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魅惑の聖女様
10 聖女様の企み
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小規模ながらも盛大なパレードを終え、ことねは自室のベッドにダイブした。
そして、枕を顔に押し付け、思いっきり叫ぶ。
「ぎゃあああーーーーーー!!!
ディオンたん、まぢ可愛いっ!! 失神しなかった私、偉い。表彰もんだわ。
あ゛ーーー、つらい。大人への転換点っていうか、あどけなさが残る美しさ? 近くで見たかった。心の目じゃなくて、近距離で見つめたいっっ!
うう~、どうしよう。我慢できない」
本物の推しを見たことによって、ことねの抑えていた欲望が溢れ出す。
ディオンは生粋の受けで間違いない。彼女はそう勝手に確信した。
彼女の脳裏には、アシルの手でトロトロに溶かされ、あられもない姿で喘ぐディオンの姿が再生されていた。
だが、彼女の妄想は途中で止まる。
「待った! 浮かれてる場合じゃない!
アシル様の想い人がディオン君だって判明したのよ?
だったら、私が出しゃばったって、いいのよね?
なら急いで止めなきゃ。ディオン君のお見合い!
そんで、アシル様に自覚させるのよっ」
ことねは、間もなく訪れる致命的な展開を考えて戦慄した。一刻も早く手を打たねば、ディオンがモブ女のものになり、アシルは無自覚に失恋してしまう。
そんなこと、絶対に耐えられるわけがない。
彼女がゲームの世界で生きる、唯一の希望なのだから。
「桃ちゃんいる?」
「なに、愛し子」
ことねの呼びかけに応じ、妖精の桃が姿を現した。
「ねえ、お願いがあるの。
ディオン君のご両親の様子を見て来てくれない?
例えば、縁談話が持ち上がってたりしないか」
「お気に入りの?
そうね、そんなに遠くもなさそうだし。いいわよ」
「本当に? ありがとう!
お礼にいっぱいお菓子作るわ」
「異世界のお菓子?」
「そうよ」
「約束ねっ。今から行ってくる!」
桃をはじめ、妖精達はことねが気まぐれで作る菓子の虜となっていた。
桃はそれをひとりじめできると喜び、直ぐにディオンの両親の元へ飛んだ。
「次は、アシル様がどれくらいディオン君を気にしているかね。
今、部屋の外にいるのは誰かしら」
それとなく理由を作って、アシルと会話する時間が欲しい。
ことねは護衛や城の人達と親交を深めたいと、エリオットに相談した。
エリオットは、あまりいい顔をしなかったが、聖女の存在を隠す必要がなくなったこともあり、条件付きで許可を出した。
エリオットと王妃が暮らすエメラルド宮。
初代王妃が愛したエメラルドの宝石に因んで名付けられたと言われ、季節毎に咲き誇る花々が有名である。
小話として、近々ことねも貴賓室から、エメラルド宮に移る予定だ。
そのエメラルド宮の庭に佇むガゼボは、心地良い風が流れるように設計され、外気をコントロールする高度な魔法で覆われている。
このガゼボで、ミニ親睦会と称した聖女のティーパーティーが開かれた。
3回目の今日は、いよいよ本命アシルの登場だ。
「本日はお招きいただき、恐悦至極にございます」
「アシル様! お待ちしておりました。
今日は、そのような堅苦しい言葉はなしでお願いしますね」
「……承知しました」
少しも喜んだ様子を見せず、決まった挨拶を述べるアシルに、ことねは気が遠くなった。
どうやって距離を縮めれば良いのか。
彼女は、アシルのプライベートな部分に踏み込みたいのである。
「さあ、お座りください」
「失礼いたします。
……聖女様、このお茶会は3人程まとめて招かれると伺ったのですが」
「実は一緒に招待していた方が、急用で来られなくなってしまって」
ことねが言ったことは事実だった。
ただ、その急用を言いつけたのも、彼女なので、ハリボテの言い訳にすぎなかったが。
「左様でしたか。では、どなたかお呼びになられては、いかがでしょう」
「ふふっ。心配して下さっているのですね?
