『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「……最悪ですわ。これでは自慢の縦ロールが、湿気でただのちりもじゃになってしまいますわ」


放課後の昇降口。私は、バケツをひっくり返したような豪雨を前に、絶望の淵に立たされていた。


いつもならサイラスが馬車で迎えに来るはずだが、あいにく今日は車輪の整備で遅れるという連絡が入っていた。


(落ち着け、ローリー。こんな時こそ『雨もまた天からの恵みですわ』と微笑むのが聖女というものよ。決して『空の蛇口が壊れたのかしら、誰か修理してきて頂戴!』なんて叫んではいけないわ!)


私は、周囲の生徒たちに悟られないよう、優雅に髪を整え、穏やかな表情を貼り付けた。


すると、背後から冷ややかな、けれどどこか重厚な気配が近づいてくる。


「……帰れないのか、ローリー。公爵令嬢ともあろう者が、雨宿りとは無様だな」


振り返らなくてもわかる。この、人を馬鹿にするために磨き抜かれたような美声。セドリック様だ。


「あら、殿下。ごきげんよう。……ふふっ、無様だなんて。私はただ、この美しい雨音の旋律に耳を傾けていたところですわ」


「ほう。旋律か。私には君が、湿気で髪が膨らむのを必死に呪っているようにしか見えないがな」


(……この男、私の心を透視する魔道具でも持っているのかしら!?)


私は動揺を隠すため、話題を変えることにした。沈黙は敵だ。無言になればなるほど、この敏腕観察者に本性を見透かされてしまう。


「……殿下。せっかくですから、雨が止むまで『天気の話』でもしませんこと? 雨の日ならではの趣というものについてですわ」


「天気の話、か。いいだろう、君がどれだけ退屈な話題で私を眠らせるか、試してみるがいい」


セドリック様が、面白そうに腕を組んで壁に寄りかかった。


(よーし、やってやろうじゃないの! 私の『お天気世間話・10段活用』を食らいなさい!)


「パターン一。……殿下、この雨は農作物を育む恵みの雫ですわね。きっと今年の収穫は素晴らしいものになりますわ」


「月並みだな。次だ」


「パターン二。……あら、雨粒が窓を叩く音。まるで天の奏でるハープのようですわ。心が洗われますわね。おほ……ふふっ」


「ハープというよりは、太鼓の乱れ打ちだろう。耳障りだ。次」


「パターン三。……この湿り気、お肌の乾燥を防ぐには最適ですわ。女神様からの天然の化粧水ですわね」


「服が濡れれば風邪を引くだけだ。効率が悪い。次」


私は次々と、脳内で用意していた『当たり障りのない会話』を繰り出した。


パターン四:虹への期待。
パターン五:雨に濡れる紫陽花の美しさ。
パターン六:王宮の雨漏りへの懸念(これは失礼だと即却下)。
パターン七:雨の日の図書室の静寂。


(……ネタが、ネタが切れてきたわ!)


「……パターン、八。……殿下。雨は、世界を浄化するために降るのですわ。私たちの心にある『小さなトゲ』も、一緒に流してくれればよろしいのに……」


私は、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。


「……九、十……。あ、あの……雨が降ると、お腹が空きますわね?」


最後はただの欲望が漏れ出た。


セドリック様は、しばらく沈黙した後、堪えきれないというように吹き出した。


「……くくっ。ははは! なんだそれは。君、十パターンの天気の話をするつもりだったのか? 最後の方はもはや支離滅裂だぞ」


「……一生懸命考えましたのよ! 殿下が沈黙を楽しんでくださらないから!」


私はついに地が出て、少しだけ唇を尖らせた。


「……ふん。必死だな。……だが、そうやって必死に言葉を絞り出している時の君は、あの『不気味な聖女』よりは、いくらかマシだ」


セドリック様が、不意に私の肩に自分の上着をかけた。


「……え?」


「濡れたら面倒だと言っただろう。サイラスの馬車が来たようだぞ」


見れば、校門の向こうからアステリア公爵家の紋章が入った馬車が、水飛沫を上げて近づいてくるのが見えた。


「……殿下。上着を汚してしまいますわ」


「構わん。貸しておいてやる。……次は『食べ物の話』を十パターン用意しておけ。雨の日に何を食べたいか、聞かせてもらう」


セドリック様は、翻る背中を残して、自分の迎えの馬車へと歩いていった。


私は、彼の上着の温もりと、ほんのりと香る上品な香木の名残に、顔が熱くなるのを感じた。


(……な、なによ。あんなに意地悪なのに、たまにこういうことするんだから。……これじゃ、嫌いになりきれないじゃない)


私は馬車に乗り込み、サイラスに上着を没収されないよう、しっかりと抱きしめた。


「お嬢様、その上着は……。もしや、王子から身ぐるみを剥いできたのですか?」


「失礼ね! お借りしただけですわ! ……さあ、帰りましょう。今日は……お天気が悪くて、最高の日でしたわ」


「……お嬢様の情緒が心配です。明日は主治医ではなく、占い師を呼びましょう」


私はサイラスの皮肉を聞き流しながら、窓の外に広がる灰色の空を見上げた。


生存戦略は、いつの間にか「王子のペースに巻き込まれる」という、新たな局面を迎えていた。


けれど、その胸の高鳴りだけは、どんなに『聖女の微笑み』を作っても、抑えることができなかった。
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