17 / 28
17
しおりを挟む
「許さん……絶対に許さんぞ、カイルめ……!」
屋敷の執務室。
そこには、氷のような冷気を通り越して、灼熱の怒りをたぎらせるジェラルドの姿があった。
彼は重厚なマホガニーの机を拳で叩き、書類の山を震わせている。
「一国の公爵令嬢を、あろうことか野盗を使って拉致しようなどと……! これはもはや犯罪の域を超えている! 我が国への宣戦布告と受け取ってもいいはずだ!」
「ジェラルド、顔が怖いわ」
私はソファーに優雅に寝そべり、削りたてのキュウリパックを顔に乗せながら言った。
「眉間に皺を寄せると、そこだけ皮膚が記憶してシワが定着してしまうわよ。老け顔になりたくなかったら、もっとリラックスなさい」
「お前はなぜそんなに呑気なんだ!」
ジェラルドが振り返る。
その目は血走っていた。
「あと一歩遅ければ、お前は……お前は、国境を越えて連れ去られていたかもしれないんだぞ! 想像するだけで、俺は……ッ!」
「でも、無事だったでしょう?」
私はキュウリを一枚ずらして、片目だけで彼を見た。
「それに『あと一歩遅ければ』なんて仮定は無意味よ。貴方は間に合った。そして私は、誘拐犯たちに美意識を植え付けて更生させた。結果はオールグリーン、完璧なハッピーエンドじゃない」
「結果論だ! 俺が許せないのは、奴がお前を軽んじたことだ! お前という至宝を、あんな薄汚い馬車に押し込み、粗末に扱ったことだ!」
ジェラルドは再び机を叩いた。
どうやら私の安否よりも、「私の扱いが悪かったこと」に腹を立てているらしい。
さすがファンクラブ会員番号1番ね。
推しの待遇改善にはうるさいタイプだわ。
「いいか、ニアン。今回の帰国は、ただの里帰りではない」
彼は壁に掛かった大陸地図の前に立ち、指揮棒を振るった。
「これは『制裁』だ。我が国最強の騎士団一個大隊を動員する。総勢五百名。完全武装で王都へ乗り込み、カイルに正式な謝罪と賠償を叩きつけ、お前の名誉を回復させる」
「却下よ」
私は即座に言った。
「へ?」
「五百名の武装集団? 暑苦しいわ。そんな男臭い軍団を引き連れて行ったら、私の花の香りが台無しになるじゃない」
私は起き上がり、顔からキュウリを取り除いた。
セバスチャンがすかさずホットタオルを差し出す。
「ありがとう、セバスチャン。……いいこと、ジェラルド。私は『戦争』をしに行くんじゃないの。『凱旋(がいせん)』をしに行くのよ」
「凱旋……?」
「そう。惨めに追放された令嬢が、隣国で愛と美を手に入れ、女神のように美しくなって戻ってくる。このストーリーこそが重要なの」
私は立ち上がり、くるりと回った。
「必要なのは剣や槍じゃないわ。圧倒的な『美の暴力』よ。五百人の騎士よりも、五十人の楽団と、百人の花売り娘、そして世界最高級の馬車を用意なさい」
「楽団……?」
「ええ。私の登場シーンにはBGMが不可欠でしょう? 荘厳かつ華やかなファンファーレで民衆を振り向かせ、そこへ私が降臨する。カイル殿下が軍隊を差し向けてきても、私が微笑めば戦意喪失よ」
ジェラルドはポカンとしていたが、やがてこめかみを押さえて笑い出した。
「くっ、ははは……! そうか、そう来たか。軍隊よりもタチが悪いな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「分かった。騎士団の精鋭五十名を護衛につけるが、彼らには礼装(パーティ用の正装)をさせよう。武器は隠し持たせる。あくまで『平和的な外交使節団』という体裁だ」
「物分かりが良くて助かるわ。ついでに、馬車は屋根が開くオープンカータイプにしてちょうだい。私の顔を隠すなんて、世界の損失だもの」
「……狙撃されたらどうするんだ」
「私の肌はダイヤモンドより硬いから弾き返すわ」
