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魅惑の聖女様
14 騎士の宣誓
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アシルとの関係が変化してから1週間。
僕は今、非常に厳しい立場に立たされていた。
事の始まりは6日前。
休日が終わり、アシルの猛攻から抜け出して厨房へ向かうと、ニヤニヤした副料理長が待ち構えていた。
「おはようございます。副料理長」
「おはよう」
「……何ですか。何か僕に用でしょうか」
「いやー、まさか噂が本当になるとはねー。
感慨深いものだなと思っただけさ」
全く意味が分からない。自分だけで納得してないで、教えて欲しい。
廊下で団員達とすれ違う時も、やけに視線を感じたし。
髪はちゃんと整えた、服もきちんと着ている。靴も仕事用のだし……変なところはないはずなんだけど。
「ニヤニヤしないで教えてください」
「えー、どうしよっかなー」
「副料理長!」
「もう仕方ないな。昨日アシル隊長がさ、君をお姫様抱っこで部屋まで運ぶとこ、見たって人がいるらしいんだよ」
「!?」
まさか見られてた?
僕の部屋にはお風呂がないから、大浴場じゃなくてディオンの部屋に行ったんだけど……移動する時に、誰ともすれ違わなかったのに。どうして。
「しかも、あの魔王様がデレデレした顔でディオンに話しかけてたんだって?」
「何ですか、それ! 違いますよ」
「そうなの? けど、キスしてたんだろ?」
「それは、おでこにされただけで! ………っあ゛」
「ほ~ん? おでこに。へえー」
しまった。やられた!
「きゃあー! やっぱりアシル様とディオン君って、そうだったんだ!!」
「コ、コリンさんっ。いつの間に」
「うふふ。噂のディオン君が出勤したって聞いたから、急いで来たんだけど~、そっかあ、そうだったんだあっ」
「違うんですよ?!」
「もう~、隠さなくていいのに!
絶対そうだと思ってたんだあっ。だって、アシル様ってディオン君のことしか見てないし、ディオン君との噂がご令嬢達に広まった時だって、否定するどころか、ねえ?」
ねえ?って何。ねえって。
お前、何やったんだ、アシル!
「おう! ディオン。お前さん、ついに諦めたのか!
だから、俺が早く娶れって言ったのによぉ。
孫はどうすんだ、俺の老後の孫ライフは」
アンタ、この間の子供ができた時の話、本気だったのか。
「料理長やコリンさんまで知ってるってことは……」
「あは、そりゃ皆んな知ってるわよ~!
ヘルツァー副隊長なんて、昨日夕食食べた時に噂を知って、お祝い買いに行かなきゃって喜んでたのよ?」
やばい。ヘルツァーさんが知ってるってことは、今第二部隊の直属の上長である副団長にも届いているのか?
じゃあ、団長は?
「やあ、ディオン・ドルツ。
君達は、ずいぶんと騒ぎを起こしてくれているそうじゃないか」
ヒッ。こ、この声は。
恐る恐る振り向くと、やはり声の主はライオネル副団長だった。
「な、何のことでしょう」
「別に、私は団員同士がどう親交を深めようが関係ないんだがね。色恋とあっては、報告の義務があるんじゃないのか? 幸い、君は予備団員で部隊に所属していないのが救いだが」
「ちが」
「何が違うんだ。私は、一昨日アシル・ラジートが君の部屋を訪ね、昨日は上機嫌で君を横抱きにして、共用部を歩き、風紀を乱したと報告を受けている。さて、訂正する箇所はあるのか?」
誰だよ、そんな報告した奴!
「ええっと……」
「ああ、今し方、君はアシル・ラジートに額に口づけされたと言っていたな。それも報告に追加しよう」
「聞いてたんですかっ」
「君が勝手に副料理長と話していただけだろう。
現に、その給仕の者も聞いていたではないか」
「あ、あは。ごめんねぇ、ディオン君」
報告に追加ってどういう意味ですか、副団長。
まさかとは思いますが、団長に報告するおつもりでしょうか。
「あの、僕はどうなるんでしょう」
「さあな。相手が部隊長である以上、団長の指示を仰がねばなるまい」
「いっそ今、クビにしてください。依願退団でなく、徐団で構いませんから!
