婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「ニアン……頼む。戻ってきてくれ」

王城の応接室。
重厚なソファに座るカイル殿下は、まるでこの世の終わりのような顔をしていた。
目の下のクマは昨日よりも濃くなり、整っていたはずの金髪もどこかパサついている。

「……」

私は無言でティーカップを置いた。
そして、隣に座るジェラルドに向かって囁いた。

「ねえ、ジェラルド。今の言葉、私の聞き間違いかしら? 『戻ってきてくれ』じゃなくて、『殺してください』って聞こえたんだけど」

「いや、確かに『戻ってきてくれ』と言ったぞ。だが、その表情は処刑台に向かう囚人のそれだな」

ジェラルドも呆れたように肩をすくめる。
昨夜のパーティでの騒動から一夜明け、私たちはカイル殿下から「極秘の会談がしたい」と呼び出されていた。
リナの姿はない。
おそらく、部屋に引きこもって枕を濡らしているか、あるいは新しい被害者役の脚本でも書いているのだろう。

「カイル殿下」

私は扇子を閉じ、真っ直ぐに彼を見据えた。

「戻ってきてくれ、というのはどういう意味? 地理的な意味なら、私は既にここにいるわ。貴方の目の前で、世界一美しく座っているでしょう?」

「そうじゃない! 婚約のことだ!」

殿下が身を乗り出した。

「婚約破棄を撤回する! リナとの関係も清算した! だから……もう一度、俺の婚約者に戻ってくれと言っているんだ!」

部屋に静寂が落ちる。
あまりにも虫のいい提案に、時が止まったかのようだった。

普通の令嬢なら、ここで「今更何を!」と怒るか、「嬉しい……」と絆されるかの二択だろう。
しかし、私はニアン・ローズベルク。
第三の選択肢しか持っていない。

「……プッ」

「な、なんだ?」

「ごめんなさい。あまりにもナンセンスなジョークだったから、笑いのツボに入ってしまったわ」

私は涙を拭った。

「婚約破棄の撤回? 殿下、貴方はスーパーマーケットで一度返品した商品を、やっぱり必要になったからと言って、ゴミ箱から拾い上げて定価で買い戻すつもり?」

「ゴミ箱とはなんだ! 俺は貴様を必要としているんだ!」

殿下は悲痛な叫び声を上げた。

「貴様がいなくなってから、何もかもうまくいかないんだ! 書類は溜まる一方だし、城は汚れるし、外交官との交渉も決裂続きだ! 昨日の掃除だってそうだ。貴様の一声で、メイドたちがあんなに働くなんて……俺にはできない!」

「それはそうでしょうね。貴方にはカリスマ性も美意識も欠如しているもの」

私は冷たく切り捨てた。

「貴方が求めているのは『婚約者』じゃないわ。『便利な事務処理マシーン』兼『清掃業者』兼『外交アドバイザー』よ。私という一人の女性(女神)を愛しているわけじゃない」

