婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
「……はぁ。やっと美味しい空気が吸えるわ」

王城の大広間を出て、中庭へと続く回廊。
私は大きく伸びをして、肺の中の淀んだ空気を入れ替えた。
断罪という名の『公開処刑』を終えた直後の空気は、勝利の味がして格別だ。

「お疲れ様、ニアン。見事な演説だったよ」

ジェラルドが労(ねぎら)うように私の肩を抱く。

「演説じゃないわ、事実陳列罪よ。彼らが直視したくなかった現実を、私の輝きでライトアップして差し上げただけ」

「君にかかれば、事実すらも凶器になるな」

私たちは笑い合い、出口へと向かった。
もうこの国に用はない。
あとは馬車に乗り込み、優雅にシャンパンでも開けながら隣国へ帰るだけ……のはずだった。

「待ちなさいよぉぉぉッ!!」

背後から、鼓膜を劈(つんざ)くような絶叫が響いた。
金切り声だ。
美しいソプラノとは程遠い、ヒステリックな不協和音。

私が足を止め、ゆっくりと振り返ると、そこには信じられない形相の女が立っていた。

「リナさん?」

それは、かつての可憐な聖女の姿ではなかった。
髪は振り乱れ、ドレスの裾は破れ、化粧は涙と鼻水でドロドロに崩れている。
まるで沼から這い出てきた妖怪のようだ。
彼女は充血した目で私を睨みつけ、手に持っていた何かを振り上げた。

「許さない……許さないわよニアン! あんたさえいなければ! あんたさえ戻ってこなければ!」

彼女の手にあるのは、ナイフ……ではなく、先ほどの会場で誰かが落としたであろう、フォークだった。
武器としての殺傷能力は低いが、その切迫感は鬼気迫るものがある。

「危ない!」

ジェラルドが剣の柄に手をかける。
しかし、私はそれを手で制した。

「いいの、ジェラルド。手を出さないで」

「だが!」

「女性同士の話し合いよ。……もっとも、片方は獣(ケダモノ)に成り下がっているようだけど」

私は一歩も退かず、突進してくるリナを見据えた。

「死ねぇ! その綺麗な顔、ぐちゃぐちゃにしてやるぅぅッ!」

リナがフォークを構えて飛びかかってくる。
狙いは正確に私の顔だ。
美しさへの嫉妬。
それが彼女の原動力の全てなのだろう。

私は冷静だった。
避ける必要すらない。
私は懐から、愛用の『プラチナ製手鏡』をサッと取り出した。

「……見なさい」

私はリナの目の前に、鏡を突きつけた。

「え?」

リナの視界が、鏡面で覆われる。
突進の勢いで、彼女は鏡の中の自分とゼロ距離で対面することになった。

そこ映っていたのは。

「ひっ……!」

リナが悲鳴を上げて急ブレーキをかけた。
鏡の中には、鬼婆のような形相でフォークを振り上げる、醜い女の姿があった。
口は歪み、目は血走り、眉間のシワは深く刻まれている。
『可愛らしい聖女』の面影など、微塵もない。

「こ、これ……私……?」

リナの手から、カランと音を立ててフォークが落ちた。
彼女は震える手で自分の頬に触れる。

「嘘……嘘よ……。こんなの私じゃない……。私はもっと可愛くて、儚(はかな)くて、みんなに守ってもらえるヒロインのはず……」

「いいえ、それが現実よ」

私は冷酷に告げた。

「鏡は嘘をつかないわ。今の貴女の心の中にある『醜い嫉妬』と『殺意』が、そのまま顔に出ているの。見ていられないほど醜悪だわ。公害レベルね」

「いやぁぁぁッ!!」

リナはその場にへたり込み、両手で顔を覆った。
自分の顔の醜さに耐えられず、心が折れたのだ。
ナルシストではない彼女にとって、自己肯定感の崩壊は致命傷となる。

そこへ、遅れてカイル殿下が走ってきた。

「リナ! 何をしているんだ! やめろ!」

彼は息を切らして駆け寄ってきたが、地面にうずくまるリナの姿を見て、ギョッとして足を止めた。

「う、うわ……」

殿下の口から、無意識の言葉が漏れる。

「なんだその顔……酷いな」

その一言が、決定打だった。
リナがバッと顔を上げる。

「……酷いですって?」

「い、いや、その……化粧が崩れて、すごいことになってるぞ。聖女の顔じゃない」

カイル殿下は引いていた。
愛する婚約者を心配するよりも先に、生理的な嫌悪感が勝ってしまったのだ。
所詮、彼の愛などその程度のものだったということだ。

「あんたのせいでしょうがぁぁぁッ!!」

リナが吠えた。
彼女は立ち上がり、今度は私ではなくカイル殿下に掴みかかった。

「な、何を!?」

「私がこんなになったのは、あんたが不甲斐ないせいよ! 『ニアンを追い出して二人で幸せになろう』って言ったくせに! ちっとも幸せじゃないじゃない!」

リナが殿下の胸ぐらを揺さぶる。

「仕事はできない、お金はない、国民からは白い目で見られる! 王子様だと思ってついてきたのに、ただの無能なボンボンじゃない!」

「な、なんだと貴様! 誰のおかげで贅沢できていたと思ってるんだ!」

カイル殿下も顔を真っ赤にして応戦する。

「君が『公務なんてしたくない』って泣くから、俺が全部被ってたんじゃないか! 『ニアンがいじめる』って嘘をついたのも君だろう! あのせいで俺は有能な婚約者を失ったんだぞ!」

