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貴族議会での弾劾騒ぎは、俺、エドワード・フォン・ロートリンゲンの耳にも、当然入っていた。
エレノアが反逆罪で断罪されると聞いた時、俺は血の気が引くのを感じた。
馬鹿な!
あのエレノアが、国家反逆など!
俺は、彼女を「冷たい女」と切り捨てはしたが、彼女がこの国を、王家を、誰よりも深く愛し、忠誠を誓っていたことを、心の底では知っていた。
リリアンと、母である王妃が、ついに常軌を逸したのだ、と直感した。
俺が、父である国王陛下に、議会への介入を進言しようとした矢先、事態は俺の想像を遥かに超えた形で収束した。
エレノアが、自ら議会に出席し、王妃とリリアンが突きつけた「捏造された証拠」を、「本物の証拠」によって完璧に論破し、休会に持ち込んだ、と。
報告を聞いた時、俺は執務室で立ち尽くした。
……そうだ。
それこそが、俺が知るエレノアだ。
いや、俺が知っていた以上の、恐るべき聡明さと、胆力を持った女。
俺は、そんな彼女を……。
「……くそっ」
リリアンは、あの日以来、都合よく「体調不良」で自室に引きこもっている。
母上は、王宮でエレノアにしてやられた屈辱に、怒り狂っておいでだ。
王宮内が、これまでにない不協和音に満ちている。
だが、俺の心は、もはやリリアンにも、母上の怒りにも向いていなかった。
ただ、エレノアに。
俺が、この手で、地獄に突き落としたはずの彼女に。
後悔が、灼熱の鉄となって、俺の胸を焼いていた。
俺は、もう我慢できなかった。
彼女に会わなければならない。
謝罪し、そして、取り戻さなければならない。
俺は、側近にもほとんど告げず、護衛の騎士二人だけを伴い、第一王子の身分を隠すように、質素な馬車でヴァルガス侯爵邸へと向かった。
夜の闇に紛れて。
「……王子殿下。このような、夜更けに……。アポイントも、なく……」
ヴァルガス家の老執事は、俺の突然の訪問に、露骨なまでに困惑し、その目には非難の色すら浮かんでいた。
「構わぬ。エレノア……令嬢に、取り次いでくれ。どうしても、今夜、二人きりで話がしたい、と」
俺の、王族としての強引な要求に、執事は深くため息をついた。
だが、その時、階段の上から、冷たく澄んだ声が降ってきた。
「……お通しして差し上げてちょうだい、セバスチャン」
はっとして顔を上げると、そこに、エレノアが立っていた。
部屋着でも、夜会服でもない。
黒を基調とした、まるで戦場に向かう指揮官のような、機能的でありながらも気品を失わない、簡素なドレスを纏って。
彼女は、わたくしを値踏みするように見下ろしていた。
「人払いも忘れずに。わたくしども侯爵家が、夜更けに『反逆罪』の容疑者と密会していたなどと、王妃様のお耳に入っては、面倒ですものね」
その辛辣な皮肉に、俺は何も言い返せなかった。
応接室に通され、二人きりになる。
重い沈黙が、部屋を支配した。
先に口を開いたのは、俺だった。
「……エレノア」
俺の声は、自分でも驚くほど、掠れていた。
「すまなかった」
俺は、椅子から立ち上がり、彼女の前に進み出ると、深く、深く、頭を垂れた。
王族が、臣下に、これほどの謝罪をすることなど、あり得ない。
だが、俺には、そうするしか、術がなかった。
「……何が、ですの?」
エレノアの声は、表情を変えない。
「全てだ!俺が、愚かだった……!リリアンの、あの女の、計算された涙に、俺は、目が眩んでいた……!」
俺は、必死に言葉を紡いだ。
「君が、俺のために、どれだけ感情を殺し、耐えてくれていたか……。俺は、その努力を、あろうことか『冷たい』と断罪した!君を、公衆の面前で、あんな形で傷つけた……!」
俺の言葉に、エレノアの眉が、わずかに動いた気がした。
「君が、議会で反論したと聞いた。……そうだ。君は、昔から、誰よりも賢明で、強かった。俺は……俺は、そんな君の価値を、失って、初めて……!」
