婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「……止まりなさい」

王城の正門前。
私のひと声で、大パレードはピタリと行進を止めた。
目の前には、かつて私が毎日のように通っていた巨大な鉄の門がそびえ立っている。
しかし、その姿は私の記憶にあるものとは少し違っていた。

「錆びてるわ」

私は扇子で門の蝶番(ちょうつがい)を指差した。

「見て、ジェラルド。あの赤茶色のシミ。私がいた頃は、衛兵たちが毎日磨き上げて鏡のように輝いていたのに。メンテナンスを怠るなんて、鉄に対する冒涜よ」

「お前のチェックポイントはそこか」

隣で手綱を握るジェラルドが苦笑する。

「門はお前の顔じゃないぞ。多少の錆くらいあるだろう」

「いいえ、門は国の顔よ。顔にシミがあるのを放置するなんて、この国の美意識が死滅している証拠だわ」

私は大きくため息をつき、門番に向かって声を張り上げた。

「そこのあなた! 門を開けなさい! 『美の親善大使』のご到着よ!」

門番たちは、突然現れた金色の馬車と、その上で輝く私を見て腰を抜かしていた。
槍を取り落とし、口をパクパクさせている。

「に、ニアン様……!? 追放されたはずの……!」
「しかも、隣国の軍旗を掲げているぞ! て、敵襲か!?」

「敵襲? 失礼ね。これは『凱旋(がいせん)』よ。レッドカーペットの準備はできていて? なければ私のドレスの裾で代用するから、地面を掃き清めておきなさい」

「あ、開門ーッ! ニアン様のお通りだーッ!」

門番の一人が、条件反射のように叫んだ。
かつての私の指導(という名のスパルタ教育)が体に染み付いているらしい。
重厚な門がギギギ……と嫌な音を立てて開かれる。

「音も最悪ね。油を差しなさい」

私は最後まで文句を言いながら、堂々と王城の敷地内へと侵入した。

城の前庭には、すでに異変を察知したカイル殿下と騎士団、そして野次馬の貴族たちが集まっていた。
彼らは武器を構え、殺気立っている。
しかし、私たちの姿を見た瞬間、その殺気は「困惑」へと変わった。

「な、なんだあれは……」
「馬車が……金ピカだ……」
「バラの香りがすごい……」

カイル殿下が最前列に進み出て、震える指をこちらに向けた。

「ニアン! 貴様、何のつもりだ! 国外追放の身で戻ってくるとは! しかも隣国の軍勢を引き連れて……戦争を仕掛ける気か!」

私は馬車の上から、ゆっくりと殿下を見下ろした。
久しぶりに見る元婚約者の顔。
その顔を見て、私は眉をひそめた。

「……老けた?」

「は?」

「目の下にクマがあるわよ、殿下。肌もカサカサだし、髪に艶がない。公務が忙しいのは分かるけれど、トップがそんな疲れた顔をしていては、国民が不安になるわ」

「う、うるさい! 誰のせいだと思っている!」

「私がいなくて寂しかったのね。素直じゃないわ」

私は優雅に馬車から降りた。
ジェラルドがすかさず手を貸してくれる。
その完璧なエスコートを見て、周囲の令嬢たちが「きゃあ、素敵……」と色めき立つのが聞こえた。

「紹介するわ、カイル殿下。こちらが私の新しいパートナー、アークライト王国のジェラルド殿下よ。見ての通り、顔面偏差値も地位も、貴方より数段上の優良物件だわ」

「……はじめまして、カイル殿下」

ジェラルドが冷ややかな笑みを浮かべて一礼する。

「今回は『外交視察』および『我が国の重要人物に対する誘拐未遂事件の抗議』のために参りました。ニアン嬢は、我が国の国賓であり、私の個人的な……まあ、大事な人ですので」

「だ、大事な人だと……?」

カイル殿下がギリリと歯噛みする。

「ふざけるな! ニアンは俺の元婚約者だぞ! しかも罪人だ!」

「罪人? 訂正してくださる?」

私は扇子をバチリと鳴らした。

「私は『美しすぎる罪』で追放されただけよ。それに、今の私は隣国で『経済の女神』と呼ばれているの。私の機嫌を損ねたら、香水の輸出を止めるわよ?」

「香水……あのふざけたバラの汁か!」

「ふざけていないわ。成分分析表を見せてあげましょうか? 貴方の脳みそより高尚な配合がされているわよ」

私が一歩踏み出すと、カイル殿下が後ずさった。
その時、彼の背後から可愛らしい声が飛んできた。

「ひどいですぅ、ニアン様! またカイル様をいじめるんですかぁ!」

聖女リナだ。
相変わらずピンク色のフリフリドレスを着ているが、よく見ると裾が少し汚れているし、レースもほつれている。
以前のような完璧な「あざと可愛さ」に陰りが見える。

