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「ローリー様……っ! 私、大変なんです! 胸が苦しくて、夜も八時間しか眠れません!」
放課後の静かな中庭。バラのアーチの下で、ミア様が私の両手をぎゅっと握りしめ、悲痛な(?)叫びを上げた。
(……八時間眠れていれば十分ですわ。というか、前も同じこと言っていませんでした?)
私は心の中で冷静にツッコミを入れつつ、表面上は「春の湖のような穏やかな微笑み」を顔面に張り付けた。
「あら、ミア様。どうなさいましたの? ふふっ、私でよろしければ、その重いお悩みを半分背負って差し上げますわよ」
「ローリー様……! 実は、私……好きな人が、できてしまったみたいなんです!」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
ついに来た。ついに「ヒロインの覚醒」がやってきてしまった。
(神様、仏様、ご先祖様……! どうか、どうかその相手がセドリック様ではありませんように! もしそうだったら、私の首と胴体がお別れするカウントダウンが始まってしまうわ!)
私は震える声を必死に抑え、優しく問いかけた。
「……まあ。それは……おめでたいことですわね。……それで、そのお相手は、一体どなたなんですの? 学園の……生徒の方?」
「はい! とってもカッコよくて、凛々しくて、いざという時に私を守ってくれる……王子様みたいな人なんです!」
(王子様みたい……! もう『王子』って言ってるようなものじゃないの!)
私は眩暈を覚えた。視界が白濁し、遠くに断頭台の幻影が見える。
「……そ、そうですの。王子様、ねぇ。……でも、ミア様。王子様というのは意外と、性格が歪んでいたり、人の化けの皮を剥ぐのが趣味だったり、ドSだったりすることがありますわよ? もっとこう、実直な騎士様とかの方が、将来安泰だと思いませんこと?」
私は必死に、先日お勧めしたレオン様の姿を脳裏に浮かべさせようと誘導した。
「騎士様も素敵ですけど……でも、その人は特別なんです! 私のピンチに颯爽と現れて、悪い人たちを追い払ってくれて……。あの時の背中が、今も目に焼き付いて離れないんです!」
(……悪い人たちを追い払った? それって、あの噴水の前での出来事のこと……?)
あの時、そこには私とセドリック様がいた。
ミア様を助けたのは私(の皮を被った私)だが、最後に美味しいところを持っていったのは、間違いなくあの銀髪王子だ。
「……ミア様。一つ確認させてください。そのお方は、銀髪で、蒼い瞳で、人を小馬鹿にしたような笑い方をなさいますか?」
私は覚悟を決めて尋ねた。
「えっ? 銀髪……? いえ、髪の色はもっと……黄金のように輝いていて……。瞳は、そう、燃えるような情熱の色で……」
「……黄金? 情熱の色?」
セドリック様は銀髪に蒼い瞳だ。属性が全く合わない。
(……あれ? じゃあ、セドリック様じゃないの?)
私は、どん底から一気に成層圏まで浮上したような開放感に包まれた。
「……まあ! では、その方は一体どなたなんですの?」
「それは……その……」
ミア様は、急に顔を真っ赤にして、もじもじと指先を弄び始めた。
「……ローリー様です!」
「…………はい?」
私は、自分の耳がバグったのかと思った。あるいは、ついに「聖女」の演技が過ぎて、幻聴が聞こえるようになったのか。
「ローリー様が、あの日、私の前に立ちはだかってくださった時……。夕日に照らされたローリー様の髪が、本物の黄金よりも綺麗で……。私を射抜いたその瞳が、あまりにも情熱的で……!」
ミア様は、うっとりとした表情で私の胸に飛び込んできた。
「私、決めました! 私、ローリー様の騎士になります! 一生、ローリー様をお守りして、ローリー様の美味しいお菓子を毒見して、ローリー様の代わりに数学の宿題を……それは無理ですけど、とにかく大好きです!」
(……ヒロインの矢印が、攻略対象を飛び越えて私に突き刺さったーーー!?)
