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貴族議会での嵐のような一日が、重い幕を閉じた。
わたくしたちヴァルガス家は、「反逆罪」という最大の危機を、アルベールの機転と父の必死の対応、そして商人たちの信義によって、かろうじて退けることに成功した。
だが、勝ったわけではない。
議会は「証拠不十分」として休会になったにすぎず、王妃陛下は、公衆の面前でわたくしたちにしてやられたという屈辱に、今ごろ怒り狂っておいでだろう。
リリアン様が捏造に使ったというエルステッド産の羊皮紙。
侍女カレンの寝返り。
それらの決定的な証拠を突きつけられた王妃様は、リリアン様という「駒」を切り捨ててでも、王家の権威失墜を防ごうと、次なる手を打ってくるに違いない。
屋敷に戻っても、父とわたくしには、気の休まる暇などなかった。
「……エレノア。お前の言う『駒』……いや、『協力者』は、一体何者なのだ」
書斎で、父が、初めてアルベールの存在について、正面からわたくしに問いかけてきた。
一夜にして王宮に潜入し、王妃様の動きを察知し、証拠まで揃えてくる。
父の目から見ても、尋常でない働きであることは明らかだった。
わたくしは、一瞬ためらった。
アルベールの正体。エルステッドの亡命公爵家。
それは、あまりにも重すぎる真実だ。
「……お父様。今はまだ、申し上げられません。ただ、彼は、わたくしたちと『共通の敵』を持つ、信頼できる協力者です」
「共通の敵……?」
「わたくしは、彼と『共犯者』として、この戦いを最後まで戦い抜くつもりですわ」
わたくしの揺るぎない瞳を見て、父はそれ以上、何も聞かなかった。
「……そうか。お前が、そこまで信じると決めた男なのだろう。……わかった。ヴァルガス家の全てを、お前の判断に賭けよう」
父の信頼が、重く、しかし温かく、わたくしの背中を押した。
その夜。
アルベールが、いつもとは違う時刻に、わたくしの部屋を訪れた。
彼の表情は、議会での緊張感とは異なり、どこか複雑な色を浮かべていた。
「エレノア様。今宵、お会いいただきたい方がおります」
「会いたい人?」
「はい。……私の、兄です」
「お兄様……!」
アルベールが、エルステッドから父と共に亡命してきた時、彼が一人であったとは聞いていない。
だが、彼が兄の存在を今まで伏せていたことには、理由があるはずだ。
「彼は、どこに」
「王都のはずれにある、我らの本当の隠れ家におります。……エレノア様。彼は、私とは違います」
「違う?」
「私は、貴女の『剣』として、動くことができます。ですが、兄は……」
アルベールは、言葉を選んだ。
「……兄は、我らランティエ家の『頭脳』そのものです。冷徹で、合理的で、目的のためなら、私のような『情』には一切流されない。……ある意味、貴女が演じている『悪役令嬢』以上に、冷酷な策略家かもしれません」
わたくしは、息を呑んだ。
アルベールが、そこまで評価し、同時に警戒するほどの人物。
「彼が、貴女に会いたいと」
「わたくしに?わたくしを、値踏みする、ということですわね」
アルベールは、苦笑した。
「……おそらくは。貴女が、我らランティエ家の復讐と再興のために、『使える』人間かどうかを」
「結構よ。望むところだわ」
わたくしは、立ち上がった。
「わたくしも、知りたい。わたくしの『共犯者』であるあなたの、その『頭脳』が、どれほどのものか」
アルベールに導かれ、わたくしは再び夜の闇に紛れた。
着いたのは、王都の貴族街とは正反対の、しかし、厳重に守られていることが分かる、静かな邸宅だった。
通された部屋は、アルベールの書斎よりもさらに多くの、古今東西の書物と、各国の地図で埋め尽くされていた。
