聖女様の推しが僕だった

ふぇりちた

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魅惑の聖女様

9 聖女様の微笑み

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 王城で発表があると一般市民に告知さるたのは、前日の昼間のことだった。
発表は、正午を予定しており、特別に城を開城すると流布された。

 城の中心に位置する大きなバルコニーの下には、大勢の群衆が押しかけ、熱気に包まれる。
人々は、まだかまだかと発表を待っていた。

 やがて、はじまりを知らせるビューグルのが響き渡ると、ザワザワと騒がしかった群衆が、シーンと静まった。
 アーネル王国第十四代国王、ハベル・アーネルに続いて、王妃、宰相、エリオット、そしてことねが登場する。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。
我がアーネル王国は、聖女を迎え入れた。
ここに、聖女コトネ・ミヨシの降臨を宣言する!」


 国王の高らかな宣言に、静まり返っていた群衆は、爆発的に声を上げた。


「「「「「ぅ、うおおおおーーーー!!!」」」」」

 
 地鳴りのような歓声に、エリオットとことねは、にこやかに手を振って応える。
興奮さめやらぬ中、宰相が2時間後にパレードを行うと続けた。
 入城が叶わなかった者達や、小さい子供がいる平民にとって、街中で行われるパレードは、聖女を一目見るチャンスだ。
貴族や商人達はその場に残り、後方にいた平民の半数は、宰相の話の途中で、我先にと城を出た。

 必ず歴史に刻まれるであろう、この瞬間を、ディオンは城内の一室から見ていた。


「うわ~、綺麗な女性ひと


 城にあるトーイの執務室の窓からは、王達が並ぶバルコニーが良く見えた。
 この国では珍しい、艶やかな長い黒髪と、知的な瞳がとても魅力的だとディオンは思った。


「おや。ディオン君は、聖女様のような方がタイプで?」
「違いますよ。畏れ多い」
「ふーん。まあ、君は、どちらかというと、その後ろの方が気になるのかな」


 ディオンは見透かされたような気がして、反応が遅れてしまった。
確かに、異世界人だという聖女は美しい。
けれど、その奥で警護するアシルの姿も、凛々しくて格好良かった。
 聖女や王族に対する大歓声を聞きつつ、近衛騎士の制服をまとった乳母兄弟を凝視する。
 思慮深く、存在が芸術だと評される王太子よりも、アシルの方がイケメンだと思ってしまうくらいには、輝いて見えた。


「素直だねー。
よしよし。そのまま育ちなさい」


 目の前の青年は成人しているが、トーイには少年のように思えて、微笑ましかった。


「?」
「いいこいいこ。
………っていうか何なの、アレ。普通この距離で気づくか?」
「トーイ様?」


 思いの外、撫で心地が良かったディオンの髪に癒されていると、トーイは鋭い視線を感じた。
 バルコニーの奥から、アシルが此方を見ていたのだ。
 廊下では繋がっているものの、バルコニーとトーイの執務室は別棟程の距離がある。
どんな視力を持っているんだ。トーイは別の意味で感心してしまった。


「君の幼馴染に手を振ってあげなよ」
「え?
あっ、こっち見てる? アイツ、護衛のくせに!」
「そこ?」


 トーイに言われ、ディオンは窓の外に視線を戻す。
すると、アシルと目が合った。
実際には、遠くて目が合ったかは分からない。
だが、不機嫌そうにガンを飛ばされている気がしたのだ。


「護衛対象から、意識を逸らすなんて。まったく、職務怠慢もいいとこですよ」
「そうだねー。安全確認で周囲を警戒していたら、見えたんだろうね。彼の視力は化け物なのかな?」


 アシルを化け物呼ばわりするが、なんとなく目が合った気がするディオンと、睨まれたと確信しているトーイの差は大きい。
きっとトーイに誘導されなければ、ディオンは気づきさえしなかっただろう。


