もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
貴族議会での弾劾騒ぎは、俺、エドワード・フォン・ロートリンゲンの耳にも、当然入っていた。

エレノアが反逆罪で断罪されると聞いた時、俺は血の気が引くのを感じた。

馬鹿な!

あのエレノアが、国家反逆など!

俺は、彼女を「冷たい女」と切り捨てはしたが、彼女がこの国を、王家を、誰よりも深く愛し、忠誠を誓っていたことを、心の底では知っていた。

リリアンと、母である王妃が、ついに常軌を逸したのだ、と直感した。

俺が、父である国王陛下に、議会への介入を進言しようとした矢先、事態は俺の想像を遥かに超えた形で収束した。

エレノアが、自ら議会に出席し、王妃とリリアンが突きつけた「捏造された証拠」を、「本物の証拠」によって完璧に論破し、休会に持ち込んだ、と。

報告を聞いた時、俺は執務室で立ち尽くした。

……そうだ。

それこそが、俺が知るエレノアだ。

いや、俺が知っていた以上の、恐るべき聡明さと、胆力を持った女。

俺は、そんな彼女を……。

「……くそっ」

リリアンは、あの日以来、都合よく「体調不良」で自室に引きこもっている。

母上は、王宮でエレノアにしてやられた屈辱に、怒り狂っておいでだ。

王宮内が、これまでにない不協和音に満ちている。

だが、俺の心は、もはやリリアンにも、母上の怒りにも向いていなかった。

ただ、エレノアに。

俺が、この手で、地獄に突き落としたはずの彼女に。

後悔が、灼熱の鉄となって、俺の胸を焼いていた。

俺は、もう我慢できなかった。

彼女に会わなければならない。

謝罪し、そして、取り戻さなければならない。

俺は、側近にもほとんど告げず、護衛の騎士二人だけを伴い、第一王子の身分を隠すように、質素な馬車でヴァルガス侯爵邸へと向かった。

夜の闇に紛れて。

「……王子殿下。このような、夜更けに……。アポイントも、なく……」

ヴァルガス家の老執事は、俺の突然の訪問に、露骨なまでに困惑し、その目には非難の色すら浮かんでいた。

「構わぬ。エレノア……令嬢に、取り次いでくれ。どうしても、今夜、二人きりで話がしたい、と」

俺の、王族としての強引な要求に、執事は深くため息をついた。

だが、その時、階段の上から、冷たく澄んだ声が降ってきた。

「……お通しして差し上げてちょうだい、セバスチャン」

はっとして顔を上げると、そこに、エレノアが立っていた。

部屋着でも、夜会服でもない。

黒を基調とした、まるで戦場に向かう指揮官のような、機能的でありながらも気品を失わない、簡素なドレスを纏って。

彼女は、わたくしを値踏みするように見下ろしていた。

「人払いも忘れずに。わたくしども侯爵家が、夜更けに『反逆罪』の容疑者と密会していたなどと、王妃様のお耳に入っては、面倒ですものね」

その辛辣な皮肉に、俺は何も言い返せなかった。

応接室に通され、二人きりになる。

重い沈黙が、部屋を支配した。

先に口を開いたのは、俺だった。

「……エレノア」

俺の声は、自分でも驚くほど、掠れていた。

「すまなかった」

俺は、椅子から立ち上がり、彼女の前に進み出ると、深く、深く、頭を垂れた。

王族が、臣下に、これほどの謝罪をすることなど、あり得ない。

だが、俺には、そうするしか、術がなかった。

「……何が、ですの?」

エレノアの声は、表情を変えない。

「全てだ!俺が、愚かだった……!リリアンの、あの女の、計算された涙に、俺は、目が眩んでいた……!」

俺は、必死に言葉を紡いだ。

「君が、俺のために、どれだけ感情を殺し、耐えてくれていたか……。俺は、その努力を、あろうことか『冷たい』と断罪した!君を、公衆の面前で、あんな形で傷つけた……!」

