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「背筋が丸まっていますよ、お嬢様。その姿勢では『聖女』ではなく『獲物を狙う野犬』です」
「……これ以上背筋を伸ばしたら、私の脊髄が折れてしまいますわ、サイラス!」
学園のダンスホール。数日後に迫った『星降る夜会』に向けて、私は居残り練習を余儀なくされていた。
鏡に映る私は、確かに美しい。金髪を揺らし、豪華なドレスの裾を捌く姿は、公爵令嬢そのものだ。
けれど、その内面は必死である。一歩間違えれば婚約破棄、二歩間違えれば国外追放という崖っぷちで、私はステップを踏んでいるのだ。
「いいですか、お嬢様。夜会でのダンスは、令嬢にとっての『聖域』であり『戦場』です。殿下の足を踏み抜こうものなら、それこそ不敬罪で即日処刑もあり得ます」
「大げさですわよ! ……と言いたいけれど、今のセドリック様ならやりかねないわね……」
私は額の汗をハンカチで拭い、ふぅ、と深く息を吐いた。
そこへ、カツン、カツンと、聞き慣れた不遜な足音が近づいてきた。
「……練習熱心だな、ローリー。君のことだ、どうせ私の足を物理的に破壊する呪術の練習でもしているのかと思っていたが」
銀髪を優雅になびかせ、セドリック様が姿を現した。
(……呪術って何よ! 私は今、必死に『可憐なユリの舞』を習得しようとしている真っ最中なのよ!)
「あら、セドリック様。ごきげんよう。……ふふっ、殿下をお見かけできて、私の疲れも春の雪のように溶けてしまいましたわ」
私は瞬時に「聖女モード」を起動し、完璧なカーテシーを披露した。
「ほう。では、その溶けた体で私と一曲踊ってもらおうか。君が当日、私の靴を真っ赤に染めないか、今のうちに検品しておく必要がある」
セドリック様が、挑発的な笑みを浮かべて手を差し出してきた。
(……検品!? 私を不良品扱いする気ね!?)
けれど、ここで断る選択肢はない。私は引きつりそうな笑みを貼り付けたまま、その手を取った。
「光栄ですわ、殿下。私のステップが、貴方様を夢心地へとお連れすることをお約束いたしますわ」
音楽が鳴り始める。
セドリック様の大きな手が私の腰に添えられ、私たちは滑り出した。
(……緊張するわ。近すぎるのよ、顔が! それに、この人の瞳に見透かされているようで、心臓がバクバク言ってるじゃない!)
私は必死に、足元のステップに意識を集中させた。
一、二、三。一、二、三。
右足を引いて、左足を回す。ドレスの重みを計算に入れつつ、羽のように軽く。
「……ふむ。意外と様になっているじゃないか。以前の君は、まるで重戦車が突進してくるような威圧感があったが」
「……お褒めに預かり光栄ですわ。重戦車だなんて、殿下は比喩の天才でいらっしゃいますのね。おほ……ふ、ふふっ」
(言ったわね!? 誰がティーガー戦車よ! 私は今、空気抵抗ゼロの妖精になってるはずよ!)
その時だった。
ターンの際、わずかに床のワックスで足が滑った。
(あ、やば……っ!)
私の重心が大きく崩れる。このままでは、セドリック様の高価な革靴を、私のヒールが容赦なく踏み抜いてしまう。
それは、婚約破棄への特急チケットに他ならない。
(……死なせてたまるかぁぁぁ!!)
私は無意識に、連日の「猫かぶりポーズ維持」で鍛え上げられた驚異的な体幹(コア)をフル稼働させた。
空中で無理やり体を捻り、足が殿下の靴に触れる寸前で、ピタリと静止。
そのまま、ありえない角度から筋肉の力だけで元の体勢へと復帰した。
「……っ!?」
セドリック様が、目を見開いて絶句している。
私は何事もなかったかのように、再び優雅な微笑みを浮かべてステップを再開した。
「……どうかなさいましたか、殿下? ふふっ、私のダンスに、見惚れてしまわれました?」
「……今、君。重力に逆らわなかったか? 一瞬、空中で止まったように見えたが」
「あら、気のせいですわ。殿下への愛が、私を宙に浮かかせたのかもしれませんわね。……なんて、冗談ですわよ?」
私は扇子の陰で、激しく上下する鼓動を必死に隠した。
正直、今の動きで腹筋が千切れそうだ。冷や汗が止まらない。
「……面白いな。君という女は、本当に……」
セドリック様は、先ほどまでの嘲笑を消し、どこか熱を帯びた瞳で私を見つめた。
「化けの皮を剥ごうと思えば思うほど、新しい謎が出てくる。……ローリー。当日の夜会、楽しみにしているよ。君がどんな『奇跡』を見せてくれるのか」
曲が終わると、彼は私の指先に軽くキスを落とし、去っていった。
その背中が見えなくなった瞬間、私はその場に膝から崩れ落ちた。
「……サイラス……。今すぐ、湿布。全身に、湿布を貼って……」
「見事な体幹でした、お嬢様。もはや令嬢というよりは、高度に訓練された工作員の動きでしたね」
「うるさいわよ……。でも、これで夜会は乗り切れるわ。……たぶん」
私は震える足を引きずりながら、更衣室へと向かった。
生存戦略は、ついつい物理的な「筋力」の領域にまで踏み込み始めていた。
「……これ以上背筋を伸ばしたら、私の脊髄が折れてしまいますわ、サイラス!」
学園のダンスホール。数日後に迫った『星降る夜会』に向けて、私は居残り練習を余儀なくされていた。
鏡に映る私は、確かに美しい。金髪を揺らし、豪華なドレスの裾を捌く姿は、公爵令嬢そのものだ。
けれど、その内面は必死である。一歩間違えれば婚約破棄、二歩間違えれば国外追放という崖っぷちで、私はステップを踏んでいるのだ。
「いいですか、お嬢様。夜会でのダンスは、令嬢にとっての『聖域』であり『戦場』です。殿下の足を踏み抜こうものなら、それこそ不敬罪で即日処刑もあり得ます」
「大げさですわよ! ……と言いたいけれど、今のセドリック様ならやりかねないわね……」
私は額の汗をハンカチで拭い、ふぅ、と深く息を吐いた。
そこへ、カツン、カツンと、聞き慣れた不遜な足音が近づいてきた。
「……練習熱心だな、ローリー。君のことだ、どうせ私の足を物理的に破壊する呪術の練習でもしているのかと思っていたが」
銀髪を優雅になびかせ、セドリック様が姿を現した。
(……呪術って何よ! 私は今、必死に『可憐なユリの舞』を習得しようとしている真っ最中なのよ!)
