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白いパンでもいいですか
しおりを挟む馬車の速度を上げたとたん、ザーと激しい雨が降り出した。
空は一面に黒い雲が広がり今にも落ちてきそうだ。
風も強くなったみたいで、気温も一度か二度下がった気がする。
「ちょっと、どういう事? どうして急に揺れるの? 何回寝台から落とす気?」
馬車が揺れたせいで寝台から転げ落ちたマリスさまもお怒りのようだ。
そんなマリスさまが馬車の中から扉を開けて顔を覗かせた。
「キャッ、すごい雨が降ってるじゃない!」
「ちょうど今降り始めたんだよ。濡れるからチトちゃんと一緒に中に入ってて」
「わたしは大丈夫です」
「いいからチトも入りなさい!」
チトちゃんが強引に馬車の中に引き込まれた。
「って、どうしてキルナが運転しているの?」
「さっきチトちゃんに教えて貰ったんだよ」
「へぇ、わたしが寝ている間に随分仲良くなったのね」
「べつにそういう訳じゃないけど、ずっとチトちゃん一人に運転させるのは可哀想だし、僕も覚えたほうがいいかなって」
「あっそう、それはそれはお優しいことで!」
なんかマリスさま怒ってる?
寝台から落とされたんだから怒っても当然かもしれないけど、不可抗力だと言いたい。
「まぁ馬車の扱いを覚えたのは好都合だったわね。さすがにこんな雨の中をチトに運転させるのは気が引けちゃうし、でもキルナならわたしの心も痛まない。せいぜい雨の中を運転してちょうだい」
ん~運転するのは全然かまわないんだけど、なんかその言い方は釈然としないよ。
「それはともかく、雨なんてどうでもいいから、少し速度を落としなさい。馬車が揺れてのんびり寝てられないわ」
なんと、マリスさまはまだ寝る気でいるようだ……。
その上雨なんてどうでもいいって、土砂降りの中を運転する身にもなってほしい。
それに馬だってビショビショなのに可哀想だと思わないのだろうか。
のんびり寝たいからって、それはあんまりにも自分勝手が過ぎる。
「あのさ、こんなに大雨なんだよ、はやく雨宿りしないと馬も僕も可哀想だと思わない?」
「馬は雨の中だって平気で走る生き物なの、キルナは耐性があるから平気でしょ。いいから速度をおとしなさい」
「イヤだよ! 早く雨宿りしたいからね」
「あーイライラする。馬の心配する前に馬車の中にいる者の心配をしなさい! 落ち着いて座ってることもできないじゃない。これは命令よ!」
「うっ……わ、わかったよ」
なぜかマリスさまに強く言われると僕は逆らえない。
僕が根っからの弱虫だからだろうか、いやそれ以外になにか強い強制力の様なものを感じる……。
仕方なく僕は馬車の速度を落とした。
なんとか雨宿りが出来そうな場所が見つかる様に祈るしかなかった。
だけどそんな願いも空しく黒い雲はさらに厚みを増している。
常駐型魔法のお陰か冷たさや寒さは感じないけど、雨が肌を打ち付ける感じや背中を雨が流れる感じ、特にパンツが濡れる感じは気持ちいいもんじゃない。
だけど、空は暗く雲が晴れる気配は全く感じられない。
僕が憂鬱な気分に浸っていると、馬車の中から激しい癇癪が聴こえた。
「ちょッ! ちょっとォー、雨漏りしてるわよッ!」
それは雨の音にも負けないマリスさまの叫声だ。
馬車の中でチトちゃんが耳を塞いでいる姿が想像できる。
まったく人の迷惑をまったく考えない人だ。
ちょっとの雨漏りくらいでいちいち騒がないでほしいよ。
僕なんてずぶ濡れなんだから。
「こんなことなら、あのとき馬車も完璧に直して置くべきだったわね。まぁ今からでも遅くないけど、【修復!】」
馬車の中からそんな声が聞こえると、馬車が一瞬光りを放った。
その途端にさっきから聴こえていた、あちこちが軋むような音も聞こえなくなった。
どうやら馬車自体が新品の様になったのかもしれない。
それなのに、マリスさまの癇癪は収まらない。
「ちょっと!、修復したのに雨漏りが治ってないわよ! どういうことなのよ!」
「えっと、板を張り合わせただけなので、すぐ雨漏りしちゃうんです」
チトちゃんが申し訳なさそうに説明している。
どうやら元々水漏れの対策はされていないようだ。
「あーもう! 漏水対策もされてないわけ、それに隙間風も入ってくるじゃない! どこの大工が造ったのよ。カエルにしちゃうわよ!」
マリスさまは怒り心頭みたいだ。
触らぬ神に祟りなし、とシカとを決め込んでいると突然僕の名前を呼ばれた。
「キルナ、ちょっと馬車を止めなさい」
逆らっても碌なことがないので僕は手綱を引いて馬車を停めた。
「馬車に漏水とか耐水とか耐風とか……とにかく思いつく結界を張るから手伝いなさい」
「手伝いってなにをするの?」
「いいから後ろに回りなさい」
僕は御者台から降りて馬車の後ろに回った。
馬車の荷台には左側面の後部に出入り口となる扉がある。
そこで僕はマリスさまから一枚の大きな布を渡された。
「わたしが馬車の四隅に結界を施すから、キルナはわたしを雨から守りなさい」
この布はもしかして傘替わりですか……。
僕がびしょびしょに濡れても平気だけど、自分は一滴も濡れたくないと?
