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強く叩いてみて下さい
しおりを挟む「それにしても馬車を運転できるなんてすごいね」
僕が言うとチトちゃんははにかんだように笑った。
「そんなことないですよ。お馬さんは頭が良いから道なりに真っ直ぐ走ってくれるんです。わたしは軽く手綱を握ってるだけですよ」
可愛くてしっかりしてて、褒めても調子に乗らない。
チトちゃんてほんとにイイ子だなぁ。
だけど、馬車の運転ってそんなに簡単なのだろうか?
十歳の女の子が簡単に出来ることだとはちょっと思えない。
「キルナさんもやってみますか?」
手綱を僕の方に向けてそんなことを言って来た。
「えっ! 僕なんかにできるかな?」
「キルナさんなら簡単に出来ますよ」
「僕、結構どんくさいんだよ?」
「そうなんですか? あんな強そうな人達を簡単にやっつけちゃったのに?」
「え? あの冒険者くずれの人に襲われた時のことを言ってる?」
「はい、すごくカッコよかったです!」
「どうして? ただ必死で逃げ回ってただけだよ?」
「すごく強いのに、謙遜するなんてカッコよすぎです」
チトちゃんはキラキラ瞳を輝かせて僕を見上げている。
なんかすごい誤解をされてるよ僕……どうしたらいいんだろう。
そして馬の手綱を渡された。
チトちゃんが御者台の中央から少し端にずれて、僕を真ん中に座らせる。
僕が手綱を握っても馬車は真っ直ぐ街道を進んでいる。
「ちょっと練習しましょう。馬車を一度止めてみて下さい」
「どうやって止めるの?」
「軽く手綱を引くんです」
僕は言われた通り軽く手綱を引いた。
「そうです、そんな感じ」
すると馬は走る速度をゆっくりと落とした。
「もっと早く止めたいときは、手綱を強く引けばいいんです、でも急に止まると危ないし、お馬さんもびっくりするので、あまりしないほうがいいです」
「うん、わかったよ」
そして馬車は動きを止めた。
「じゃ今度は歩かせてください。軽く手綱でお馬さんの背中を叩くんです。軽くですよ」
「やってみるよ」
僕はゆっくり手綱を持ち上げ、軽く馬の背を叩いた。
すると馬はパカパカと歩き始めた。
「そんな感じです。これが常歩です。じゃあもう少しだけ、強く叩いてみて下さい」
言われた通り、ほんの少し強めに叩く。
すると馬ゆっくり走りだした。
「そうです。これは速足です。そんな感じで脚の速さを調節すればいいんです」
なるほど、思ったより簡単だ。
「じゃあ、次は曲がる練習です。曲がりたい方向の手綱を軽く引いてお馬さんの顔を横に向けてあげればいいだけです、やってみてください」
……そんな感じて操縦の練習を繰り返した。
常駐型魔法が関係してるのかわからないけど、意外と簡単だった。
これで馬車の操縦をチトちゃん一人に任せないで済むのは良いことだ。
一通り練習してチトちゃんが代わりましょうかと言ったけど、そのまま僕が操縦することにした。
最初は怖かったけど慣れると結構面白い。
それに横に座っているだけだと眠くなっちゃうしね。
僕は気分よく手綱を握っていた。
相変わらず空は快晴で風が気持ちいい。
だけどしばらく進んでいると、若干気温が下がってきた気がした。
【冷熱耐性】のお陰で寒さ熱さはほとんど感じないけど、微妙な気温の変化がわからないわけじゃない。
「チトちゃん寒くない?」
ふと気になって聴いてみた。
「そうですね、ちょっと冷えてきたみたいですけど、寒くはないです」
それならよかった。
「寒かったら遠慮しないで馬車の中にはいってね」
「はい、ありがとうございます」
ちょこんと頭を下げてお礼の言葉を言ってくれる。
本当に可愛い。そのうえ上ふさふさのケモ耳があるし、ケモ耳があるし、ケモ耳があるし、ケモ耳があるし、ケモ耳があるし……。
と、そのケモ耳がピクピクと動いた。
そしてチトちゃんは僕の方に顔を向ける。
「どうしたんですか?」
「えっ、べ、別になんでないよ」
「そうですか……」
チトちゃんは小首を傾げながら前を向いた。
僕はついうっかりケモ耳に見惚れていたようだ。
気をつけないとと視線を前に向ける。
それなのに、視界の端っこでピクピクとケモ耳が動いた。
僕の首は勝手にチトちゃんの方に向いてしまった。
チトちゃんがチラッとこっちを向いた。