「あら、セドリック様。ごきげんよう。……ふふっ、殿下をお見かけできて、私の疲れも春の雪のように溶けてしまいましたわ」
私は瞬時に「聖女モード」を起動し、完璧なカーテシーを披露した。
「ほう。では、その溶けた体で私と一曲踊ってもらおうか。君が当日、私の靴を真っ赤に染めないか、今のうちに検品しておく必要がある」
セドリック様が、挑発的な笑みを浮かべて手を差し出してきた。
(……検品!? 私を不良品扱いする気ね!?)
けれど、ここで断る選択肢はない。私は引きつりそうな笑みを貼り付けたまま、その手を取った。
「光栄ですわ、殿下。私のステップが、貴方様を夢心地へとお連れすることをお約束いたしますわ」
音楽が鳴り始める。
セドリック様の大きな手が私の腰に添えられ、私たちは滑り出した。
(……緊張するわ。近すぎるのよ、顔が! それに、この人の瞳に見透かされているようで、心臓がバクバク言ってるじゃない!)
私は必死に、足元のステップに意識を集中させた。
一、二、三。一、二、三。
右足を引いて、左足を回す。ドレスの重みを計算に入れつつ、羽のように軽く。
「……ふむ。意外と様になっているじゃないか。以前の君は、まるで重戦車が突進してくるような威圧感があったが」
「……お褒めに預かり光栄ですわ。重戦車だなんて、殿下は比喩の天才でいらっしゃいますのね。おほ……ふ、ふふっ」
(言ったわね!? 誰がティーガー戦車よ! 私は今、空気抵抗ゼロの妖精になってるはずよ!)
その時だった。
ターンの際、わずかに床のワックスで足が滑った。
(あ、やば……っ!)
私の重心が大きく崩れる。このままでは、セドリック様の高価な革靴を、私のヒールが容赦なく踏み抜いてしまう。
それは、婚約破棄への特急チケットに他ならない。
(……死なせてたまるかぁぁぁ!!)
私は無意識に、連日の「猫かぶりポーズ維持」で鍛え上げられた驚異的な体幹(コア)をフル稼働させた。
空中で無理やり体を捻り、足が殿下の靴に触れる寸前で、ピタリと静止。
そのまま、ありえない角度から筋肉の力だけで元の体勢へと復帰した。
「……っ!?」
セドリック様が、目を見開いて絶句している。
私は何事もなかったかのように、再び優雅な微笑みを浮かべてステップを再開した。
「……どうかなさいましたか、殿下? ふふっ、私のダンスに、見惚れてしまわれました?」
「……今、君。重力に逆らわなかったか? 一瞬、空中で止まったように見えたが」
「あら、気のせいですわ。殿下への愛が、私を宙に浮かかせたのかもしれませんわね。……なんて、冗談ですわよ?」
私は扇子の陰で、激しく上下する鼓動を必死に隠した。
正直、今の動きで腹筋が千切れそうだ。冷や汗が止まらない。
「……面白いな。君という女は、本当に……」
セドリック様は、先ほどまでの嘲笑を消し、どこか熱を帯びた瞳で私を見つめた。
「化けの皮を剥ごうと思えば思うほど、新しい謎が出てくる。……ローリー。当日の夜会、楽しみにしているよ。君がどんな『奇跡』を見せてくれるのか」
曲が終わると、彼は私の指先に軽くキスを落とし、去っていった。
その背中が見えなくなった瞬間、私はその場に膝から崩れ落ちた。
「……サイラス……。今すぐ、湿布。全身に、湿布を貼って……」
「見事な体幹でした、お嬢様。もはや令嬢というよりは、高度に訓練された工作員の動きでしたね」
「うるさいわよ……。でも、これで夜会は乗り切れるわ。……たぶん」
私は震える足を引きずりながら、更衣室へと向かった。
生存戦略は、ついつい物理的な「筋力」の領域にまで踏み込み始めていた。
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