大丈夫です。エリオット様にも許可を取りましたし、護衛のアシル様を変に言う方はいらっしゃらないでしょう?」
年頃の男女が2人きりでティーパーティーをして、勘繰られないか。聖女の名に傷がつかないか。アシルの心配は尤もだった。
だがことねは、エリオットが許可をしたのだから、誰が密会などとケチをつけられようか、と強かに笑った。
親睦会とは名ばかりの、ことねの一方的な質問でティーパーティーは30分を過ぎ、許された時間は、残り1時間となっていた。
「(手強すぎる。そりゃそうよね、イベントのイの字も起こってないし。だけど、イベントは起こさせないわ。
ディオン君の縁談は、私がぶっ潰してみせる!)
そうだ、アシル様と私は兄のような年齢差ですし、知り合いのお兄さんだと思って、接しても宜しいですか?
私、寂しくて………」
「………はあ、公式の場でなければ、お好きになさってください。ですが、殿下の許可が下りてからにしてください」
「! ありがとうございます!
今日早速エリオット様にお願いしますねっ」
聖女にとことん甘いエリオットだが、彼が聖女を良く想っているのは明らかだ。
変な誤解を生まなければいいが、とアシルは眉間にシワを寄せた。
「私、お兄さんかお姉さんができたら、恋バナしたかったんです」
「こい、ばなですか?」
「はい。友人と恋バナするのも素敵ですが、ちょっと年上の方との恋バナも素敵でしょう? 参考になりますし」
「……それは、私ではお役に立たないかと」
きゃぴっと楽しそうに口元で両手の指先を合わせ、話す姿は、まさに可憐な少女そのものだった。
あいにく、その初々しさはアシルに毛程も響かなかったわけだが、強引に話題を土俵に上げられたのだから、良しとする。
「そうなんですか? アシル様に憧れる方は多いでしょうに。男女問わず」
「聖女様の買い被りすぎです」
「そうでしょうか。
ああ、そういえばパレードに宮廷精霊使いの方がいらっしゃってましたよね。
確か、お連れ様もいらした気が………お弟子さんでしょうか。ずいぶん、親密そうでしたから」
ことねは、グッと周囲の気温が下がるのを感じた。
「(ガゼボの魔法、敗れる。
今の見た? 目の色がスッと暗くなったんだけど。
やっぱ嫉妬でしょ! ジェラ? ジェラっちゃったの?)」
「私が見た限り、宮廷精霊使いは1人しか見当たりませんでした。同じ人物を仰っているのなら、弟子ではないでしょう。ただ、たまたま居合わせただけの人かと」
「うーん、おかしいですね。彼には妖精の気配を感じたのですが」
「妖精の?」
「はい。私の知ってる気配なんです。
仲のいい妖精がいるんですけど、その子のお友達みたいで」
あの緑頭か、となんとなく思い出しながら、アシルはことねの話に耳を傾け始めた。
「それでね、桃ちゃんって言うんですけど、そのお友達の契約者に、縁談がきてるんですって!
私、気になっちゃって」
「契約………縁談?」
寝耳に水だと言わんばかりに固まるアシルを、ことねは少し動揺しながらマジマジと見る。
「(まさか、ディオン君がウィリデ君と契約したの知らないの?)」
「それは……あの時、宮廷精霊使いの者と居合わせた人物で間違いないですか?」
「はい。桃ちゃんが言うには。
えっと、瞳の色が特徴的で綺麗なんですって。淡いラベンダーの色を持ってるみたいで」
「…………縁談、馬鹿な…」
「アシル様?
(どえらいショックを受けていらっしゃる。これで自覚ないとか、何なの。早く気づいて、自分のモノにしなはいよ。私にイチャラブアッハーンを見せてよっ!)」
「失礼。急用を思い出しまして」
聖女の誘いより急用があるだろうかと、内心ではアシルも焦ったが、ことねは素直に頷いた。
「まあ、それは大変ですね。
急いで戻らないと。
アシル様、この埋め合わせは次にしてくださいね」
「申し訳ありません。必ず」
「では次回までの宿題です。
いつも隣にいて当然だと思っていた人がいなくなってから気づくと、手遅れなんだそうです。
その人は、どうして気づかなかったんでしょうね。
そんな宝物の存在に」
「……失礼いたします。護衛の者を」
「大丈夫です。さっき合図を送りましたから、直ぐ来てくれます」
ことねの問いが、正確にアシルの耳に入ったかは不明だが、彼は此方へ向かう護衛の姿を確認し、エメラルド宮を後にした。
「こりゃ、パレードの後のお仕置きはなかった感じね。
むしろ会えてないのかしら。
んふふ、今からディオンたん大変かもぉ~!」
そして、枕を顔に押し付け、思いっきり叫ぶ。
「ぎゃあああーーーーーー!!!
