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どこに向かってるの?
しおりを挟む空は快晴、雲一つない澄み渡る空が地平線の向こうまで続いている。
石畳の脇に立つ街灯の上には、カラスが一羽片翼を広げて日光浴だろうか。
そんな空を見上げてマリスさまは目を細めて言った。
「旅立ちにはもってこいの天気ね」
「でも雨が降りそうですよ」
チトちゃんが変なフラグ立ててしまった。
「旅だもの雨が降る時だってあるわ。それに、雨降って地固まるって言葉知らない?」
「知らないです」
チトちゃんは知らなくて当然だと思う。だってその言葉は僕たちの元の世界の諺なのだから。
ただ僕も聞いたことがあるだけで、詳しい意味までは知らない。だから黙っていることにした。
「とにかく、気にせず行くわよ」
「うん!」「はい!」
僕とチトちゃんは同時に力強く頷いた。
チトちゃんが馬の首筋をさすって「お馬さんよろしくね」と言っている。
マリスさまはすでに御者台に座って「早く行くわよ」と急かしてくる。
僕はチトちゃんが御者台に座るのを待って一番最後に乗った。
馬車の御者台には僕とマリスさまがチトちゃんを挟む形で座っている。
チトちゃんを守るという意味もあるけど、実際のところは手綱を握るのがチトちゃんだからだ。
マリスさまが「さぁ出発よ」と、東の街門を指差した。
馬車は静かに動き出した。
ガタゴトと車輪が音を立てて石畳の上をゆっくり進んでいく。
街の門では外に出る時も門番に身分証の提示を求められた。
僕とマリスさまは冒険者ギルドの冒険者証を提示した。
チトちゃんは身分証あるのかな?
ちょっと不安に思っていると、商人ギルドの商人証を提示していた。
「チトちゃんって商人ギルドに登録してるの?」
「はい、登録しないと街とか村で商売出来ないんです」
なるほど、しっかりしてるなぁと改めて感心する。
この世界ではこれが当たり前なのだろうか。
もしそうならちょっと怖いし間違ってると思う。
十歳ならもっと子供っぽくあってほしい。
しっかりしているのは決して悪いことじゃないけど、チトちゃんにはもう少し子供らしくいて欲しいと思った。
検問が済んで街門を出ると石畳は終わり、踏み固められた土の街道に変わった。
街道は馬車が並行に並んで通れるほど広い。
轍に沿ってガタゴトと馬車は進んでいく。
僕たちを乗せた馬車は街道を東に向かっていた。
「この街道ってどこに向かっているのかな? 地図を買ってくればよかったね」
ぼくの言葉にマリスさまが一枚の羊皮紙を広げた。
「地図ならあるわよ。雑貨屋を回った時売っていたから買ったわ」
「いつの間に?」
「キルナが猥本を鼻の下を伸ばして見てた時かしら」
「ぼ、僕、そ、そんな本、見てないよ!」
「吃ってるとこが怪しいわね」
「へ、変な言い掛かりは止めてよ!」
「あのぉ、わいほんってなんですか?」
僕とマリスさまの間に座るチトちゃんが頭の上に疑問符を浮かべている。
「キルナが教えてくれるわ」
「ちょ、なんで僕に振るのさ!」
「キルナさん?」
チトちゃんは興味深々という顔で僕を見上げてくる。
困った、どうしよう。さすがにエッチな本とは言いにくい。
「えっと、……そうだ、大人の本だよ。ちょっと難しいことが書いてる本なんだ。だからチトちゃんにはまだちょっと早いかな……」
「難しい本ですかぁ」
「プププ、焦ってるキルナ面白い」
「人を笑いのタネにしないでよ! それより地図を見せて」
僕は誤魔化すように話題を変えた。
そしてマリスさまから強引に地図を奪う。
地図といっても描かれているのは一部の地域だけで世界地図ではなかった。
どうやらロハスラ地方周辺の地図の様だ。
地図の中心にロハスラの街があり、上側(北)には山脈が地図の端から端まで広がっている。
街の下側(南)は広い部分が荒野で街の左右(東西)は草原っぽい。
街からは東西に――草原を突き切るように――大きな街道が伸びている。
南北にも細い路があり、北の路は山脈中腹で、南の路は荒野の途中で途切れている。
街の北東には山脈に並行するように森が広がっていて川も流れている。
川も北東の山脈の中腹からゆっくりとした曲線を描きながら南東の方角に消えている。
その川を越えた東側に小さな村がある。
地図全体――街道沿い――にはほかにも二ヶ所ほど村があるが、その二ヶ所は街からみて西側に位置する。
西に向かう街道の端には『至るアビスル地方』東に向かう街道の端には『至るモルゲン地方』とだけ書かれてあった。
ちなみに僕たちはロハスラの街から東に向かって進んでいる。
「世界地図というか、もっと広範囲の地図はなかったの?」
「あったら買ってるわよ!」
ピシッと言われた。
たしかにその通りだろう。
「それよりわたし眠くなってきたわ」
マリスさまが大きな欠伸をしながらいった。
ガタゴトと揺れる振動が心地よく、眠気に誘われるのも分かる気がした。
というか、マリスさまの欠伸に釣られたのか、僕まで欠伸がでそうになる。
「わたしちょっと後ろで寝てくるわね」
僕たちの返事すら聞かずさっさと馬車の中に消えてしまった。
僕も眠たいけど、さすがにチトちゃん一人残して中に入るのは可哀想だ。
そんなことを思っていると、
「キルナさんも眠たかったら寝てきて下さい。ここはわたし一人で大丈夫なので」
なんとしっかりした子なんだろう。
本当に感心してしまう。
「いや、僕はまだ眠くないから大丈夫だよ。それよりチトちゃんは大丈夫?」
「はい、私は平気です」
まだ十歳と幼いのに本当に頼りになる子供だよ。
十五歳の僕よりずっとしっかりしている。
僕は両頬をビンタして気合を入れ直した。
……つもりだったんだけど、ついふらふらと船を漕いでしまう。
「キルナさん、すごく眠そうですよ、わたしに構わず寝て下さい」
「いや、ほんとに大丈夫だから」
僕はブンブンと頭を左右に振った。
御者台の上で腕を伸ばしたり身体を捻ったりと、眠気と戦った。
と、スースーと背後から寝息が聞こえてきた。
馬車の中を覗くと折り畳みの寝台の上でマリスさまが気持ちよさそうに眠っている。
いい気なもんだと思っていたらゴロリと寝がえりをうって、ドンと床に転がった。
落ちた勢いで掛け布が開けてフレアのスカートもめくれ上がる。
すると白い太ももが露わになった。
僕は慌てて前を向いて火照る頬を押さえて隠した。
「どうしたんですか?」
チトちゃんが不思議そうに聴いて来る。
運転中のチトちゃんは前に夢中で後ろを振り返ったりはしなかったようだ。
マリスさまの恥というか、見てしまった僕が恥ずかしいのでチトちゃんには言わないでおこう。
そして話題を変えるために、ずっと思っていたことを口にする。
「なんでもないよ。それより、この旅ってどこに向かってるのかな?」
「えっとぉ……」
チトちゃんが小首を傾げた。ピクリと耳が動く。
可愛い。凄く可愛い。頭に手が伸びそうになるのをグッと堪えた。
よくよく考えたら目的も行き先も決めていない。
マリスさまだって何も考えてないに決まっている。
僕は先行きが不安になった。
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