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ほんとうに人間か
しおりを挟む馬車の外は大雨が続いている。
空は灰色の雲に覆われ強風が吹き荒れている。
僕はそんな悪天候の下でビショビショに濡れながら馬車を走らせている。
雨宿り出来そうな場所は一向に見つからない。
もっとも雨と霧で視界が悪く遠方を見渡すことは出来ない。
街道をただひたすら道なりに進むしかなかった。
僕が霧に霞む前方に目を凝らしていると、視界の先で何かが動いた気がした。
なんだろうと少し不安な気持ちで、そのまま馬車を進めた。
だけど目の錯覚じゃなかった。やっぱり何かが動いている。
そして雨の音に交じって何か聞こえてきた。
「……」
「ぉーぃ」
「おーーい!」
それは人の声だ。
よく見ると、雨の中に人が立っている。
その人がこっちに向かって大きく手を振っている。
「マリスさま人がいるよ」
僕は馬車の中に声をかけた。
「あっそう、放っておきなさい」
「いや、こっちに向かって手を振ってるみたいなんだ、なにか叫んでるし」
「じゃキルナも手を振り返してあげればいいじゃない」
「そ、そうだね……」
僕はマリスさまに相談することをやめて、そのまま馬車を進めた。
男の人の後ろには豪華な馬車があった。
その馬車は大きく横に傾いている。
見れば片方の車輪が泥濘にはまって動けなくなっているようだ。
僕は手綱を引いて馬車を停めた。
「ちょっと、どうして馬車を止めるの?」
御者台後ろの扉からマリスさまが顔を覗かせる。
「泥濘にはまって動けない馬車があるんだ。ちょっと様子を見てくるからマリスさまたちは中にいて」
「おせっかいね」
濡れるのが嫌なのか、それだけ言って扉は閉められた。
僕は御者台から降りて、様子を見に行った。
「大丈夫ですか?」
「坊や、大人の男の人はいないかい? 車輪ががこんな状態でね、ちょっと押すのを手伝ってほしいんだ」
手を振っていた男の人が僕に声を掛けてきた。
ほかにも上等そうな服を着た男の人もいる。
二人の恰好からみて貴族と御者といった感じだろうか。
二人とも雨に濡れてびしょびしょだ。
「すみません、馬車の中は女の子が二人いるだけで、男子は僕しかいません」
「なんてこったい、坊やだけじゃ話にならんな」
まったく当てにされなかった。
まぁ僕なんてひ弱な子供だし仕方ないのかもしれない。
そこに雨の中チトちゃんがやってきた。
「わたしもお手伝いします」
「なに言ってるの? 濡れるからチトちゃんは馬車の中にいて」
「でもキルナさんも濡れてます」
「僕はもとももびしょびしょだから平気だよ、ほらマリスさまもこっちみてるよ」
みればマリスさまが扉を少し開けてこっちを見ている。
心配してくれてるのだろうか、まさかね……。
「そうだ嬢ちゃんじゃなんの役にもたたん。それどころか邪魔にしかならない。さっさと馬車の中にはいってなさい」
せっかく心配して出てきたのに、そんな言い方は無いと思うんだけど……。
まぁ不平を言っても仕方ないから黙っているけどさ。
でも見捨てて行くことも出来ないし、なんとか助けてあげないと。
「とにかく僕が馬車を持ち上げるから、おじさんは馬に馬車を引かせて下さい」
「坊やが馬車を持ち上げるって? バカなことを言うんじゃないよ。この馬車がいったい何キロあると思ってるんだ?」
「信じられないかをしれませんけど、とにかく持ち上げますから」
僕は馬車の後ろを持って、ぐっと腰を落とした。
一気に力を入れるべきかゆっくり持ち上げるべきか力加減がわからない。
下手に力を入れすぎて壊しちゃうのも怖いし……。
だからじわじわと力を入れて馬車を持ち上げる……。
持ち上げるつもりなのに、全然持ち上がらない。
持ち上がるどころか、僕の足が泥の中にどんどん沈んでいった。
「ほら見ろ、まったく持ち上がらんじゃないか」
おじさんに鼻で笑われた。
おかしいな、こんなはずじゃなかったのに。
でも原因はわかった。
足場の地面が緩すぎるんだ。
大きな丸太とか板切れでもあればいいんだけど。
だけど辺りにそんなものは見当たらない。
困ったな、どうしよう。
馬車になにか無かったかなと考える。
……あった、あれだ。
あれなら十分な足場になるはずだ。
僕は「ちょっと待っててください」と言って馬車に戻った。
しして目的のそれを取り外そうとした。
「ちょっと、何をしているの? それをどうする気?」
「地面が泥濘んで足が沈んじゃうんだ、だからこれを足場にしようと思って」
「あんた、寝台を泥塗れにする気?」
「これしか思いつかないんだから、仕方がないよ」
「だったらわたしに言いなさいよ。わたしを誰だと思ってるの?」
「だって、さっき放っておきなさいっていったじゃないか」
「あの時はあの時でしょ、まさか助けられるものを見捨てて行けとは言わないわよ」
「じゃ寝台くらいの板を出してくれるの?」
「その代わり、後でわかってるわよね?」
マリスさまがペロリと唇を舐める。
妖艶というか、どことなくエッチだ。
僕は背筋に悪寒が走った。
「わ、わかってるよ……」
「だったらなんの問題もないわ。【出でよ】!寝台」
「マリスさまありがりとう」
僕はその寝台を泥濘に沈んだ馬車の後部に敷いた。
それを足場にして馬車を持ち上げる。
よいしょっと!
さすがに軽くはないけど、持ちあがらない重さじゃない。
馬車はギシギシと音を軋ませながらゆっくりと持ち上がっていく。
泥塗れの車輪が泥濘の中から完全に持ち上がった。
「ま、まさか、本当に持ち上げやがった、信じられん」
「ぼ、坊やはほんとうに人間か?」
「そんなことより、早く馬に引かせて下さい」
「わ、わかった」
御者の人が手綱を握って馬に馬車を引かせた。
馬車は静かに進んで無事に泥濘を抜け出した。
「ほんとに助かったよ、ありがとうな坊や」
「わしからも礼を言おう。今はなにも出来んが困ったことがあったら頼ってきなさい」
そう言ったのは上等そうな衣装を着た男の人だ。
その人から一枚の名刺っぽいカードを渡された。
封蝋の様なものが押されたカードにはガルシュ・ブライヒルと書かれている。
この貴族っぽい人の名前だろうか。
その馬車は西に向かって進みだした。
僕たちは手を振ってそれを見送った。
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