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「……サイラス。国家存亡の危機ですわ。至急、アステリア家の全知性を集結させなさい」
自室のソファに深々と沈み込みながら、私は深刻な面持ちで告げた。
「お嬢様、落ち着いてください。我が国は平和そのものです。……で、今回はどの宝石店の新作が完売していたのですか?」
「宝石なんて些細なことよ! 問題は、来週に迫ったセドリック様の誕生日ですわ!」
私は机の上に、山積みになったカタログや領収書の束を叩きつけた。
「いい? これまでの私は、殿下の誕生日に『私の美しさに相応しい黄金の彫像(等身大)』とか『私の愛の重さを表現した純金の文鎮(五キロ)』とか、そんな狂気じみたものばかり贈っていたのよ!」
「……ああ、ありましたね。殿下がそれを受け取った際、あまりの重さに一瞬膝をつかれたのを昨日のことのように思い出します。あれはもはや贈り物ではなく、物理的な嫌がらせでした」
サイラスが遠い目をしながら、冷めた紅茶を注ぎ足す。
「そうなのよ! 今の私がそんなものを贈ったら、即座に『やはりこいつは正気ではない。婚約破棄だ!』と断罪されるわ。かといって、安物を贈れば『王家への侮辱』。……詰んでるわ。完全に詰んでる!」
私は頭を抱えた。
「生存戦略」としてのプレゼント。それは、高価すぎては「賄賂」や「権力の誇示」に見え、安すぎては「軽視」に見える。絶妙なラインを突かなければならない。
「お嬢様。殿下が今、最も求めているものは何だと思われますか?」
「……私の沈黙?」
「それは年中無休で求めておられるでしょうが、もっと現実的なものです」
私はうーんと唸り、ここ数日のセドリック様の様子を思い返した。
図書室で私を観察し、ミア様のボケを捌き、私の化けの皮を剥がそうと躍起になっているあの男。
「……そういえば。あの方、最近目の下にクマがありましたわ。私を追いかけ回すのに忙しくて、寝不足なんじゃないかしら?」
「……お嬢様を監視するのは、相当な精神的疲労を伴うのでしょう。自業自得とはいえ、同情の余地がありますね」
「失礼ね。……でも、決めたわ! 私が贈るべきは、物欲を満たすものではなく、休息を与えるものよ!」
数日後。私が用意したのは、最高級のシルクと、厳選された薬草を詰め込んだ『特製・安眠枕』だった。
見た目は至ってシンプル。だが、中身はアステリア家が誇る調香師と職人が総力を挙げた逸品だ。
そして迎えた、誕生日の夜会。
私は「聖女の微笑み」を完璧にセットし、大きな箱を抱えてセドリック様の元へ向かった。
「セドリック様。お誕生日おめでとうございます。……ふふっ、貴方様の毎夜が、穏やかな安らぎに包まれますよう、心を込めて選びましたわ」
周囲の貴族たちがざわつく。「公爵令嬢がまた何か、とんでもないものを持ち込んだぞ」「爆弾か? それとも呪いの人形か?」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
セドリック様は、不信感に満ちた目で私と箱を交互に見た。
「……ローリー。先に言っておくが、箱を開けたら君の等身大パネルが飛び出してくる、といった仕掛けなら、今すぐここで婚約を解消するぞ」
「そんな野蛮なこといたしませんわ。……さあ、開けてみてくださいな」
セドリック様が慎重に紐を解き、蓋を開ける。
そこにあったのは、何の変哲もない、けれど触れずとも質の良さが伝わる白い枕だった。
「………………枕?」
セドリック様が、呆然と呟いた。
「はい。殿下は日々、国務や……その、私の観察などで大変お疲れのご様子。ですから、せめて夢の中だけは、何にも煩わされずに休んでいただきたいと思いまして」
私は、しおらしく目を伏せた。
(よし、今の台詞! 『あなたの疲れを心配しています』という献身的なアピール! これなら好感度アップ間違いなしよ!)
「……くくっ。はははは!」
突然、セドリック様が喉を鳴らして笑い出した。
「枕か! 君から贈られるものが、まさかこれほどまでに『実用的』で『無害』なものだとはな。……期待を裏切る天才だよ、君は」
「……お気に召しませんでしたか?」
「いや、気に入った。……ちょうどいい。今夜から、君の化けの皮をどう剥ぐか、この枕の上でじっくりと考えさせてもらうよ」
セドリック様は、枕を愛おしそうに……というよりは、新しい玩具を手に入れた子供のような目で撫でた。
(……結局、私のことを考えるために使うんじゃないの!)