ですから団長にだけはっ」
退団することが願いだったはずなのに、何故こんな展開に。
神様、副団長様、何卒ご慈悲を! ドルツ家なんて、ラジート家にそっぽを向かれたら、直ぐおじゃんです。
「それは無理だろうな。アシル・ラジートは、今頃団長室に呼ばれた頃だろう。
団長が近衛隊に言って、護衛を交代させるよう依頼したはずだ」
「そんな」
団長の耳に入っちゃったのか。
どうしよう、アシルが呼び出されてるなんて。
もし、団長が怒って、アシルを後継から外すって言い出したら?
俺のせいで、アシルが。
「………気になるなら、団長室へ行ったらどうだ。
私は、今の君の反応で大凡の事態は把握できた」
「あ、僕」
「仕方ねーな、今日は俺も副料理長もいるから心配すんな。さっさと団長様のとこ行って来い」
「はっはい!」
────コンコンコン
団長室の前は変な静けさが漂っていた。
ドアに耳を当てても、中の声は窺い知れない。
ああ~、心臓がバクバクする。
もしもの時は、ごめんなさい。父さん、母さん。兄さん達も。
深呼吸して、ノックをする。
「今、取り込み中だ」
「お取り込み中、申し訳ありません。ディオン・ドルツです」
「ディオンか。入りなさい」
ドア越しに聞こえた声は、いつもと変わらない団長の優しい声だった。
少しだけ気持ちが楽になった気がする。
「失礼します!」
執務机に肘を立てる団長とその前に立つアシルの姿があった。
逆光で団長の表情が見えづらいけど、恐くて顔が見れない。
「久しぶりだな、ディオン。
どうだ、元気にやっているか」
「は、はい」
「そうかそうか。
今回はウチのアシルが迷惑をかけたな。忘れてくれ」
怒って、ない? だけど、忘れろなんてどうすればいいんだ? それに、アシルは騎士の宣誓をしたって言ってたのに。
「俺はディオンを唯一にすると言ったはずですが」
「アシル、お前は黙っていなさい。
時期を見て、最良の相手と婚約させる。妻を持たぬ当主が、貴族社会で認められると思っているのか?
実に甘いな。我がラジート家は、お前の玩具ではない」
やっぱり、そうなるよな。
騎士の宣誓のことは、何とかして方法を探そう。
アシルが結婚する時に邪魔になってしまうから。
僕の縁談はどうなったのかな。まだ連絡がないってことは、進行中のままかもしれない。
だったら、話を進めよう。アシルには悪いけど、結婚が理由なら副団長も退団を許してくれる。
そうしたら、アシルはラジート家の当主として、人々に尊敬される伯爵になれるんだ。
逃げ道をなくすくらい愛してくれるんだと思ったら、この暴君と生きるのも悪くないかも……なんて、考えたけど。
僕には、全て捨てて愛してくれなんて言う覚悟もないし、全てを捨てて愛す覚悟もないや。
「ディオンと結婚します。法律で禁止されているわけではありません」
「禁止されていなくても、前例がない。何故、前例がないのだと思う。認められてこなかったからだっ!」
──ダンッ
語気を荒げると同時に、団長は机に拳を叩きつけた。
「では、どうするか。家に利益をもたらす者を妻として迎え、男は愛人として囲うんだ。
妻や妻の家の者は、然程気にしないだろう。
結婚し、名実共に正妻の座を手に入れれば、表に出せないような愛人など、簡単に追い出せるからだ。
だから、令嬢は文句も言わずに家の為に嫁いで来るのだ。
だが、お前にはディオンにそのような生活を送らせることなどできまい。
目の前にあるから手に入れたくなる。
手の中にあるから、手放せなくなる。
アシルのディオンに対する執着は、まるで分別のつかない赤子のようだ」
団長の言う通りだ。アシルは、そんなことできない。
アシルの強く握り締めた拳から、血がポタポタと落ちていく。
いつもなら、直ぐに手当てをしたいところだけど、今日は仕方あるまい。
痛々しいその手に、気づかないフリをして、僕はアシルの隣に立った。
「団長、ご安心ください。詳細は不明ですが、縁談の話が持ち上がっているそうなんです。
話がまとまり次第、王都を離れます」
「……ディオン? 何故だっ!」
下を向いて唇を噛み締めていたのか、僕に詰め寄るアシルの唇には、血が滲んでいた。
せっかく男前の顔なんだから、きちんと手入れしなきゃ。
「ディオンは大人だな。2つも年下のディオンに庇われるとは、なんと情けない。
すまないね。なに、ディオンは私の息子も同然だ。
結婚式は最大限の援助をしよう」
「ありがとうございます」
「アシル、分かったな。
さて、2人共下がりなさい」
「はい。失礼しました」
「………」
何だ、黙りこくって。仕方なしに、引っ張って退出させようとすると、アシルの足元に大きな魔法陣が浮かび上がった。
「急に光って……アシルっ! おい、アシル!」
「これは!」
魔法陣が消えると、アシルはそのまま気を失った。
床に倒れたアシルに声をかけても、全く反応がない。
今までこんなこと一度もなかったのに。
「団長っ、アシルがっ」
「……それは誓いの反動だ。アシルは何らかの誓いを立てたか、立てられたのだろう。
それが破られようとして、一種の昏睡状態に陥ったんだ」
まさか、騎士の宣誓のせいで?
