悪いのなら、あなたが降りて舗装しながら進みなさい」
「それは物理的に不可能です」
セバスチャンは淡々と返した。
彼は我がローズベルク家に長年仕える執事だ。
今回の国外追放騒ぎで、他の使用人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す中、彼だけが涼しい顔でついてきた。
「まったく、これだから田舎道は困るわ。私の通る道にはレッドカーペットが敷かれているべきなのに」
私はふんぞり返り、クッションの位置を直した。
馬車の中は、私が持ち出した荷物で溢れかえっている。
特にスペースを占領しているのは、屋敷から剥がしてきた十枚の全身鏡だ。
これがないと、私は自分の全身を360度確認できない。
それは酸素がないのと同じことだ。
「ところでお嬢様」
セバスチャンが手綱を握りながら尋ねてくる。
「先ほどから北へ向かっておりますが、本当に宜しいのですか? カイル殿下の命令書には『極寒の北部国境地帯へ追放する』とありましたが」
「ええ、知っているわ」
私は扇子でパタパタと顔を仰いだ。
「だから北へ行くのよ。殿下もなかなか粋な計らいをするじゃない」
「……粋、でございますか?」
「分からないの? 北といえば避暑地。そして雪解け水による美肌効果、さらには寒さで毛穴が引き締まる天然のエステ効果よ!」
私は窓の外に広がる、徐々に荒涼としていく景色を眺めた。
「王都の生ぬるい気候は、私の肌を甘やかしていたわ。これからは厳しい環境に身を置くことで、私の美しさはより研ぎ澄まされる……いわば『美の武者修行』ね」
「一般的にはそれを『過酷な流刑』と呼びますが」
「言葉の綾よ。凡人は物事をネガティブに捉えすぎるのね」
私は鼻で笑い、殿下から投げつけられた『追放命令書』を改めて広げた。
そこには、私の罪状(すべて言いがかり)と、今後の一切の身分剥奪、そして二度と王都の土を踏んではならないという厳しい条件が書き連ねてある。
普通の令嬢なら、これを読んで泣き崩れるだろう。
絶望のあまり、舌を噛み切りたくなるかもしれない。
けれど、私は違う。
「見て、この『身分剥奪』という文言。最高だわ」
「……どのあたりがでしょうか」
「『公爵令嬢』という肩書きが消えたのよ? つまり、私はただの『ニアン』になった。これって凄いことじゃない?」
私は命令書を指先で弾いた。
「これまでは『公爵家の権力』というフィルターを通して見られていた私の美しさが、これからは何の後ろ盾もない『純粋な美』として評価されるのよ。もはや神の領域ね。自分の実力だけで世界と勝負できるなんて、ゾクゾクするわ」
「……お嬢様のポジティブシンキングは、時々狂気の域に達していますね」
セバスチャンの呟きは、馬車の車輪の音にかき消された。
日が暮れかけてきた頃、馬車は鬱蒼とした森の中に入った。
木々は枯れかけ、風が不気味な音を立てて吹き抜ける。
カラスが数羽、枯れ木の上からこちらを見下ろしていた。
「まあ……」
私は窓の外を見て、ため息をついた。
「なんて殺風景な森なのかしら。花の一輪も咲いていないなんて、職務怠慢よ」
「ここは『嘆きの森』と呼ばれる場所です。盗賊や魔獣が出ると噂の危険地帯でして」
「危険? いいえ、これはチャンスよ」
私はトランクから、鮮紅色のドレスを取り出した。
「背景が灰色で地味であればあるほど、私の華やかさが際立つの。この森は、私を引き立てるための『背景セット』に過ぎないわ」
「お嬢様、ドレスに着替えるのですか? 馬車の中ですよ?」
「当然よ。いつ誰に見られるか分からないもの。盗賊だって、どうせ襲うなら美しい獲物を襲いたいはずよ。薄汚れた格好で襲われるなんて、私のプライドが許さないわ」
私は狭い車内で器用にドレスを着替えた。
仕上げに、ダイヤモンドのネックレスを装着する。
夕闇の森の中で、私だけが発光体のように輝いていた。
「セバスチャン、照明を。馬車の外にランタンを全部吊るしなさい」
「盗賊に見つかりやすくなりますが」