私は、抱きついたまま離れないミア様の頭越しに、空を見上げた。
おかしい。こんなシナリオ、どこの小説にも書いていなかったはずだ。
「……あ、あの、ミア様。嬉しいですけれど……私は女性ですし、それにセドリック様という婚約者が……」
「殿下なんて関係ありません! ローリー様は、私の女神様なんです!」
「おやおや。愛の告白の最中に、私の名前を出すとは……随分な余裕だな」
背後の茂みがガサリと揺れ、セドリック様が姿を現した。
「せ、セドリック様! また覗き見ですの!?」
「覗き見ではない。散歩をしていたら、私の婚約者が別の女に口説き落とされている場面に遭遇しただけだ」
セドリック様は、私の腕の中に収まっているミア様を、なんとも言えない複雑な……少しだけ「嫉妬」にも似た眼差しで一瞥した。
「……ミア。残念だが、ローリーは私のものだ。君に譲るつもりはない。……そしてローリー。君、いつの間に『女を惑わす聖女』にまで進化したんだ?」
「私が知りたいですわよ!」
私はミア様を引き剥がそうとしたが、彼女の腕力(執着心)は凄まじかった。
「殿下! ローリー様をいじめるなら、私が承知しませんわ! ローリー様、あんな意地悪な王子のところなんてやめて、私の実家の男爵領に来てください! 毎日、お日様の味がするジャムを食べさせてあげます!」
「……い、行きませんわよ! お日様の味って何ですのよ、もう!」
私はついに地が出て叫んでしまった。
セドリック様はそれを見て、クスクスと喉を鳴らして笑い始めた。
「ははは! いいじゃないか、ローリー。君の『生存戦略』の結果、私のライバルが男爵令嬢になるとはな。……君を巡る争奪戦、私も本腰を入れなければならないようだ」
セドリック様は、ミア様とは反対側の私の腕を、強引に引き寄せた。
「……ひっ!?」
左にヒロイン、右に王子。
私は、人生最大の「どっちに転んでも破滅しそう」な両手に花状態に陥った。
(サイラス……。助けて、サイラス……。私、国外追放される前に、この二人に挟まれて圧死しそうだわ……!)
私の「ざまぁ回避」の物語は、恋愛のベクトルが完全に迷走し、もはや誰にも予測不能なカオスへと突入していった。
放課後の静かな中庭。バラのアーチの下で、ミア様が私の両手をぎゅっと握りしめ、悲痛な(?)叫びを上げた。
(……八時間眠れていれば十分ですわ。というか、前も同じこと言っていませんでした?)
私は心の中で冷静にツッコミを入れつつ、表面上は「春の湖のような穏やかな微笑み」を顔面に張り付けた。
「あら、ミア様。どうなさいましたの? ふふっ、私でよろしければ、その重いお悩みを半分背負って差し上げますわよ」
「ローリー様……! 実は、私……好きな人が、できてしまったみたいなんです!」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
ついに来た。ついに「ヒロインの覚醒」がやってきてしまった。
(神様、仏様、ご先祖様……! どうか、どうかその相手がセドリック様ではありませんように! もしそうだったら、私の首と胴体がお別れするカウントダウンが始まってしまうわ!)
私は震える声を必死に抑え、優しく問いかけた。
「……まあ。それは……おめでたいことですわね。……それで、そのお相手は、一体どなたなんですの? 学園の……生徒の方?」
「はい! とってもカッコよくて、凛々しくて、いざという時に私を守ってくれる……王子様みたいな人なんです!」
(王子様みたい……! もう『王子』って言ってるようなものじゃないの!)
私は眩暈を覚えた。視界が白濁し、遠くに断頭台の幻影が見える。
「……そ、そうですの。王子様、ねぇ。……でも、ミア様。王子様というのは意外と、性格が歪んでいたり、人の化けの皮を剥ぐのが趣味だったり、ドSだったりすることがありますわよ? もっとこう、実直な騎士様とかの方が、将来安泰だと思いませんこと?」
私は必死に、先日お勧めしたレオン様の姿を脳裏に浮かべさせようと誘導した。
「騎士様も素敵ですけど……でも、その人は特別なんです! 私のピンチに颯爽と現れて、悪い人たちを追い払ってくれて……。あの時の背中が、今も目に焼き付いて離れないんです!」
(……悪い人たちを追い払った? それって、あの噴水の前での出来事のこと……?)
あの時、そこには私とセドリック様がいた。
ミア様を助けたのは私(の皮を被った私)だが、最後に美味しいところを持っていったのは、間違いなくあの銀髪王子だ。
「……ミア様。一つ確認させてください。そのお方は、銀髪で、蒼い瞳で、人を小馬鹿にしたような笑い方をなさいますか?」
私は覚悟を決めて尋ねた。
「えっ? 銀髪……? いえ、髪の色はもっと……黄金のように輝いていて……。瞳は、そう、燃えるような情熱の色で……」
「……黄金? 情熱の色?」
セドリック様は銀髪に蒼い瞳だ。属性が全く合わない。
(……あれ? じゃあ、セドリック様じゃないの?)
私は、どん底から一気に成層圏まで浮上したような開放感に包まれた。
「……まあ! では、その方は一体どなたなんですの?」
「それは……その……」
ミア様は、急に顔を真っ赤にして、もじもじと指先を弄び始めた。
「……ローリー様です!」
「…………はい?」
私は、自分の耳がバグったのかと思った。あるいは、ついに「聖女」の演技が過ぎて、幻聴が聞こえるようになったのか。
「ローリー様が、あの日、私の前に立ちはだかってくださった時……。夕日に照らされたローリー様の髪が、本物の黄金よりも綺麗で……。私を射抜いたその瞳が、あまりにも情熱的で……!」
ミア様は、うっとりとした表情で私の胸に飛び込んできた。
「私、決めました! 私、ローリー様の騎士になります! 一生、ローリー様をお守りして、ローリー様の美味しいお菓子を毒見して、ローリー様の代わりに数学の宿題を……それは無理ですけど、とにかく大好きです!」
(……ヒロインの矢印が、攻略対象を飛び越えて私に突き刺さったーーー!?)
私は、抱きついたまま離れないミア様の頭越しに、空を見上げた。
おかしい。こんなシナリオ、どこの小説にも書いていなかったはずだ。
「……あ、あの、ミア様。嬉しいですけれど……私は女性ですし、それにセドリック様という婚約者が……」
「殿下なんて関係ありません! ローリー様は、私の女神様なんです!」
「おやおや。愛の告白の最中に、私の名前を出すとは……随分な余裕だな」
背後の茂みがガサリと揺れ、セドリック様が姿を現した。
「せ、セドリック様! また覗き見ですの!?」
「覗き見ではない。散歩をしていたら、私の婚約者が別の女に口説き落とされている場面に遭遇しただけだ」
セドリック様は、私の腕の中に収まっているミア様を、なんとも言えない複雑な……少しだけ「嫉妬」にも似た眼差しで一瞥した。
「……ミア。残念だが、ローリーは私のものだ。君に譲るつもりはない。……そしてローリー。君、いつの間に『女を惑わす聖女』にまで進化したんだ?」
「私が知りたいですわよ!」
私はミア様を引き剥がそうとしたが、彼女の腕力(執着心)は凄まじかった。
「殿下! ローリー様をいじめるなら、私が承知しませんわ! ローリー様、あんな意地悪な王子のところなんてやめて、私の実家の男爵領に来てください! 毎日、お日様の味がするジャムを食べさせてあげます!」
「……い、行きませんわよ! お日様の味って何ですのよ、もう!」
私はついに地が出て叫んでしまった。
セドリック様はそれを見て、クスクスと喉を鳴らして笑い始めた。
「ははは! いいじゃないか、ローリー。君の『生存戦略』の結果、私のライバルが男爵令嬢になるとはな。……君を巡る争奪戦、私も本腰を入れなければならないようだ」
セドリック様は、ミア様とは反対側の私の腕を、強引に引き寄せた。
「……ひっ!?」
左にヒロイン、右に王子。
私は、人生最大の「どっちに転んでも破滅しそう」な両手に花状態に陥った。
(サイラス……。助けて、サイラス……。私、国外追放される前に、この二人に挟まれて圧死しそうだわ……!)
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