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「……開門ですわ」
私は、王立学園の大ホールの扉を前に、人生最大級の深呼吸をした。
心臓が肋骨を突き破らんばかりに跳ねている。ドレスの裾に隠した逃走用ブーツが、床の絨毯をしっかりとその爪先で捉えていた。
(落ち着け、ローリー。ここで震えたら、これまで数ヶ月かけて塗り固めてきた『聖女の皮』が剥がれ落ちるわ。最後は美しく、儚く、そして潔く追放されるのよ!)
重厚な扉が左右に開かれる。
シャンデリアの眩い光が、私の白いドレスに反射してキラキラと輝いた。会場中の視線が、一斉に私へと突き刺さる。
「……っ!」
静寂。
かつての私なら、この静寂を「私の美しさへの感嘆」だと自惚れていただろう。だが今の私は知っている。これは、これから始まる「公開処刑」を待つ観衆の、息を呑む音なのだと。
「……お嬢様。顔が青白いですよ。聖女というよりは、今から召天する幽霊です。もっと生命力を捏造してください」
背後で控えるサイラスが、耳元で容赦ない鞭を飛ばしてきた。
「……わかってますわよ。ふ、ふふっ。……皆様、ごきげんよう」
私は、頬の筋肉を限界まで引き上げ、慈愛に満ちた(はずの)微笑みを浮かべて会場へと足を踏み入れた。
すると、どうだろう。
「……ああ、なんて神々しいんだ……」
「ローリー様、あのような噂があるのに、これほどまでに気高く……」
「もはやこの学園の空気では、彼女の清らかさを支えきれないのではないか」
(……ちょっと待って。空気がおかしいわよ!? なんで皆、そんなに悲しそうな顔で私を拝んでいるの!?)
私は混乱しつつも、会場の中央へと進んだ。
そこには、ピンク色の可愛らしいドレスに身を包んだミア様が、鼻を真っ赤にして立っていた。
(来たわ! ヒロイン登場よ! さあ、ミア様! セドリック様の腕にしがみついて、『ローリー様が怖いのぉ!』と叫びなさい! 私が全力で『そんなことしませんわよ、おほほ!』と聖女らしく否定してあげるから!)
だが、ミア様は弾かれたように私に駆け寄ると、私の手を取って号泣し始めた。
「ローリー様ぁぁ! やっぱり、やっぱり修道院へ行っちゃうんですかぁ!? 嫌です! 私、ローリー様のいない学園なんて、塩味のないスープと同じですぅ!」
「……ミア様、落ち着いて。……ふふっ。修道院なんて、ただの噂だと申し上げたでしょう?(本当は国境を越えて隣国へ行く予定だけど!)」
「本当ですか!? 本当に、私を置いて消えたりしませんか!?」
「……ええ、約束……は、できませんけれど。ふふっ」
私は、ミア様を優しく(心の中では『離せこの泣き虫!』と叫びながら)宥めた。
その時。
会場の壇上から、カツン、カツンと、冷徹で気高い足音が響いた。
銀髪を夜の光に煌めかせ、セドリック様が姿を現した。その隣には、国王陛下と王妃様の姿もある。
(……ついに。ついに始まったわ。断罪の刻が……!)
会場の音楽が止まり、重苦しい沈黙が支配する。
セドリック様は壇上の中心に立ち、真っ直ぐに私を見据えた。その瞳は、いつになく鋭く、そして熱い。
「……静粛に」
王子の声が、ホール全体に響き渡った。
「本日は、諸君の卒業を祝うと共に、私から重大な発表がある」
(……来る! 『ローリー・フォン・アステリア! 君との婚約を破棄する!』って言うのね!?)
私は、そっとドレスの裾を捲り、いつでも走り出せるようにブーツの紐を確認した。
(サイラス、馬車のエンジン……じゃない、馬の準備はいい!? 私は今、悲劇のヒロインの仮面を被って、あなたの『ざまぁ』を全力で受け止めるわ!)
セドリック様が、一歩前に出た。
「ローリー・フォン・アステリア。……前へ」
私は、震える足取りで壇の前へと進み出た。そして、これまでにないほど深く、気高く、優雅に一礼した。
「……はい、セドリック様。……ふふっ。どのようなお言葉も、謹んでお受けいたしますわ」
(さあ、言いなさい! 私を追い出しなさい! そして私は、涙を一筋だけ流して、『さようなら』と告げて風のように去るんだから!)
