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驚きの告白

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 新幹線に乗るのは一年ぶりだろうか。去年出張で千葉に行ったときに乗っている。
 早いくせに在来線のようにガタゴトと揺れない。座席もゆったり座れて実に快適だ。
 それでも二時間半は長旅だ。一哉はリクライニングシートを少し倒して眠ることにした。
 目をつむっているとシイクの言葉が思い出された。

 負けた方が勝った方のお願いをなんでも一つ聞くという子供っぽい遊び。
 勝ったらどんなお願いをしようか。子供っぽい遊びでも実際にやっているのは三十九と十九の大人だ。いや十九はまだ子供なのか……。
 ともかく、どんなお願いをしようか。なんでもと言っていたが、ほんとうに何でもいいという訳はないはずだ。そこは節度を守るべきだろう。

 髪を触らせてというのは有りか……有だと思う。
 手を握らせてというのは有りか……微妙だ。一瞬触れるくらいなら有りな気がする。
 キスさせてというのは有りか……馬鹿か! 歳の差半分の女の子にそんなこと言えるか。
 手の甲にキスなら有りか……どこぞの貴族でもあるまいに、そんな気障なことが出来るか。
 そんなことを悶々と考えているといつの間にか眠っていて、気が付いたら東京駅に到着していた。

 一哉が乗った新幹線は、広島発―東京行き。つまり東京駅が終着駅ということになる。
 だから乗客は一人残らずホームに吐き出される。
 そんな東京駅のホームは多くの乗客やその他の客であふれかえっていた。
 
 一哉はホームを見渡した。上砂あげすな有花という一人の女の子を探すために。
 しかしそれらしい女の子は見当たらない。
 若い女の子がいないわけではないが、女子の二人組だったり家族と一緒だったり、彼氏らしき男性と一緒だったり、どの女の子も一人で誰かを待っているという感じはない。

 ホームに溢れていた乗客は次第に減ってきた。そのほとんどがエスカレータに乗って階下へと消えていった。
 一哉の視界に映る人影は明らかに減ってきた。
 女の子の一人客なんてどこにもいない。
 
 ふと、イヤな考えが頭に浮かぶ。
 ほんとにシイクはここに来ているのだろうか。
 そもそも上砂有花なんて女の子は実在するのか。
 あのビデオ通話は本物だったのだろうか。
 もしかして騙されていた?
 今どこかの物陰から隠し撮りされて、間抜けな男としてSNSで晒されているんじゃないだろうか。
 それとも突然見知らぬ男がやってきて、美人局的な展開になるのか。
 そんな最悪な展開が頭をよぎる。

 その時、後ろからぽんっと肩を叩かれた。
 驚いて振り返る。そこには小柄な女の子が立っていた。
 ビデオ通話で毎日見ていた女の子、上砂有花だ。
 大きな丸い瞳で見上げる様に一哉を見詰めている。
 一哉が見つめ返すと、恥ずかしそうに俯いて、肩まで届く栗色の髪を耳にかき揚げた。
 スマホの画面で見るシイクも可愛かったが、実際に見るシイクはやっぱり可愛かった。

「は、はじめまして……」
「はじめまして……」
「上砂有花さん? だよね?」
「はい、梳胴一哉さんですか?」
「うん……、どこにいたの? 全然見つけられなかったんだけど」
「そこのKioskキオスクの陰に隠れてました」
「なんで隠れるの?」
「ごめんなさい、恥ずかしくて……」

 白い頬がぽっと紅く染まる。
 やっぱり可愛い。こんな女の子が人を騙すとかあり得ない。
 間違いなくシイクは存在した。そして一哉を迎えに来てくれた。

「俺の事はすぐに見つけられたの?」
「はい、だって車両番号も座席番号も聴いてましたから、新幹線の到着と同時に見つけてました。だから勝負は私の勝ちですね」
「なんかそれズルくない?」
「そんなことないですよ。カヤだって先に席を立って少し離れた車両から降りて、私を後ろから、見ーつけたってできたはずです。それをしないで、新幹線が停止するまでじっと席に座っているのはカヤが怠惰なのです」

 なるほど一理ある。完全に作戦負けという事か。
 勝った時のお願いをあれこれ考えたいた自分はなんだったんだ。

「まぁ実際に俺はシイクを見つけられなかったから素直に負けを認める。で、お願いってナニ?」
「それは……」とシイクは手をもじもじさせ始めた。
 そんな仕草もやっぱり可愛いが、駅のホームでそんなことをされたら、周りの目がきになって仕方がない。

「今から何処に行くかでお願いは変わるかもしれないんですけど、カヤはやっぱりお台場に行きたいですか?」
「そうだなぁ、東京の名所で思いつくとこって東京タワーか上野動物園か東京ディズニーランドくらいだしなぁ」
「ディズニーランドは東京じゃないですよ?」
「千葉県だっけ、それくらい知ってるけど、東京って頭についてるだろ」
「じゃぁ、その中から決めましょうか? 私はカヤが行きたいとこならどこでもいいです」
「俺の行きたいとこかぁ、東京タワーは子供のころ行ったことあるし、動物園とかディズニーランドは柄じゃないし、そうなるとお台場かな」
「結局消去法なんですね。でもお台場いいですね。私も一度行ってみたかったんです」

 有花も行ったことが無いというので、案内役は任せられないが、スマホがあるので道に迷わず行くことができるだろう。有花が買ったるるぶも役に立ちそうだ。
 とりあえず新幹線の改札を抜けて山手線の品川・渋谷方面に乗った。
 電車の中でのシイクは終始うつむいて無言だった。

 電車は三分ほどで新橋に到着し、そこでゆりかもめに乗り変える。
 シイクは見かけ通りおっとりしていて、歩く速度もゆっくりだ。一哉は歩幅を抑え彼女の歩調に合わせる様に歩いた。
 ゆりかもめは意外と空いていて並んで座ることが出来た。
 二人がシートに並んで座っていると、

「お願い今いいですか?」と有花が聞いてきた。
 なんで今? と疑問に思うが拒否する理由もないので「いいよ」と言う。
「手を握って下さい」

 まさかの展開だ。手を握るお願いは一哉的には無しだと思っていた。まさか有花からそのお願いが来るとは思っていなくて、思わず手汗をズボンで拭った。
 見かけに寄らず結構積極的なのかもしれない。

 よくよく考えれば、会いたいと言ってきたのも彼女であって、リアル情報を教えてきたのも、写真を見せてきたのも、電話をしてきたのも彼女だ。
 見かけがこんなに可愛くて、大人しそうでもやっぱり近頃の若い女の子なんだなと考えを改める。

「ダメですか?」
「いや、ダメじゃない」

 そういうと有花は自分の右手を少しだけ一哉の方に寄せてきた。
 自分から握るのではなく、握って欲しいとその手が訴えているようだ。
 だから一哉は有花の白く小さな手をそっと握った。
 その手は暖かくとても柔らかかったけど、わずかに震えていた。

「私、パニック障害があるんです」

 他の乗客には聞こえないような小さな声でポツリと呟いた。
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