『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「いい、サイラス。敵を知り、己を知れば百戦危うからずよ。まずは私の婚約者、セドリック様の分析から始めるわ」


私は机の上に、これまで書き溜めてきた『セドリック様観察日記』を広げた。


と言っても、中身は「今日も私に見惚れていなかった」「私のドレスを褒めなかった」「死んだ魚のような目で私を見ていた」といった、恨み節の羅列である。


過去の自分を殴り倒したい。彼は私に見惚れていたのではない、呆れていただけだ。


「お嬢様。その『敵』という表現からして、すでに婚約者に向けるものではありませんね。……で、分析の結果はどうなったのですか?」


サイラスが紅茶を淹れながら、冷ややかに机の上を覗き込む。


「ええ、導き出された結論は一つよ。セドリック様は『騒がしくて、傲慢で、語彙力が「おーっほっほ」しかない女』が大嫌いなの。つまり、これまでの私ね」


「ご自身でそこまで正確に把握されているとは。驚きを通り越して感心いたします。では、殿下はどういった女性が好みなのでしょうか」


「決まっているわ。物静かで、思慮深く、どんな時も慈愛に満ちた微笑みを絶やさない……いわゆる、可憐なユリのような女性よ! 今の私とは真逆の存在ね」


私は机を叩いて立ち上がった。


「今の私は、トゲだらけのアザミか、あるいは食虫植物だわ。だからこそ、入学までの残された期間で、私は『ユリの皮を被った食虫植物』にならなきゃいけないの!」


「……最後の方が本音になっていますよ。皮を被るのではなく、中身を入れ替える努力はされないのですか?」


「無理に決まっているでしょう!? 十五年間培ってきたこの性格、そう簡単にデトックスできるわけないわ! だから、徹底的に演技で塗り固めるのよ!」


私は鼻息荒く宣言した。


「名付けて『しおらしさ大作戦』。今日から私は、喋る前に一度深呼吸をして、脳内で『ですわ』を『……です』に変換する訓練をします」


「なるほど。では、さっそく練習してみましょう。私がセドリック殿下の役をやります。お嬢様、朝の挨拶からお願いします」


サイラスがスッと背筋を伸ばし、冷淡な表情を作った。


意外と似ている。腹立たしいほどに、セドリック様が私に向ける「無関心の極み」といった表情だ。


「こ、コホン……。あ、あら、セドリック様。ごきげんよう……。今日も、その、お天気が良くて……とっても、う、嬉しいです……わ?」


語尾が震えた。さらに言えば、顔がニヤついている。


「不合格です。今の挨拶では、裏で何か良からぬ企みをしている密売人にしか見えません。笑顔が卑屈すぎます」


「卑屈!? 私は最大限の謙虚さを表現したつもりよ!」


「謙虚さと卑屈を履き違えないでください。殿下が求めているのは、澄み渡る泉のような清らかさです。お嬢様のは、ドロドロの沼地から這い上がってきた何かのようです」


「サイラス、あなた、後で本当に給料を半分にしますわよ!」


私は叫びそうになるのをこらえ、再び深呼吸をした。


落ち着け。私はユリ。私は泉。私は聖母……。


「……セドリック様、おはようございます。今日もお会いできて、私はとても幸せです」


今度は、最大限に声を低く、おしとやかに響かせてみた。


サイラスは少しだけ考え込み、それから首を横に振った。


「声のトーンはマシになりましたが、目が笑っていません。獲物を狙う鷹の目になっています」


「もう! どうすればいいのよ! 私はただ、婚約破棄されて国外に放り出されたくないだけなのに!」


私は再び椅子に崩れ落ちた。


「お嬢様、一つアドバイスを。殿下は、お嬢様の『雄弁すぎる高慢さ』に疲れておられるのです。ですから、いっそ喋らないというのはいかがですか?」


「喋らない……? この私が?」


「左様です。何か言いたくなったら、ただ微笑んで頷く。異論がある時は、悲しげに視線を伏せる。これで大抵のことは『控えめで美しい令嬢』として処理されます」


「天才ね、サイラス! そうよ、沈黙は金だわ! 私が口を開かなければ、性格の悪さは漏れ出さない!」


私は鏡の前で、口を閉じたまま「可憐な微笑み」を練習し始めた。


なるほど。喋らなければ、少なくとも毒舌は吐かずに済む。


「よし、決めたわ。入学後の私は『無口な深窓の令嬢』として通すことにするわ。……ところでサイラス、これだと、お腹が空いた時はどう伝えればいいのかしら?」


「……それくらいは喋ってもよろしいかと思いますが、できれば『少し小腹が空きましたわ』ではなく、『少し気分が優れませんので、甘いものを一口頂けますか?』くらいに変換してください」


「ハードルが高いわね……。お腹が空いたのを体調不良に偽装するなんて、もはや詐欺師の領域だわ」


「お嬢様が目指しているのは、最初から『自分という存在の偽装』でしょう。今更何を仰っているのですか」


サイラスの指摘は痛烈だった。


確かにその通りだ。私は今、自分という人間を完全に隠蔽しようとしている。


けれど、これもすべては生き残るため。


優雅に紅茶を飲みながら、学園で自分を待ち受けているであろう「破滅フラグ」をどう叩き折るか。


私の脳内では、すでに「いかにして自分を聖女に見せかけるか」という壮大なシナリオが構築されつつあった。


「ふふ、ふふふふ……。見てなさい、セドリック様。あなたが『今までのローリーは悪夢だったのか?』と疑うほど、私は完璧に生まれ変わってみせるわ」


「……お嬢様。無口キャラを目指すのであれば、その邪悪な笑い声を真っ先に封印することをお勧めします」


サイラスの冷静なツッコミに、私は再び「聖女の微笑み」を作り直した。


筋肉が痛い。入学までに、私の顔面は崩壊しているかもしれない。


それでも私は、鏡の中の自分に誓った。


絶対に、あの「婚約破棄」のセリフだけは、言わせない。
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