ディオンたん、まぢ可愛いっ!! 失神しなかった私、偉い。表彰もんだわ。
あ゛ーーー、つらい。大人への転換点っていうか、あどけなさが残る美しさ? 近くで見たかった。心の目じゃなくて、近距離で見つめたいっっ!
うう~、どうしよう。我慢できない」
本物の推しを見たことによって、ことねの抑えていた欲望が溢れ出す。
ディオンは生粋の受けで間違いない。彼女はそう勝手に確信した。
彼女の脳裏には、アシルの手でトロトロに溶かされ、あられもない姿で喘ぐディオンの姿が再生されていた。
だが、彼女の妄想は途中で止まる。
「待った! 浮かれてる場合じゃない!
アシル様の想い人がディオン君だって判明したのよ?
だったら、私が出しゃばったって、いいのよね?
なら急いで止めなきゃ。ディオン君のお見合い!
そんで、アシル様に自覚させるのよっ」
ことねは、間もなく訪れる致命的な展開を考えて戦慄した。一刻も早く手を打たねば、ディオンがモブ女のものになり、アシルは無自覚に失恋してしまう。
そんなこと、絶対に耐えられるわけがない。
彼女がゲームの世界で生きる、唯一の希望なのだから。
「桃ちゃんいる?」
「なに、愛し子」
ことねの呼びかけに応じ、妖精の桃が姿を現した。
「ねえ、お願いがあるの。
ディオン君のご両親の様子を見て来てくれない?
例えば、縁談話が持ち上がってたりしないか」
「お気に入りの?
そうね、そんなに遠くもなさそうだし。いいわよ」
「本当に? ありがとう!
お礼にいっぱいお菓子作るわ」
「異世界のお菓子?」
「そうよ」
「約束ねっ。今から行ってくる!」
桃をはじめ、妖精達はことねが気まぐれで作る菓子の虜となっていた。
桃はそれをひとりじめできると喜び、直ぐにディオンの両親の元へ飛んだ。
「次は、アシル様がどれくらいディオン君を気にしているかね。
今、部屋の外にいるのは誰かしら」
それとなく理由を作って、アシルと会話する時間が欲しい。
ことねは護衛や城の人達と親交を深めたいと、エリオットに相談した。
エリオットは、あまりいい顔をしなかったが、聖女の存在を隠す必要がなくなったこともあり、条件付きで許可を出した。
エリオットと王妃が暮らすエメラルド宮。
初代王妃が愛したエメラルドの宝石に因んで名付けられたと言われ、季節毎に咲き誇る花々が有名である。
小話として、近々ことねも貴賓室から、エメラルド宮に移る予定だ。
そのエメラルド宮の庭に佇むガゼボは、心地良い風が流れるように設計され、外気をコントロールする高度な魔法で覆われている。
このガゼボで、ミニ親睦会と称した聖女のティーパーティーが開かれた。
3回目の今日は、いよいよ本命アシルの登場だ。
「本日はお招きいただき、恐悦至極にございます」
「アシル様! お待ちしておりました。
今日は、そのような堅苦しい言葉はなしでお願いしますね」
「……承知しました」
少しも喜んだ様子を見せず、決まった挨拶を述べるアシルに、ことねは気が遠くなった。
どうやって距離を縮めれば良いのか。
彼女は、アシルのプライベートな部分に踏み込みたいのである。
「さあ、お座りください」
「失礼いたします。
……聖女様、このお茶会は3人程まとめて招かれると伺ったのですが」
「実は一緒に招待していた方が、急用で来られなくなってしまって」
ことねが言ったことは事実だった。
ただ、その急用を言いつけたのも、彼女なので、ハリボテの言い訳にすぎなかったが。
「左様でしたか。では、どなたかお呼びになられては、いかがでしょう」
「ふふっ。心配して下さっているのですね?