「愛!? 愛なら後からついてくるだろう! 今は国のために……!」

「黙りなさい」

私は鋭い声で制した。
その迫力に、殿下が口を閉ざす。

「国のため? 笑わせないで。自分の保身のためでしょう? 無能な王子というレッテルを貼られるのが怖くて、私に泣きついているだけ」

私は立ち上がり、殿下の前まで歩み寄った。
そして、彼の顔を至近距離で覗き込んだ。

「……肌荒れが酷いわね」

「うっ」

「ストレスと睡眠不足、そして何より『後ろめたい気持ち』が毛穴を開かせているのよ。醜いわ。こんな顔をした男の隣に並ぶなんて、私の美的感覚が拒否反応を起こすわ」

「な、直す! 貴様が戻ってきてくれれば、俺もまた輝ける!」

「無理よ。一度失った輝きを取り戻すのは、新品を作るよりコストがかかるの」

私は彼から離れ、ジェラルドの隣に戻った。
そして、ジェラルドの腕に手を回した。

「それに、見て分からない? 私にはもう、こんなに素敵なパートナーがいるの。型落ちの中古品(貴方)に乗り換えるメリットが、ミジンコほども見当たらないわ」

「ちゅ、中古品……っ!?」

殿下がショックでよろめく。

「ジェラルド殿下……! 貴殿も何か言ってくれ! 隣国の王子として、我が国の混乱を見過ごすつもりか!」

矛先を向けられたジェラルドは、優雅に足を組み直し、冷ややかな笑みを浮かべた。

「勘違いしないでいただきたい。私はニアンの所有物……おっと、パートナーだ。彼女の意思決定に口を出す権利はない」

ジェラルドは私の手をそっと握った。

「それに、彼女の言う通りだ。君は一度、彼女という宝石をドブに捨てた。それを私が拾い、磨き上げ、今の輝きがある。所有権は完全に私にあるんだよ」

「そ、そんな……強奪じゃないか!」

「正当な拾得(しゅうとく)だ」

ジェラルドの反論は完璧だった。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。

「諦めなさい、カイル殿下」

私は扇子を開き、最後の宣告をした。

「私はリサイクルショップの商品じゃないの。一度手放したなら、二度と手に入らない『限定品』だったと諦めて、せいぜい後悔の海で溺れることね」

「ニアン……!」

殿下はその場に崩れ落ちた。
膝をつき、床を叩く。

「頼む……! じゃあ、どうすればいいんだ! このままでは国が傾く! 俺はどうやってこの国を立て直せばいい!」

なりふり構わず縋(すが)る姿は、哀れを通り越して滑稽だった。
でも、少しだけ。
ほんの少しだけ、元婚約者としての情けが湧かないこともない。
この国が滅びたら、私の出身地が地図から消えてしまうものね。

「……はぁ」

私は深いため息をついた。

「仕方ないわね。ヒントだけあげるわ」

「ヒント……?」

殿下が顔を上げる。

「貴方は今まで、私や側近に頼りすぎていたのよ。自分で汗をかき、泥にまみれて働きなさい。書類の一枚一枚、メイドの一人一人と向き合うの。効率が悪くても、泥臭くても、それが貴方の今の実力なんだから」

「泥に……まみれる……?」

「そうよ。美しくはないけれど、それが再生への唯一の道よ。プライドを捨てて、一からやり直すことね」

私は懐から、小瓶を一つ取り出してテーブルに置いた。
私のブランドの香水……ではなく、試作品の『激辛ミントオイル』だ。

「眠気が覚める薬よ。徹夜で書類と格闘する時に使いなさい。私の慈悲だと思って受け取るといいわ」

「……」

殿下は震える手で小瓶を握りしめた。
それが感謝の震えなのか、屈辱の震えなのかは分からない。
けれど、彼の目には少しだけ、諦めではない別の光が宿ったように見えた。

「行くわよ、ジェラルド。ここの空気は湿っぽくて肌に悪いわ」

「ああ。長居は無用だな」

私たちは応接室を後にした。
背後から、殿下のすすり泣く声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。
過去の男に振り返るほど、私の首は安くないのだ。

廊下に出ると、窓から明るい日差しが差し込んでいた。
ジェラルドが私を見て、優しく微笑んだ。

「……意外と優しいんだな、お前は」

「何が?」

「最後の助言だ。あいつを完全に見捨てることもできただろうに」

「勘違いしないで」

私はフンと鼻を鳴らした。

「彼がダメになって国が滅びたら、私の『生誕の地』が汚点になってしまうでしょう? 私のブランドイメージを守るための、純粋な危機管理よ」

「はいはい。そういうことにしておこう」

ジェラルドは私の頭をポンと撫でた。

「だがあいつ、お前の言う通りにできるかな? プライドの高い王子様が、泥にまみれて働けるか?」

「やるしかない状況に追い込まれた人間は強いわよ。それに……」

私は窓の外、中庭を見た。
そこでは、昨日私が命令したメイドたちが、まだせっせと草むしりを続けている。
そして、その中にはピンク色のドレスを泥だらけにしたリナの姿もあった。
泣きながら、それでも必死に雑草を抜いている。

「あら、リナさんも改心したのかしら?」

「いや、あれはメイド長に尻を叩かれているだけに見えるが」

「どちらにせよ、労働は人を美しくするわ。彼らがお互いに傷を舐め合うのではなく、励まし合って国を立て直すなら……まあ、遠くから見守ってあげなくもないわね」

復縁要請は却下。
当然の結果だ。
私は未来に向かって進む女。
バックミラーを確認することはあっても、Uターンすることはあり得ない。

「さあ、次は断罪イベントのリベンジ……じゃなくて、正式な『決別式』が必要ね。まだ私の無実が公的に証明されていないもの」

「まだやるのか?」

「当り前よ。私の名誉はダイヤモンドより傷つきにくくて、ガラスより繊細なの。一点の曇りも残さず晴らしてから、隣国へ帰るわ」

私はコツコツとヒールを鳴らして歩き出した。
王城の廊下が、私のランウェイのように長く伸びている。
この国での仕事は、あと少し。
最後の大仕事を終えたら、私は本当の意味で自由になれる。

「ジェラルド、覚悟しておいて。次の舞台は、さらに派手になるわよ」

「……胃薬を用意しておくよ」

私の隣で、最強のパートナーが苦笑いをした。
その笑顔がある限り、私の物語はハッピーエンドしかあり得ない。
ナルシスト悪役令嬢の快進撃は、まだまだ止まらないのだから。
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