「昔から、アシルの身体能力は異常なんです。
でも、トーイ様の視力もすごいです。
僕には表情まで見えません。投映装置の映像は、聖女様と王太子殿下のお姿だけですし」


 投映装置とは、魔道具の一種であり成人男性の片手に乗せられる程、小さな装置だ。
球体のそれを宙に浮かすことで、対象のものを大きく映し出すことができる。
ちなみに、ことねは投映装置を見て、真っ先にホームプロジェクターを思い浮かべたようだ。
 今回はバルコニーの両脇に設置され、聖女の顔が大きく映し出されている。


「ああ、これは一種のデバフだよ。
精霊と契約しているからね。その恩恵さ。
だから、彼はおかしいと思う。
出ておいで、アウロラ」


 トーイの呼びかけに応じ、女体の姿形をした精霊が姿を現した。


「っ!」
「精霊は初めてかな?」
「はっはい!」
「彼女は、私と契約しているアウロラだ。
ディオン君の妖精を探してもらおうと思ってね」


 神秘的な存在に触れ、呆けてしまっているディオンにアウロラは興味を示した。


「此奴がディオンか。愛し子のお気に入りとは聞いていたが………ずいぶんとありふれた人間こどもだな」
「アウロラ、ディオン君を知っていたのか?」


 ペタペタと顔や身体に触れ、アウロラはディオンをつまらないと言った。
当の本人は、緊張でガチガチになっている。


「まあの。緑は平凡なところが良いと言っていたが、これでは見分けがつかぬな」
「いったいどういう!」
「まあ待て、トーイ。妾とて、よく知らん。
此奴と契約した妖精に聞くと良い。ほれ」


 アウロラが手を揺らすと、ポンとウィリデが現れた。


「あれれ? モモと話してたはずなのに……あ! ディオンだ! あれ、精霊様までどうしたのー」


 きょとんと首を傾げながらも、固まったままのディオンを見つけ、頭の上に座る。


「緑の吾子よ。トーイに、お気に入りについて話してやってくれ」
「ディオンの?
うーん、ディオンのなでなでは最高だよっ!」
「……そうか。すまぬな、トーイ。人選を間違ったようだ」
「仕方ない。その妖精、どうやら生まれたてのようだ。
やっと存在が安定してきたところかな?
赤子に無理はさせられないよ」
「さすがは妾の契約者だ。この子が安全に暮らせるよう、その人間をサポートしておくれ」
「はあ、仕方ないか。分かったよ」


 トーイは、急にお荷物を押し付けられた気がしたが、精霊に頼まれては断れない。
加えて以前に、愛し子とは聖女のことだとアウロラが言っていたことを思い出す。
聖女とディオンに関わりがあるのであれば、国に仕える者として動かぬ訳にはいくまい。


「名前はもう授かったのか?」
「はい、精霊様。ウィリデはウィリデなのー!」
「そうか。ではウィリデ、契約者を大切にな。
困ったら、妾の契約者を頼ると良い」
「はいなのー」
「うむ。戻って良い」


 もう一度アウロラが手を揺らすと、ウィリデは何処かへ消えていた。
恐らく桃の所へ戻ったのであろう。


「あー、ディオン君大丈夫?
ちゃんと記憶ある?」
「う゛、はい、たぶん。
それで結局、原因は何だったんでしょうか。
今後はどうしたら………」
「とりあえず、このまま様子を見てくれ。
問題が起きたら、いつでも来るといい」


 原因こそ分からなかったが、聖女が関係しているのは明白だ。アウロラの話からして、聖女がディオン・ドルツに対して特別な想いがあるのだろう。
それが何なのかによって、彼も、国も進む道を考える必要がある。
 

「ありがとうございます!」
「しかし君も大変だな。獰猛な犬の世話に、聖女様にんきものまで。
特に聖女様は、王太子に次期公爵までベッタリだそうじゃないか。あんな権力の塊に睨まれるかと思うと………まだ犬の方がマシかもしれないねー」
「? 何の話ですか?
僕は、何に対して同情されているんでしょう」
「それは自分で気づかないと。
ディオン君は大人なんだから」
「はあ(マジで何の話? 知らぬ間に、なんか巻き込まれてる? 僕)」 





─────
───


 突然の歴史的発表に人々が興奮する中、秘密裏に準備されたパレードは、混乱もなく始まった。


「コトネ、さあ乗って」
「はい(すごい。ゲームのスチルと一緒だわ)」


 バルーシュのようなデザインの馬車に乗り、ことねは花嫁みたいだと感じた。
たくさんの繊細なレースが施された白いドレス、ことねの衣装と対になるデザインを纏ったエリオット。
王城から市街へ続く道は、壁と化した兵士を押し退けようとする民衆で溢れかえっている。
 パレードの隊が進むにつれ、大きくなる歓声に彼女は驚いた。
 聖女という存在が、これほどまでに歓迎され、期待されている。果たして自分で務まるだろうか。
言いようのない不安が押し寄せた時、ことねの視界にある一点を見つめるアシルの姿が映った。
馬に乗り、ゆっくりと馬車の斜め前を先へ進むアシルの視線の先に、周囲に浮いた貴族風の出立をした長身の男がいた。


「……あの人、宮廷精霊使いの?」
「コトネ、どうかしたか?
ああ、サーシス卿じゃないか。彼はパレードを見る必要なんてないのに」


 人集りの隅の方で列を眺めてはいるが、服装や容姿も相まってやや目立っている。
トーイを知る者達は、直ぐに見つけることができた。
序列7位のトーイであれば、王族やことねと会う機会も多い。わざわざ人混みに紛れてパレードを見に来る理由が分からなかった。


「違うわ」
「何か言ったか、コトネ」


 ことねは、ポツリと漏らす。


「(精霊使いの隣にいる人、あの人は! あの人は、ディオン君よ! 何で、精霊使いの人と一緒なのか知らないけど、聖女わたしを見に来てくれたの? ディオン君が? ああっ、陶器のような白い肌に、ふわふわの髪、神秘的な瞳の色! なんて美しいの!
遠くてボヤけるけど、私には分かる。心のディオン君映像で顔の細部まで補完できる! 見えてるわ、心の目でしっかりと! ハッ、てことは何? アシル様は本能的にディオン君を察知したってこと? 見てる、ディオン君を思いっきり見てる。あの精霊使いに嫉妬しているのね?! だってイケメンだもん。大人の色気漂うイケメンだもの!
何? ディオン君は大人の男まで魅了しちゃうわけ?
アシル様では飽き足らず? ハァンッ! 芳しい! いっそ芳ばしい!!)」


 初めて見る動くディオンと、アシルの反応に、ことねの興奮度はMAXだった。
全身から漏れ出た幸せオーラと微笑みによって、隣に座るエリオットはもちろん、沿道をにいる民衆も馬車をひく馬までもが、魅了されていた。
 この光景を目の当たりにした人々は、女神様のようだったと語ったという。


「(ディオン君が生きてる。動いてる。こっち見てる!
っはう! い、今、目が…目が合ったわ!
どうしよう、動悸が。死ぬっ。ダメよ、頑張るのよ、ことね。アシル様とディオン君のイチャコラを見ずに死んでたまるかっ!
ぐふ。この後、嫉妬したアシル様に激しいお仕置きをされちゃったりしてっ。ああ、見たい。見たい見たい見たい。あっ、止まって、進まないでよ。ディオン君が、私のディオン君が!)」
「コトネ、大丈夫かい? 少し、疲れたかな」
「ディオンく…………あ、エリオット?
いえ全然! こんなに歓迎してもらえるとは思わなくて」
「歓迎するのは当たり前さ。皆んなコトネを待っていたんだよ」
「なんか、照れるわ(っあー! 通り過ぎちゃった。後ろ振り返ったらダメかな? ダメよね、アシル様だって我慢してるんだもん。壁の私なんかが、我儘言っちゃダメよね)」
「フフ。照れてる君も可愛らしいよ」


 興奮に興奮を重ねた彼女の頬は、赤く色づいていた。
しかし、ことねの脳内を知る由もないエリオットが気づくわけもなく。照れ屋で可憐な聖女の印象が誤って植え付けられていくのだった。



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