「物理的に無理だ。……まあいい、俺が隣で矢でも何でも叩き落としてやる」
ジェラルドは私の肩を抱き寄せた。
「準備は任せろ。最高のステージを用意してやる。その代わり……ニアン」
彼の表情が、急に真剣なものに変わる。
「俺から離れるなよ。カイルの奴が何を言おうと、お前の居場所はここだ。用事が済んだら、必ず俺と一緒に帰ってくるんだ」
不安そうな瞳。
あの「氷の騎士」が、まるで捨てられた仔犬のような目をしている。
「あら、心配性ね」
私は彼のアゴを指先で持ち上げた。
「私が戻らない理由がある? あんな湿っぽくて、センスのない国に未練なんてないわ。私が戻るのは、ただの『大掃除』よ。ゴミを分別して、リサイクルに出したら、さっさと帰ってくるわ」
「……そうか。なら安心だ」
ジェラルドは私の指先にキスをした。
「愛しているぞ、俺の美しき破壊神」
「破壊神はやめて。美の女神となさい」
翌朝。
屋敷の前には、ジェラルドが用意した特製馬車団が整列していた。
「……やりすぎじゃない?」
私は玄関を出て、その光景に少しだけ目を丸くした。
先頭には、白馬に跨った礼装の騎士たち。
彼らは全員、私がプロデュースした香水を振りまいているのか、周囲にはバラの香りが漂っている。
そして中央には、金箔を施された巨大なオープン馬車。
馬車の側面には、アークライト王国の紋章と、なぜか私の横顔のシルエットが描かれていた。
「ニアン・スペシャル号だ」
ジェラルドがドヤ顔で紹介する。
「昨晩、職人を叩き起こして塗装させた。サスペンションも最高級のものを組み込んだから、揺れは皆無だ。お尻が痛くなることもない」
「……貴方、仕事が早すぎるわね」
私は感心した。
私のわがままを、一晩で物理的に具現化する権力と財力。
やはり彼は、私のパートナーに相応しい。
「素晴らしいわ、ジェラルド。これなら合格点をあげられる」
「光栄だ。さあ、乗ってくれ」
彼のエスコートで馬車に乗り込む。
シートはふかふかのベルベット。
サイドテーブルには冷えたシャンパンとフルーツ。
完璧だわ。
「出発進行ーッ!」
セバスチャンの号令と共に、一行は動き出した。
目指すは故郷、ローズベルク公爵家のある王都。
そして、元婚約者カイルの待つ城だ。
道中、私たちは国境の街を通った。
以前、私が「石鹸」を配った盗賊たちが出たあたりだ。
「見て、ジェラルド。あれ」
私が指差した先には、街道沿いに立てられた看板があった。
『聖女ニアン様、通過記念碑』
その横には、小綺麗な身なりをした元盗賊たちが、道行く人々に石鹸や化粧水を売っている露店が出ていた。
「……逞しいな」
ジェラルドが呆れる。
「私が種を撒いた美意識が、経済となって芽吹いているのよ。素晴らしいことだわ」
私は馬車の上から彼らに手を振った。
「あッ! ニアン様だー!」
「ニアン様が帰ってきたぞー!」
元盗賊たちが気づき、歓声を上げて駆け寄ってくる。
「ニアン様! おかげさまで肌がツルツルです!」
「石鹸ビジネス、大繁盛してます!」
「俺、彼女ができました!」
「おめでとう! その調子で精進なさい! 美しさは裏切らないわ!」
私は投げキッスを振り撒いた。
彼らは感動のあまり拝んでいる。
その様子を見て、ジェラルドがポツリと言った。
「……本当にお前は、どこへ行ってもカリスマだな。宗教団体でも開けるんじゃないか?」
「『ニアン教』? 悪くないわね。教義は『鏡を見よ、さすれば救われん』かしら」
「信者が増えすぎて、鏡の相場が上がりそうだ」
冗談を言い合いながら、旅は順調に進んだ。
しかし、国境を越え、元いた国に入った途端、空気が変わった。
「……暗い」
私は眉をひそめた。
空が曇っているわけではない。
街を行き交う人々の表情が暗いのだ。
活気がなく、服の色も地味で、道端にはゴミが落ちている。
