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「……あ、あの、ミア様? 今、なんとおっしゃいましたの? 殿下が上手だとか、私が可愛いだとか……聞き捨てならない不穏なワードが混ざっていたような気がするのですけれど」
私は、自分を引き寄せているセドリック様の腕から逃れようともがくのを一旦止め、呆然とミア様を見つめた。
彼女は、先ほどまでの「可哀想な泣きじゃくるヒロイン」の顔をどこへやら、ハンカチで器用に涙を拭うと、なんとも清々しい、あるいは全てを計算し尽くした軍師のような笑みを浮かべた。
「ふふっ。ローリー様、そんなに驚かないでください。……私、実はローリー様が大好きなんです。殿下よりも、ずっと前から!」
「……は?」
「私、男爵家の端くれですけど、実は観察力だけは自信がありまして。入学前のお茶会で、ローリー様が私の不格好なクッキーを『慈愛の味』だと言って飲み込んだ時から、もう心に決めていたんです」
ミア様は一歩踏み出し、私の目をじっと覗き込んだ。その瞳には、かつての「守られるべき乙女」の影はなく、獲物を狙う狩人のような……いえ、推しのグッズを買い占める熱狂的なファンのような光が宿っていた。
「『このお方は、なんて面白い……いえ、なんて素晴らしい演技派の公爵令嬢なんだろう!』って。私、あの瞬間、ローリー様の『一生の観客』になろうと誓ったんですわ!」
(……この子、今、さらっと『面白い』って言わなかった!?)
「ですから、殿下にも協力したんです。ローリー様を追い詰めれば追い詰めるほど、最高に可愛い『引きつった聖女の微笑み』が見られますよって!」
「ミア……貴女、私を売ったのですか!? この私を! 一生の友だと信じていた私を!」
私はついに地を出し、扇子をミア様の鼻先に突きつけた。
「売っただなんて人聞きの悪い。私はただ、ローリー様が最も輝くステージを用意しただけですわ。……見てください、今のローリー様。聖女の仮面が半分剥がれて、眉間に皺が寄っている……。ああ、最高に尊いです!」
「…………この、変態男爵令嬢……っ!!」
私は、膝から崩れ落ちそうになった。
生存戦略。
私が必死に彼女を守り、彼女に尽くしてきたあの日々は、すべて「観客」にポップコーンを提供していただけのエンターテインメントだったというのか。
「……くくっ。言っただろう、ローリー。君の周囲は、敵か味方か分からない連中ばかりだと」
セドリック様が、私の腰を抱き直し、満足そうに頷いた。
「ミアは私の良き協力者だ。君が夜逃げの準備を始めたことを私に真っ先に伝えてくれたのも、彼女だよ。……『ローリー様が異国で野垂れ死ぬのは私の美学に反します、殿下が責任を持って捕獲してください』とな」
「……ミア様……後で、アステリア公爵家の地下牢を特別に見学させてあげますわ。……一生、出られないコースでね」
「まあ! ローリー様直々の招待なんて、嬉しい! サイラスさん、今のメモしました!?」
ミア様が背後のサイラスに振り返る。サイラスは無言で手帳を閉じ、完璧な一礼を返した。
「……お嬢様。これでようやく、全てのパズルが埋まりましたね。お嬢様の『生存戦略』は、殿下の『捕獲戦略』、そしてミア様の『推し活戦略』によって、完全燃焼いたしました」
「誰が燃え尽きるんですって!? 私はこれから、この指輪を質に入れてでも逃げるんだから!」
「無理だぞ、ローリー。その指輪、外れないように呪術的な細工がしてあるからな」
セドリック様が、さらりと恐ろしいことを口にした。
「……呪術!? 殿下、貴方、どこまで病んでいるのですか!?」
「君に、あんな聖女の顔で『死ぬまで嫌わないでください』なんて言わせたのは誰だったかな? ……あんなに必死に媚びを売られて、私が絆されないと思ったのか?」
セドリック様の指先が、私の唇をなぞった。
「君が私を騙そうとしたその熱意、今度は一生かけて私を愛するために使ってもらおう。……断罪は終わりだ。これからは、私の王妃としての『更生』という名の監禁生活が始まる」
(更生!? 監禁!? どっちも最悪なワードじゃないの!)