僕が、他の人と結婚するって言ったから。僕がアシルをっ。
「騎士の宣誓です」
「何?」
「アシルは、僕と魔力を結んだって今朝言ったんです」
「そういうことか!
愚かな!! おかしいと思ったんだ。アシルが簡単にディオンを手放せるはずがない。大人しかったのは、私が飲むしかないと知っていたからかっ」
「ど、どういうことなんですか?」
「息子は、私が認めないことも、ディオンが身を引くことも予想していたんだ。
だから、予め誓いを立てておいたんだよ」
はじめから知ってて? だけど、騎士の宣誓で昏睡状態に陥るだなんて、聞いたことがない。
そもそも、そんな危険な誓いを王族が許すわけがない。
何らかのイレギュラーが発生した時、騎士だけでなく、その相手も危険に晒されるのだから。
「変じゃないですか? だって騎士の宣誓に、そんな反動があるなんて」
「原初の誓いだよ。騎士の宣誓のモデルになった誓い。
誓いを立てた者が、結ぶ魔力の核を己の心臓にするんだ」
何だよ、それ。
「だから、誓いが破られた時、その者の心臓は止まる。
かつて、それ程深い忠誠を王女と交わした騎士がいた。
さすがに危険すぎると、真似る者はいなかったらしいが」
そんな危険なことをしてたのか?
僕がアシルから離れようとしたから。縋りつくぐらい愛す自信がなかったから。
僕のせいで、アシルは死ぬのか?
「あっ、あ………っ」
僕は今、非常に厳しい立場に立たされていた。
事の始まりは6日前。
休日が終わり、アシルの猛攻から抜け出して厨房へ向かうと、ニヤニヤした副料理長が待ち構えていた。
「おはようございます。副料理長」
「おはよう」
「……何ですか。何か僕に用でしょうか」
「いやー、まさか噂が本当になるとはねー。
感慨深いものだなと思っただけさ」
全く意味が分からない。自分だけで納得してないで、教えて欲しい。
廊下で団員達とすれ違う時も、やけに視線を感じたし。
髪はちゃんと整えた、服もきちんと着ている。靴も仕事用のだし……変なところはないはずなんだけど。
「ニヤニヤしないで教えてください」
「えー、どうしよっかなー」
「副料理長!」
「もう仕方ないな。昨日アシル隊長がさ、君をお姫様抱っこで部屋まで運ぶとこ、見たって人がいるらしいんだよ」
「!?」
まさか見られてた?
僕の部屋にはお風呂がないから、大浴場じゃなくてディオンの部屋に行ったんだけど……移動する時に、誰ともすれ違わなかったのに。どうして。
「しかも、あの魔王様がデレデレした顔でディオンに話しかけてたんだって?」
「何ですか、それ! 違いますよ」
「そうなの? けど、キスしてたんだろ?」
「それは、おでこにされただけで! ………っあ゛」
「ほ~ん? おでこに。へえー」
しまった。やられた!
「きゃあー! やっぱりアシル様とディオン君って、そうだったんだ!!」
「コ、コリンさんっ。いつの間に」
「うふふ。噂のディオン君が出勤したって聞いたから、急いで来たんだけど~、そっかあ、そうだったんだあっ」
「違うんですよ?!」
「もう~、隠さなくていいのに!
絶対そうだと思ってたんだあっ。だって、アシル様ってディオン君のことしか見てないし、ディオン君との噂がご令嬢達に広まった時だって、否定するどころか、ねえ?」
ねえ?って何。ねえって。
お前、何やったんだ、アシル!
「おう! ディオン。お前さん、ついに諦めたのか!