「これが、俺の知る隣国か? 以前はもう少し華やかだった気がするが」
ジェラルドも怪訝な顔をする。
「私の不在が招いた結果ね」
私はため息をついた。
「私がいた頃は、私が歩くだけで街がパッと明るくなったし、私の視界に入りたくないゴミたちは自主的に消滅していたもの。太陽を失った植物のように、この国全体が萎れているのよ」
「……自意識過剰と言いたいところだが、あながち間違いでもなさそうだな」
実際、関所を通る際も、兵士たちは覇気がなく、書類チェックも杜撰(ずさん)だった。
私の顔パスで通ろうとしたら、「どうぞどうぞ」と面倒くさそうに通されたのだ。
以前なら「ニアン様! 今日も美しいです!」と敬礼の一つもあったのに。
「許せないわ」
私は扇子を握りしめた。
「私の愛した景色が、こんなに薄汚れているなんて。これは行政の怠慢よ。カイル殿下、一体どんな政治をしているの?」
「おそらく、政治などしていないのだろう。書類の山に埋もれて」
ジェラルドの読みは鋭い。
「行くわよ、ジェラルド。まずは王都のメインストリートをパレードして、死にかけた国民たちの目に『色彩』という刺激を叩き込んでやるの」
「了解した。楽団、準備はいいか!」
ジェラルドの合図で、後続の馬車に乗っていた楽団が楽器を構えた。
「ミュージック、スタート!」
高らかなファンファーレが鳴り響く。
静まり返っていた街道に、陽気で力強い音楽が爆音で流れた。
「な、なんだ!?」
「何事だ!?」
俯いて歩いていた人々が、驚いて顔を上げる。
そこへ、金色のオープン馬車に乗った私が、満面の笑みで手を振りながら突入した。
「ごきげんよう、皆の衆! 貴方たちの女神、ニアン・ローズベルクが帰ってきたわよー!」
私のドレスは、太陽の光を反射して強烈な輝きを放っている。
その眩しさに、人々は目を細め、そして口を開けた。
「あ、あれは……ニアン様!?」
「追放されたんじゃなかったのか!?」
「すげぇ綺麗だ……! 隣にいるイケメンは誰だ!?」
ざわめきが波紋のように広がる。
私はその中心で、心地よい視線を浴びながら叫んだ。
「さあ、顔を上げなさい! 下を向いていたら、幸せも逃げていくわよ! 私の美しさを網膜に焼き付けて、今日という日を生きる糧にしなさい!」
「ニアン様ーッ!」
「うおおお! なんか元気出てきたー!」
単純な国民たちだ。
私の声に合わせて、どこからともなく歓声が上がり始めた。
パレードは雪だるま式に人を巻き込み、王都の中心部へと進んでいく。
その騒ぎは、当然ながら王城にいる「彼」の耳にも届くことになる。
「……始まったな」
ジェラルドが楽しそうに笑う。
「これが『美の暴力』による侵略か。確かに、誰も血を流さずに制圧されていく」
「当然よ。私は平和主義者だもの。……さあ、カイル殿下。私の凱旋パレードの特等席は、貴方のために空けておいてあげたわ。震えて待っていなさい」
王城の尖塔が、目の前に迫っていた。
そこはかつて私が断罪された場所。
そして今、私が新たな伝説を作るステージとなる場所だ。
屋敷の執務室。
そこには、氷のような冷気を通り越して、灼熱の怒りをたぎらせるジェラルドの姿があった。
彼は重厚なマホガニーの机を拳で叩き、書類の山を震わせている。
「一国の公爵令嬢を、あろうことか野盗を使って拉致しようなどと……! これはもはや犯罪の域を超えている! 我が国への宣戦布告と受け取ってもいいはずだ!」
「ジェラルド、顔が怖いわ」
私はソファーに優雅に寝そべり、削りたてのキュウリパックを顔に乗せながら言った。
「眉間に皺を寄せると、そこだけ皮膚が記憶してシワが定着してしまうわよ。老け顔になりたくなかったら、もっとリラックスなさい」
「お前はなぜそんなに呑気なんだ!」