その中央の、大きなデスクに、一人の男が背を向けて座っていた。
「……アルベール。客人を、こんな夜更けに連れ回すとは、感心しないな」
静かだが、アルベールの声よりも、さらに低く、響く声だった。
男が、ゆっくりと椅子を回し、こちらを向いた。
アルベールが「夜」の闇を纏う青年だとしたら、彼は「氷」の冷静さを纏う男だった。
歳は三十ほどだろうか。
アルベールと似た目鼻立ちをしているが、その眼光は、全てを見透かすかのように鋭く、一切の感情を読み取らせない。
彼が、アルベールの兄、セドリック・デュ・ランティエ。
「……お初にお目にかかります。セドリック・デュ・ランティエ公爵」
わたくしは、あえて、彼らの本来の身分で呼び、礼をした。
セドリックは、わずかに片眉を上げた。
「……ほう。アルベール、もう身分まで明かしたのか。お前は、このご令嬢に、随分と入れ込んでいるらしいな」
「兄さん。彼女は、我らの『同志』だ」
アルベールが、強い口調で言った。
「同志、か」
セドリックは、その冷たい視線を、わたくしに向けた。
まるで、わたくしの頭の先からつま先まで、その価値を査定するように。
「エレノア・フォン・ヴァルガス侯爵令嬢。……貴女が王妃主催の茶会で、リリアン王女を叩きのめした手腕」
「……!」
「そして、今日の貴族議会での、王妃陛下への見事な反論。……全て、報告は受けている」
彼は、全てを知っていた。
アルベールが動く、その背後で、彼が全てを把握し、指示を出していたのかもしれない。
「弟が、貴女に『恩』を感じ、情に絆されて動いているのは知っていた。だが、貴女が、ここまで『使える』とは、私も思っていなかった」
「……」
「アルベールは、貴女を『正義』だの『強さ』だのと、詩的な表現をするが、私から見れば、貴女は、極めて『合理的』だ」
セドリックは、立ち上がった。
その威圧感は、エドワード様のような王族のそれとは、全く異質のものだった。
「貴女は、自分が生き残るために、最も効率の良い『悪役』という仮面を選んだ。違うかね?」
「……結果として、そうなっただけですわ」
「よかろう」
セドリックは、わたくしの答えを遮った。
「我らランティエ家の目的は、父の無念を晴らし、エルステッドの現王家を断罪すること。そして、この国に巣食う、エルステッドと通じた腐敗を一掃すること」
彼の目が、恐ろしいほどの冷光を放つ。
「貴女の目的は、ヴァルガス家の名誉回復。そして、貴女を陥れたリリアン王女と、エドワード王子への『復讐』。……違うかね?」
「……」
「利害は、完全に一致している」
セドリックは、わたくしに手を差し出した。
それは、アルベールが差し出した「剣」の手ではなく、巨大な権力闘争を操る「盟主」の手だった。
「エレノア・フォン・ヴァルガス嬢。我らランティエ公爵家は、貴女の聡明さと気概を高く評価し、正式に『同盟』を申し入れる」
「……わたくしに、何をしろと?」
「王妃とリリアンは、必ず体勢を立て直し、次なる手を打ってくる。エドワード王子は、今や貴女に『後悔』し、貴女を取り戻そうと、愚かな動きを始めるだろう」
彼は、全てを正確に予測していた。
「貴女は、これまで通り、表舞台で『悪役令嬢』として、彼らを存分に揺さぶり続けろ」
「……」
「その間に、我ら兄妹が、裏で、彼らの息の根を止める『真実』を、全て揃えてみせよう」
わたくしは、セドリックの冷たい目を、真っ直ぐに見返した。
アルベールという「剣」。
セドリックという「頭脳」。
これ以上ない、最強の「共犯者」たち。
わたくしは、彼の差し出した手を、強く、握り返した。
「……よろしくてよ。その同盟、お受けいたしますわ。セドリック公爵」
わたくしの戦いは、今、個人の復讐から、国家を揺るがす、壮大な戦いへと、その姿を変えたのだ。
