婚約破棄されたので、自由気ままに生きていこうと思います。

パリパリかぷちーの

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リナが、愛と祈りを込めた「聖なる魔法薬」を配り始めてから、二日後のことだった。王宮は、奇妙な混乱に見舞われていた。

「どうしましょう、顔がこんなに真っ赤に……!」
「痒くて、痒くて、仕事になりませんわ!」

侍女たちの間で、原因不明の皮膚病が蔓延したのだ。特に、顔や首筋に、虫に刺されたような赤い発疹が広がり、強い痒みを伴うという症状を訴える者が続出した。

彼女たちには、一つの共通点があった。エリアス王子の新しい婚約者、リナ・ミルフィールドから、手作りの「美肌水」を賜り、それを使用していたのだ。

「リナ様! お願いです、この発疹を治す薬をくださいませ!」

数人の侍女が、泣きながらリナの部屋に詰め寄った。しかし、当のリナは、眉をひそめて彼女らを冷たく見下ろした。

「まあ、みっともない。どうしてそんなことになっているの?」

「どうして、と仰いましても……わたくしたち、リナ様にいただいた美肌水を使っただけで……」

その言葉に、リナはカッと顔を赤らめた。

「なんですって!? わたくしの薬のせいだとでも言うの!? わたくしの、清らかな祈りを込めた聖なる薬が、あなたたちのような醜い発疹を作るわけがないでしょう!」

あまりの剣幕に、侍女たちは怯えて後ずさる。

「きっと、あなたたちの心が汚れているせいですわ! ええ、そうに違いないわ! わたくしの薬は、清い心を持つ者にしか効果がないのです! 出ていってちょうだい!」

リナはそう言って、侍女たちを部屋から追い出し、ぴしゃりと扉を閉めてしまった。自分の失敗を認めることができず、全ての責任を被害者になすりつけたのだ。

混乱は、それだけではなかった。

リナから「活力が湧く聖水」をもらった文官は、腹に激痛を訴えて医務室に担ぎ込まれた。リナから「幸運を呼ぶ香り袋」を押し付けられた衛兵は、なぜか大量の羽虫にたかられて、同僚の笑いものになった。

王宮のあちこちで、リナの善意が生み出した被害報告が、静かに、しかし着実に広がっていった。

その不穏な噂は、当然、クラウス・アイゼンシュミットの耳にも届いていた。

「……リナ嬢が、薬を?」

部下からの報告を受けたクラウスは、即座に事の真相を察した。フィアの評判に嫉妬したリナが、愚かにもその猿真似をし、大失敗をやらかしたのだ。

(くだらん……。だが、問題はそこではない)

クラウスが懸念したのは、この騒動の火の粉が、フィアに降りかかる可能性だった。同じ「魔法薬」という括りで、フィアの薬までが危険なものだと誤解されかねない。最悪の場合、リナが責任逃れのために、「フィアに間違った作り方を教わった」などと嘘をつく可能性すらある。

(……あの女なら、やりかねん)

エリアス王子が、その嘘を鵜呑みにするであろうことも、想像に難くない。

「少し席を外す。後のことは任せた」

クラウスは副団長のヨハンにそう告げると、急いで騎士団本部を後にした。彼の足は、まっすぐにランチェスター公爵領の離れへと向かっていた。

工房では、フィアがいつもと変わらず、穏やかな顔で薬草をすり潰していた。

「まあ、騎士団長様。いらっしゃいませ。今日は少し、お早いお着きですのね」

「フィア嬢」

クラウスは、挨拶もそこそこに、真剣な顔で切り出した。

「王宮での騒ぎ、耳にしているか?」

「王宮の騒ぎ、ですの?」

フィアはきょとんと首を傾げる。領地の離れにこもる彼女には、まだその噂は届いていないようだった。クラウスは、侍女たちの発疹騒ぎを始めとする、一連の出来事を手短に説明した。

「リナ嬢の、仕業だと?」

「ああ。十中八九、そうだろう。問題は、この騒動をお前と結びつけようとする者が出てくるかもしれん、ということだ」

クラウスの心配をよそに、フィアの反応は予想外のものだった。

「まあ、発疹……。それはお気の毒に。痒みを伴う赤い発疹、ですのね。おそらく、複数の花の花粉がアレルゲンとなって、接触性皮膚炎を引き起こしたのでしょう。聖水は酸性ですから、肌の弱い方には刺激が強すぎたのかもしれませんわ」

彼女は、怒るでもなく、怯えるでもなく、純粋に研究者としての目で、今回の事件を冷静に分析し始めたのだ。

「わたくしが疑われる可能性、ですか? それは大丈夫ですわ。わたくしの薬は、全て完成前に、安全性を確認するための厳格なテストを複数回行っておりますもの。成分、効能、副作用の有無、全て記録に残してあります。万が一にも、あのような粗悪品と間違われることはありませんわ」

その落ち着き払った、自信に満ちた態度に、クラウスは言葉を失った。自分が何を心配していたのか、馬鹿馬鹿しくなるほどに、彼女は強く、そして聡明だった。

「それよりも、騎士団長様」

フィアは、悪戯っぽく微笑んだ。

「困りましたわね。侍女の方々がお気の毒ですわ。これはもう、わたくしが『痒みと赤みをすっと鎮める、肌に優しい特製軟膏』を、大至急開発するしかありませんわね?」

自分の身に降りかかるかもしれない危険よりも、今まさに困っている人々のことを考え、そしてそれを、新しい研究の機会として楽しんですらいる。

クラウスは、目の前の公爵令嬢のそのしなやかな強さと底なしの優しさに改めて深く感銘を受けていた。そして、この人を自分が守らねばならないという思いを胸の奥で強く強くするのであった。
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