「見つからなきゃ意味がないでしょう? 私の美しさを世に知らしめるのよ。隠れるなんてコソ泥のすることだわ」
執事は「はぁ」と深いため息をつき、諦めたようにランタンを灯した。
闇夜を行く馬車が、煌々と輝き始める。
それはまるで、移動するエレクトリカルパレードだった。
しばらく進むと、予想通りというか、案の定というか。
道の前方に、粗野な男たちが立ちはだかった。
「へっへっへ……止まれェ!」
「金目の物を置いていきな!」
薄汚い格好をした盗賊たちだ。
手には錆びた剣や斧を持っている。
セバスチャンが馬車を止めた。
「お嬢様、盗賊です。いかがなさいますか? 一応、護身用の剣は積んでありますが」
「野蛮なことは嫌いよ。まずは対話よ、対話」
私は優雅に窓を開けた。
「あなたたち」
凛とした声で呼びかける。
盗賊たちがギョッとして顔を上げた。
ランタンの光に照らされた私の顔を見て、彼らは一瞬動きを止めた。
「おお……? なんだこの女、すげぇ美人だぞ」
「おいおい、極上の獲物じゃねぇか!」
下卑た笑みを浮かべ、男の一人が近づいてくる。
その顔は髭だらけで、何日もお風呂に入っていないような悪臭が漂ってきた。
「臭いわ」
私は扇子で鼻を覆い、冷徹に言い放った。
「半径3メートル以内に近づかないで。私の香水の香りが混ざってしまうわ」
「あぁ!? なんだその態度は! 俺たちが怖くねぇのか!」
「怖い? 何が? そのボロボロの服が? それとも手入れされていない不潔な髭が? 確かにファッションセンス的な意味では恐怖を感じるわね。視覚的暴力よ」
「なっ、なにを……!」
男が顔を真っ赤にして怒る。
私は呆れたように首を振った。
「あなたたち、仮にも人を襲うプロなんでしょう? だったら身だしなみくらい整えなさいよ。被害者だって、小綺麗な盗賊に襲われた方がまだ気分がいいものよ」
「知るかそんなこと! 金だ! 金を出しやがれ!」
男が剣を突きつけてくる。
普通の令嬢なら悲鳴を上げるところだ。
しかし、私は剣の切っ先をじっと見つめ、眉をひそめた。
「……曇ってるわね」
「あ?」
「その剣よ。手入れがなってないわ。錆びてるし、刃こぼれも酷い。そんななまくらで私を脅そうなんて、失礼にも程があるわ」
私は懐から、愛用の手鏡を取り出した。
純銀製の、ピカピカに磨き上げられた鏡だ。
「見てみなさい、この輝き。道具というのは、持ち主の心を映す鏡なのよ。私の鏡はこんなに美しいのに、あなたの剣はまるでゴミ屑ね」
「う、うるせぇ! 殺すぞ!」
「殺す? 私を? 無理よ」
私は断言した。
「なぜなら、私が死んだら世界の平均顔面偏差値が暴落してしまうからよ。世界がそれを許さないわ。天変地異が起きてでも私を守るでしょうね」
あまりの論理の飛躍(本人にとっては真理)に、盗賊たちはポカンとしている。
その隙に、私はセバスチャンに指示を出した。
「セバスチャン、あの方たちに『美肌石鹸』を配って差し上げて」
「……は?」
「聞こえなくて? 私がプロデュースした最高級石鹸よ。在庫が余っていたでしょう。それを彼らにあげるの」
「は、はい……」
セバスチャンがトランクから石鹸の箱を取り出し、困惑する盗賊たちに手渡していく。
ラベンダーの上品な香りが漂う。
「それはね、一度使えば肌がスベスベになる魔法の石鹸よ。まずはそれで顔を洗い、髭を剃り、清潔な服に着替えてから出直してらっしゃい。今のあなたたちには、私の視界に入る資格すらないわ」
「お、俺たちは石鹸なんて欲しくねぇ! 金だよ金!」
「あら、それが一番の『富』よ? 美しさは金では買えない……と言いたいところだけど、その石鹸は一個金貨3枚で売っている高級品なの。転売すればそこそこの稼ぎになるわよ」
「金貨3枚!?」
盗賊たちの目の色が変わった。
手元の石鹸をまじまじと見つめる。
「ほ、本当にそんなにするのか?」
「当たり前よ。私の顔がパッケージに印刷されているのよ? それだけで付加価値がつくわ」
私はニッコリと微笑んだ。