「あら、リナさん。まだそのキャラで通しているの? 賞味期限切れよ」

「賞味期限なんてないですぅ! 私は永遠の十七歳ですぅ!」

「年齢詐称は詐欺罪よ。それに貴女、ドレスの管理がなっていないわ。洗濯係がストライキでも起こしたの?」

「うっ……」

リナが言葉に詰まる。
図星らしい。

「メイドたちが……最近、冷たいんですぅ。『ニアン様がいた頃は、こんな汚れは許されなかった』って、私の服を洗ってくれないんですぅ!」

「当然ね。メイドたちはプロよ。プロは、着る資格のない人間の服を洗うことにモチベーションを感じないの」

私は周囲を見渡した。
遠巻きに見ている城のメイドや執事たちが、私を見て涙ぐんでいるのが分かった。
彼らの目は口ほどに物を言っていた。
『ニアン様! 戻ってきてください! 城が崩壊寸前なんです!』と。

「……ふぅ」

私は短く息を吐き、カイル殿下に向き直った。

「殿下。単刀直入に言うわ。この城、汚いわ」

「なっ……」

「空気が淀んでいる。壁がくすんでいる。花壇の花が枯れかけている。そして何より、働いている人々の目が死んでいる。私のいない間に、よくもここまで劣化させてくれたものね」

「貴様には関係ないだろう!」

「大有りよ! 私の元職場がこんなゴミ屋敷になっているなんて、私の経歴に傷がつくわ! 『ニアン・ローズベルクが管理していた城』というブランド価値が暴落しているじゃないの!」

私は腕まくりをする仕草をした(実際にはドレスの袖があるので形だけだが)。

「ジェラルド、少し時間を頂戴。抗議文を叩きつける前に、まずは環境整備が必要だわ。こんな汚い場所で外交交渉なんてしたら、書類が汚れてしまうもの」

「……おい、ニアン。まさかここで掃除を始める気か?」

ジェラルドが呆れたように尋ねる。

「掃除じゃないわ。『浄化』よ」

私は懐から、愛用の指揮棒(扇子)を取り出した。
そして、並み居るメイドたちに向かって高らかに宣言した。

「総員、傾注(けいちゅう)!!」

ビシッ!
その場にいた数十人のメイドと執事が、条件反射で背筋を伸ばした。
カイル殿下とリナが「えっ?」と驚く暇もなかった。

「これより、緊急特別清掃作戦を開始する! 第一班は窓拭き! 曇り一つ残すな! 第二班は床磨き! 顔が映るまで磨き上げろ! 第三班は庭の草むしり! 雑草の一本は白髪の一本と思え! 以上、直ちに取り掛かれ!」

「イエス・マム!!」

怒号のような返事が響き渡った。
メイドたちが水を得た魚のように動き出す。
バケツを持ち、雑巾を構え、猛スピードで散らばっていく。

「な、なんだこれは……! 俺の部下たちが、俺の命令も聞かずに……!」

カイル殿下が呆然と立ち尽くす。

「カリスマの差よ、殿下」

私はニッコリと微笑んだ。

「彼らは待っていたのよ。的確な指示と、美への情熱をね。貴方のような『ハンコ押しマシーン』には務まらない役目だわ」

「おのれ……ッ! 衛兵! ニアンを捕らえろ! この城を乗っ取る気だ!」

カイルが叫ぶが、衛兵たちは動かない。
いや、動けないのだ。
私の背後には、ジェラルド率いる屈強な騎士たちが、笑顔で(しかし目は笑っていない状態で)圧をかけているからだ。

「おっと、手出しは無用だ」

ジェラルドが前に出た。

「彼女は今、慈善活動をしているだけだ。感謝こそすれ、捕らえるなど言語道断。もし彼女に指一本でも触れれば……アークライト王国への宣戦布告とみなすが?」

「ぐぬぅ……ッ!」

外交カードを切られては、カイル殿下も手が出せない。
彼は悔しそうに拳を震わせるしかなかった。

「さあ、リナさん。貴女も突っ立っていないで手伝いなさい」

私はリナに雑巾を投げつけた。

「えっ、いやですぅ! 聖女の手は、祈るためにあるんですぅ!」

「祈りで汚れが落ちるなら、とっくにこの城はピカピカよ。現実は物理でしか動かないの。そのフリルまみれのドレスが汚れるのが嫌なら、動きやすい服に着替えてきなさい。3分以内よ」

「ひぃぃッ!」

リナは涙目で逃げ出した。

こうして、私の「凱旋」は、感動の再会劇ではなく、まさかの「大掃除大会」として幕を開けた。
でも、これでいいのよ。
私が帰ってきたからには、私の視界に入るものは全て美しくなければならない。
それが私のルール。
ナルシスト悪役令嬢、ニアン・ローズベルクの流儀なのだから。

「ジェラルド、貴方も手伝って。あのシャンデリア、高すぎて届かないの」

「……俺は一国の王子なんだが」

「私のパートナーでしょう? 高いところの埃を取るのは、背の高いイケメンの義務よ」

「やれやれ……。外交交渉はどうなったんだか」

ジェラルドは苦笑しながらも、上着を脱いで袖をまくり始めた。
その姿を見て、メイドたちが黄色い悲鳴を上げる。

「きゃー! ジェラルド様、素敵!」
「働く王子様、尊い……!」

城の空気は、確実に変わり始めていた。
カイル殿下の顔色が、どんどん土気色になっていくのを横目に、私は満足げに頷いた。

「まずは第一段階、クリアね」

美しさは伝染する。
そして、私のペースに巻き込まれたら最後、誰も逃げることはできないのだ。
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