だから、俺が早く娶れって言ったのによぉ。
孫はどうすんだ、俺の老後の孫ライフは」
アンタ、この間の子供ができた時の話、本気だったのか。
「料理長やコリンさんまで知ってるってことは……」
「あは、そりゃ皆んな知ってるわよ~!
ヘルツァー副隊長なんて、昨日夕食食べた時に噂を知って、お祝い買いに行かなきゃって喜んでたのよ?」
やばい。ヘルツァーさんが知ってるってことは、今第二部隊の直属の上長である副団長にも届いているのか?
じゃあ、団長は?
「やあ、ディオン・ドルツ。
君達は、ずいぶんと騒ぎを起こしてくれているそうじゃないか」
ヒッ。こ、この声は。
恐る恐る振り向くと、やはり声の主はライオネル副団長だった。
「な、何のことでしょう」
「別に、私は団員同士がどう親交を深めようが関係ないんだがね。色恋とあっては、報告の義務があるんじゃないのか? 幸い、君は予備団員で部隊に所属していないのが救いだが」
「ちが」
「何が違うんだ。私は、一昨日アシル・ラジートが君の部屋を訪ね、昨日は上機嫌で君を横抱きにして、共用部を歩き、風紀を乱したと報告を受けている。さて、訂正する箇所はあるのか?」
誰だよ、そんな報告した奴!
「ええっと……」
「ああ、今し方、君はアシル・ラジートに額に口づけされたと言っていたな。それも報告に追加しよう」
「聞いてたんですかっ」
「君が勝手に副料理長と話していただけだろう。
現に、その給仕の者も聞いていたではないか」
「あ、あは。ごめんねぇ、ディオン君」
報告に追加ってどういう意味ですか、副団長。
まさかとは思いますが、団長に報告するおつもりでしょうか。
「あの、僕はどうなるんでしょう」
「さあな。相手が部隊長である以上、団長の指示を仰がねばなるまい」
「いっそ今、クビにしてください。依願退団でなく、徐団で構いませんから!
ですから団長にだけはっ」
退団することが願いだったはずなのに、何故こんな展開に。
神様、副団長様、何卒ご慈悲を! ドルツ家なんて、ラジート家にそっぽを向かれたら、直ぐおじゃんです。
「それは無理だろうな。アシル・ラジートは、今頃団長室に呼ばれた頃だろう。
団長が近衛隊に言って、護衛を交代させるよう依頼したはずだ」
「そんな」
団長の耳に入っちゃったのか。
どうしよう、アシルが呼び出されてるなんて。
もし、団長が怒って、アシルを後継から外すって言い出したら?
俺のせいで、アシルが。
「………気になるなら、団長室へ行ったらどうだ。
私は、今の君の反応で大凡の事態は把握できた」
「あ、僕」
「仕方ねーな、今日は俺も副料理長もいるから心配すんな。さっさと団長様のとこ行って来い」
「はっはい!」
────コンコンコン
団長室の前は変な静けさが漂っていた。
ドアに耳を当てても、中の声は窺い知れない。
ああ~、心臓がバクバクする。
もしもの時は、ごめんなさい。父さん、母さん。兄さん達も。
深呼吸して、ノックをする。
「今、取り込み中だ」
「お取り込み中、申し訳ありません。ディオン・ドルツです」
「ディオンか。入りなさい」
ドア越しに聞こえた声は、いつもと変わらない団長の優しい声だった。
少しだけ気持ちが楽になった気がする。
「失礼します!」
執務机に肘を立てる団長とその前に立つアシルの姿があった。
逆光で団長の表情が見えづらいけど、恐くて顔が見れない。
「久しぶりだな、ディオン。
どうだ、元気にやっているか」
「は、はい」
「そうかそうか。
今回はウチのアシルが迷惑をかけたな。忘れてくれ」
怒って、ない? だけど、忘れろなんてどうすればいいんだ? それに、アシルは騎士の宣誓をしたって言ってたのに。
「俺はディオンを唯一にすると言ったはずですが」
「アシル、お前は黙っていなさい。
時期を見て、最良の相手と婚約させる。妻を持たぬ当主が、貴族社会で認められると思っているのか?