俺の言葉に、エレノアの眉が、わずかに動いた気がした。

「君が、議会で反論したと聞いた。……そうだ。君は、昔から、誰よりも賢明で、強かった。俺は……俺は、そんな君の価値を、失って、初めて……!」

俺は、彼女の前に進み寄り、その両手を掴もうとした。

エレノアは、それをさせなかった。

彼女は、一歩下がり、俺の熱情を、まるで汚れたものでも見るかのような、冷たい視線で拒絶した。

「……エレノア」

「……それで?エドワード様」

エレノアが、初めて俺の名前を呼んだ。

だが、そこにかつての親愛の情は、一欠片もなかった。

「その『謝罪』とやらをなさるために、わざわざ夜闇に紛れて、お忍びでいらした、と?」

「違う!」

俺は、叫んだ。

「やり直したいんだ、エレノア!君と!」

「……」

「リリアンとの婚約など、すぐにでも破棄する!母上にも、父上にも、俺が全てを話して説得する!君こそが、俺の隣に立つべき、唯一の女性だ!俺は、この過ちを償うためなら、何でもする!」

俺は、懇願した。

「俺は、君という宝を失って、初めて、その本当の価値に気づいた愚か者だ!……だから、どうか、もう一度、俺に機会をくれないか!」

俺は、全てをさらけ出した。

これで、彼女の心も、少しは動くはずだ、と。

彼女も、かつては俺を愛してくれていたはずなのだから。

しかし。

エレノアは、俺のその必死の告白を聞き終えると、ふう、と、まるで退屈な芝居でも見せられたかのように、小さな息を吐いた。

「……それだけ、ですの?」

「……え?」

「貴方様の、その『告白』。あまりにも、一方的で、身勝手極まりないものですわね」

エレノアの瞳は、氷のように冷え切っていた。

「わたくしが、貴方様のその言葉を、今更、喜んで受け入れるとでも、お思いになって?」

「エレノア、俺は……!」

「貴方様は、わたくしという人間を、一度たりとも、ご覧になってはいなかった」

彼女は、一歩、俺に近づいた。

だが、その距離は、絶望的なまでに、遠かった。

「貴方様は、わたくしが『ヴァルガス家の侯爵令嬢』であり、『貴方様の妃候補』であったから、価値があると思っていただけ。そして今、わたくしが、貴方様の手の届かない場所で、貴方様の思惑とは違う動きをしたから、急に惜しくなった」

「違う!俺は、君自身を……!」

「愛、ですって?」

エレノアは、初めて、小さく笑った。

それは、悪役令嬢と呼ばれるにふさわしい、冷たい、嘲笑だった。

「貴方様がわたくしに感じていらっしゃるのは、『愛』ではございません。それは、『自分が捨てた玩具が、思いのほか価値のあるものだった』と知った時の、『所有欲』と『後悔』にすぎませんわ」

俺は、彼女の言葉に、殴られたかのような衝撃を受けた。

所有欲。

後悔。

彼女は、俺の心を、そこまで正確に、見抜いていたというのか。

「わたくしは、もう、貴方様のものではございません」

エレノアは、俺に背を向け、扉へと歩き出す。

「貴方様に『選ばれる』のを、おとなしく待つ、従順な人形でもございません」

「待て、エレノア!行かないでくれ!」

俺は、彼女の腕を掴もうと、手を伸ばした。

だが、その手は、空を切った。

エレノアは、振り返り、俺に最後通告を突きつけた。

その瞳には、もはや、俺への憎しみすら、映っていなかった。

ただ、どうでもいい存在を見るかのような、「無関心」だけが、そこにあった。

「わたくしには、もう、貴方様のお心を思いやる感情も、時間も、一欠片たりとも残っておりませんの」

「……!」

「お引き取りくださいませ、エドワード王子。……わたくしの『戦い』の、邪魔になりますわ」

扉が、無情にも閉ざされた。

俺は、一人、応接室に取り残された。

エレノアの心が、完全に、俺から失われた。

愛も、憎しみも、通り越した、絶対的な「無」に。

俺は、その場に、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐えることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

処理中です...