婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「……セバスチャン。大変なことに気づいてしまったわ」

優雅な午後のティータイム。
私は帳簿を閉じ、深刻な面持ちで執事を見上げた。
セバスチャンが紅茶を注ぐ手を止める。

「いかがなさいましたか、お嬢様。おやつのマカロンが一つ足りないとか?」

「違うわ。もっと世界経済に関わる重大な問題よ」

私は帳簿を指先で弾いた。

「資金が底をつきそうなの」

「……それは、由々しき事態ですね」

セバスチャンは眉一つ動かさずに答えた。
私が亡命同然で国を出てきた時、持ち出した宝石や現金はそれなりの額があった。
しかし、この一ヶ月で急速に目減りしている。

「原因は明白だわ。隣国の水が私の肌に合わないから、取り寄せている『聖泉の湧き水(1リットル金貨一枚)』のせいよ。それに、部屋のカーペットを最高級ペルシャ絨毯に買い替えたし、私の寝室に飾るための自画像も画家に発注したわ」

「あと、ジェラルド様に内緒で、騎士団の制服をすべて『光沢のあるシルク素材』に仕立て直そうとしていますね」

「ええ。だって彼らの服、地味すぎて目に毒なんだもの。必要経費よ」

私はため息をついた。
美しさを維持し、環境を整えるには金がかかる。
これは宇宙の真理だ。

「ジェラルド様に相談されては? あの方なら、お嬢様の生活費くらい喜んで出されるでしょう」

「ダメよ。それは私の美学に反するわ」

私はきっぱりと断った。

「私は『守られるだけの姫』じゃないの。私は女王よ。自分のリップスティック代くらい、自分で稼いでこそ真のイイ女というものよ。男の財布に寄生するなんて、私のプライドが許さないわ」

「では、どうなさるおつもりで?」

「決まっているじゃない。ビジネスを始めるのよ」

私は立ち上がり、窓の外に広がる王都の街並みを見下ろした。

「この国には決定的に足りないものがある。それは『美意識』よ。市場を見ても、実用的な道具ばかりで、心を潤すアイテムが皆無だわ。これはブルーオーシャンよ、セバスチャン」

「具体的には何を売るのですか?」

私は扇子をバチリと開き、不敵に微笑んだ。

「私よ」

「……人身売買は国際法で禁止されております」

「違うわよ! 私の『エッセンス』を売るの! 具体的には、そうね……香水よ」

私はドレッサーに向かい、愛用している香水の小瓶を手に取った。
バラとジャスミン、それにムスクを独自の配合でブレンドした、世界で私しかつけていない香りだ。

「この国の人々は、石鹸の香りか、汗の臭いしか知らないわ。そこにこの『ニアン・スペシャル・ゴージャス・フローラル』を投入すれば、革命が起きるはずよ」

「ネーミングセンスに少々難がありますが、商材としては悪くないかと」

「でしょう? 早速、調合を始めるわよ。セバスチャン、街の花屋からバラを買い占めてらっしゃい! あと、瓶もね。クリスタル製の、一番高いやつを!」

数日後。
王都の広場の一角に、異様な人だかりができていた。

そこに建つのは、私がプロデュースした特設テントだ。
ピンクと白のストライプ柄で、入り口にはレッドカーペットが敷かれている。
看板には、達筆な文字(もちろん私の字)でこう書かれていた。

『劇薬注意:美しくなりすぎる恐れがあります ~ニアン印の奇跡の香水~』

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日は特別に、私の美しさの秘密をほんの少しだけお裾分けしてあげるわ!」

私はテントの前に設置した特設ステージに立ち、声を張り上げた。
集まった群衆は、物珍しさと、私の派手なドレス姿に吸い寄せられた人々だ。

「あ、あの……これ、何のお店ですか?」

最前列にいた町娘がおずおずと尋ねてくる。
私は彼女にニッコリと微笑みかけた。

「良い質問ね。これはただの香水ショップじゃないわ。『自信販売所』よ」

「自信……?」

「そう。貴女、自分の顔に自信はある?」

「い、いいえ……そばかすもあるし、地味だし……」

娘が俯く。
私はステージから降り、彼女の手を取った。

「顔を上げなさい。下を向いていたら、二重顎になるわよ」

「ひっ」

「いいこと? 美しさの九割は『ハッタリ』で出来ているの。自分が美しいと思い込めば、周囲もそう錯覚し始める。それが心理学よ」

私は懐から、金色のリボンが巻かれた小瓶を取り出した。

「この香水には、バラのエキスと一緒に、私の『ナルシスト成分』が濃縮配合されているの。これをひと吹きすれば、貴女も今の私のように、根拠のない自信に満ち溢れることができるわ」