大丈夫です。エリオット様にも許可を取りましたし、護衛のアシル様を変に言う方はいらっしゃらないでしょう?」
年頃の男女が2人きりでティーパーティーをして、勘繰られないか。聖女の名に傷がつかないか。アシルの心配は尤もだった。
だがことねは、エリオットが許可をしたのだから、誰が密会などとケチをつけられようか、と強かに笑った。
親睦会とは名ばかりの、ことねの一方的な質問でティーパーティーは30分を過ぎ、許された時間は、残り1時間となっていた。
「(手強すぎる。そりゃそうよね、イベントのイの字も起こってないし。だけど、イベントは起こさせないわ。
ディオン君の縁談は、私がぶっ潰してみせる!)
そうだ、アシル様と私は兄のような年齢差ですし、知り合いのお兄さんだと思って、接しても宜しいですか?
私、寂しくて………」
「………はあ、公式の場でなければ、お好きになさってください。ですが、殿下の許可が下りてからにしてください」
「! ありがとうございます!
今日早速エリオット様にお願いしますねっ」
聖女にとことん甘いエリオットだが、彼が聖女を良く想っているのは明らかだ。
変な誤解を生まなければいいが、とアシルは眉間にシワを寄せた。
「私、お兄さんかお姉さんができたら、恋バナしたかったんです」
「こい、ばなですか?」
「はい。友人と恋バナするのも素敵ですが、ちょっと年上の方との恋バナも素敵でしょう? 参考になりますし」
「……それは、私ではお役に立たないかと」
きゃぴっと楽しそうに口元で両手の指先を合わせ、話す姿は、まさに可憐な少女そのものだった。
あいにく、その初々しさはアシルに毛程も響かなかったわけだが、強引に話題を土俵に上げられたのだから、良しとする。
「そうなんですか? アシル様に憧れる方は多いでしょうに。男女問わず」
「聖女様の買い被りすぎです」
「そうでしょうか。
ああ、そういえばパレードに宮廷精霊使いの方がいらっしゃってましたよね。
確か、お連れ様もいらした気が………お弟子さんでしょうか。ずいぶん、親密そうでしたから」
ことねは、グッと周囲の気温が下がるのを感じた。
「(ガゼボの魔法、敗れる。
今の見た? 目の色がスッと暗くなったんだけど。
やっぱ嫉妬でしょ! ジェラ? ジェラっちゃったの?)」
「私が見た限り、宮廷精霊使いは1人しか見当たりませんでした。同じ人物を仰っているのなら、弟子ではないでしょう。ただ、たまたま居合わせただけの人かと」
「うーん、おかしいですね。彼には妖精の気配を感じたのですが」
「妖精の?」
「はい。私の知ってる気配なんです。
仲のいい妖精がいるんですけど、その子のお友達みたいで」
あの緑頭か、となんとなく思い出しながら、アシルはことねの話に耳を傾け始めた。
「それでね、桃ちゃんって言うんですけど、そのお友達の契約者に、縁談がきてるんですって!
私、気になっちゃって」
「契約………縁談?」
寝耳に水だと言わんばかりに固まるアシルを、ことねは少し動揺しながらマジマジと見る。
「(まさか、ディオン君がウィリデ君と契約したの知らないの?)」
「それは……あの時、宮廷精霊使いの者と居合わせた人物で間違いないですか?」
「はい。桃ちゃんが言うには。
えっと、瞳の色が特徴的で綺麗なんですって。淡いラベンダーの色を持ってるみたいで」
「…………縁談、馬鹿な…」
「アシル様?
(どえらいショックを受けていらっしゃる。これで自覚ないとか、何なの。早く気づいて、自分のモノにしなはいよ。私にイチャラブアッハーンを見せてよっ!)」
「失礼。急用を思い出しまして」
聖女の誘いより急用があるだろうかと、内心ではアシルも焦ったが、ことねは素直に頷いた。
「まあ、それは大変ですね。
急いで戻らないと。
アシル様、この埋め合わせは次にしてくださいね」
「申し訳ありません。必ず」
「では次回までの宿題です。
いつも隣にいて当然だと思っていた人がいなくなってから気づくと、手遅れなんだそうです。
その人は、どうして気づかなかったんでしょうね。
そんな宝物の存在に」
「……失礼いたします。護衛の者を」
「大丈夫です。さっき合図を送りましたから、直ぐ来てくれます」
ことねの問いが、正確にアシルの耳に入ったかは不明だが、彼は此方へ向かう護衛の姿を確認し、エメラルド宮を後にした。
「こりゃ、パレードの後のお仕置きはなかった感じね。
むしろ会えてないのかしら。
んふふ、今からディオンたん大変かもぉ~!」
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