俺は、彼女の前に進み寄り、その両手を掴もうとした。
エレノアは、それをさせなかった。
彼女は、一歩下がり、俺の熱情を、まるで汚れたものでも見るかのような、冷たい視線で拒絶した。
「……エレノア」
「……それで?エドワード様」
エレノアが、初めて俺の名前を呼んだ。
だが、そこにかつての親愛の情は、一欠片もなかった。
「その『謝罪』とやらをなさるために、わざわざ夜闇に紛れて、お忍びでいらした、と?」
「違う!」
俺は、叫んだ。
「やり直したいんだ、エレノア!君と!」
「……」
「リリアンとの婚約など、すぐにでも破棄する!母上にも、父上にも、俺が全てを話して説得する!君こそが、俺の隣に立つべき、唯一の女性だ!俺は、この過ちを償うためなら、何でもする!」
俺は、懇願した。
「俺は、君という宝を失って、初めて、その本当の価値に気づいた愚か者だ!……だから、どうか、もう一度、俺に機会をくれないか!」
俺は、全てをさらけ出した。
これで、彼女の心も、少しは動くはずだ、と。
彼女も、かつては俺を愛してくれていたはずなのだから。
しかし。
エレノアは、俺のその必死の告白を聞き終えると、ふう、と、まるで退屈な芝居でも見せられたかのように、小さな息を吐いた。
「……それだけ、ですの?」
「……え?」
「貴方様の、その『告白』。あまりにも、一方的で、身勝手極まりないものですわね」
エレノアの瞳は、氷のように冷え切っていた。
「わたくしが、貴方様のその言葉を、今更、喜んで受け入れるとでも、お思いになって?」
「エレノア、俺は……!」
「貴方様は、わたくしという人間を、一度たりとも、ご覧になってはいなかった」
彼女は、一歩、俺に近づいた。
だが、その距離は、絶望的なまでに、遠かった。
「貴方様は、わたくしが『ヴァルガス家の侯爵令嬢』であり、『貴方様の妃候補』であったから、価値があると思っていただけ。そして今、わたくしが、貴方様の手の届かない場所で、貴方様の思惑とは違う動きをしたから、急に惜しくなった」
「違う!俺は、君自身を……!」
「愛、ですって?」
エレノアは、初めて、小さく笑った。
それは、悪役令嬢と呼ばれるにふさわしい、冷たい、嘲笑だった。
「貴方様がわたくしに感じていらっしゃるのは、『愛』ではございません。それは、『自分が捨てた玩具が、思いのほか価値のあるものだった』と知った時の、『所有欲』と『後悔』にすぎませんわ」
俺は、彼女の言葉に、殴られたかのような衝撃を受けた。
所有欲。
後悔。
彼女は、俺の心を、そこまで正確に、見抜いていたというのか。
「わたくしは、もう、貴方様のものではございません」
エレノアは、俺に背を向け、扉へと歩き出す。
「貴方様に『選ばれる』のを、おとなしく待つ、従順な人形でもございません」
「待て、エレノア!行かないでくれ!」
俺は、彼女の腕を掴もうと、手を伸ばした。
だが、その手は、空を切った。
エレノアは、振り返り、俺に最後通告を突きつけた。
その瞳には、もはや、俺への憎しみすら、映っていなかった。
ただ、どうでもいい存在を見るかのような、「無関心」だけが、そこにあった。
「わたくしには、もう、貴方様のお心を思いやる感情も、時間も、一欠片たりとも残っておりませんの」
「……!」
「お引き取りくださいませ、エドワード王子。……わたくしの『戦い』の、邪魔になりますわ」
扉が、無情にも閉ざされた。
俺は、一人、応接室に取り残された。
エレノアの心が、完全に、俺から失われた。
愛も、憎しみも、通り越した、絶対的な「無」に。
俺は、その場に、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐えることしかできなかった。
エレノアが反逆罪で断罪されると聞いた時、俺は血の気が引くのを感じた。
馬鹿な!