「ほ、本当に……?」

「ええ。ただし副作用として、鏡を見る時間が長くなるかもしれないけれど、それはご愛嬌ね」

私は娘の手首に、シュッと香水を吹きかけた。
ふわりと、濃厚かつ上品な薔薇の香りが広がる。

「……いい匂い」

娘が目を輝かせた。

「どう? 背筋が伸びるような気がしない?」

「は、はい……なんだか、いつもより自分が素敵な気がしてきました!」

「それが魔法よ。一本、金貨一枚でお譲りするわ」

「買います!」

娘が即決した。
それを見ていた周囲の女性たちが、一斉にざわめき始めた。

「私も欲しい!」
「金貨一枚で自信が買えるなら安いものよ!」
「ニアン様みたいになれるのかしら!?」

「はいはい、押さないで! 順番よ! 私の在庫は逃げないわ!」

セバスチャンがレジ(集金係)として、猛スピードで金貨を回収していく。
飛ぶように売れるとはこのことだ。
アークライト王国の女性たちは、ずっと飢えていたのだ。
「美」という名の娯楽に。

騒ぎを聞きつけて、巡回中のジェラルドが血相を変えてやってきた。

「おい、ニアン! 広場で暴動が起きていると通報が入ったぞ! 今度は何をやらかしたんだ!」

彼は人垣をかき分け、ステージ上の私を見て絶句した。

「……香水屋?」

「いらっしゃい、ジェラルド。視察ご苦労様」

私は扇子で彼を招いた。

「暴動じゃないわ。これは『熱狂』よ。私のプロデュースした香水が大ヒット中なの」

「一本金貨一枚だと!? 高すぎるだろう! 詐欺で捕まるぞ!」

ジェラルドが値札を見て目を剥く。

「失礼ね。中身は最高級のダマスクローズよ。それに、この瓶には私の直筆サインが彫ってあるの。むしろ安いくらいよ」

「サイン入り……? 誰がそんなものを欲しがるんだ」

「全員よ」

私は行列を指差した。
そこには、女性だけでなく、彼女たちへのプレゼントを求める男性たちの姿もあった。

「見なさい、この笑顔を。みんな幸せそうでしょう? 私はただ商品を売っているんじゃないわ。夢と希望、そして『明日は今日よりマシな顔になれるかもしれない』というポジティブな活力を売っているのよ」

ジェラルドは渋い顔で群衆を見渡した。
確かに、香水を手に入れた人々は皆、嬉しそうに瓶を掲げ、互いに香りを嗅ぎ合っている。
広場全体が、華やかな香りに包まれて、いつもの殺風景な雰囲気が一変していた。

「……お前の商才には呆れるな」

「才能が服を着て歩いているのが私だもの」

私は胸を張った。

「どう? 騎士団でも一括購入しない? 汗臭い部室がバラ園に変われば、士気も上がると思うわよ。今なら団体割引で五パーセントオフにしてあげる」

「……検討しておこう」

ジェラルドはため息をつきながらも、少し笑っていた。

「だが、あまり派手にやりすぎるなよ。商業組合からクレームが来たら、俺が頭を下げることになるんだからな」

「その時は、私の香水を組合長に贈ればイチコロよ」

結局、用意した五百本の香水は、夕方になる前に完売した。
私の手元には、山のような金貨が残った。

「素晴らしいわ、セバスチャン。これで当面の美容代と、新作ドレスの制作費が確保できたわね」

撤収作業をしながら、私は満足げに金貨の袋を撫でた。

「お嬢様。売上の計算が終わりましたが……予想以上の利益です」

セバスチャンも珍しく声を弾ませている。

「ふふっ、チョロ……いえ、素直なお客様たちで助かったわ」

私は空になった香水の瓶を透かして見た。

「でもね、セバスチャン。私が本当に売りたかったのは、香水そのものじゃないの」

「と、言いますと?」

「『自分を愛する心』よ」

私は夕焼けに染まる広場を見つめた。
香水を買った娘たちが、楽しそうにお喋りをしながら帰っていく。
彼女たちの背筋は、来た時よりも少しだけ伸びているように見えた。

「この国の女性たちは、少し謙虚すぎたのよ。もっと自分の価値を認めて、堂々とすればいい。香水はそのためのスイッチに過ぎないわ」

「……なるほど」

セバスチャンが感心したように頷く。

「お嬢様は、根っからのナルシストでいらっしゃいますが、その自己愛は他者へ伝染する『光』のようなものかもしれませんね」

「あら、褒めてもボーナスは出ないわよ?」

「それは残念です」

私は立ち上がり、ドレスの埃を払った。

「さあ、帰りましょう。ジェラルドが待っているわ。今日のディナーは、私が稼いだお金で最高級のステーキを奢ってあげることにするわ」

「それは殿下も喜ばれるでしょう」

「当然よ。私に養われる気分を味わえるなんて、男冥利に尽きるでしょうね」

こうして、私の「美貌のビジネス」は大成功を収めた。
懐も温まり、私のナルシズムはさらに加速する。
次はファッションブランドか、それともエステサロンか。
野望は尽きない。

けれど、まずは。
屋敷に帰って、ジェラルドに「どうだ、凄いだろう」と自慢することから始めなきゃね。
彼の驚く顔を見るのが、金貨を数えるよりも少しだけ楽しみになっている自分に、私はまだ気づかないフリをしていた。
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