婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「許さん……絶対に許さんぞ、カイルめ……!」

屋敷の執務室。
そこには、氷のような冷気を通り越して、灼熱の怒りをたぎらせるジェラルドの姿があった。
彼は重厚なマホガニーの机を拳で叩き、書類の山を震わせている。

「一国の公爵令嬢を、あろうことか野盗を使って拉致しようなどと……! これはもはや犯罪の域を超えている! 我が国への宣戦布告と受け取ってもいいはずだ!」

「ジェラルド、顔が怖いわ」

私はソファーに優雅に寝そべり、削りたてのキュウリパックを顔に乗せながら言った。

「眉間に皺を寄せると、そこだけ皮膚が記憶してシワが定着してしまうわよ。老け顔になりたくなかったら、もっとリラックスなさい」

「お前はなぜそんなに呑気なんだ!」

ジェラルドが振り返る。
その目は血走っていた。

「あと一歩遅ければ、お前は……お前は、国境を越えて連れ去られていたかもしれないんだぞ! 想像するだけで、俺は……ッ!」

「でも、無事だったでしょう?」

私はキュウリを一枚ずらして、片目だけで彼を見た。

「それに『あと一歩遅ければ』なんて仮定は無意味よ。貴方は間に合った。そして私は、誘拐犯たちに美意識を植え付けて更生させた。結果はオールグリーン、完璧なハッピーエンドじゃない」

「結果論だ! 俺が許せないのは、奴がお前を軽んじたことだ! お前という至宝を、あんな薄汚い馬車に押し込み、粗末に扱ったことだ!」

ジェラルドは再び机を叩いた。
どうやら私の安否よりも、「私の扱いが悪かったこと」に腹を立てているらしい。
さすがファンクラブ会員番号1番ね。
推しの待遇改善にはうるさいタイプだわ。

「いいか、ニアン。今回の帰国は、ただの里帰りではない」

彼は壁に掛かった大陸地図の前に立ち、指揮棒を振るった。

「これは『制裁』だ。我が国最強の騎士団一個大隊を動員する。総勢五百名。完全武装で王都へ乗り込み、カイルに正式な謝罪と賠償を叩きつけ、お前の名誉を回復させる」

「却下よ」

私は即座に言った。

「へ?」

「五百名の武装集団? 暑苦しいわ。そんな男臭い軍団を引き連れて行ったら、私の花の香りが台無しになるじゃない」

私は起き上がり、顔からキュウリを取り除いた。
セバスチャンがすかさずホットタオルを差し出す。

「ありがとう、セバスチャン。……いいこと、ジェラルド。私は『戦争』をしに行くんじゃないの。『凱旋(がいせん)』をしに行くのよ」

「凱旋……?」

「そう。惨めに追放された令嬢が、隣国で愛と美を手に入れ、女神のように美しくなって戻ってくる。このストーリーこそが重要なの」

私は立ち上がり、くるりと回った。

「必要なのは剣や槍じゃないわ。圧倒的な『美の暴力』よ。五百人の騎士よりも、五十人の楽団と、百人の花売り娘、そして世界最高級の馬車を用意なさい」

「楽団……?」

「ええ。私の登場シーンにはBGMが不可欠でしょう? 荘厳かつ華やかなファンファーレで民衆を振り向かせ、そこへ私が降臨する。カイル殿下が軍隊を差し向けてきても、私が微笑めば戦意喪失よ」

ジェラルドはポカンとしていたが、やがてこめかみを押さえて笑い出した。

「くっ、ははは……! そうか、そう来たか。軍隊よりもタチが悪いな」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「分かった。騎士団の精鋭五十名を護衛につけるが、彼らには礼装(パーティ用の正装)をさせよう。武器は隠し持たせる。あくまで『平和的な外交使節団』という体裁だ」