あのエレノアが、国家反逆など!
俺は、彼女を「冷たい女」と切り捨てはしたが、彼女がこの国を、王家を、誰よりも深く愛し、忠誠を誓っていたことを、心の底では知っていた。
リリアンと、母である王妃が、ついに常軌を逸したのだ、と直感した。
俺が、父である国王陛下に、議会への介入を進言しようとした矢先、事態は俺の想像を遥かに超えた形で収束した。
エレノアが、自ら議会に出席し、王妃とリリアンが突きつけた「捏造された証拠」を、「本物の証拠」によって完璧に論破し、休会に持ち込んだ、と。
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……そうだ。
それこそが、俺が知るエレノアだ。
いや、俺が知っていた以上の、恐るべき聡明さと、胆力を持った女。
俺は、そんな彼女を……。
「……くそっ」
リリアンは、あの日以来、都合よく「体調不良」で自室に引きこもっている。
母上は、王宮でエレノアにしてやられた屈辱に、怒り狂っておいでだ。
王宮内が、これまでにない不協和音に満ちている。
だが、俺の心は、もはやリリアンにも、母上の怒りにも向いていなかった。
ただ、エレノアに。
俺が、この手で、地獄に突き落としたはずの彼女に。
後悔が、灼熱の鉄となって、俺の胸を焼いていた。
俺は、もう我慢できなかった。
彼女に会わなければならない。
謝罪し、そして、取り戻さなければならない。
俺は、側近にもほとんど告げず、護衛の騎士二人だけを伴い、第一王子の身分を隠すように、質素な馬車でヴァルガス侯爵邸へと向かった。
夜の闇に紛れて。
「……王子殿下。このような、夜更けに……。アポイントも、なく……」
ヴァルガス家の老執事は、俺の突然の訪問に、露骨なまでに困惑し、その目には非難の色すら浮かんでいた。
「構わぬ。エレノア……令嬢に、取り次いでくれ。どうしても、今夜、二人きりで話がしたい、と」
俺の、王族としての強引な要求に、執事は深くため息をついた。
だが、その時、階段の上から、冷たく澄んだ声が降ってきた。
「……お通しして差し上げてちょうだい、セバスチャン」
はっとして顔を上げると、そこに、エレノアが立っていた。
部屋着でも、夜会服でもない。
黒を基調とした、まるで戦場に向かう指揮官のような、機能的でありながらも気品を失わない、簡素なドレスを纏って。
彼女は、わたくしを値踏みするように見下ろしていた。
「人払いも忘れずに。わたくしども侯爵家が、夜更けに『反逆罪』の容疑者と密会していたなどと、王妃様のお耳に入っては、面倒ですものね」
その辛辣な皮肉に、俺は何も言い返せなかった。
応接室に通され、二人きりになる。
重い沈黙が、部屋を支配した。
先に口を開いたのは、俺だった。
「……エレノア」
俺の声は、自分でも驚くほど、掠れていた。
「すまなかった」
俺は、椅子から立ち上がり、彼女の前に進み出ると、深く、深く、頭を垂れた。
王族が、臣下に、これほどの謝罪をすることなど、あり得ない。
だが、俺には、そうするしか、術がなかった。
「……何が、ですの?」
エレノアの声は、表情を変えない。
「全てだ!俺が、愚かだった……!リリアンの、あの女の、計算された涙に、俺は、目が眩んでいた……!」
俺は、必死に言葉を紡いだ。
「君が、俺のために、どれだけ感情を殺し、耐えてくれていたか……。俺は、その努力を、あろうことか『冷たい』と断罪した!君を、公衆の面前で、あんな形で傷つけた……!」
俺の言葉に、エレノアの眉が、わずかに動いた気がした。
「君が、議会で反論したと聞いた。……そうだ。君は、昔から、誰よりも賢明で、強かった。俺は……俺は、そんな君の価値を、失って、初めて……!」
俺は、彼女の前に進み寄り、その両手を掴もうとした。