セドリック様は、深く息を吸い込んだ。
会場中の人間が、固唾を呑んでその瞬間を待っている。
「……ローリー。君は、この数ヶ月、実に見事だった」
「……え?」
「傲慢だった自分を悔い、誰にでも手を差し伸べ、ミアのような身分の低い令嬢すら慈しみ、学園の秩序を守り抜いた。……君のその『聖女』としての振る舞いに、私は……」
(……ちょっと。なんか、褒め殺しが始まっていないかしら?)
私は、嫌な予感がして顔を上げた。
セドリック様は、不敵な、そして絶対的な独占欲に満ちた笑みを浮かべていた。
「……私は、確信した。君こそが、この国の王妃に相応しい唯一の女性であると。……ローリー・フォン・アステリア」
セドリック様が、私の目の前で膝をついた。
(…………はぁ!?)
「君との婚約を……」
(……破棄! 破棄でしょう!? そこは!)
「……継続し、一刻も早く成婚の手続きを進めたい。……ローリー、私と共に、この国を導いてくれないか?」
セドリック様が差し出した手には、眩いばかりのダイヤモンドの指輪が光っていた。
会場から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
「……おめでとうございます! ローリー様!」
「やっぱり、聖女様には王子様が相応しいんだわ!」
「修道院なんて行かなくていいんだ!」
(……違う。違うわ。私の計画と、一光年くらいズレてるわよぉぉぉ!!)
私は、差し出された指輪と、跪く王子を交互に見て、頭が真っ白になった。
生存戦略。
それは、婚約破棄を回避することだったけれど。
これでは、回避どころか、一生逃げられない「王宮という名の監獄」に閉じ込められることにならないかしら!?
私は、溢れ出しそうな「ふざけるな!」という本音を、必死に「おほほ」という喉の奥に押し込んだ。
「……あ、あら……セドリック様。……ふふっ。……光栄すぎて……腰が、抜けそうですわ……」
私の本当の戦いは、どうやらここから始まるようだった。
私は、王立学園の大ホールの扉を前に、人生最大級の深呼吸をした。
心臓が肋骨を突き破らんばかりに跳ねている。ドレスの裾に隠した逃走用ブーツが、床の絨毯をしっかりとその爪先で捉えていた。
(落ち着け、ローリー。ここで震えたら、これまで数ヶ月かけて塗り固めてきた『聖女の皮』が剥がれ落ちるわ。最後は美しく、儚く、そして潔く追放されるのよ!)
重厚な扉が左右に開かれる。
シャンデリアの眩い光が、私の白いドレスに反射してキラキラと輝いた。会場中の視線が、一斉に私へと突き刺さる。
「……っ!」
静寂。
かつての私なら、この静寂を「私の美しさへの感嘆」だと自惚れていただろう。だが今の私は知っている。これは、これから始まる「公開処刑」を待つ観衆の、息を呑む音なのだと。
「……お嬢様。顔が青白いですよ。聖女というよりは、今から召天する幽霊です。もっと生命力を捏造してください」
背後で控えるサイラスが、耳元で容赦ない鞭を飛ばしてきた。
「……わかってますわよ。ふ、ふふっ。……皆様、ごきげんよう」
私は、頬の筋肉を限界まで引き上げ、慈愛に満ちた(はずの)微笑みを浮かべて会場へと足を踏み入れた。
すると、どうだろう。
「……ああ、なんて神々しいんだ……」
「ローリー様、あのような噂があるのに、これほどまでに気高く……」
「もはやこの学園の空気では、彼女の清らかさを支えきれないのではないか」
(……ちょっと待って。空気がおかしいわよ!? なんで皆、そんなに悲しそうな顔で私を拝んでいるの!?)
私は混乱しつつも、会場の中央へと進んだ。
そこには、ピンク色の可愛らしいドレスに身を包んだミア様が、鼻を真っ赤にして立っていた。
(来たわ! ヒロイン登場よ! さあ、ミア様! セドリック様の腕にしがみついて、『ローリー様が怖いのぉ!』と叫びなさい! 私が全力で『そんなことしませんわよ、おほほ!』と聖女らしく否定してあげるから!)