私は、満面の笑みを浮かべるミア様と、勝利の美酒でも飲んでいるようなセドリック様、そして全てを諦めたような顔のサイラスに囲まれ、絶望的な未来を悟った。
「……ふふ、ふふふ……。いいわよ、やってやろうじゃない。……でも、後悔しても知りませんわよ? 私の『中身』は、貴方の想像を絶するほど性格が悪くて、毒舌で、お金に汚いんですから!」
「知っている。……だからこそ、私が欲しいのは君だけなんだ」
セドリック様の真っ直ぐな言葉に、私の最後の「聖女」の壁が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
顔が熱い。耳の奥で、鐘の音が鳴り響いている。
survival(生存)への道は、いつの間にか「敗北という名の幸福」へと、私を強制的に着地させてしまったらしい。
「……見てください、殿下! 今のローリー様の顔、真っ赤で、怒りと恥じらいが混ざって……ああ、これが私の見たかった最終回です!」
「ミア、君、少し喋りすぎだ。……ローリー、行こう。君の『トランク』の中身を、二人で検品し直さなければならないからな」
私は、王子の腕に抱えられたまま、祝福の嵐が吹き荒れるパーティー会場を後にした。
私の「悪役令嬢回避物語」は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、その後に続く「溺愛王妃(中身は毒舌)の奮闘記」が、さらにカオスなものになることを、今の私はまだ知る由もなかった。
私は、自分を引き寄せているセドリック様の腕から逃れようともがくのを一旦止め、呆然とミア様を見つめた。
彼女は、先ほどまでの「可哀想な泣きじゃくるヒロイン」の顔をどこへやら、ハンカチで器用に涙を拭うと、なんとも清々しい、あるいは全てを計算し尽くした軍師のような笑みを浮かべた。
「ふふっ。ローリー様、そんなに驚かないでください。……私、実はローリー様が大好きなんです。殿下よりも、ずっと前から!」
「……は?」
「私、男爵家の端くれですけど、実は観察力だけは自信がありまして。入学前のお茶会で、ローリー様が私の不格好なクッキーを『慈愛の味』だと言って飲み込んだ時から、もう心に決めていたんです」
ミア様は一歩踏み出し、私の目をじっと覗き込んだ。その瞳には、かつての「守られるべき乙女」の影はなく、獲物を狙う狩人のような……いえ、推しのグッズを買い占める熱狂的なファンのような光が宿っていた。
「『このお方は、なんて面白い……いえ、なんて素晴らしい演技派の公爵令嬢なんだろう!』って。私、あの瞬間、ローリー様の『一生の観客』になろうと誓ったんですわ!」
(……この子、今、さらっと『面白い』って言わなかった!?)
「ですから、殿下にも協力したんです。ローリー様を追い詰めれば追い詰めるほど、最高に可愛い『引きつった聖女の微笑み』が見られますよって!」
「ミア……貴女、私を売ったのですか!? この私を! 一生の友だと信じていた私を!」
私はついに地を出し、扇子をミア様の鼻先に突きつけた。
「売っただなんて人聞きの悪い。私はただ、ローリー様が最も輝くステージを用意しただけですわ。……見てください、今のローリー様。聖女の仮面が半分剥がれて、眉間に皺が寄っている……。ああ、最高に尊いです!」
「…………この、変態男爵令嬢……っ!!」
私は、膝から崩れ落ちそうになった。
生存戦略。
私が必死に彼女を守り、彼女に尽くしてきたあの日々は、すべて「観客」にポップコーンを提供していただけのエンターテインメントだったというのか。
「……くくっ。言っただろう、ローリー。君の周囲は、敵か味方か分からない連中ばかりだと」
セドリック様が、私の腰を抱き直し、満足そうに頷いた。
「ミアは私の良き協力者だ。君が夜逃げの準備を始めたことを私に真っ先に伝えてくれたのも、彼女だよ。……『ローリー様が異国で野垂れ死ぬのは私の美学に反します、殿下が責任を持って捕獲してください』とな」
「……ミア様……後で、アステリア公爵家の地下牢を特別に見学させてあげますわ。……一生、出られないコースでね」
「まあ! ローリー様直々の招待なんて、嬉しい! サイラスさん、今のメモしました!?」
ミア様が背後のサイラスに振り返る。サイラスは無言で手帳を閉じ、完璧な一礼を返した。
「……お嬢様。これでようやく、全てのパズルが埋まりましたね。お嬢様の『生存戦略』は、殿下の『捕獲戦略』、そしてミア様の『推し活戦略』によって、完全燃焼いたしました」
「誰が燃え尽きるんですって!? 私はこれから、この指輪を質に入れてでも逃げるんだから!」
「無理だぞ、ローリー。その指輪、外れないように呪術的な細工がしてあるからな」
セドリック様が、さらりと恐ろしいことを口にした。
「……呪術!? 殿下、貴方、どこまで病んでいるのですか!?」
「君に、あんな聖女の顔で『死ぬまで嫌わないでください』なんて言わせたのは誰だったかな? ……あんなに必死に媚びを売られて、私が絆されないと思ったのか?」
セドリック様の指先が、私の唇をなぞった。
「君が私を騙そうとしたその熱意、今度は一生かけて私を愛するために使ってもらおう。……断罪は終わりだ。これからは、私の王妃としての『更生』という名の監禁生活が始まる」
(更生!? 監禁!? どっちも最悪なワードじゃないの!)
私は、満面の笑みを浮かべるミア様と、勝利の美酒でも飲んでいるようなセドリック様、そして全てを諦めたような顔のサイラスに囲まれ、絶望的な未来を悟った。
「……ふふ、ふふふ……。いいわよ、やってやろうじゃない。……でも、後悔しても知りませんわよ? 私の『中身』は、貴方の想像を絶するほど性格が悪くて、毒舌で、お金に汚いんですから!」
「知っている。……だからこそ、私が欲しいのは君だけなんだ」
セドリック様の真っ直ぐな言葉に、私の最後の「聖女」の壁が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
顔が熱い。耳の奥で、鐘の音が鳴り響いている。
survival(生存)への道は、いつの間にか「敗北という名の幸福」へと、私を強制的に着地させてしまったらしい。
「……見てください、殿下! 今のローリー様の顔、真っ赤で、怒りと恥じらいが混ざって……ああ、これが私の見たかった最終回です!」
「ミア、君、少し喋りすぎだ。……ローリー、行こう。君の『トランク』の中身を、二人で検品し直さなければならないからな」
私は、王子の腕に抱えられたまま、祝福の嵐が吹き荒れるパーティー会場を後にした。
私の「悪役令嬢回避物語」は、ここで一旦幕を閉じる。
けれど、その後に続く「溺愛王妃(中身は毒舌)の奮闘記」が、さらにカオスなものになることを、今の私はまだ知る由もなかった。
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