「物分かりが良くて助かるわ。ついでに、馬車は屋根が開くオープンカータイプにしてちょうだい。私の顔を隠すなんて、世界の損失だもの」

「……狙撃されたらどうするんだ」

「私の肌はダイヤモンドより硬いから弾き返すわ」

「物理的に無理だ。……まあいい、俺が隣で矢でも何でも叩き落としてやる」

ジェラルドは私の肩を抱き寄せた。

「準備は任せろ。最高のステージを用意してやる。その代わり……ニアン」

彼の表情が、急に真剣なものに変わる。

「俺から離れるなよ。カイルの奴が何を言おうと、お前の居場所はここだ。用事が済んだら、必ず俺と一緒に帰ってくるんだ」

不安そうな瞳。
あの「氷の騎士」が、まるで捨てられた仔犬のような目をしている。

「あら、心配性ね」

私は彼のアゴを指先で持ち上げた。

「私が戻らない理由がある? あんな湿っぽくて、センスのない国に未練なんてないわ。私が戻るのは、ただの『大掃除』よ。ゴミを分別して、リサイクルに出したら、さっさと帰ってくるわ」

「……そうか。なら安心だ」

ジェラルドは私の指先にキスをした。

「愛しているぞ、俺の美しき破壊神」

「破壊神はやめて。美の女神となさい」

翌朝。
屋敷の前には、ジェラルドが用意した特製馬車団が整列していた。

「……やりすぎじゃない?」

私は玄関を出て、その光景に少しだけ目を丸くした。
先頭には、白馬に跨った礼装の騎士たち。
彼らは全員、私がプロデュースした香水を振りまいているのか、周囲にはバラの香りが漂っている。
そして中央には、金箔を施された巨大なオープン馬車。
馬車の側面には、アークライト王国の紋章と、なぜか私の横顔のシルエットが描かれていた。

