『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「……お嬢様。そろそろ、その『神に愛されし聖妃』の仮面を外して、人間にお戻りになってはいかがですか?」


王宮の朝。豪華な天蓋付きベッドの横で、サイラスがいつもと変わらぬ冷ややかな声で告げた。


私は、シルクの枕(数年前の誕生日に私が贈ったものの最新モデルだ)から顔を上げ、大きくあくびを噛み殺した。


「失礼ね、サイラス。私は二十四時間、三百六十五日、この国の民に希望を与える『微笑みの太陽』なんですのよ。……おほ……ふ、ふふっ」


「寝起きの顔が太陽というよりは、爆発した低気圧ですがね。ほら、起きてください。今日は隣国からの使節団を迎える式典ですよ」


私は「げっ」と声を漏らし、ベッドの上に崩れ落ちた。


(……隣国! あの、王族の挨拶が無駄に長くて有名な国じゃないの! あー、もう! 今すぐ病欠して、一日中ハチミツたっぷりのパンを食べて寝ていたいわ!)


心の中の猛獣が暴れ回るが、私は鏡の前に座ると、手慣れた手つきで「聖妃ローリー」を組み立て始めた。


頬の筋肉を釣り上げ、瞳に偽りの慈愛を灯す。数年の歳月は、私の猫かぶりスキルを「国家機密レベル」にまで引き上げていた。


「……よし。今日も完璧だわ。さあ、行きましょう。私の美しさで、外交問題を一つ二つ解決して差し上げますわよ」


「お嬢様。解決するのはお嬢様の美しさではなく、背後に控えている殿下の『物理的な圧力』だと思いますがね」


扉を開けると、そこには銀髪を完璧に整えた私の夫、セドリック様が立っていた。


「……おはよう、ローリー。今日も一段と、不気味なほど美しいな」


「あら、セドリック様。ごきげんよう。……不気味だなんて、相変わらず照れ隠しが下手でいらっしゃいますのね。ふふっ」


セドリック様は、私の腰を当然のように抱き寄せ、耳元で低く笑った。


「……まだ演じているのか。二人きりの時くらい、あの『脳みそがプリン』と言いかけた時の、凶暴な君を見せてくれてもいいんだぞ?」


「……そんな野蛮な私、どこにもおりませんわ。私はいつだって、貴方様の愛に包まれた一輪の……」


「ユリ、だろう? ……知っているよ。そのユリが、裏で私の秘密費をこっそり夜逃げ用の隠し口座に移そうとしていることも、全てね」


(……バレてる! サイラス、あんたまた報告したわね!?)


私は視線で執事を射殺したが、サイラスは窓の外の景色を眺めてしらばっくれていた。


式典の会場へ向かう廊下で、私たちは「ある人物」に遭遇した。


「ローリー様ぁぁぁ!! 今日のドレスも尊いです! その、光を反射する真珠になりたい人生でした!」


相変わらずの音量で突撃してきたのは、今や王宮直属の「ローリー様ファンクラブ・名誉会長」となったミア様だ。


彼女は男爵家の立場を利用して王宮に出入りし、私の「聖女ムーブ」を記録しては、裏で怪しい冊子を発行している。


「あら、ミア様。……ふふっ。今日も元気そうで何よりですわ。……でも、少し声が大きくてよろしくてよ?」


「すみません! でも、ローリー様が歩くたびに、私の網膜が喜びの悲鳴を上げているんです! 殿下、今日のローリー様は何点ですか!?」


「……一万点だ。だが、その一万点はすべて私のものだ。ミア、君に分ける点数はない」


「……ケチですわ、殿下! せめて、ローリー様がこっそり毒を吐いた時の録音データを共有してください!」


「断る。あれは私だけの癒やしの音(ヒーリング・ボイス)だからな」


(……癒やしの音って何よ。私の罵詈雑言、安眠枕の代わりに使ってるんじゃないわよ!)


私は、自分の周囲にまともな人間が一人もいないことに改めて絶望した。


けれど。


バルコニーに出て、集まった民衆に「聖女の微笑み」を振りまくと、地響きのような歓声が上がった。


「ローリー様! 私たちの女神様!」


「王妃様、万歳!」


私は、眩い光の中で、隣に立つセドリック様の手を握り返した。


生存戦略。


かつて私は、婚約破棄を回避するために、必死に自分を偽ってきた。


けれど、偽り続けた「聖女」の皮は、いつの間にか私の本当の居場所を作り上げていた。


(……まあ、いいわ。国外追放されて泥水をすするよりは、このドS王子と、変態ヒロインと、無慈悲な執事に囲まれて、一生猫を被り続ける方が、ずっと贅沢な人生ですもの)


私は、セドリック様に向けて、今日一番の「本物」の笑みを浮かべた。


「……セドリック様。私、一生貴方様から逃げない覚悟を決めましたわ。……その代わり、私の贅沢三昧には、最後まで付き合っていただきますわよ?」


「……ああ。君が私の隣で笑ってくれるなら、国庫が空になるまで付き合おう。……愛しているよ、私の可愛い悪役令嬢」


「……ふふっ。愛していますわ、私の意地悪な王子様」


私の「ざまぁ回避」の物語は、ここで終わり。


けれど、猫を被った王妃と、その皮を剥がすのが趣味の王様による、世界で一番騒がしい新時代は、まだ始まったばかりだ。


(……あ、サイラス。今夜の夜食は、最高級のハチミツをたっぷりかけたパンを用意してちょうだい! もちろん、殿下には内緒よ!)


「……畏まりました。……やれやれ、お嬢様の『生存戦略』は、まだまだ続くようですね」


黄金の太陽の下。


私は、世界で一番幸せな「化けの皮」を被りながら、気高く、そして傲慢に笑い続けた。
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