だが、ミア様は弾かれたように私に駆け寄ると、私の手を取って号泣し始めた。
「ローリー様ぁぁ! やっぱり、やっぱり修道院へ行っちゃうんですかぁ!? 嫌です! 私、ローリー様のいない学園なんて、塩味のないスープと同じですぅ!」
「……ミア様、落ち着いて。……ふふっ。修道院なんて、ただの噂だと申し上げたでしょう?(本当は国境を越えて隣国へ行く予定だけど!)」
「本当ですか!? 本当に、私を置いて消えたりしませんか!?」
「……ええ、約束……は、できませんけれど。ふふっ」
私は、ミア様を優しく(心の中では『離せこの泣き虫!』と叫びながら)宥めた。
その時。
会場の壇上から、カツン、カツンと、冷徹で気高い足音が響いた。
銀髪を夜の光に煌めかせ、セドリック様が姿を現した。その隣には、国王陛下と王妃様の姿もある。
(……ついに。ついに始まったわ。断罪の刻が……!)
会場の音楽が止まり、重苦しい沈黙が支配する。
セドリック様は壇上の中心に立ち、真っ直ぐに私を見据えた。その瞳は、いつになく鋭く、そして熱い。
「……静粛に」
王子の声が、ホール全体に響き渡った。
「本日は、諸君の卒業を祝うと共に、私から重大な発表がある」
(……来る! 『ローリー・フォン・アステリア! 君との婚約を破棄する!』って言うのね!?)
私は、そっとドレスの裾を捲り、いつでも走り出せるようにブーツの紐を確認した。
(サイラス、馬車のエンジン……じゃない、馬の準備はいい!? 私は今、悲劇のヒロインの仮面を被って、あなたの『ざまぁ』を全力で受け止めるわ!)
セドリック様が、一歩前に出た。
「ローリー・フォン・アステリア。……前へ」
私は、震える足取りで壇の前へと進み出た。そして、これまでにないほど深く、気高く、優雅に一礼した。
「……はい、セドリック様。……ふふっ。どのようなお言葉も、謹んでお受けいたしますわ」
(さあ、言いなさい! 私を追い出しなさい! そして私は、涙を一筋だけ流して、『さようなら』と告げて風のように去るんだから!)
セドリック様は、深く息を吸い込んだ。
会場中の人間が、固唾を呑んでその瞬間を待っている。
「……ローリー。君は、この数ヶ月、実に見事だった」
「……え?」
「傲慢だった自分を悔い、誰にでも手を差し伸べ、ミアのような身分の低い令嬢すら慈しみ、学園の秩序を守り抜いた。……君のその『聖女』としての振る舞いに、私は……」
(……ちょっと。なんか、褒め殺しが始まっていないかしら?)
私は、嫌な予感がして顔を上げた。
セドリック様は、不敵な、そして絶対的な独占欲に満ちた笑みを浮かべていた。
「……私は、確信した。君こそが、この国の王妃に相応しい唯一の女性であると。……ローリー・フォン・アステリア」
セドリック様が、私の目の前で膝をついた。
(…………はぁ!?)
「君との婚約を……」
(……破棄! 破棄でしょう!? そこは!)
「……継続し、一刻も早く成婚の手続きを進めたい。……ローリー、私と共に、この国を導いてくれないか?」
セドリック様が差し出した手には、眩いばかりのダイヤモンドの指輪が光っていた。
会場から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
「……おめでとうございます! ローリー様!」
「やっぱり、聖女様には王子様が相応しいんだわ!」
「修道院なんて行かなくていいんだ!」
(……違う。違うわ。私の計画と、一光年くらいズレてるわよぉぉぉ!!)
私は、差し出された指輪と、跪く王子を交互に見て、頭が真っ白になった。
生存戦略。
それは、婚約破棄を回避することだったけれど。
これでは、回避どころか、一生逃げられない「王宮という名の監獄」に閉じ込められることにならないかしら!?
私は、溢れ出しそうな「ふざけるな!」という本音を、必死に「おほほ」という喉の奥に押し込んだ。
「……あ、あら……セドリック様。……ふふっ。……光栄すぎて……腰が、抜けそうですわ……」
私の本当の戦いは、どうやらここから始まるようだった。
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