婚約破棄? 断罪? どうでもいいですわ!

パリパリかぷちーの

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「……九十九。その、意外と家庭的な一面があるところ」

「あと一つよ、ジェラルド。頑張って」

私はワイングラスを傾けながら、向かいの席で青息吐息になっている騎士様を見守った。
国境を越えてから数時間。
ジェラルドは約束通り、私の美点(と彼が主張するもの)を九十九個まで列挙し続けていた。

「はぁ、はぁ……。拷問か、これは……」

「あら、愛の言葉を囁くのが拷問だなんて。貴方の愛はその程度なの?」

「違う。語彙(ごい)の限界に挑戦させられているんだ。……だが、最後の一つだ」

ジェラルドは居住まいを正した。
ふざけていた空気が、一瞬で引き締まる。
夜の帳(とばり)が下りた車内に、魔法灯の淡い光が揺れていた。

「最後の一つは、言葉だけでは足りない」

彼は上着のポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。
心臓が、トクンと跳ねる。
予想はしていた。
していたけれど、いざその瞬間が来ると、私の完璧なポーカーフェイスにも綻びが生じそうになる。

「……何かしら、それ」

「賄賂(わいろ)だ」

ジェラルドは悪戯っぽく笑い、箱を開けた。
そこには、大粒のダイヤモンドが嵌め込まれた指輪が鎮座していた。
その輝きは、揺れる馬車の中でも失われることなく、鋭い光を放っている。

「賄賂にしては高価すぎるわね。私を買収するつもり?」

「ああ。世界で一番高貴で、手のかかる宝石を独占するための契約金だ」

彼は指輪を箱から取り出し、私の左手を取った。
手袋を、指先からゆっくりと外していく。
その指先が微かに震えているのを、私は見逃さなかった。
あの「氷の騎士」が、緊張している。
その事実が、なぜだか私の胸を締め付けた。

「ニアン・ローズベルク」

彼は私の名を呼んだ。
真剣な、熱い眼差し。

「俺は、お前のその強さが好きだ。誰に何を言われても折れない心。自分を愛し抜く潔さ。それは俺にはないものだ」

「……知っているわ」

「俺の人生は、常に『義務』と『規律』で縛られていた。だが、お前と出会って、世界が色づいたんだ。お前が笑えば楽しくなり、お前が怒れば生きている実感が湧く」

彼は私の薬指に、冷たい金属の輪を押し当てた。

「俺と結婚してくれ。ファンクラブの会長でも、パートナーでもない。俺の妻になってほしい」

直球のプロポーズ。
何の飾り気もない、けれど一番心に響く言葉。

普通の令嬢なら、「はい、喜んで」と涙ぐむのが正解だ。
しかし、私はどう答えるべきか知っている。
私のキャラを崩さず、かつ彼の想いに最大級の敬意を払う答えを。

「……生意気ね」

私はふん、と鼻を鳴らした。
けれど、頬が熱いのを隠すために、視線を少しだけ逸らした。

「私を妻にするということは、どういうことか分かっていて? 世界中の男性を敵に回すということよ? それに、私の美容代は国家予算レベルだし、毎朝『愛してる』と言わないと不機嫌になるわよ?」

「望むところだ。国庫が傾いたら、俺が倍働いて稼ぐ。愛の言葉なら、喉が枯れるまで囁いてやる」

「……私の輝きで目が眩んでも、文句は言わせないわよ」

「サングラスを常備するさ」

ジェラルドは笑って、指輪を奥まで滑り込ませた。
サイズは完璧だった。
いつの間に測ったのかしら。
こういう抜かりのなさが、彼の憎いところだ。

「それで? 返事は?」

彼は私の手を握ったまま、逃がさないように見つめてくる。
断る理由なんて、最初からなかった。
彼以上の男なんて、この先地球を何周しても見つからないでしょうから。

私は一度深呼吸をして、彼に向き直った。
そして、傲慢に、けれど最高に慈愛に満ちた(つもりの)表情を作った。

「……許可するわ」

「許可?」

「ええ。特別に許可してあげる。貴方が私の隣で、一生私を賛美し続ける権利をね」

私は彼の手を強く握り返した。

「光栄に思いなさい、ジェラルド。貴方は世界一の美女を捕まえたのよ。この幸運を墓場まで持っていきなさい」

ジェラルドは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに破顔した。
それは今まで見た中で、一番幸せそうな笑顔だった。