ジェラルドが振り返る。
その目は血走っていた。
「あと一歩遅ければ、お前は……お前は、国境を越えて連れ去られていたかもしれないんだぞ! 想像するだけで、俺は……ッ!」
「でも、無事だったでしょう?」
私はキュウリを一枚ずらして、片目だけで彼を見た。
「それに『あと一歩遅ければ』なんて仮定は無意味よ。貴方は間に合った。そして私は、誘拐犯たちに美意識を植え付けて更生させた。結果はオールグリーン、完璧なハッピーエンドじゃない」
「結果論だ! 俺が許せないのは、奴がお前を軽んじたことだ! お前という至宝を、あんな薄汚い馬車に押し込み、粗末に扱ったことだ!」
ジェラルドは再び机を叩いた。
どうやら私の安否よりも、「私の扱いが悪かったこと」に腹を立てているらしい。
さすがファンクラブ会員番号1番ね。
推しの待遇改善にはうるさいタイプだわ。
「いいか、ニアン。今回の帰国は、ただの里帰りではない」
彼は壁に掛かった大陸地図の前に立ち、指揮棒を振るった。
「これは『制裁』だ。我が国最強の騎士団一個大隊を動員する。総勢五百名。完全武装で王都へ乗り込み、カイルに正式な謝罪と賠償を叩きつけ、お前の名誉を回復させる」
「却下よ」
私は即座に言った。
「へ?」
「五百名の武装集団? 暑苦しいわ。そんな男臭い軍団を引き連れて行ったら、私の花の香りが台無しになるじゃない」
私は起き上がり、顔からキュウリを取り除いた。
セバスチャンがすかさずホットタオルを差し出す。
「ありがとう、セバスチャン。……いいこと、ジェラルド。私は『戦争』をしに行くんじゃないの。『凱旋(がいせん)』をしに行くのよ」
「凱旋……?」
「そう。惨めに追放された令嬢が、隣国で愛と美を手に入れ、女神のように美しくなって戻ってくる。このストーリーこそが重要なの」
私は立ち上がり、くるりと回った。
「必要なのは剣や槍じゃないわ。圧倒的な『美の暴力』よ。五百人の騎士よりも、五十人の楽団と、百人の花売り娘、そして世界最高級の馬車を用意なさい」
「楽団……?」
「ええ。私の登場シーンにはBGMが不可欠でしょう? 荘厳かつ華やかなファンファーレで民衆を振り向かせ、そこへ私が降臨する。カイル殿下が軍隊を差し向けてきても、私が微笑めば戦意喪失よ」
ジェラルドはポカンとしていたが、やがてこめかみを押さえて笑い出した。
「くっ、ははは……! そうか、そう来たか。軍隊よりもタチが悪いな」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「分かった。騎士団の精鋭五十名を護衛につけるが、彼らには礼装(パーティ用の正装)をさせよう。武器は隠し持たせる。あくまで『平和的な外交使節団』という体裁だ」
「物分かりが良くて助かるわ。ついでに、馬車は屋根が開くオープンカータイプにしてちょうだい。私の顔を隠すなんて、世界の損失だもの」
「……狙撃されたらどうするんだ」
「私の肌はダイヤモンドより硬いから弾き返すわ」
「物理的に無理だ。……まあいい、俺が隣で矢でも何でも叩き落としてやる」
ジェラルドは私の肩を抱き寄せた。
「準備は任せろ。最高のステージを用意してやる。その代わり……ニアン」
彼の表情が、急に真剣なものに変わる。
「俺から離れるなよ。カイルの奴が何を言おうと、お前の居場所はここだ。用事が済んだら、必ず俺と一緒に帰ってくるんだ」
不安そうな瞳。
あの「氷の騎士」が、まるで捨てられた仔犬のような目をしている。
「あら、心配性ね」
私は彼のアゴを指先で持ち上げた。
「私が戻らない理由がある? あんな湿っぽくて、センスのない国に未練なんてないわ。私が戻るのは、ただの『大掃除』よ。ゴミを分別して、リサイクルに出したら、さっさと帰ってくるわ」
「……そうか。なら安心だ」