「さあ、分かったら道を開けなさい。私は急いでいるの。この先に待つ『リゾート地』で、私の美しさを布教しなければならないんだから」
盗賊たちは顔を見合わせた。
怒るべきか、喜ぶべきか、混乱しているようだ。
だが、圧倒的な私のペースと、手元の高級石鹸の香りに毒気を抜かれてしまったらしい。
「……い、行け。今回だけは見逃してやる」
「次はもっといいもん持ってこいよ!」
捨て台詞を吐きながら、彼らは道を譲った。
「ありがとう。あなたたちも、次会う時までにはもう少しマシな顔になっていなさいね。特にそこのあなた、眉毛の整え方が左右非対称よ。致命的ね」
私は最後のダメ出しをして、窓を閉めた。
「出してちょうだい、セバスチャン」
「……承知いたしました」
馬車が再び動き出す。
背後で盗賊たちが「眉毛……?」「俺の顔、変か?」とざわついているのが聞こえた。
「ふふっ、良いことをしたわ」
私は満足げにクッションに寄りかかった。
「野蛮な盗賊たちに美意識を植え付けるなんて、まさに聖女の御業ね。カイル殿下の隣にいた偽物とは大違いだわ」
「……お嬢様、そろそろ隣国との国境が見えてまいります」
セバスチャンの声に、私は身を乗り出した。
暗闇の向こうに、関所の明かりが見える。
「いよいよね。隣国アークライト王国……。噂では、冷徹で堅物な王子がいるそうじゃない」
「ええ。『氷の騎士』と呼ばれるジェラルド殿下ですね」
「氷の騎士? 面白そうじゃない」
私は手鏡に映る自分の唇に、紅を引き直した。
「氷だろうが何だろうが、私の熱情的な美しさで溶かしてみせるわ。さあ、世界デビューの幕開けよ!」
追放されたはずの私は、希望と野心(と勘違い)に満ち溢れ、新たな国へと足を踏み入れようとしていた。
ガタン、と馬車が大きく跳ねた瞬間、私は手鏡を伏せて不満の声を上げた。
「ちょっとセバスチャン! 運転が乱暴よ。私の肌細胞が振動でストレスを感じているじゃないの。アンチエイジングの敵よ」
御者台に向かって声を張る。
小窓が開き、執事のセバスチャンが困り顔を覗かせた。
「お嬢様……申し訳ございません。ですが、王都を離れるにつれて街道の整備が行き届かなくなっておりまして」
「言い訳は聞きたくないわ。道が悪いのなら、あなたが降りて舗装しながら進みなさい」
「それは物理的に不可能です」
セバスチャンは淡々と返した。
彼は我がローズベルク家に長年仕える執事だ。
今回の国外追放騒ぎで、他の使用人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す中、彼だけが涼しい顔でついてきた。
「まったく、これだから田舎道は困るわ。私の通る道にはレッドカーペットが敷かれているべきなのに」
私はふんぞり返り、クッションの位置を直した。
馬車の中は、私が持ち出した荷物で溢れかえっている。
特にスペースを占領しているのは、屋敷から剥がしてきた十枚の全身鏡だ。
これがないと、私は自分の全身を360度確認できない。
それは酸素がないのと同じことだ。
「ところでお嬢様」
セバスチャンが手綱を握りながら尋ねてくる。
「先ほどから北へ向かっておりますが、本当に宜しいのですか? カイル殿下の命令書には『極寒の北部国境地帯へ追放する』とありましたが」
「ええ、知っているわ」
私は扇子でパタパタと顔を仰いだ。
「だから北へ行くのよ。殿下もなかなか粋な計らいをするじゃない」
「……粋、でございますか?」
「分からないの? 北といえば避暑地。そして雪解け水による美肌効果、さらには寒さで毛穴が引き締まる天然のエステ効果よ!」
私は窓の外に広がる、徐々に荒涼としていく景色を眺めた。
「王都の生ぬるい気候は、私の肌を甘やかしていたわ。これからは厳しい環境に身を置くことで、私の美しさはより研ぎ澄まされる……いわば『美の武者修行』ね」
「一般的にはそれを『過酷な流刑』と呼びますが」
「言葉の綾よ。凡人は物事をネガティブに捉えすぎるのね」