「ニアン・スペシャル号だ」

ジェラルドがドヤ顔で紹介する。

「昨晩、職人を叩き起こして塗装させた。サスペンションも最高級のものを組み込んだから、揺れは皆無だ。お尻が痛くなることもない」

「……貴方、仕事が早すぎるわね」

私は感心した。
私のわがままを、一晩で物理的に具現化する権力と財力。
やはり彼は、私のパートナーに相応しい。

「素晴らしいわ、ジェラルド。これなら合格点をあげられる」

「光栄だ。さあ、乗ってくれ」

彼のエスコートで馬車に乗り込む。
シートはふかふかのベルベット。
サイドテーブルには冷えたシャンパンとフルーツ。
完璧だわ。

「出発進行ーッ!」

セバスチャンの号令と共に、一行は動き出した。
目指すは故郷、ローズベルク公爵家のある王都。
そして、元婚約者カイルの待つ城だ。

道中、私たちは国境の街を通った。
以前、私が「石鹸」を配った盗賊たちが出たあたりだ。

「見て、ジェラルド。あれ」

私が指差した先には、街道沿いに立てられた看板があった。

『聖女ニアン様、通過記念碑』

その横には、小綺麗な身なりをした元盗賊たちが、道行く人々に石鹸や化粧水を売っている露店が出ていた。

「……逞しいな」

ジェラルドが呆れる。

「私が種を撒いた美意識が、経済となって芽吹いているのよ。素晴らしいことだわ」

私は馬車の上から彼らに手を振った。

「あッ! ニアン様だー!」
「ニアン様が帰ってきたぞー!」

元盗賊たちが気づき、歓声を上げて駆け寄ってくる。

「ニアン様! おかげさまで肌がツルツルです!」
「石鹸ビジネス、大繁盛してます!」
「俺、彼女ができました!」

「おめでとう! その調子で精進なさい! 美しさは裏切らないわ!」

私は投げキッスを振り撒いた。
彼らは感動のあまり拝んでいる。
その様子を見て、ジェラルドがポツリと言った。

「……本当にお前は、どこへ行ってもカリスマだな。宗教団体でも開けるんじゃないか?」

「『ニアン教』? 悪くないわね。教義は『鏡を見よ、さすれば救われん』かしら」

「信者が増えすぎて、鏡の相場が上がりそうだ」

冗談を言い合いながら、旅は順調に進んだ。
しかし、国境を越え、元いた国に入った途端、空気が変わった。

「……暗い」

私は眉をひそめた。
空が曇っているわけではない。
街を行き交う人々の表情が暗いのだ。
活気がなく、服の色も地味で、道端にはゴミが落ちている。

「これが、俺の知る隣国か? 以前はもう少し華やかだった気がするが」

ジェラルドも怪訝な顔をする。

「私の不在が招いた結果ね」

私はため息をついた。

「私がいた頃は、私が歩くだけで街がパッと明るくなったし、私の視界に入りたくないゴミたちは自主的に消滅していたもの。太陽を失った植物のように、この国全体が萎れているのよ」

「……自意識過剰と言いたいところだが、あながち間違いでもなさそうだな」

実際、関所を通る際も、兵士たちは覇気がなく、書類チェックも杜撰(ずさん)だった。
私の顔パスで通ろうとしたら、「どうぞどうぞ」と面倒くさそうに通されたのだ。
以前なら「ニアン様! 今日も美しいです!」と敬礼の一つもあったのに。

「許せないわ」

私は扇子を握りしめた。

「私の愛した景色が、こんなに薄汚れているなんて。これは行政の怠慢よ。カイル殿下、一体どんな政治をしているの?」

「おそらく、政治などしていないのだろう。書類の山に埋もれて」

ジェラルドの読みは鋭い。

「行くわよ、ジェラルド。まずは王都のメインストリートをパレードして、死にかけた国民たちの目に『色彩』という刺激を叩き込んでやるの」

「了解した。楽団、準備はいいか!」

ジェラルドの合図で、後続の馬車に乗っていた楽団が楽器を構えた。

「ミュージック、スタート!」

高らかなファンファーレが鳴り響く。
静まり返っていた街道に、陽気で力強い音楽が爆音で流れた。

「な、なんだ!?」
「何事だ!?」

俯いて歩いていた人々が、驚いて顔を上げる。
そこへ、金色のオープン馬車に乗った私が、満面の笑みで手を振りながら突入した。

「ごきげんよう、皆の衆! 貴方たちの女神、ニアン・ローズベルクが帰ってきたわよー!」

私のドレスは、太陽の光を反射して強烈な輝きを放っている。
その眩しさに、人々は目を細め、そして口を開けた。

「あ、あれは……ニアン様!?」
「追放されたんじゃなかったのか!?」
「すげぇ綺麗だ……! 隣にいるイケメンは誰だ!?」

ざわめきが波紋のように広がる。
私はその中心で、心地よい視線を浴びながら叫んだ。

「さあ、顔を上げなさい! 下を向いていたら、幸せも逃げていくわよ! 私の美しさを網膜に焼き付けて、今日という日を生きる糧にしなさい!」

「ニアン様ーッ!」
「うおおお! なんか元気出てきたー!」

単純な国民たちだ。
私の声に合わせて、どこからともなく歓声が上がり始めた。
パレードは雪だるま式に人を巻き込み、王都の中心部へと進んでいく。

その騒ぎは、当然ながら王城にいる「彼」の耳にも届くことになる。

「……始まったな」

ジェラルドが楽しそうに笑う。

「これが『美の暴力』による侵略か。確かに、誰も血を流さずに制圧されていく」

「当然よ。私は平和主義者だもの。……さあ、カイル殿下。私の凱旋パレードの特等席は、貴方のために空けておいてあげたわ。震えて待っていなさい」

王城の尖塔が、目の前に迫っていた。
そこはかつて私が断罪された場所。
そして今、私が新たな伝説を作るステージとなる場所だ。
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