わたくしたちヴァルガス家は、「反逆罪」という最大の危機を、アルベールの機転と父の必死の対応、そして商人たちの信義によって、かろうじて退けることに成功した。
だが、勝ったわけではない。
議会は「証拠不十分」として休会になったにすぎず、王妃陛下は、公衆の面前でわたくしたちにしてやられたという屈辱に、今ごろ怒り狂っておいでだろう。
リリアン様が捏造に使ったというエルステッド産の羊皮紙。
侍女カレンの寝返り。
それらの決定的な証拠を突きつけられた王妃様は、リリアン様という「駒」を切り捨ててでも、王家の権威失墜を防ごうと、次なる手を打ってくるに違いない。
屋敷に戻っても、父とわたくしには、気の休まる暇などなかった。
「……エレノア。お前の言う『駒』……いや、『協力者』は、一体何者なのだ」
書斎で、父が、初めてアルベールの存在について、正面からわたくしに問いかけてきた。
一夜にして王宮に潜入し、王妃様の動きを察知し、証拠まで揃えてくる。
父の目から見ても、尋常でない働きであることは明らかだった。
わたくしは、一瞬ためらった。
アルベールの正体。エルステッドの亡命公爵家。
それは、あまりにも重すぎる真実だ。
「……お父様。今はまだ、申し上げられません。ただ、彼は、わたくしたちと『共通の敵』を持つ、信頼できる協力者です」
「共通の敵……?」
「わたくしは、彼と『共犯者』として、この戦いを最後まで戦い抜くつもりですわ」
わたくしの揺るぎない瞳を見て、父はそれ以上、何も聞かなかった。
「……そうか。お前が、そこまで信じると決めた男なのだろう。……わかった。ヴァルガス家の全てを、お前の判断に賭けよう」
父の信頼が、重く、しかし温かく、わたくしの背中を押した。
その夜。
アルベールが、いつもとは違う時刻に、わたくしの部屋を訪れた。
彼の表情は、議会での緊張感とは異なり、どこか複雑な色を浮かべていた。
「エレノア様。今宵、お会いいただきたい方がおります」
「会いたい人?」
「はい。……私の、兄です」
「お兄様……!」
アルベールが、エルステッドから父と共に亡命してきた時、彼が一人であったとは聞いていない。
だが、彼が兄の存在を今まで伏せていたことには、理由があるはずだ。
「彼は、どこに」
「王都のはずれにある、我らの本当の隠れ家におります。……エレノア様。彼は、私とは違います」
「違う?」
「私は、貴女の『剣』として、動くことができます。ですが、兄は……」
アルベールは、言葉を選んだ。
「……兄は、我らランティエ家の『頭脳』そのものです。冷徹で、合理的で、目的のためなら、私のような『情』には一切流されない。……ある意味、貴女が演じている『悪役令嬢』以上に、冷酷な策略家かもしれません」
わたくしは、息を呑んだ。
アルベールが、そこまで評価し、同時に警戒するほどの人物。
「彼が、貴女に会いたいと」
「わたくしに?わたくしを、値踏みする、ということですわね」
アルベールは、苦笑した。
「……おそらくは。貴女が、我らランティエ家の復讐と再興のために、『使える』人間かどうかを」
「結構よ。望むところだわ」
わたくしは、立ち上がった。
「わたくしも、知りたい。わたくしの『共犯者』であるあなたの、その『頭脳』が、どれほどのものか」
アルベールに導かれ、わたくしは再び夜の闇に紛れた。
着いたのは、王都の貴族街とは正反対の、しかし、厳重に守られていることが分かる、静かな邸宅だった。
通された部屋は、アルベールの書斎よりもさらに多くの、古今東西の書物と、各国の地図で埋め尽くされていた。
その中央の、大きなデスクに、一人の男が背を向けて座っていた。
「……アルベール。客人を、こんな夜更けに連れ回すとは、感心しないな」