私は鼻で笑い、殿下から投げつけられた『追放命令書』を改めて広げた。
そこには、私の罪状(すべて言いがかり)と、今後の一切の身分剥奪、そして二度と王都の土を踏んではならないという厳しい条件が書き連ねてある。
普通の令嬢なら、これを読んで泣き崩れるだろう。
絶望のあまり、舌を噛み切りたくなるかもしれない。
けれど、私は違う。
「見て、この『身分剥奪』という文言。最高だわ」
「……どのあたりがでしょうか」
「『公爵令嬢』という肩書きが消えたのよ? つまり、私はただの『ニアン』になった。これって凄いことじゃない?」
私は命令書を指先で弾いた。
「これまでは『公爵家の権力』というフィルターを通して見られていた私の美しさが、これからは何の後ろ盾もない『純粋な美』として評価されるのよ。もはや神の領域ね。自分の実力だけで世界と勝負できるなんて、ゾクゾクするわ」
「……お嬢様のポジティブシンキングは、時々狂気の域に達していますね」
セバスチャンの呟きは、馬車の車輪の音にかき消された。
日が暮れかけてきた頃、馬車は鬱蒼とした森の中に入った。
木々は枯れかけ、風が不気味な音を立てて吹き抜ける。
カラスが数羽、枯れ木の上からこちらを見下ろしていた。
「まあ……」
私は窓の外を見て、ため息をついた。
「なんて殺風景な森なのかしら。花の一輪も咲いていないなんて、職務怠慢よ」
「ここは『嘆きの森』と呼ばれる場所です。盗賊や魔獣が出ると噂の危険地帯でして」
「危険? いいえ、これはチャンスよ」
私はトランクから、鮮紅色のドレスを取り出した。
「背景が灰色で地味であればあるほど、私の華やかさが際立つの。この森は、私を引き立てるための『背景セット』に過ぎないわ」
「お嬢様、ドレスに着替えるのですか? 馬車の中ですよ?」
「当然よ。いつ誰に見られるか分からないもの。盗賊だって、どうせ襲うなら美しい獲物を襲いたいはずよ。薄汚れた格好で襲われるなんて、私のプライドが許さないわ」
私は狭い車内で器用にドレスを着替えた。
仕上げに、ダイヤモンドのネックレスを装着する。
夕闇の森の中で、私だけが発光体のように輝いていた。
「セバスチャン、照明を。馬車の外にランタンを全部吊るしなさい」
「盗賊に見つかりやすくなりますが」
「見つからなきゃ意味がないでしょう? 私の美しさを世に知らしめるのよ。隠れるなんてコソ泥のすることだわ」
執事は「はぁ」と深いため息をつき、諦めたようにランタンを灯した。
闇夜を行く馬車が、煌々と輝き始める。
それはまるで、移動するエレクトリカルパレードだった。
しばらく進むと、予想通りというか、案の定というか。
道の前方に、粗野な男たちが立ちはだかった。
「へっへっへ……止まれェ!」
「金目の物を置いていきな!」
薄汚い格好をした盗賊たちだ。
手には錆びた剣や斧を持っている。
セバスチャンが馬車を止めた。
「お嬢様、盗賊です。いかがなさいますか? 一応、護身用の剣は積んでありますが」
「野蛮なことは嫌いよ。まずは対話よ、対話」
私は優雅に窓を開けた。
「あなたたち」
凛とした声で呼びかける。
盗賊たちがギョッとして顔を上げた。
ランタンの光に照らされた私の顔を見て、彼らは一瞬動きを止めた。
「おお……? なんだこの女、すげぇ美人だぞ」
「おいおい、極上の獲物じゃねぇか!」
下卑た笑みを浮かべ、男の一人が近づいてくる。
その顔は髭だらけで、何日もお風呂に入っていないような悪臭が漂ってきた。
「臭いわ」
私は扇子で鼻を覆い、冷徹に言い放った。
「半径3メートル以内に近づかないで。私の香水の香りが混ざってしまうわ」
「あぁ!? なんだその態度は! 俺たちが怖くねぇのか!」
「怖い? 何が? そのボロボロの服が? それとも手入れされていない不潔な髭が? 確かにファッションセンス的な意味では恐怖を感じるわね。視覚的暴力よ」
「なっ、なにを……!」
男が顔を真っ赤にして怒る。
私は呆れたように首を振った。