「キルナさん大丈夫ですか?」
そんな僕にチトちゃんが心配そうに声を掛けてくれる。
あぁなんて優しい子なんだろう、それに引き換えマリスさまは……。
僕は布を大きく広げ、マリスさまの頭上に掲げて彼女を雨から守った。
結界を張り終えると、マリスさまは「あー疲れた」と独り言ちて僕にはなんのねぎらいの言葉も言わずに馬車の中に入っていった。
チトちゃんは「馬車の運転を代わります」と言ってくれたけど、
「キルナにさせとけばいいのよ、どうせ寒さも感じないし風邪だって引かないんだから」
ということらしい。
まぁこんな大雨のなかをチトちゃんに運転させる気はないんだけど、マリスさまの僕に対する冷たさが、なにか仕打ちに思えてきた。
僕何か恨まれることした?
考えてもわからないし、これ以上怒らせたくないのでゆっくりと馬車を走らせた。
馬車の中からは二人の声が聞こえる。
「チト、お腹空いてない?」
「お腹ですか? そういえばちょっと空いてきた気がします」
うんうん、僕もお腹が減ってきたよ。
「じゃあなにか食べましょうか?」
「えっと、馬車が動いていると危なくて火は焚けないから、馬車を停めないとです」
「それなら大丈夫、わたしが食べたい物を魔法で出してあげるから。ただしわたしが知ってる――食べたことがある――食べ物だけね」
「えっと、どういうことですか?」
「だからね、魔法で食べ物を出してあげるって言ってるの?」
「そ、そんなことも出来るんですか!」
チトちゃんの声に少し驚きの色が滲んでいる。
「もちろんよ、わたしに不可能は無いわ。好きな食べ物を言ってみて」
マリスさまは少し得意げだ。
「どんなものでもいいんですか?」
「わたしが知ってるものならね」
「じゃぁ……白いパンでもいいですか」
「白いパン?」
「はい、いつも食べてる黒くて固いパンじゃなくて、貴族様が食べる様な白くて軟らかいパンです。一度食べてみたかったんです」
「パンでいいの? もっとタコ焼きとかケバブとか、なんでもいいのよ?」
「それはどんな食べ物かわかりません……」
「そ、そうなのね、じゃとりあえず軟らかくて白いパンね」
「はい!」
「じゃ出すわよ。パンならイメージも簡単だし魔力消費もほとんど無いと思うから沢山出しちゃおうかしら……白パン【召喚】!」
ポンと音が聞こえた気がした。
沢山と言っていたけど、どれだけ出したのか僕には見えない。
「うわぁ! こんなに! しかも白いパンばっかり。……触ってみていいですか?」
「もちろん、気のすむまで触って、お腹一杯食べなさい」
「はい、ありがとうございます。頂きます」
馬車の中からすごく嬉しそうな声が聞こえてくる。
外は大雨で最悪なのに、中はすごく愉しそうだ……。
「とっても軟らかいです。ふわふわでお口の中でとろけるみたい……。こんなに美味しいパンは食べたことがないです」
「それは良かったわ。でもパンだけじゃ寂しいわね、なにかない?」
「いえ、これだけで十分です」
「チト、遠慮はいらないって言ったでしょ? パンだけじゃ喉も乾くはず、そうねスープはどう?」
「えっと、じゃぁスープお願いします」
「なんのスープがいい? コーンスープ、オニオンスープ、フォンデュ、ボルシチ、なんでもいいわよ?」
「じゃあ……コーンスープで」
「わかったわ」
「コーンスープ【召喚】 熱いわよ、気をつけて食べなさい」
「はい、ありがとうございます……このコーンスープも凄く美味しいです。どうしてこんなに美味しいんですか?」
「どうしてって言われても……」
「作り方教えてください!」
「ちょっと、チト、なに興奮してるの? わたし作り方なんて知らないわよ」
そんな楽し気な会話が聞こえてくる。
僕は前を見ながら馬車の中に声を掛けた。
「マリスさま、僕にも同じもので良いのでお願い」
「何言ってるの、食べながら運転なんてさせられるわけないでしょ。さっさと雨宿り出来る場所まで行きなさい」
「そんなぁ、酷いよ……」
僕はずぶ濡れのまま手綱を握りしめていた。
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