『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「……は、はい? こ、今婚約を……けいぞく……?」


私は、差し出された王家の紋章入りの指輪を、まるで猛毒のサソリでも見るような目で見つめていた。


頭の中では、隣国へ向かう馬車の車輪が勢いよく外れ、崖下に転落していくような幻覚が見える。


(どういうことですの!? 断罪は!? 『君のような偽善者は追放だ!』という、スカッとするほど冷酷な台詞はどこへ行ったのよ!?)


私は、跪くセドリック様の銀髪を今すぐ掴んで揺さぶりたい衝動を、必死に「感動のあまり震える指先」として演出した。


「……セドリック様。……ふふっ。冗談がお上手ですこと。……私のような、かつて高慢の限りを尽くした女に、そのような勿体ないお言葉……」


「冗談ではない。ローリー、君は自分の価値を過小評価しすぎだ。……君がこの数ヶ月、血の滲むような努力で『自分』を作り変えてきた姿を、私は誰よりも近くで見てきた」


セドリック様が、私の手を強引に取り、その指先に冷たい感触を滑らせた。


ダイヤモンドが、私の絶望を反射してキラキラと輝く。


「君の慈愛は、学園の生徒すべてを救った。……そして、何より私の凍てついた心を溶かしたのだよ。……さあ、顔を上げてくれ。私の、愛しい王妃(予定)殿」


(溶かさなくていいわよ! 一生凍ってなさいよ、この氷山王子!)


私は、周囲の「感動した!」「なんて美しい純愛なんだ!」という熱狂的な拍手の中に、一人取り残されていた。


そこへ、ミア様が涙を拭いながら、これまた「とどめ」を刺しにやってきた。


「ローリー様……! おめでとうございます! 私、実は知っていたんです。殿下がずっと、ローリー様に贈る指輪を特注されていたことを!」


「……え? 知っていたの、ミア様?」


「はい! 殿下が『彼女を一生逃がさないために、世界で一番硬い宝石を用意しろ』って職人さんに命じているのを、偶然聞いてしまったんです!」


(……それ、プロポーズの準備じゃなくて、監禁の準備の台詞じゃないの!?)


私はミア様の「天然」という名の追い討ちに、いよいよ膝がガクガクと笑い始めた。


その時。


会場の端で、一部の令嬢たちが青ざめた顔で震えているのが見えた。先日、私が「実家の監査」をチラつかせて黙らせた彼女たちだ。


彼女たちが、意を決したように声を上げた。


「……殿下! 騙されてはいけません! ローリー様は……ローリー様は、実は裏で恐ろしい計画を立てていらっしゃったのです!」


(……っ!? 来た! 逆転の断罪イベント、来たわよ!)


私は、内側でガッツポーズをした。そうだ、それでいい。私の「本性」を暴きなさい。そうすれば、私は晴れて国外追放よ!


「……ほう。どんな計画だ?」


セドリック様が、冷徹な声で問いかける。


「彼女は……彼女は、卒業と同時に、誰にも行き先を告げず、大量の金品と保存食を抱えて、この国から消えようとしていたのです! これは王家への背信行為ですわ!」


会場が、ざわめきに包まれる。


私は、今にも「その通りよ! 私は金を持って逃げる女よ!」と叫び出したくなるのを抑え、悲しげに俯いてみせた。


「……まあ。……ふふっ。そんな……身に覚えのないことを……」


(いいわよ! もっと言いなさい! トランクの中のハチミツのことも暴露なさい!)


だが、セドリック様は、驚くほど穏やかな……いや、底知れない執着に満ちた笑みを浮かべた。


「……知っているよ。彼女の馬車の隠し床にある、大量の金の延べ棒とハチミツのことだろう?」


「…………は?」


私は、素で声が漏れた。


「……ローリー。君、私が君のトランクの中身を把握していないとでも思っていたのか? サイラスから、毎日詳細なリストが私の元に届いていたというのに」


私は、首を機械のようにギギギと後ろへ向けた。


そこには、完璧な一礼をして、一切の表情を動かさないサイラスが立っていた。


「……お嬢様。お伝えしたはずです。私はいつだって、『面白い方』の味方だと」


「……サイラス、あんた……っ!!」


私は、ついに聖女の仮面が半分ほど剥がれ落ち、般若のような形相でサイラスを睨みつけた。


「……くくっ。ははははは! いい顔だ、ローリー! やはり君は、そう来なくては!」


セドリック様は、私の肩を抱き寄せ、耳元で熱っぽく囁いた。


「……逃がさないと言っただろう? 君が用意したあのトランクは、新婚旅行の荷物として有効活用させてもらう。……さあ、皆の前で宣言してくれ。私と一生、化かし合いながら生きると」


「……っ、ふふ……ふふふふふ……」


私は、もはや笑うしかなかった。


生存戦略。


それは、婚約破棄を回避することだったけれど。


気づけば私は、世界で一番逃げ足の早い執事と、世界で一番執着心の強い王子に、完璧に包囲されていた。


「……謹んで……お受け……いたしますわ……(このドSコンビ、絶対に許さないんだから!)」


私の「敗北」宣言に、会場は今日一番の祝福の嵐に包まれた。


けれど、その嵐の中心で、私はミア様がふと漏らした「……あ、やっぱり殿下の方が上手(うわて)でしたね。ローリー様、可愛い」という、あまりにも冷徹で「ヒロイン」らしからぬ呟きを、聞き逃さなかった。
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