ジェラルドは私の指先にキスをした。
「愛しているぞ、俺の美しき破壊神」
「破壊神はやめて。美の女神となさい」
翌朝。
屋敷の前には、ジェラルドが用意した特製馬車団が整列していた。
「……やりすぎじゃない?」
私は玄関を出て、その光景に少しだけ目を丸くした。
先頭には、白馬に跨った礼装の騎士たち。
彼らは全員、私がプロデュースした香水を振りまいているのか、周囲にはバラの香りが漂っている。
そして中央には、金箔を施された巨大なオープン馬車。
馬車の側面には、アークライト王国の紋章と、なぜか私の横顔のシルエットが描かれていた。
「ニアン・スペシャル号だ」
ジェラルドがドヤ顔で紹介する。
「昨晩、職人を叩き起こして塗装させた。サスペンションも最高級のものを組み込んだから、揺れは皆無だ。お尻が痛くなることもない」
「……貴方、仕事が早すぎるわね」
私は感心した。
私のわがままを、一晩で物理的に具現化する権力と財力。
やはり彼は、私のパートナーに相応しい。
「素晴らしいわ、ジェラルド。これなら合格点をあげられる」
「光栄だ。さあ、乗ってくれ」
彼のエスコートで馬車に乗り込む。
シートはふかふかのベルベット。
サイドテーブルには冷えたシャンパンとフルーツ。
完璧だわ。
「出発進行ーッ!」
セバスチャンの号令と共に、一行は動き出した。
目指すは故郷、ローズベルク公爵家のある王都。
そして、元婚約者カイルの待つ城だ。
道中、私たちは国境の街を通った。
以前、私が「石鹸」を配った盗賊たちが出たあたりだ。
「見て、ジェラルド。あれ」
私が指差した先には、街道沿いに立てられた看板があった。
『聖女ニアン様、通過記念碑』
その横には、小綺麗な身なりをした元盗賊たちが、道行く人々に石鹸や化粧水を売っている露店が出ていた。
「……逞しいな」
ジェラルドが呆れる。
「私が種を撒いた美意識が、経済となって芽吹いているのよ。素晴らしいことだわ」
私は馬車の上から彼らに手を振った。
「あッ! ニアン様だー!」
「ニアン様が帰ってきたぞー!」
元盗賊たちが気づき、歓声を上げて駆け寄ってくる。
「ニアン様! おかげさまで肌がツルツルです!」
「石鹸ビジネス、大繁盛してます!」
「俺、彼女ができました!」
「おめでとう! その調子で精進なさい! 美しさは裏切らないわ!」
私は投げキッスを振り撒いた。
彼らは感動のあまり拝んでいる。
その様子を見て、ジェラルドがポツリと言った。
「……本当にお前は、どこへ行ってもカリスマだな。宗教団体でも開けるんじゃないか?」
「『ニアン教』? 悪くないわね。教義は『鏡を見よ、さすれば救われん』かしら」
「信者が増えすぎて、鏡の相場が上がりそうだ」
冗談を言い合いながら、旅は順調に進んだ。
しかし、国境を越え、元いた国に入った途端、空気が変わった。
「……暗い」
私は眉をひそめた。
空が曇っているわけではない。
街を行き交う人々の表情が暗いのだ。
活気がなく、服の色も地味で、道端にはゴミが落ちている。
「これが、俺の知る隣国か? 以前はもう少し華やかだった気がするが」
ジェラルドも怪訝な顔をする。
「私の不在が招いた結果ね」
私はため息をついた。
「私がいた頃は、私が歩くだけで街がパッと明るくなったし、私の視界に入りたくないゴミたちは自主的に消滅していたもの。太陽を失った植物のように、この国全体が萎れているのよ」
「……自意識過剰と言いたいところだが、あながち間違いでもなさそうだな」
実際、関所を通る際も、兵士たちは覇気がなく、書類チェックも杜撰(ずさん)だった。
私の顔パスで通ろうとしたら、「どうぞどうぞ」と面倒くさそうに通されたのだ。
以前なら「ニアン様! 今日も美しいです!」と敬礼の一つもあったのに。
「許せないわ」
私は扇子を握りしめた。