「はぁ!? あんたがニアンに未練タラタラだったくせに! 私を一番愛してるって言ったのは嘘だったの!?」

「愛していたさ! 君が可愛くて優しかった頃はな! 今の君を見ろ、ただのヒステリー女じゃないか!」

「あんたこそ、ただの甲斐性なし男よ! 最低!」

「最悪だ!」

中庭に、罵声の応酬が響き渡る。
取っ組み合いの喧嘩になりそうな勢いだ。
かつて『真実の愛』を誓い合い、私を断罪した二人が、今は互いの醜さを罵り合っている。

私はその様子を、まるで三流の喜劇でも見るような目で見つめた。

「……終わったわね」

「ああ。目も当てられないな」

ジェラルドが呆れ果てて首を振る。

「ねえ、ジェラルド。あれが彼らの言う『真実の愛』なんですって。笑わせてくれるわね」

私は扇子を開き、優雅に仰いだ。

「他者を蹴落とし、嘘で塗り固めた土台の上に築いた愛なんて、所詮は砂上の楼閣(ろうかく)。風が吹けば崩れるし、鏡を見せればヒビが入る程度の強度しかなかったのよ」

二人の喧嘩はヒートアップし、もはや私たちの存在すら忘れているようだ。
リナが殿下の頬を叩き、殿下がリナを突き飛ばす。
泥沼だ。

「行くわよ。これ以上ここにいると、私の美意識まで汚染されそうだわ」

「同感だ。さっさと帰ろう」

私たちは背を向けた。
背後からは、まだ「泥棒猫!」「能無し!」という罵り合いが聞こえてくる。

馬車に戻ると、セバスチャンが冷えたピーチジュースを用意して待っていた。

「お疲れ様でございました、お嬢様。会場のボルテージはいかがでしたか?」

「最高潮から最低辺まで、ジェットコースターのようだったわ。お土産話には事欠かないけれど、二度と見たくない光景ね」

私はジュースを受け取り、一気に飲み干した。
甘い液体が、乾いた喉を潤していく。

「カイル殿下とリナ嬢は?」

「放置してきたわ。おそらく今頃、互いの傷をえぐり合って、共倒れになっているでしょうね」

私は窓の外、遠ざかる王城を見上げた。

「彼らはこれから、地獄を見るわ。ニアン・ローズベルクという後ろ盾を失った国で、互いに責任を押し付け合いながら、泥の中で生きていくしかない」

「……厳しいですね」

「自業自得よ。私はチャンスを与えたわ。掃除をしなさいってね。でも彼らは、心の掃除を怠った。そのツケを払う時が来ただけよ」

私は手鏡を取り出し、自分の顔を確認した。
一連の騒動を経ても、私の肌はツヤツヤと輝いている。
ストレスフリーな精神構造のおかげね。

「それにしても」

ジェラルドが向かいの席で、可笑しそうに笑った。

「手鏡一つで聖女を撃退するとはな。どんな強力な魔法よりも効果的だったぞ」

「当然よ。真実を映す鏡は、嘘つきにとって最強の毒だもの」

私は鏡の中の自分にウインクをした。

「リナさんは自分の醜さに負けた。私は自分の美しさに勝った。勝敗の理由はそれだけよ」

馬車が走り出す。
車輪の音が、新しい未来へのリズムを刻む。
私はもう、後ろを振り返ることはなかった。
『真実の愛(笑)』の崩壊を見届けた今、私に残っているのは、清々しいほどの解放感だけだった。

「さあ、帰りましょう! 隣国には、私の帰りを待つ信者(ファン)たちが山ほどいるんだから!」

「ああ。凱旋パレードの続きと行こうか」

こうして、私の里帰りは幕を閉じた。
元婚約者とライバルには「絶縁状」と「トラウマ」を叩きつけ、私自身はさらなる自信と名声を手に入れて。

ナルシスト悪役令嬢、ニアン。
彼女は転んでもただでは起きない。
起き上がるたびに、より一層美しくなってしまうのだから、世界も困ったものだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸
恋愛
 難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。  部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。  しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。  だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。  けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。  彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。  こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

婚約破棄!?なんですって??その後ろでほくそ笑む女をナデてやりたい位には感謝してる!

まと
恋愛
私、イヴリンは第一王子に婚約破棄された。 笑ってはダメ、喜んでは駄目なのよイヴリン! でも後ろでほくそ笑むあなたは私の救世主!

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

処理中です...