「……ふふっ。お役に立てるなら光栄ですわ、殿下」
私は、引きつる頬を扇子で隠しながら、優雅に一礼した。
生存戦略は、ついに「睡眠環境の提供」という、極めてパーソナルな領域にまで食い込んでしまった。
けれど、その夜。
サイラスから「殿下が、頂いた枕を抱えて、これまでにないほど深く眠っておられたそうです」という報告を聞いた時。
私の胸の中に、不思議と温かいものが広がったのは、きっと気のせいではないはずだ。
自室のソファに深々と沈み込みながら、私は深刻な面持ちで告げた。
「お嬢様、落ち着いてください。我が国は平和そのものです。……で、今回はどの宝石店の新作が完売していたのですか?」
「宝石なんて些細なことよ! 問題は、来週に迫ったセドリック様の誕生日ですわ!」
私は机の上に、山積みになったカタログや領収書の束を叩きつけた。
「いい? これまでの私は、殿下の誕生日に『私の美しさに相応しい黄金の彫像(等身大)』とか『私の愛の重さを表現した純金の文鎮(五キロ)』とか、そんな狂気じみたものばかり贈っていたのよ!」
「……ああ、ありましたね。殿下がそれを受け取った際、あまりの重さに一瞬膝をつかれたのを昨日のことのように思い出します。あれはもはや贈り物ではなく、物理的な嫌がらせでした」
サイラスが遠い目をしながら、冷めた紅茶を注ぎ足す。
「そうなのよ! 今の私がそんなものを贈ったら、即座に『やはりこいつは正気ではない。婚約破棄だ!』と断罪されるわ。かといって、安物を贈れば『王家への侮辱』。……詰んでるわ。完全に詰んでる!」
私は頭を抱えた。
「生存戦略」としてのプレゼント。それは、高価すぎては「賄賂」や「権力の誇示」に見え、安すぎては「軽視」に見える。絶妙なラインを突かなければならない。
「お嬢様。殿下が今、最も求めているものは何だと思われますか?」
「……私の沈黙?」
「それは年中無休で求めておられるでしょうが、もっと現実的なものです」
私はうーんと唸り、ここ数日のセドリック様の様子を思い返した。
図書室で私を観察し、ミア様のボケを捌き、私の化けの皮を剥がそうと躍起になっているあの男。
「……そういえば。あの方、最近目の下にクマがありましたわ。私を追いかけ回すのに忙しくて、寝不足なんじゃないかしら?」
「……お嬢様を監視するのは、相当な精神的疲労を伴うのでしょう。自業自得とはいえ、同情の余地がありますね」
「失礼ね。……でも、決めたわ! 私が贈るべきは、物欲を満たすものではなく、休息を与えるものよ!」
数日後。私が用意したのは、最高級のシルクと、厳選された薬草を詰め込んだ『特製・安眠枕』だった。
見た目は至ってシンプル。だが、中身はアステリア家が誇る調香師と職人が総力を挙げた逸品だ。
そして迎えた、誕生日の夜会。
私は「聖女の微笑み」を完璧にセットし、大きな箱を抱えてセドリック様の元へ向かった。
「セドリック様。お誕生日おめでとうございます。……ふふっ、貴方様の毎夜が、穏やかな安らぎに包まれますよう、心を込めて選びましたわ」
周囲の貴族たちがざわつく。「公爵令嬢がまた何か、とんでもないものを持ち込んだぞ」「爆弾か? それとも呪いの人形か?」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
セドリック様は、不信感に満ちた目で私と箱を交互に見た。
「……ローリー。先に言っておくが、箱を開けたら君の等身大パネルが飛び出してくる、といった仕掛けなら、今すぐここで婚約を解消するぞ」
「そんな野蛮なこといたしませんわ。……さあ、開けてみてくださいな」
セドリック様が慎重に紐を解き、蓋を開ける。
そこにあったのは、何の変哲もない、けれど触れずとも質の良さが伝わる白い枕だった。
「………………枕?」
セドリック様が、呆然と呟いた。
「はい。殿下は日々、国務や……その、私の観察などで大変お疲れのご様子。ですから、せめて夢の中だけは、何にも煩わされずに休んでいただきたいと思いまして」
私は、しおらしく目を伏せた。
(よし、今の台詞! 『あなたの疲れを心配しています』という献身的なアピール! これなら好感度アップ間違いなしよ!)
「……くくっ。はははは!」
突然、セドリック様が喉を鳴らして笑い出した。
「枕か! 君から贈られるものが、まさかこれほどまでに『実用的』で『無害』なものだとはな。……期待を裏切る天才だよ、君は」
「……お気に召しませんでしたか?」
「いや、気に入った。……ちょうどいい。今夜から、君の化けの皮をどう剥ぐか、この枕の上でじっくりと考えさせてもらうよ」
セドリック様は、枕を愛おしそうに……というよりは、新しい玩具を手に入れた子供のような目で撫でた。
(……結局、私のことを考えるために使うんじゃないの!)
「……ふふっ。お役に立てるなら光栄ですわ、殿下」
私は、引きつる頬を扇子で隠しながら、優雅に一礼した。
生存戦略は、ついに「睡眠環境の提供」という、極めてパーソナルな領域にまで食い込んでしまった。
けれど、その夜。
サイラスから「殿下が、頂いた枕を抱えて、これまでにないほど深く眠っておられたそうです」という報告を聞いた時。
私の胸の中に、不思議と温かいものが広がったのは、きっと気のせいではないはずだ。
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