「私の愛した景色が、こんなに薄汚れているなんて。これは行政の怠慢よ。カイル殿下、一体どんな政治をしているの?」
「おそらく、政治などしていないのだろう。書類の山に埋もれて」
ジェラルドの読みは鋭い。
「行くわよ、ジェラルド。まずは王都のメインストリートをパレードして、死にかけた国民たちの目に『色彩』という刺激を叩き込んでやるの」
「了解した。楽団、準備はいいか!」
ジェラルドの合図で、後続の馬車に乗っていた楽団が楽器を構えた。
「ミュージック、スタート!」
高らかなファンファーレが鳴り響く。
静まり返っていた街道に、陽気で力強い音楽が爆音で流れた。
「な、なんだ!?」
「何事だ!?」
俯いて歩いていた人々が、驚いて顔を上げる。
そこへ、金色のオープン馬車に乗った私が、満面の笑みで手を振りながら突入した。
「ごきげんよう、皆の衆! 貴方たちの女神、ニアン・ローズベルクが帰ってきたわよー!」
私のドレスは、太陽の光を反射して強烈な輝きを放っている。
その眩しさに、人々は目を細め、そして口を開けた。
「あ、あれは……ニアン様!?」
「追放されたんじゃなかったのか!?」
「すげぇ綺麗だ……! 隣にいるイケメンは誰だ!?」
ざわめきが波紋のように広がる。
私はその中心で、心地よい視線を浴びながら叫んだ。
「さあ、顔を上げなさい! 下を向いていたら、幸せも逃げていくわよ! 私の美しさを網膜に焼き付けて、今日という日を生きる糧にしなさい!」
「ニアン様ーッ!」
「うおおお! なんか元気出てきたー!」
単純な国民たちだ。
私の声に合わせて、どこからともなく歓声が上がり始めた。
パレードは雪だるま式に人を巻き込み、王都の中心部へと進んでいく。
その騒ぎは、当然ながら王城にいる「彼」の耳にも届くことになる。
「……始まったな」
ジェラルドが楽しそうに笑う。
「これが『美の暴力』による侵略か。確かに、誰も血を流さずに制圧されていく」
「当然よ。私は平和主義者だもの。……さあ、カイル殿下。私の凱旋パレードの特等席は、貴方のために空けておいてあげたわ。震えて待っていなさい」
王城の尖塔が、目の前に迫っていた。
そこはかつて私が断罪された場所。
そして今、私が新たな伝説を作るステージとなる場所だ。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
死にかけ令嬢の逆転
ぽんぽこ狸
恋愛
難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。
部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。
しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。
だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。
けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。
彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。
婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!
まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。
笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン!
でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる