聖女様の推しが僕だった

ふぇりちた

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魅惑の聖女様

1 ヒロイン

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 聖女召喚の儀が執り行われたのは、王都が最も強い魔力で満たされる日だった。

 今夜は、10年に一度の周期で訪れる、月が朱く染まる特別な夜。
中でも、通常の2倍大きく見える月は〈魔法使いの夜〉と呼ばれる程、珍しい。
そして、これらが重なる日は、50年に一度とされ、人々は〈大魔法使いの夜〉と呼ぶ。



「聖女様、こちらへどうぞ」
「は、はい(あっれ~、此処まで乗って来た馬車といい、某夢の国とも桁違いの、このお城。
こんなの、億単位のセットじゃない? ハリウッドの撮影だと言われても、信じられないわ。
そのくせ、妙な既視感もあるし。
見たことあるわけないのに、何度も見た気がするのよね)」
「軽い食事を用意していますが、いかがでしょう」


 エリオットは、王城で最も絢爛な部屋を用意し、ことねを通した。
 食欲について問われ、彼女は声でなく、腹の音で返事をしてしまう。
控えめに鳴ったその音に、エリオットは優しく笑った。


「フフ、では持って来させよう。
聖女様に食事を」
「かしこまりました」


 ことねは、顔を真っ赤にさせ、食事が運ばれるまでの時間、エリオットの説明を俯きながら聞いていた。
 そして、ことねは思った。これは完全に『精霊に愛された聖女と5人のナイト』のオープニングストーリーだと。
教皇が1番に話しかけるところから、王子が今話していることまで、彼女が何度もプレイした、プロローグ後の流れと完全に一致している。
むしろ、一言一句違わぬセリフに、快感すら覚えていた。
 此処まできたら、自分が現実と創作物の区別もつかなくなったのかと、頭を抱えたが、出された料理を口にした途端、これが妄想ではないことに気がつく。


「……お口に合いませんでしたか。
やはり、異世界の食事とは、味付けが異なるのでしょうか」
「あ、いえ、違うんです。その、お料理が温かくて、ビックリしちゃって」
「冷たいものを用意させましょうか」
「違うんです! 喉を通る感じが、こう、夢じゃないんだなって」
「聖女様……、私が必ず貴女の生活を保証いたします。
ですからどうか、この国を聖女様の故郷だと思ってお過ごしください」
「えっと」


 ことねは、震撼した。エリオットの言葉だけでなく、自分が口にした言葉まで、全てオープニングストーリーと同じなのだ。
それも、暗記したセリフを思わず口にしてしまったのではない。ことね自身が、素で発した言葉だった。


「(私、やっぱりヒロインに憑依してる?
でも原作で、ヒロインは高校生だった)」
「まだ整理する時間が必要でしょう。今日はゆっくり、おやすみください」
「……はい」
「ですがその前に、聖女様の警護をする者達を、紹介させてください。
入れ」


 エリオットの声を合図に、近衛騎士数名とアシルが部屋に入る。


「紹介します。彼が───…」


 アシルを視界に入れた途端、エリオットの声は、彼女に届かなくなった。
本物のアシル・ラジートが目の前にいる。
その事実が、ことねの心をときめかせた。
三好 ことねではなく、決められたストーリーを歩むヒロインの代わりだとしても。彼女は、喜ばずにはいられない。


「(アシルだ。本当にカッコイイ! これぞ理想の攻め様。神よ、感謝いたします。彼が存在するということは、つまり。ディオン・ドルツが存在するという証明きせき!)」




 それからというもの、ゲームで覚えた知識を基に、ことねは次々と攻略対象に接触した。






────────
────


「エリオット、どうかしたのかい?
ずいぶんと物思いに更けているようだが」


 エリオットは、彼に与えられた執務室で、深い溜め息を吐いた。
 書類にペンを走らせていた幼馴染のミキエルが、意外な顔で尋ねる。
ミキエルにとって、彼は何でも卒なくこなす人であり、十数年共にした中で、エリオットの溜め息を聞いたのは、たった数回のみだったからだ。


「いや、すまない」
「君がそんなに悩むなんて、コトネ様のことかな?」


 図星を突かれ、エリオットは小さく唸った。


「まあ、その、なんだ。
彼女と出会って2週間、互いに名前で呼び合うぐらいには、親しくなれたと思っている」
「そうだね。ボクから見ても、コトネ様は、君に心を開いていると思う」


 ミキエルは、苦笑いしながら、エリオットの言葉を肯定した。


「………本当に、そうなのだろうか」
「エリオット?」
「確かに、コトネは、私との時間を欠かさずに取ってくれている。だが、私を見る目と………」


 そこまで言って、黙り込んでしまった彼に、ミキエルは言葉を詰まらせた。
エリオットが続けようとした言葉を、予想できてしまったからだ。


「私が、護衛につけたのは、間違いだったのかもしれない」
「それは違う。アシル・ラジートを近衛騎士に帯同させるように言ったのは、陛下だ。君じゃない」
「コトネは、誰に対しても優しい。いつも笑顔で、欲しい言葉をかけてくれる。ミキエルも、そう思うだろう」


 エリオットに言われ、ミキエルも同意する。
もし、彼女が聖女ではなく、侯爵家以下の令嬢であれば、妻に望んでいたかもしれない。
もしくは、自分の主君であるエリオットさえ、彼女に興味を抱いていなければ、あるいは。


「だが、彼に対しては、どこか違う気がする。
緊張感というか、彼女は平静なようで、ソワソワと落ち着きがなくなるんだ」
「たまたまだろう」
「本当にそう言えるか?」


 真剣な目で問われ、ミキエルは沈黙した。


「はあ。やはり、ミキエルもそう感じていたんだな」
「っ、だとしても、それは、アシル・ラジートが無愛想なだけで、威圧感があるからかもしれないじゃないか!」
「女性とは、威圧感を与えた者に、頬を染めるのか?」


 そこまで言われてしまえば、認めるしかない。
ミキエルは憂いた。
自分の手が届かないのであれば、せめて主君であり、戦友でもあるエリオットと結ばれて欲しい。
アシル・ラジートさえ、彼女の前から消せれば、と。


「ラジートは、所詮伯爵家だ。確かに、代々騎士団長を務めてきた英雄の家系ではある。
けれど、伯爵家の彼と200年ぶりの聖女の恋を、権力者達が認めると思うか?
それこそ、教会が黙っちゃいない」
「そうだな、一理ある。この国の貴族令嬢であればだが。
……ミキエル。私達は、忘れてはならない。聖女というのは、存在そのものが尊重され、敬われるべき乙女だ。
コトネが望めば、爵位や人格など、考える必要もないのだ」
「っ! 申し訳ありません。失言いたしました」
「すまないな。
私が不甲斐ないばかりに、そんなことを言わせてしまって」
「………」


 ミキエルは、頭を冷やすべく、幼馴染としてではなく、臣下の礼を取り、退室する。
しくも、廊下ですれ違ったのは、これから彼女の部屋へ向かうだろう、アシルであった。


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