静かだが、アルベールの声よりも、さらに低く、響く声だった。
男が、ゆっくりと椅子を回し、こちらを向いた。
アルベールが「夜」の闇を纏う青年だとしたら、彼は「氷」の冷静さを纏う男だった。
歳は三十ほどだろうか。
アルベールと似た目鼻立ちをしているが、その眼光は、全てを見透かすかのように鋭く、一切の感情を読み取らせない。
彼が、アルベールの兄、セドリック・デュ・ランティエ。
「……お初にお目にかかります。セドリック・デュ・ランティエ公爵」
わたくしは、あえて、彼らの本来の身分で呼び、礼をした。
セドリックは、わずかに片眉を上げた。
「……ほう。アルベール、もう身分まで明かしたのか。お前は、このご令嬢に、随分と入れ込んでいるらしいな」
「兄さん。彼女は、我らの『同志』だ」
アルベールが、強い口調で言った。
「同志、か」
セドリックは、その冷たい視線を、わたくしに向けた。
まるで、わたくしの頭の先からつま先まで、その価値を査定するように。
「エレノア・フォン・ヴァルガス侯爵令嬢。……貴女が王妃主催の茶会で、リリアン王女を叩きのめした手腕」
「……!」
「そして、今日の貴族議会での、王妃陛下への見事な反論。……全て、報告は受けている」
彼は、全てを知っていた。
アルベールが動く、その背後で、彼が全てを把握し、指示を出していたのかもしれない。
「弟が、貴女に『恩』を感じ、情に絆されて動いているのは知っていた。だが、貴女が、ここまで『使える』とは、私も思っていなかった」
「……」
「アルベールは、貴女を『正義』だの『強さ』だのと、詩的な表現をするが、私から見れば、貴女は、極めて『合理的』だ」
セドリックは、立ち上がった。
その威圧感は、エドワード様のような王族のそれとは、全く異質のものだった。
「貴女は、自分が生き残るために、最も効率の良い『悪役』という仮面を選んだ。違うかね?」
「……結果として、そうなっただけですわ」
「よかろう」
セドリックは、わたくしの答えを遮った。
「我らランティエ家の目的は、父の無念を晴らし、エルステッドの現王家を断罪すること。そして、この国に巣食う、エルステッドと通じた腐敗を一掃すること」
彼の目が、恐ろしいほどの冷光を放つ。
「貴女の目的は、ヴァルガス家の名誉回復。そして、貴女を陥れたリリアン王女と、エドワード王子への『復讐』。……違うかね?」
「……」
「利害は、完全に一致している」
セドリックは、わたくしに手を差し出した。
それは、アルベールが差し出した「剣」の手ではなく、巨大な権力闘争を操る「盟主」の手だった。
「エレノア・フォン・ヴァルガス嬢。我らランティエ公爵家は、貴女の聡明さと気概を高く評価し、正式に『同盟』を申し入れる」
「……わたくしに、何をしろと?」
「王妃とリリアンは、必ず体勢を立て直し、次なる手を打ってくる。エドワード王子は、今や貴女に『後悔』し、貴女を取り戻そうと、愚かな動きを始めるだろう」
彼は、全てを正確に予測していた。
「貴女は、これまで通り、表舞台で『悪役令嬢』として、彼らを存分に揺さぶり続けろ」
「……」
「その間に、我ら兄妹が、裏で、彼らの息の根を止める『真実』を、全て揃えてみせよう」
わたくしは、セドリックの冷たい目を、真っ直ぐに見返した。
アルベールという「剣」。
セドリックという「頭脳」。
これ以上ない、最強の「共犯者」たち。
わたくしは、彼の差し出した手を、強く、握り返した。
「……よろしくてよ。その同盟、お受けいたしますわ。セドリック公爵」
わたくしの戦いは、今、個人の復讐から、国家を揺るがす、壮大な戦いへと、その姿を変えたのだ。
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