僕は慌てて前を向く。そしたらまたピクピクと動く。
僕の首かまた勝手に横を向いて、今度はチトちゃんと目が合ってしまった。
チトちゃんがニッコリ笑っていてる。
「もしかして私の耳に興味ありますか?」
「えっ、ご、ごめん、ピクピク動いてたからつい目が行っちゃって」
「動いてたら変ですか?」
「ううん、そんなことないよ。すごく可愛いと思う」
「ありがとうございます」
チトちゃんが顔を赤らめて、えへへと照れ隠しの様に笑った。
そうしている間もケモ耳はピクピク動いている。
「もしかして耳って自分の意志で動かせるの?」
「はい、結構自由に動かせますよ。見ますか?」
「見せてくれるの?」
チトちゃんがニッコリ笑って頷いた。
そしてそのケモ耳が前にペタッと伏せたと思ったら、片耳だけが外を向いたり。両耳がピンと立ったり、左右に広がったりくるくる回ったり、最後にはピクピクといつもよく見せる動きをしてくれた。
僕はその可愛さに思わず手を伸ばしてしまう。
そしてその頭を撫でてしまった。
「はぅぅぅ」
チトちゃんが肩を竦め耳をぺたんと倒して俯いてしまった。
その頬は真っ赤に染まっている。
ど、ど、どうしよう……。
「ご、ごめん」
チトちゃんはプルプルと小さな頭を横に振っているけど。
やっぱり嫌だったよね?
さすがにいきなりは不味かったよね。
でもあまりの可愛さについ手がのびちゃったんだよ……。
これってもしかして痴漢なのだろうか。
痴漢もこんな感じで罪を犯すのかな。
訴えられたらどうしよう……。
「ほんとに、ごめん、もう二度としないから」
「いえ、違うんです……」
なにが違うんだろう? 撫でても良いってことかな?
うわーわからない。
というか微妙な空気がながれてるよ。
すごく気まずいなぁと思っていると、チトちゃんが思いがけないことを言った。
「頭を撫でられるのは嫌じゃないです。お母さんが生きていた頃、よく撫でてくれました。おばちゃんもよく撫でてくれたんです。だから頭を撫でられるのは好きなんです。誰でもいい訳じゃないけど……」
「そ、そうなの? じゃあ僕はダメだったかな?」
「い、いえ、ダメじゃないです。恥ずかしいけど……」
「じゃあ、また撫でてもいいの、かな?」
「……はい」
チトちゃんは頭から湯気が出るんじゃないかって程顔を真っ赤にしている。
僕も恥ずかしかったけどホッとして胸を撫で降ろした。
でも頭を撫でる許可を貰えたのは嬉しいけど、こんなに照れると困ってしまう。少しづつ時間をかけて慣れてもらうしかない。
僕は手の感触を思い出しながら、次はいつ撫でようかなと顔をニヤケさせていた。
そんな思いに馳せながら何気に天を仰いだ。
空は青く晴れ渡ったままで、お日様も真上に近い位置にある。
と、首を少し捻ると西の空が視界にはいった。
どんより鈍色の雲が広がり始めている。
そういえば街を出る前、チトちゃんが雨が降るようなことを言っていた。
どうやらあれは本当だったようだ。
「チトちゃん雨が降りそうだよ、どこか雨宿り出来るような場所を探そうか?」
「雨宿りですか……、でも見る限り草原ばかりでそんな場所は無いですよ?」
たしかにチトちゃんの言う通りだ。
街道は地平線まで続く一本道、大きな木一つない。
だけど北の方には森が見える。
ちょっと遠いけど森に入ったら雨宿りできないだろうか。
僕たちは馬車の中に入れるからいいけど、雨が降ったら馬はびしょ濡れになってしまう。
僕を北方向を指差して「森に行きたいね」と提案してみた。
チトちゃんは少し不安そうな顔をする。
「でも道がないですよ?」
たしかに森に向かう道が無い。
草原地帯は一見平坦だけど、馬車で走れるだろうか?
草が生えるくらいだから地面の表面は固くないはずだ。
下手に馬車を走らせたら泥濘にはまって動けなくなるかもしれない。
僕一人ならともかく、マリスさまとチトちゃんがいるから危険な真似はできない。
「仕方ないから少し速度をあげるね。とにかく雨宿りをしなくちゃ馬も可哀想だしね」
僕は手綱で馬の背を少しだけ強く叩いた。
馬が少し走る速度を上げた。
すると馬車がガタゴトと大きく揺れた。
どすッ!
「うきゃ!」
馬車の中からそんな声と音が聞こえてきた。
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