「ああ、光栄だ。俺は世界一の果報者だよ」

彼は私の手を引き寄せ、指輪に口づけを落とした。
そして、そのまま身体を引き寄せられ、抱きしめられる。
バラの香りと、彼のムスクの香りが混ざり合う。
心地よい体温。
ああ、悔しいけれど。
鏡を見ている時よりも、今のほうが心拍数が上がっているかもしれない。

「……ニアン」

「何よ」

「愛してる」

「……聞こえないわ」

「愛してるぞ、俺の女神」

「……もっと言いなさい。あと五千回くらい」

「一生かけて言ってやる」

唇が重なる。
甘くて、とろけるようなキス。
私の計算された角度も、表情管理も、すべてどうでもよくなるような、熱情的な口づけだった。

馬車は夜道を走り続ける。
月明かりだけが、新しく結ばれた二人を祝福していた。

しばらくして、唇が離れた時。
私は少しだけ乱れた息を整えながら、彼を睨みつけた。

「……化粧が崩れたじゃない」

「直せばいい。何度でも」

ジェラルドはハンカチを取り出し、私の口元の紅を優しく拭った。

「でも、今の崩れた顔も可愛いぞ」

「っ……!」

不意打ちの褒め言葉。
私の顔が、今度こそ真っ赤に染まる。
ナルシストの仮面が、彼の前では役に立たない。

「うるさいわね! 鏡! 鏡を寄越して!」

「はいはい」

渡された手鏡を覗き込む。
そこには、確かに化粧は少し崩れているけれど、見たこともないほど幸せそうな顔をして、頬を染めている女が映っていた。

「……あら」

私は自分の頬に触れた。

「悪くないわね。恋する乙女の表情……レアだわ。これも私の演技の幅(レパートリー)に加えましょう」

「演技なのか?」

「当然よ。私はいつだって、自分を演出するプロなんだから」

強がりを言ってみるけれど、口元が緩むのは止められない。

「さて、ジェラルド。プロポーズは受理したわ。次は結婚式の準備ね」

私は瞬時に思考を切り替えた。
感傷に浸るのは終わり。
次は、世界中が度肝を抜くような、世紀の結婚式をプロデュースしなければならない。

「言っておくけれど、地味な式なんて許さないわよ? ドレスは十着、お色直しは一時間おきにするわ。会場は王都の広場を貸し切りにして、国民全員を招待するの」

「……予算委員会との戦争になりそうだな」

「勝ちなさい。愛の力で」

「善処するよ」

ジェラルドは苦笑しながらも、その目はやる気に満ちていた。
彼もまた、私との未来を楽しんでいるのだ。

こうして、私たちの「凱旋」は、いつの間にか「婚約発表パレード」へと変わることになった。
故郷を捨て、新しい国で、新しい家族を作る。
それは決して逃げではなく、私がさらに輝くためのステップアップ。

「ねえジェラルド」

「なんだ」

「貴方を選んであげた私を、褒めてもよくてよ?」

「ああ。お前の審美眼は世界一だ」

私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。
ナルシストな私と、それに振り回されながらも愛してくれる彼。
私たちの物語は、ここからが本当のハッピーエンド……いいえ、ハッピースタートなのだ。

さあ、待っていなさいアークライト王国。
貴方たちの王子様が、とびきりの花嫁(爆弾)を連れて帰るわよ!
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