エレノアは、それをさせなかった。
彼女は、一歩下がり、俺の熱情を、まるで汚れたものでも見るかのような、冷たい視線で拒絶した。
「……エレノア」
「……それで?エドワード様」
エレノアが、初めて俺の名前を呼んだ。
だが、そこにかつての親愛の情は、一欠片もなかった。
「その『謝罪』とやらをなさるために、わざわざ夜闇に紛れて、お忍びでいらした、と?」
「違う!」
俺は、叫んだ。
「やり直したいんだ、エレノア!君と!」
「……」
「リリアンとの婚約など、すぐにでも破棄する!母上にも、父上にも、俺が全てを話して説得する!君こそが、俺の隣に立つべき、唯一の女性だ!俺は、この過ちを償うためなら、何でもする!」
俺は、懇願した。
「俺は、君という宝を失って、初めて、その本当の価値に気づいた愚か者だ!……だから、どうか、もう一度、俺に機会をくれないか!」
俺は、全てをさらけ出した。
これで、彼女の心も、少しは動くはずだ、と。
彼女も、かつては俺を愛してくれていたはずなのだから。
しかし。
エレノアは、俺のその必死の告白を聞き終えると、ふう、と、まるで退屈な芝居でも見せられたかのように、小さな息を吐いた。
「……それだけ、ですの?」
「……え?」
「貴方様の、その『告白』。あまりにも、一方的で、身勝手極まりないものですわね」
エレノアの瞳は、氷のように冷え切っていた。
「わたくしが、貴方様のその言葉を、今更、喜んで受け入れるとでも、お思いになって?」
「エレノア、俺は……!」
「貴方様は、わたくしという人間を、一度たりとも、ご覧になってはいなかった」
彼女は、一歩、俺に近づいた。
だが、その距離は、絶望的なまでに、遠かった。
「貴方様は、わたくしが『ヴァルガス家の侯爵令嬢』であり、『貴方様の妃候補』であったから、価値があると思っていただけ。そして今、わたくしが、貴方様の手の届かない場所で、貴方様の思惑とは違う動きをしたから、急に惜しくなった」
「違う!俺は、君自身を……!」
「愛、ですって?」
エレノアは、初めて、小さく笑った。
それは、悪役令嬢と呼ばれるにふさわしい、冷たい、嘲笑だった。
「貴方様がわたくしに感じていらっしゃるのは、『愛』ではございません。それは、『自分が捨てた玩具が、思いのほか価値のあるものだった』と知った時の、『所有欲』と『後悔』にすぎませんわ」
俺は、彼女の言葉に、殴られたかのような衝撃を受けた。
所有欲。
後悔。
彼女は、俺の心を、そこまで正確に、見抜いていたというのか。
「わたくしは、もう、貴方様のものではございません」
エレノアは、俺に背を向け、扉へと歩き出す。
「貴方様に『選ばれる』のを、おとなしく待つ、従順な人形でもございません」
「待て、エレノア!行かないでくれ!」
俺は、彼女の腕を掴もうと、手を伸ばした。
だが、その手は、空を切った。
エレノアは、振り返り、俺に最後通告を突きつけた。
その瞳には、もはや、俺への憎しみすら、映っていなかった。
ただ、どうでもいい存在を見るかのような、「無関心」だけが、そこにあった。
「わたくしには、もう、貴方様のお心を思いやる感情も、時間も、一欠片たりとも残っておりませんの」
「……!」
「お引き取りくださいませ、エドワード王子。……わたくしの『戦い』の、邪魔になりますわ」
扉が、無情にも閉ざされた。
俺は、一人、応接室に取り残された。
エレノアの心が、完全に、俺から失われた。
愛も、憎しみも、通り越した、絶対的な「無」に。
俺は、その場に、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で耐えることしかできなかった。
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