「あなたたち、仮にも人を襲うプロなんでしょう? だったら身だしなみくらい整えなさいよ。被害者だって、小綺麗な盗賊に襲われた方がまだ気分がいいものよ」
「知るかそんなこと! 金だ! 金を出しやがれ!」
男が剣を突きつけてくる。
普通の令嬢なら悲鳴を上げるところだ。
しかし、私は剣の切っ先をじっと見つめ、眉をひそめた。
「……曇ってるわね」
「あ?」
「その剣よ。手入れがなってないわ。錆びてるし、刃こぼれも酷い。そんななまくらで私を脅そうなんて、失礼にも程があるわ」
私は懐から、愛用の手鏡を取り出した。
純銀製の、ピカピカに磨き上げられた鏡だ。
「見てみなさい、この輝き。道具というのは、持ち主の心を映す鏡なのよ。私の鏡はこんなに美しいのに、あなたの剣はまるでゴミ屑ね」
「う、うるせぇ! 殺すぞ!」
「殺す? 私を? 無理よ」
私は断言した。
「なぜなら、私が死んだら世界の平均顔面偏差値が暴落してしまうからよ。世界がそれを許さないわ。天変地異が起きてでも私を守るでしょうね」
あまりの論理の飛躍(本人にとっては真理)に、盗賊たちはポカンとしている。
その隙に、私はセバスチャンに指示を出した。
「セバスチャン、あの方たちに『美肌石鹸』を配って差し上げて」
「……は?」
「聞こえなくて? 私がプロデュースした最高級石鹸よ。在庫が余っていたでしょう。それを彼らにあげるの」
「は、はい……」
セバスチャンがトランクから石鹸の箱を取り出し、困惑する盗賊たちに手渡していく。
ラベンダーの上品な香りが漂う。
「それはね、一度使えば肌がスベスベになる魔法の石鹸よ。まずはそれで顔を洗い、髭を剃り、清潔な服に着替えてから出直してらっしゃい。今のあなたたちには、私の視界に入る資格すらないわ」
「お、俺たちは石鹸なんて欲しくねぇ! 金だよ金!」
「あら、それが一番の『富』よ? 美しさは金では買えない……と言いたいところだけど、その石鹸は一個金貨3枚で売っている高級品なの。転売すればそこそこの稼ぎになるわよ」
「金貨3枚!?」
盗賊たちの目の色が変わった。
手元の石鹸をまじまじと見つめる。
「ほ、本当にそんなにするのか?」
「当たり前よ。私の顔がパッケージに印刷されているのよ? それだけで付加価値がつくわ」
私はニッコリと微笑んだ。
「さあ、分かったら道を開けなさい。私は急いでいるの。この先に待つ『リゾート地』で、私の美しさを布教しなければならないんだから」
盗賊たちは顔を見合わせた。
怒るべきか、喜ぶべきか、混乱しているようだ。
だが、圧倒的な私のペースと、手元の高級石鹸の香りに毒気を抜かれてしまったらしい。
「……い、行け。今回だけは見逃してやる」
「次はもっといいもん持ってこいよ!」
捨て台詞を吐きながら、彼らは道を譲った。
「ありがとう。あなたたちも、次会う時までにはもう少しマシな顔になっていなさいね。特にそこのあなた、眉毛の整え方が左右非対称よ。致命的ね」
私は最後のダメ出しをして、窓を閉めた。
「出してちょうだい、セバスチャン」
「……承知いたしました」
馬車が再び動き出す。
背後で盗賊たちが「眉毛……?」「俺の顔、変か?」とざわついているのが聞こえた。
「ふふっ、良いことをしたわ」
私は満足げにクッションに寄りかかった。
「野蛮な盗賊たちに美意識を植え付けるなんて、まさに聖女の御業ね。カイル殿下の隣にいた偽物とは大違いだわ」
「……お嬢様、そろそろ隣国との国境が見えてまいります」
セバスチャンの声に、私は身を乗り出した。
暗闇の向こうに、関所の明かりが見える。
「いよいよね。隣国アークライト王国……。噂では、冷徹で堅物な王子がいるそうじゃない」
「ええ。『氷の騎士』と呼ばれるジェラルド殿下ですね」
「氷の騎士? 面白そうじゃない」
私は手鏡に映る自分の唇に、紅を引き直した。
「氷だろうが何だろうが、私の熱情的な美しさで溶かしてみせるわ。さあ、世界デビューの幕開けよ!」
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