実に甘いな。我がラジート家は、お前の玩具ではない」
やっぱり、そうなるよな。
騎士の宣誓のことは、何とかして方法を探そう。
アシルが結婚する時に邪魔になってしまうから。
僕の縁談はどうなったのかな。まだ連絡がないってことは、進行中のままかもしれない。
だったら、話を進めよう。アシルには悪いけど、結婚が理由なら副団長も退団を許してくれる。
そうしたら、アシルはラジート家の当主として、人々に尊敬される伯爵になれるんだ。
逃げ道をなくすくらい愛してくれるんだと思ったら、この暴君と生きるのも悪くないかも……なんて、考えたけど。
僕には、全て捨てて愛してくれなんて言う覚悟もないし、全てを捨てて愛す覚悟もないや。
「ディオンと結婚します。法律で禁止されているわけではありません」
「禁止されていなくても、前例がない。何故、前例がないのだと思う。認められてこなかったからだっ!」
──ダンッ
語気を荒げると同時に、団長は机に拳を叩きつけた。
「では、どうするか。家に利益をもたらす者を妻として迎え、男は愛人として囲うんだ。
妻や妻の家の者は、然程気にしないだろう。
結婚し、名実共に正妻の座を手に入れれば、表に出せないような愛人など、簡単に追い出せるからだ。
だから、令嬢は文句も言わずに家の為に嫁いで来るのだ。
だが、お前にはディオンにそのような生活を送らせることなどできまい。
目の前にあるから手に入れたくなる。
手の中にあるから、手放せなくなる。
アシルのディオンに対する執着は、まるで分別のつかない赤子のようだ」
団長の言う通りだ。アシルは、そんなことできない。
アシルの強く握り締めた拳から、血がポタポタと落ちていく。
いつもなら、直ぐに手当てをしたいところだけど、今日は仕方あるまい。
痛々しいその手に、気づかないフリをして、僕はアシルの隣に立った。
「団長、ご安心ください。詳細は不明ですが、縁談の話が持ち上がっているそうなんです。
話がまとまり次第、王都を離れます」
「……ディオン? 何故だっ!」
下を向いて唇を噛み締めていたのか、僕に詰め寄るアシルの唇には、血が滲んでいた。
せっかく男前の顔なんだから、きちんと手入れしなきゃ。
「ディオンは大人だな。2つも年下のディオンに庇われるとは、なんと情けない。
すまないね。なに、ディオンは私の息子も同然だ。
結婚式は最大限の援助をしよう」
「ありがとうございます」
「アシル、分かったな。
さて、2人共下がりなさい」
「はい。失礼しました」
「………」
何だ、黙りこくって。仕方なしに、引っ張って退出させようとすると、アシルの足元に大きな魔法陣が浮かび上がった。
「急に光って……アシルっ! おい、アシル!」
「これは!」
魔法陣が消えると、アシルはそのまま気を失った。
床に倒れたアシルに声をかけても、全く反応がない。
今までこんなこと一度もなかったのに。
「団長っ、アシルがっ」
「……それは誓いの反動だ。アシルは何らかの誓いを立てたか、立てられたのだろう。
それが破られようとして、一種の昏睡状態に陥ったんだ」
まさか、騎士の宣誓のせいで?
僕が、他の人と結婚するって言ったから。僕がアシルをっ。
「騎士の宣誓です」
「何?」
「アシルは、僕と魔力を結んだって今朝言ったんです」
「そういうことか!
愚かな!! おかしいと思ったんだ。アシルが簡単にディオンを手放せるはずがない。大人しかったのは、私が飲むしかないと知っていたからかっ」
「ど、どういうことなんですか?」
「息子は、私が認めないことも、ディオンが身を引くことも予想していたんだ。
だから、予め誓いを立てておいたんだよ」
はじめから知ってて? だけど、騎士の宣誓で昏睡状態に陥るだなんて、聞いたことがない。
そもそも、そんな危険な誓いを王族が許すわけがない。
何らかのイレギュラーが発生した時、騎士だけでなく、その相手も危険に晒されるのだから。
「変じゃないですか? だって騎士の宣誓に、そんな反動があるなんて」
「原初の誓いだよ。騎士の宣誓のモデルになった誓い。
誓いを立てた者が、結ぶ魔力の核を己の心臓にするんだ」
何だよ、それ。
「だから、誓いが破られた時、その者の心臓は止まる。
かつて、それ程深い忠誠を王女と交わした騎士がいた。
さすがに危険すぎると、真似る者はいなかったらしいが」
そんな危険なことをしてたのか?
僕がアシルから離れようとしたから。縋りつくぐらい愛す自信がなかったから。
僕のせいで、アシルは死ぬのか?
「あっ、あ………っ」
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